週末は水探しに終わりました。

遠くの親戚や兄妹たちの協力で、少しずつ集まりました。

今日の水道水は放射性ヨウ素は不検出でした。

地震以来、悪い夢をみているような日々です。

品薄のスーパーの棚を見たとき、
水を買う長い列に並んでいるとき、
ドラッグストアにおむつが1袋もないとき、
研究職のシロさんがやけに数値に神経質になっているとき、

これは夢かな?
と思ったりします。

復職前に、歩き始めたマルちゃんと公園に行って思いきり遊ぶつもりだった。

スイミングでお友達といっぱい遊ぶつもりだった。

ママチャリにマルちゃんと乗る練習をするつもりだった。

あれ?

今はどうしてる?


幸い?
金曜日から1年半ぶりの復職。
自分の現実感を取り戻すにはちょうどいいです。
マルちゃんにも託児室で新しいお友達ができるでしょう。

日常を取り戻さなくちゃ!
あおってはいけませんが、私の住む東京ではペットボトルの水が品切れです。

昨日、水道水に基準値を超えた放射性ヨウ素が含まれており、乳児には水道水を飲ませるのを控えるようにと東京都が発表しました。

1歳5ヶ月のマルコには東京都からの水の配布もありません。

それはいい。
マルコより小さい子たちを優先して欲しい。


さて、マルコはどうするか。

家族、親戚の協力を得ていくらか水を得た。
(買い占めたのではありません)

ちょっと遠くに住む上司が、『うちの地域は基準値を超えてないから自宅から水を汲んでこようか?』と声をかけてくれた。

近所でやっとみつけた水を『うちの分もあげる』と譲ってくれた50歳代の知らない奥さん。

弱っている私にありがたい言葉の数々。
涙がぽろぽろ出た。

本当に周りの人の思いやりに感謝します。

私もその思いやりをいつか違う形で返せるようになります。

私は仕事柄、病気や事故はふだんの生活と隣り合わせ、今日元気だった人が明日も元気とは限らないと常日頃思っていました。
だから健康に日々感謝し、シロさんとケンカしてもその日のうちに仲直りしてきました。


でも、私は震災がふだんの生活と隣り合わせとは思ってなかったんだなぁとつくづく感じています。

防災意識が低すぎたのです。


今日は、水道水の基準値は下回ったそうです。
嬉しかった。
マルちゃんが元気になってきてホッとする一方で、私が精神的にきつくなってきました。

あの日。
熟睡中のマルちゃんを抱き、揺れがおさまるのを待ちながら、余震の怖さを感じながら、リアルタイムで観た被災地の映像。

見る見る間に大きな船が津波で港に乗り上げた。
見る見る間に津波が田園風景を飲み込んだ。

こりゃダメだ、と思った。
過呼吸になりそうになったので、深呼吸を繰り返した。
過呼吸になったのは今まで陣痛の最中だけ。

シロさんとは何時間も連絡がつかなかった。

やっと連絡がついてシロさんが『何とかして帰る』と言ったときも、シロさんの帰路が心配で喜べなかった。

震災後も安定した状況で生活しながら、ふと過呼吸になりそうになる。

マルちゃんを授かる前、仕事が忙しく、その忙しさに自分の存在意義を見出だしていた私は、自分の心の痛みに気づかず、忙しさが一段落したときに急にひどい体調不良になった。

なぜ体調不良になったのか。

心の痛みを感じながら何でもないふりをしていたことに気がついたのは、だいぶ後になってからだった。

私は弱い人間で自分の心の痛みに向き合うことができなかった。

あのときから自分の心の痛みにきちんと気がつこうと決めた。

私は今つらい。


被災地の皆様は比較にならないくらいつらいだろう。

希望がみんなを包みますように。