古代史発見

 東日本大震災で児童・教職員84人が死亡・行方不明にとなった宮城県石巻市の大川小学校が、17日児童7人の門出を祝いました。


 昨年の震災当時5年生だった 15人のうち6人が死亡・行方不明となり、震災後に2人が転校しました。残った7人が、そして、この日は他の保護者も子供の遺影を持って、卒業式会場を訪れ一緒に卒業しました。


 学校は式に参列した遺影を抱えた保護者にも、『卒業証書』を授与し祝いました。大川小学校は明治6年(1873年)桃生郡釜谷小学校として創立されて現在に至りました。


 小学校は海岸から約5キロメートルの距離にあり、地震発生から約50分後に津波に襲われました。当時の在籍児童108人のうち、70人が死亡、4人が行方不明となり、教職員13人のうち、不在だった校長ら3人を除き9人が死亡、1人が行方不明となりました。


 亡くなった皆さんの御冥福を祈り、行方不明の方々の一刻も早い発見を祈ってます。



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 ビオトープを覆っていた網を上方に張り替えました! この網がないと、後の森からビオトープが埋まりそうな位落ち葉が舞い込むのです。

 以前は柵より低く張ってましたが、思い切って高さ2メートル越えまで引き上げてみました。草刈作業は格段に楽になりましたが、その分風圧も増してます。

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 江戸時代の享保年間(1716~1735)の雛人形には、七本の剣状の髪飾りがありました。古代からの七福の伝統を雛飾りに反映したものです。後光や光背とは違います。


 他の特徴は面長で、能面のまなざしにあります。錦や金襴を用い華やかな雰囲気を醸し出しているため、特に享保雛と特別に呼ばれています。徳川吉宗将軍の時代でもあり、将軍も楽しんだことでしょう。おひなさま