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ペン表卓球への道

大阪市在住のサラリーマンです。趣味は、卓球、読書などです。大学時代までやっていた卓球を再開しました。現在、卓球練習を週1回2時間、試合を月2回のペースでやってます。

 今回は、あなたは「松崎キミ代」という卓球選手を知っていますか?と題してBlogしたいと思います。


 松崎キミ代(まつざき きみよ)さんは、1950年代後半から60年代にかけて、日本卓球界の黄金時代を築いた伝説的な女子選手です。


 世界選手権で通算7個の金メダルを獲得しており、その功績から1997年には「世界卓球殿堂」入りも果たしています。


 彼女の主な特徴やエピソードをまとめました。



 卓球王国「伝説のプレイヤーたち」

  (2024.8.24)


 バタフライHP「松崎キミ代選手のラケット」



1. 世界選手権での圧倒的な実績


 松崎さんは、世界選手権で女子シングルスを2度制覇(1959年ドルトムント大会、1963年プラハ大会)しています。


 また、団体戦や混合ダブルスでも優勝しており、まさに当時の「女王」と呼ぶにふさわしい活躍でした。



2. 「ペン表ソフト」の速攻スタイル


 戦型は右ペンホルダーの表ソフト速攻型です。台の近くでピッチの速い攻撃を仕掛けるスタイルで、特にバックハンドの技術に優れていました。当時の日本卓球が世界を席巻した象徴的なプレースタイルです。



3. 周恩来首相との絆(ピンポン外交)


 松崎さんは中国でも非常に有名です。1961年の北京大会の際、当時の中国首相・周恩来氏から「あなたのマナーと粘り強いプレーは素晴らしい」と称賛され、マオタイ酒(茅台酒)を贈られたという有名なエピソードがあります。これが後の「ピンポン外交」へと繋がる民間交流の礎の一つとなりました。



4. 近年の活動


 現在は栗本キミ代さんとして、卓球の普及活動や日中友好のイベントなどに携わっています。

 2020年には東京都渋谷区の名誉区民にも選ばれており、今なお卓球界のレジェンドとして尊敬を集めています。


 卓球王国(2024.4.8)より



5.その他

①松崎杯は今でも開催されていますか?

②名言や座右の銘はありますか?

③著書「卓球やらせて!」の内容は?



①松崎杯は今でも開催されていますか?

 (私も中学生の時、参加しました。)


 松崎卓球研修会が40年の歴史に幕

 四国新聞社(2001.4.1)記事より


 香川県高瀬町出身の世界卓球選手権優勝者、栗本キミ代さん(旧姓・松崎)の功績をたたえ、全国の中高校生が練習の成果を競う「第四十回松崎卓球研修会」(同会主催)が3日まで、同町総合体育館で開かれている。


 40年の歴史を誇る同会。近年は全国選抜大会が同時期に開催されるようになり、今年限りで終了。選手たちは栗本さんに見守られながら、最後の研修会に汗を流している。

 栗本さんは高瀬高卒。専修大学三年生の時の1959年、世界選手権ドルトムント大会で初優勝、以来3連覇を達成した。64年に現役を退いてからも後進の指導に当たり、91年に高瀬町の名誉町民、97年には国際卓球連盟の殿堂入りを果たした。

 研修会は栗本さんの快挙を記念して、61年に開始。合宿形式で全国から中高校生が集まり、他校との交流や練習試合、全国のコーチによる指導など、試合だけにとどまらない活動の場として継続してきた。

 今回も西日本を中心に全国から約800人の中高生が参加、326日から9日間の日程でレベルアップを図っている。

 前半の合宿では、今回が最後ということで栗本さんも久々にラケットを握って指導。小気味よいラリーの音が響く体育館で、栗本さんは「参加者の中から日本のトップクラスの選手が現れるのを期待しています。長く続いた会が終わるのは寂しいが、卓球の普及と振興という一つの役割が果たせたと思います」と感慨深そうに話している。



②松崎さんの名言や座右の銘はありますか?


 松崎さんは、勝負に対する厳しさと謙虚さを併せ持つ言葉をいくつか残しています。


 「勝てると思うな、負けると思うな」


   これが彼女の最も有名な信条(座右の銘)です。相手を侮らず、かといって自分を卑下することもなく、常に平常心で目の前の一球に集中するという精神を表しています。


 「なんぼ勝っとっても、負けは負け」


   過去の栄光に甘んじない姿勢を示した言葉です。


 「負けて一番」


   これは中国の周恩来首相から贈られた言葉として知られています。試合に負けても、そのマナーや態度の素晴らしさで観客を魅了した彼女を称えたもので、松崎さん自身の「勝っても驕らず負けてもくじけない」というスポーツマンシップの象徴となりました。


「この一球」


 著書「卓球やらせて!」の本に、この座右の銘と松崎さんのサインを確認。



③著書『卓球やらせて!』の内容は?


 この本(1984年出版)は、彼女の半生を描いた自伝的なエピソードが中心です。


幼少期の原体験

 10歳の頃に初めて卓球を見た時の衝撃や、ソフトボールで鍛えた肩が後の強力なドライブ(強打)に役立ったことなど、才能の開花のプロセスが記されています。


恩師との出会い

 中学2年生で出会った森賢一先生とのエピソード。当時、卓球を辞めようとしていた彼女の素質を見抜き、世界へ導いた指導者への感謝が綴られています。


世界選手権の舞台裏

 猛練習の日々や、世界大会での緊張感、そして前述の周恩来首相との交流など、日本卓球黄金時代の空気感を直接知ることができる貴重な内容です。


 卓球の楽しさ

 タイトルの通り、「とにかく卓球がやりたくてたまらなかった」という彼女の純粋な情熱が伝わる一冊です。





■Profile

 松崎キミ代(まつざき・きみよ)


 1938618日生まれ、香川県出身、現性:栗本。

 中学1年で卓球を始め、高瀬高3年時にインターハイ2位、専修大13年時に全日本学生選手権3連覇、全日本選手権では昭和333435年度大会で3回の優勝を誇る。

 世界選手権は19596163年と3大会で団体優勝、5963年大会でシングルスを制した。

 右ペンホルダー表ソフト速攻型


 卓球王国PLUS+(2024.8.24)