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ペン表卓球への道

大阪市在住のサラリーマンです。趣味は、卓球、読書などです。大学時代までやっていた卓球を再開しました。現在、卓球練習を週1回2時間、試合を月2回のペースでやってます。

 今日は「卓球の魅力は意味を超えた理由がある」と題して、Blogしたいと思います。


 人()はなぜ、意味もなく卓球をやっているのでしょうか?


「意味もなく」という言葉の裏に、ふと立ち止まって「このピンポン玉を打ち合っている時間は一体なんなんだ?」という哲学的な疑問を感じます。


 確かに、重さわずか2.7gのプラスチックの球を、小さなラケットで板の上に打ち込み続ける行為は、客観的に見れば不思議な光景かもしれません。


 それでも人が卓球に惹きつけられるのには、いくつかの「意味を超えた理由」があるように思います。






 (出所)ニッタクHP「卓球ってこんな競技



1. 「フロー状態」への最短距離


 卓球は球技の中でもトップクラスにテンポが速いスポーツです。

 時速100kmを超える球が数メートルの距離を往復するため、脳は「考える」暇を奪われ、「反射」と「直感」だけの世界に没入します。 

 この余計な思考が消える「ゾーン(フロー状態)」に入る快感は、日常のストレスから解放される強力なセラピーになります。



2. 本能的な「予測と報酬」のサイクル


 回転(スピン)を読み、相手の逆を突き、狙い通りにスマッシュが決まる。この一連のプロセスは、脳の報酬系を激しく刺激します。


・予測する(どこに来るか?)

・調整する(どう打ち返すか?)

・結果が出る(決まった!) 


 このサイクルが数秒おきに繰り返されるため、中毒性が非常に高いのです。

 


3. 「小さな宇宙」でのコミュニケーション


 卓球台は、相手との距離が非常に近いのが特徴です。

 ネットを挟んで向かい合う時間は、言葉を使わない濃密な対話に似ています。 

「意味のある会話」をするよりも、ただ球を打ち合っている時の方が、相手の性格やコンディションが深く理解できることもあります。



4. 身体を動かすこと自体の喜び


 生物学的に、人間はリズムに合わせて体を動かすことに快感を感じるようにできています。 

 卓球の「カツン、カツン」という小気味よいリズムと適度な運動量は、ドーパミンやセロトニンの分泌を促し、理屈抜きに「気分を良く」させてくれます。



 結論として 人が意味もなく卓球をやるのは、「意味を探さなくていい時間」そのものが、現代人にとって最大の贅沢であり、癒やしだからではないでしょうか。


 もし、あなたが最近卓球をやって「何の意味があるんだろう」と感じたのであれば、それは脳が少し疲れ気味で、効率や正解を求めすぎているサインかもしれません。




 それをふまえ、参考までに谷川俊太郎さんの詩の中から「ピンポン」を紹介したいと思います。


「ピンポン」


硬くて白く小さな球が

人と人との間をゆききする

それで勝負が決まるのだ

ピン! ポン!

それで勝負は決まるのだ

頑なに打ち返し

ピン ポン

一刻も心許さず

ピンポン

もはやたわむれているのではない

これも戦いー

何故か可笑しく

何故か淋しい

地球の光景だ



 詩集「空の青さをみつめていると」

  (谷川俊太郎)より