今この事実を
「ただ観察する」
現実はあなたが創り出したあなたの心の投影についてです
目を閉じている時は、世界は存在していません。
目を開けたと同時に世界が存在します
それはあなたが目を閉じている時は世界は存在しないと言う意味です
そしてその外の世界はあなたの心が投影した姿です
日常の世界、昨日と変わりのない風景、あなたの記憶が投影されています
ここで疑問が生まれます
初めて観る光景はどうなのか、、
これは共同迷妄と呼ばれる仕組みです
人は個の魂ではなく、ひとつから個々へ放たれています。
そう聞けば生命や意識がひとつと捉えるかもしれませんが、全てです、全てがひとつです
その「ひとつ」にあなたが初めて観る光景も記憶、刻印されています
つまり、もしあなたが初めてアメリカへ行って今まで見たこともない光景を見た時は、あなたの中の共同迷妄が働くということです
さてです、その現実を変えたいと思い悩むのが私達人間ですが
ひとつのやり方は、その現実をコントロールしないことです
どうしても人は大小ありますが、トラブルに直面すると、それを変えようと努力します
どうにか解決しようとします
時にはうまくいくこともありますが、それは行動ではなく、自動でうまくいっているだけ
そのトラブルを操作しないで観測する
まず、良いとか悪いとかを判断してレッテルをはらない
そしてその経緯、物語から降りて観客になる
ただただ見て、その状況を容認する
このような現象が今起きている、と見てるだけ
「純粋な観測」が始まれば、その問題が動き出し、自然と解決策が生まれます
例えばです
昨日から嫁と少し気まづい雰囲氣になったとします
夫婦ならよくあることです
喧嘩になる一歩手前です
仕事中あなたは考えます、どちらが悪いのか?俺も悪いのか?いやあいつが悪いやろ?
これがあなたが「嫁との間」の経緯という物語に独自にレッテルを貼ろうとしている状況です
そして、「こう言ってやろう」とか「こう言うやろ」とかの物語が強固になります
それを一切やめて観察側になったとします
やってみてください
何事もなかったかの如く平穏な結末が待っています
夜普通に何事もなく嫁と話が弾みます
まるでそんな物語がなかったようにです
放っておく、、それを人は出来ない
どうしても「どうにかしなければ、、」という観念が働く
努力もそうです
現実は努力では変わりません
観測により自然と変わります
「現実」とは、あなたに起こっているのではなく「あなたを通して」起こっています
あなたの心の状態が現実を創り出す
肝心なのは
「観測」は「思考」ではありません
思考は現実をもっとリアルにして、それらを都合よく変えようとする根源です
純粋に起こっている出来事を観察するだけ
「現実を変えたい」と思えば思うほど迷路に迷い込み、そのコントロールを手放すことにより、それなりに現実は流れます
今この瞬間を
「ただ観る」そこから始めれば良いのです
初めはかなり難しいです
が、慣れてくれば、感覚として、自分のいないところで現実が動いている、例えば誰かと話している時でも、いつもなら「こんなこと言ってもいいかな?」とか「この場合どうリアクションすれば、、」など考えて話したりすることが、全くありません
思いついた言葉が、即言葉として話し、そしてそれがなんら問題にもならず、楽しいままに過ぎていくのがわかります
今ここの瞬間を
「ただ観察する」
一度挑戦してみてください
体験が全てです
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