古き良き時代の一流卓球選手(日本)の「格言・座右の銘」をいくつかご紹介します。
(「Gemini」より作成)
●荻村 伊智朗(おぎむら いちろう)
世界選手権でシングルス2回、ダブルス3回、団体5回の優勝を果たした「卓球の神様」と呼ばれた選手です。
・「自分の前に立ちはだかる強敵は、時として一生の友になる」
・「なんのために卓球をやるか。“好きだから”の限界を踏み越えろ」
単に好きだからという理由だけでなく、人間としての文化の向上に貢献するという高い志を持つことが大切だと語っています。
・「51%の確率で入ると判断したボールはすべてスマッシュをしていく。」
一流選手同士の試合では、ミスを恐れて守りに入ると勝てない。わずかでも勝てる可能性があれば、果敢に攻めるべきだという彼の哲学が込められています。
●江口 冨士枝(えぐち ふじえ)
1957年の世界選手権でシングルス・混合ダブルス・団体で優勝を果たし、日本卓球黄金時代を築きました。
・「私は不器用なんですわ。だから人の何倍も努力せなあきまへん」
・「自分で考えて自分で実行して、それで結果が悪かったら自分の責任ですやん」
●松崎 キミ代(まつざき きみよ)
1959年と1963年の世界選手権女子シングルスを制覇した選手です。
・「勝てると思うな、負けると思うな」
試合に臨む際の心境を表した彼女の信条です。勝利への焦りや敗北への恐怖といった感情を捨て、目の前の一球に集中することの大切さを教えてくれます。
・「男子に負けられないぞ」
練習では男子選手に負けまいと、江口冨士枝選手とともに「男子の倍は練習しよう」と誓い合っていたそうです。
●長谷川 信彦(はせがわ のぶひこ)
「卓球の天才」と称され、史上最年少で全日本チャンピオンに輝きました。
・「自分は運動能力が人よりも劣る。それだったら人の2倍、3倍のトレーニングをすればいいじゃないか。努力すれば運動能力なんて、後からついてくるものさ」
類まれな才能を持ちながらも、それを過信せず、人一倍の努力で技術を磨き続けた彼の姿勢がよくわかる言葉です。
●伊藤 繁夫(いとう しげお)
世界選手権で男子シングルス優勝を成し遂げた、日本男子卓球界のレジェンドです。
・「安定は動の中にあり」
この言葉は、高校時代の恩師から教わったもので、伊藤選手の座右の銘となっています。安定した状態を保つためには、絶えず変化し、挑戦し続けることが重要であるという考えを表しています。
●河野 満(こうの みつる)
世界選手権で団体優勝を果たした日本のエース。特に中国のトップ選手との激闘は伝説となっています。
・「人が持っていないものがあれば、自分は身につける。人が同じものを身につけたら、自分はそれをもっと高める。人が同じように高めたら、自分はもっと磨きをかける。人が同じように磨きをかけたら、自分は新たなものをつくり出す」
中国の伝説的選手、荘則棟の言葉を座右の銘としていました。常に他者を一歩上回る努力と、既存の常識にとらわれない発想を持つことの重要性を説いています。
・「無の状態でプレーすることが大事」
勝ちたい、負けたくないといった雑念を捨て、ただ目の前のプレーに集中する「夢中」の状態こそが、最高のパフォーマンスを生むと語っていました。
●高島 規夫(たかしま のりお)
全日本選手権で3度の優勝を誇る、カット主戦型の選手です。
・「青春の特権とは何か。それは時間を気にする必要がないことだ。時間を気にしなければ、夜も寝ないで練習することができる」
卓球に全てを捧げた自身の経験から生まれた言葉です。若いうちに時間を惜しまず努力することの大切さを伝えています。
・「他人に20km走れとか、夜通し練習をやれ、と言われてやるのでは意味がない。気づいたら20km走っていました、気づいたら夜通し練習してましたというのがチャンピオンになる人の異常行動です」
他人から強制されるのではなく、自らの意思で限界を超えて努力する「異常なまでの情熱」こそが、一流選手になるための秘訣だと語っています。
●小野 誠治(おの せいじ)
日本男子最後の世界選手権シングルスチャンピオンとして知られています。
・「前を走る人がいても、必死で努力を重ねていけば、必ず追いつける日が来るんです」
この言葉は、才能に恵まれながらも、地道な努力を重ねて世界一に上り詰めた彼の卓球人生を物語っています。
・「手の届く目標では、達成と同時に満足してしまう。少し背伸びをして、手が届くか届かないくらいの目標を持った方がいい」
常に高い目標を掲げ、成長を止めないことの重要性を語っています。
●松下 浩二(まつした こうじ)
日本人として初めてプロ卓球選手となり、Tリーグのチェアマンも務めた選手です。
・「やっぱり1番になりたい。一番を目指していこう」
VICTASという卓球メーカーを立ち上げた際、「明日の勝者になろう」という意味を込めて命名したと語っており、常にトップを目指す姿勢を貫いています。
