サザエさんー道徳-8

 

自分でやるべきことは他人に頼まない!

 

朝日文庫版28巻〔45頁〕・昭和39年

『カツオ君が1000円札を持って、サンダルを履きながら、サザエお姉さんに「なにかってくるの、“女性週間”?」と尋ねています。エプロンを着て、忙しそうなサザエさんは、「ちがうわよ”婦人自身“よ」と返事をしています』

『家を出て行ったカツオ君が、慌ただしく家に戻って来ました。窓の外に戻ってくると大きな声で「またわすれたヤング女性だった!」と確かめています。窓をガラッとあけたサザエさんは、少しだけ怒った顔をして「婦人週間!!」と怒鳴り返しました』

『お母さんが、サザエさんに、「それはもよおしじゃないの」と言って叱りつけています。すると、サザエさんは、「あ、そうか・・・・、」と頭を叩いています』

『サザエさんは、エプロン姿のまま外の飛び出し、「エーイじぶんでいったほうがよかった!」と言いながら、カツオ君を追っかけています』

 

サザエさんが、カツオ君に「婦人週刊誌を買ってきて」と頼んだようです。物覚えが悪いカツオ君は、女性週刊誌を買ってくるように頼まれ、直ぐに何を頼まれたか判らなくなり、サザエさんに、「女性週刊」だったかなと確認しました。サザエさんは、カツオ君の言う週刊誌名が間違っていたので、「婦人自身」と正しました。ところが、カツオ君は、実に物忘れがひどく、家を飛び出して走っている内に、「婦人自身」が脳の中から消えてしまい、「ヤング女性に変わってしまいました。「ヤング女性」??だったかな~と判らなくなり、確かめるために戻って来ました。聞かれたサザエさんは、「婦人自身」「女性週刊」や「ヤング女性」と頭の中が混乱し面倒くさくなり思わず「女性週間!!」と答えました。

2人のやり取りを聞いていたお母さんが言いました。

「それはもよおしじゃないの」

『もよおし』が直ぐに何のことか分かりませんでした。何のことかな?

『もよおし』『催し』と変換して思い当たりました。「催し物」のことか!そうかその時期、「婦人週間」が催されていたのか!サザエさんは、物覚えの悪いカツオ君が、女性週刊誌の名前を、色々と言ってくるので、つられて、ついつい、その時期に催されていた「婦人週間」「婦人週刊」誌のように「ふじんしゅうかん」といったようです。

お母さんは、サザエさんが言う「ふじんしゅうかん」を正しく「婦人週間」と聞いていました。

サザエさんも、カツオ君に頼まず自分でやれば面倒なことはないですよ。

サザエさんー道徳-7

 

大事な旦那さんを足蹴りにして良いのでしょうか?

 

朝日文庫版27巻〔14頁〕・昭和38年

『カツオ君の友達が、沢山遊びに来ています。お母さんは、子供たちのお世話で忙しそうです。今も、カツオ君が、鼻血を出した女の子をお母さんの所に連れてきて、「あきちゃんはなぢがでた」と手当を頼みました。お母さんは、救急箱を、持ち出して、女の子の鼻血の手当てをしています。お母さんの後ろには、トランプのカードを束ねて持った男の子が、やって来て、「わかめちゃんずるいよぼくのカードみるの」と文句を言っています』

『お母さんは、台所で林檎の皮を剥いています。お母さんの周りに、遊びに来ている5人の子供たちが、集まり、ガヤガヤとお喋りをしています。坊っちゃん刈りの男の子が、「ぼくたまごやき」、隣の女の子が、「あたしオサシミいや」、その隣の女の子が、「ニンジンきらい」、又その隣の坊主刈りの男の子が、「ぼくラーメン」とそれぞれ勝手なことを言っています。そして、靴下を手にぶら下げた女の子が、林檎を剥いているお母さんの前に靴下を突き出し、「おばさん くつしたあらって」ととんでもないことを言っています。お母さんは、汗を流して、リンゴの皮を懸命にむいています』

『お母さんが、飲み物を入れた6杯のコップを、お盆に乗せて、子供たちに運んでいると、女の子が、お母さんのエプロンの裾で涙を拭きながら、「うちにかえりたくなった」とお母さんに甘えるように言いだしました。そんな忙しそうなお母さんの所に、お父さんが現れ、お母さんに向かって、外を指さしながら「おいぐったりしてげんきがないぞ」と訴えています。そんなお父さんを振り返り、お母さんは、形相を変えまし』

『お母さんは、コップが乗せたお盆を手に持ったまま、お父さんに「なに植木?そんなことたぁどうでもよろしい!!と大きな声で怒鳴ると、着物の裾から足を突き出し、お父さんを、縁側から庭の方に、激しく蹴り落としました。お父さんは、お母さんの足蹴りで、泣きッ面をして、庭の地面にお尻から落ちてゆきました』

 

カツオ君、駄目だよ!沢山の友達を招待するから、お母さんは、そのお世話で忙しく、気が立ったようだよ。しかし、君のお母さんは、すごいね!お父さんを廊下から蹴り落としてしまったぞ!お父さんは驚いただろうなア。

カツオ君!お母さんは、多分、君に喜んでもらおうと、懸命にご馳走をしようと忙しかったんだ。

でも君の友達が、余りにも行儀が悪く、ガヤガヤと騒ぎ過ぎるもんだから。多分、お母さんは、相当イライラしたんだと思うよ。

そんなとき、君のお父さんは、能天気な人だよね。忙しそうなお母さんのことは、何も思いやっていないんだ。

女の子が、帰りたいと悲しくなってお母さんの所に行った時、お父さんは、女の子の心配などせず、多分、水やりをさぼって元気のない植木のことを心配しているんだよ。

「おいぐったりしてげんきがないぞ」

とは女の子を心配したのではないんだ。植木のことだったんだ。

お父さんも、お母さんが忙しのだから、女の子に

「よしよし、元気出しなさい、帰りたくなったのなら、オジサンが送って行こうか?

くらい声をかければ、お母さんの助かるのに。

しかし、お母さんが、怒ったら、本当に怖いね!

お父さんを、廊下から蹴り落としたよ。すごいキック力だ。サッカボールじゃないんだから、旦那さんをそんなに激しく蹴っては駄目だよネ。

しかし、これもカツオ君が悪い。お行儀の悪い子を沢山招待しすぎた。

お父さんと一緒にお母さんに謝りなさい!

サザエさんー道徳-6

 

カツオ君!余計なことを言ったら駄目だよ!

 

朝日文庫版26巻〔73頁〕・昭和38年

『花嫁衣装に文金高島田の娘さんが、紋付を着たお母さんを引き連れ街中を歩いています。その後に沢山の野次馬がぞろぞろと付いていきます。カツオ君も、何を思ったのかハッとして見ています』

『カツオ君は、知り合いの青年の家に飛んで行きました。カツオ君は、窓辺に出てきた青年に何かを教えています。その青年は、眉を逆立てて怒り、カツオ君の頭をポカリと殴ってしまいました』

『家に帰ったカツオ君は、頭に大きなタンコブを乗せて、お父さんとお母さんの前で大泣きしています。お父さんは、着物の袖をまくり上げ、「お嫁さんがとおるのをしらせたのになぐるとはけしからん」とカンカンになって怒っています。お母さんは、カツオ君がかわいそうだと思い、「むちゃだわ」と怒っています』

『お父さんは、カツオ君を引き連れて、青年の文句を言いに行きました。青年は、カツオ君が、あの時、「しっかりしなよ また行かれちゃったじゃないか といったんだ!ちくしょう・・・・・・・・」と言ったんだ、と言うと溢れる涙を袖口で拭っています。お父さんは、「あいすみません・・・」と青年に謝り、泣き続けているカツオ君の頭を押すようにして帰りました』

 

カツオ君、駄目だよ、失恋したのかもしれない、いや!失恋したに決まっている青年に、そんな余計なことを言っては駄目だ!

青年は、「しっかりしなよ また行かれちゃったじゃないか といったんだ!ちくしょう・・・・・・・・」とまで言われれば、悲しくなり、カツオ君に対して大きな怒りが込み上げたに違いがない。その証拠に、君の頭の上に乗っているタンコブは、今まで見たこともないくらいデカイぞ、痛かっただろうな!

そんな大きなコブを乗せた君を見たお父さんは、「カツオ君は、ただ単に、青年に「お嫁さんが通っているよ見てご覧!と言いに行ったに違いない」と思ったんだネ。

君が言ったのは、そんな単純なことではなかった。

繰り返し失恋している青年に対して

「しっかりしなよ また行かれちゃったじゃないか」

とは、かなり強烈だったんだ!

青年に息子を殴られて、抗議に行ったお父さんは、真実を知り、そういうことだったらカツオが間違っていると判断し、

「あいすみません」

と言うと

「・・・・・」

と何にも言えなかったじゃないか!

カツオ君!前にも云った通り

「大人をカラカッたら駄目だ!

サザエさんー道徳-5

 

大人をカラカッテはいけません。楽しみにしているお坊さんが可哀そうです。

 

朝日文庫版24巻〔6頁〕・昭和37年

『カツオ君が友達とお寺に遊びに来ています。友達らは、お寺の木に登って遊んでいます。カツオ君は一人、お寺の方に興味を持ったのか、お寺の本堂に特有の独特の形をした窓である火炎窓から部屋の中を覗きました』

『部屋の中には、何かをしているお坊さんがいました。そのお坊さんを見たカツオ君は、大きな声で「ぼんさーん・・・」と歌い出しました』

『窓の奥には、スキーの道具のスキー板ストックを板の間一杯に拡げられて、法衣を着たお坊さんが、スキー板を布切れで一生延命に磨いていました。カツオ君は、そのお坊さんを見て、「スキーを買うを・・・」と続けて大きな声で歌っています。お坊さんは、そんなカツオ君をギョロリと睨みつけました』

『睨みつけられたカツオ君は、お寺の石畳を懸命に、「よーさこいよさこい・・・」、と大声で歌いながら走って逃げています。その後ろから法衣を着たお坊さんは、ストックを大きく振り上げて怖い顔をして追っかけています』

 

カツオ君危ない、逃げろ!そのストックを打ち降ろされたら、駄々では済まんぞ!大怪我して入院だ!

カツオ君!お坊さんだって人間だ!スキーだってするぞ。

お坊さんが、スキー板を磨いているのが奇妙だったのかな。

黒い法衣の裾や袂を翻しながら滑っていく格好を想像して、滑稽に思えたのかな!坊さんが途中でひっくり返ったら面白いね、確かに!白い雪の中に、黒い法衣が滑って行くのは格好いいけど、広い雪の中ひっくり返ったら目立つだろうね。

カツオ君は、坊さんの奇妙な姿を想像して、咄嗟によさこい節の替え歌を作って歌ってからかったんだな。

しかし、坊さんは、酷く怒ったね。スキーを振り上げて追っかけてくるんだもの。カラカッテいる余裕はないよ!スキーを振り上げた坊さんが来る!急いで逃げろ!危ない!

坊さんがスキーを買っても良いんだぞ!カラカウな!!

土佐の高知の はりやま橋で

坊さんかんざし 買うを見た

よさこい よさこい

御畳瀬(みませ)みせましょ 裏戸を開けて

月の名所は 桂浜

よさこい よさこい

言うたちいかんちゃ おらんくの池にゃ

潮吹く魚が 泳ぎより

よさこい よさこい

 

カツオ君!お坊さんは、次のお休みに“スキーに行くのを楽しみにしているんだよ”。そんなお坊さんをカラカッテはいけない。大人をからかうのは道徳違反?だ、止めたがいいよ。

サザエさんーワカメちゃん春だよ!

 

もうすぐ、今年も春がやってきます。春が来たら、童謡「春が来た」を歌いましょう。

 

朝日文庫版22巻〔44頁〕・昭和34年

『春らしい丈の短いワンピースを着たワカメちゃんが、麦わら帽子を手に、満面笑顔で玄関から勢いよく飛び出してきました』

『麦わら帽子を持った手を大きく振り、「はーながさくはーながさくどこぬさくー」と元気よく歌いながら大股で歩いています。自転車に乗った郵便配達員さんとすれ違いました。配達員のオジサンは、ワカメちゃんの歌声を聴きながら、ニッコリ笑っています』

『郵便配達のオジサンは、邸宅の前に自転車を止め、郵便物を郵便投入口に投入しながら「やまーにさく、さ―とにさく」と続けて歌っています』

『邸宅のお爺さんは、郵便箱から“はがき”を取り出し、書面に黙読しながら「のーにもさく~~」と続けて歌っていま』

 

ワカメちゃん⇒郵便配達のオジサン⇒邸宅のお爺さんと、続けて、

花がさく 花がさく どこにさく  山にさく 里にさく 野にもさく」

と歌っています。

ただそれだけで、起承転結の落ちも良く判りません。四コマ目の意外な展開もなく、四コマが、歌詞通りに、話が展開する作品でした。

「花がさく 花がさく どこにさく  山にさく 里にさく 野にもさく」

の歌詞は、

童謡「春が来た」の2番です。

1.春が来た 春が来た どこに来た  山に来た 里に来た 野にも来た

2.花がさく 花がさく どこにさく  山にさく 里にさく 野にもさく

3.鳥がなく 鳥がなく どこでなく  山でなく 里でなく 野でもなく

 

どうやら1番の「春が来た 春が来た どこに来た  山に来た 里に来た 野にも来た」を歌わせずに、一コマ目の「春らしい丈の短いワンピースを着て、麦わら帽子を手に、満面笑顔で玄関から勢いよく飛び出してきワカメちゃんの姿で、“春が来た”ことを表し、1番を飛ばし、2番の「花がさく 花がさく どこにさく  山にさく 里にさく 野にもさく」と歌ったようです。

皆で軽が来たことを喜んでいる作品のようです。

4コマ目の、「書面に黙読しながら「のーにもさく~~」と歌っているお爺さんの姿に」に意外な面白い落ちがあるとは、どうしても思えません。

もうすぐ、今年も春がやってきます。春が来たら、童謡「春が来た」を歌いましょう。

サザエさんー大相撲入門希望の外国人

 

横綱に必ずなってください。琴バウアーの横綱を見たい。

 

朝日文庫版20巻〔33頁〕・昭和33年

『サザエさんのお父さんが、背広姿の痩せ細った外国人を、大相撲のデップリと大きい親方に引き合わせています。サザエさんのお父さんは、外国人を、親方に「ぜひすもう界に入りたいといわれるので」と言って紹介しています。親方は、痩せた外国人を見て驚いています』

『親方は、外国人に腕まくりをさせ、力瘤を作らせています。細い腕と小さな力瘤を、掴んだ親方は「とてもこのたいかくじゃすもうとりはむりでしょう」と渋い顔をして言っています』

『サザエさんのお父さんは、外国人を指さして「いえ、こちらは行司しぼうでして」と言っています。親方は、更に、驚いています』

『外国人は、メモ用紙を両手に拡げて持って、「ハ、ツケヨー イノコ ッタ!イノコ ッタ!と読みあげています。サザエさんのお父さんは、親方に「だめでしょうか?と尋ねています。親方は、頭をフリフリ複雑な表情をしています』

 

大相撲も国際化し、外国人力士に、横綱を独占されている状態です。しかし、昭和30年代は、外国人力士は、いなかったのはないでしょうか?サザエさんの中に、上記の作品がありました。どうやら、日本の大相撲に興味を持った外国人が紹介されています。外国人は、ホッソリとした人で、相撲を取ったら潰されてしまいそうです。サザエさんのお父さんに紹介された親方も、その姿を見ると、さすがに、相撲取りには出来ないと思ったでしょう。ちゃんこ鍋やご飯を沢山食べさしても、とても相撲取りにはなれないと、思ったでしょう。

当の外国人も、相撲取りになるつもりではなかったようです。行司志願でした。

でも、親方は、外国人が、読み上げた掛け声を聞いても、「これはアカンは」と思ったでしょう。

 

昭和60年代に入り、ハワイから、そして諸外国から、なかんずくモンゴルから、大相撲にやって来ました。モンゴル相撲の勇者たちは、日本の大相撲を、忽ちのうちに席巻してしまいました。これはいかん、盛り返さなければ、琴奨菊は、それが出来ることを示してくれました。

 

大関:琴奨菊関優勝御目出とう。久々の日本人力士の優勝に思わず涙が出てしまいました。外国人力士、特にモンゴル人力士に、大相撲の幕内優勝が続き、悔しい思いをしていましたが、久々の日本人力士の優勝でスッキリとしました。時間直前のルーティンの琴バウワーを興味深く見ていましたが、ラクビーの“五郎丸ポーズ”に続くブームとなるでしょう。

琴奨菊関は、これまで贔屓ではありませんでした。私の贔屓は栃皇山関ですが、残念ながら、今場所7勝8敗で負け越してしまいました。頑張ってもらいたいものです。

ところで、初めて知りましたが、琴奨菊関は、福岡県柳川市の出身でした。私も少年時代、柳川には度度遊びに行き、思い出に残っている町です。特に、海に貝を取りに行ったのを思い出します。干潮になる前に沖まで小舟に乗せられて、まだ完全に干潮になる前に、膝まである海水に浸かり、貝を取っていました。タイラギ、タイラガイと言われる大きい貝で、砂の上に出ている貝殻に熊手のツメを叩き込み砂の中から引き上げて取っていました、沢山取れました、貝柱が、大きく美味な貝です。

話は変わりますいが、昔、大相撲に、豊登という関取がいました。大相撲から、プロレスに転向しました。彼の特徴は、太い腕で、力瘤を作ると腕の筋肉の太さは、顔の大きさは有ろうかと思うわれるほどでした。

琴奨菊関を見ていて気付きました。肩から腕の大きさに驚かされます。まるで肩から太い丸太が生えているようです。テレビでトレイニングの様子が紹介されています。このトレイニングで、腕の大きさに、なるほどと納得しました。

 

今後に期待しています、横綱に必ずなってください。奥さんも大変可愛い!

サザエさんー道徳-4

 

良くないことをする時は、「事前の準備が必要です」は、いけません。

 

朝日文庫版17巻〔84頁〕・昭和32年

『クリスマスの日、サザエさんが、大きなサイフを手にして大喜びです。嬉しそうな笑顔をして「まあ!!カツオがあたしにプレゼントを!!」と喜んでいます。財布には玉のような飾りもついています。プレセントしたカツオ君は、サザエさんに喜んでもらって幸せな笑顔をしています。ワカメちゃんもタラちゃんも、それぞれ、貰ったプレゼントを手にして大喜びです』

『サザエさんは、貰った財布をお母さんに見せ、カツオ君を抱きよせると、「ありがとう!!はだみはなさずもってるわ」と言いながら、頭に、チュウをしています。お母さんは、にっこりとし、カツオ君は、チュウされては、はにかんでいます』

『カツオ君が、食器棚のガラス戸を開き、中に入れてあるお菓子を盗もうとしました。その時、チリンチリンチリンと鈴の音が近づいてきました。カツオ君は、音の方を振り返り、お菓子を盗むのを止めました』

『カツオ君に貰った財布をエプロンのポケットに入れたサザエさんが、お盆に載せた食器を「チリンチリン」と鈴の音を鳴らしながら、運んでいます。カツオ君は、食器棚にもたれ、素知らぬ顔をして、「おねえさんにスズをつけてボクも一安心だ」と言いながら広げた本を見ています』

 

幼いころ読んだイソップ物語を思い出しました。多分こんな話だったでしょう。「ある屋敷の天井裏に沢山のネズミたちが住んでいました。屋敷には、沢山の食べ物があり、ネズミ達は、裕福に食らいていました。生活環境が良いと、家族もどんどん増えます。ネズミ達は、屋根裏を、騒がしく走り回り、彼らの生活の拠点は、天井らだけではなく、屋敷のあらゆる場所に広がり、ネズミ達は、あらゆるところに姿を現しました。ついに屋敷に住んでいる人間が困り果てて、ネズミの天敵のを飼い、ネズミを退治することにしました。さすが、ネズミの天敵として知られる猫は、ネズミ達を捕え、食べ始め、次第にネズミの数が減っていきます。

ネズミの長老は、「このままでは、俺たちネズミはこのお屋敷から駆除されてしまう」思いました。そして、「そんなことがあってはならぬ、皆と対策を話し合おう」ということになりました。

ある夜、お屋敷の、屋根裏の奥にネズミ達が集まり、「猫から身を守るにはどうしたらよいか」の検討会を始めました。色々の案が出ました。若いネズミが、勢いよく意見を述べました。

「猫が、俺たちのすぐ近くに忍んで来るのを、一刻も早く知るにはどうすればよいかを考えよう。それには{音}で猫の動きを知るのがベストだ」

そして、そのネズミの若者

「ネコにスズをつけよう」

と得意げに主張しました。

それを聞いていたネズミの長老が、

「鈴の音で猫の動きが判れば、確かにいい案だ!しかし、君!猫にスズをどうして付けるんだ!良い案であっても、実施不可能で有れば単なる思いつきに過ぎんぞ」

と言いました。

 

話は変わり、カツオ君は、お菓子を盗み食いをするために「邪魔になるお姉さんの行動」を、音で知るため、ネズミが考えたのと同じように「鈴をつけること」を思いつきました。それも単なる思い付きではなく、実行できたのです。カツオ君は、姉さんが喜ぶプレゼントの財布にスズを取りつけたのです。

見事に成功しました。お姉さんが、カツオ君がくれた財布を喜んで身に付けたので、スズは、「サザエさんは此処にいますよ!近くにきますよ!」と教えてくれました。

こんな事をするカツオ君は、道徳に反しますか?

そんなことより、道徳に反することが、次々と出てきましたというのですか?

そうですね、廃棄食品の横流し問題、甘利経済相の金銭授受問題、道徳科目の教科書も作っているはずの教科書会社の謝礼贈与問題など次々と続きますね!

モラルに欠けた人達が多すぎます。困ったことです、何とかしなければ、北野武さんに聞いてみたいものです!

サザエさんー道徳-3

 

人に迷惑を掛けない。決まったことは守る。

 

朝日文庫版17巻〔59頁〕・昭和32年

『カツオ君が、珍しく部屋の掃除をしています。コタツと、数冊の本を縦に並べて置いてあるのある部屋です。部屋の中は綺麗に整理されています、カツオ君が掃除したようです。部屋の中を座敷箒で掃いていると、窓の外に友達がやって来て、「あそぼう」と誘っています。カツオ君は、嬉しそうに「すぐいかぁ」と返事をしています』

『カツオ君は、台所へ飛んで行って、料理をして忙しそうなサザエさんに、「チリトリはどこ?」と聞いています。サザエさんは、振り返りもせず「さぇねェ-」と返事をしています』

『カツオ君は、勝手口まで行くと、外で白菜を大きな樽に漬けているお母さんに、「チリトリしらない?」と聞いています。お母さんは、大きな樽に白菜を忙しそうに漬けながら、カツオ君の方に振り向くこともなく「しらないよお母さん」と言いました』

『掃除していた部屋に戻ったカツオ君は、周りを見回して誰も見ていないのを確かめると、履き集めていた塵ぐずを、部屋の真ん中に置いてあるコタツの掛け布団をめくって、その中に履き込んでいます』

 

カツオ君!誰も見ていないからといって、そんなことはしてはいけないぞ!

君のそのずるい行為で、誰かが迷惑を被るぞ。

いや、コタツは、大変迷惑な思いをしているぞ。コタツ君は、君たち家族を温めてやっている。だから、その中は綺麗にしておくべきだ。ゴミ屑が入れておくなぞ、大変失礼な話だ。

 

なんだってカツオ君!、

「僕が掃除している時、仲のいい友達が遊びに来た、一番の仲良しの友達だ。直ぐに飛び出したい。僕の掃除は、ほとんど済んで、履き集めた塵を捨てるだけだったんだ。イッタイゼンタイ、チリトリは何処に置いているんだ。僕は、お姉さんにもお母さんにも、チリトリはどこ?と聞いたのに。2人とも、しらないとは何たることだ。こんな時間のない時に探し回る暇はないんだぞ!チリトリの置き場所くらいチャンと決めとけよ!」

 

だけどカツオ君、

人が見ていないところで、良くないことをしてはいけませんと言うのは道徳じゃないのかい!」

なんだってカツオ君!!

「そんなことより、皆で使うものは、皆が迷惑にならないようにチャンと決めておくこと、そして使ったら、決めた場所に戻しておくことは、僕の決めた道徳だ!」

と言いたいのかい?

「そうだね。それも道徳かもしれないね。カツオ君、お母さんも姉さんも、君の決めた道徳に反しているようだから、2人が気付かない内に、早く、履き集めた塵をコタツの下に履き込んで、誘いに来た子と友達と遊びに行けよ!!」

どうやら道徳に反しているのはお互い様だからね。

サザエさんー道徳-2

 

寝そべっている親を跨ぐのは、親を敬うという道徳に反するか?

 

朝日文庫版17巻〔43頁〕・昭和32年

『サザエさんは、夕食の準備をしていました。ジャガイモの皮を包丁で剥きながら、ふと、部屋の方を見ると、大変気になることを目にしてしまいました』

『サザエさんは、「ワカメちゃん!!」と大声で叫びながら居間に入っていきました』

『居間には、サザエさんのお父さんが、食卓の傍でうつむけに寝そべって新聞を読んでいました。居間に走って入ったサザエさんは、寝そべっているお父さんの上を「お待ち!!」と言いながら、ヒョイと飛び越えました』

『部屋の奥には、筆箱、ノート、教科書が一か所に散らかっていました。サザエさんは、それらを指さして、「学校のお道具の上をまたいでいったりしてはだめだよ」と叱りつけています。ワカメちゃんは、黙って聞いています。お父さんは、サザエさんの方を見上げ、呆れたような顔をしている』

 

サザエさんの道徳は、なんだか変だ!親は敬うべきなのに、そうはせず、学校の道具は敬いなさいと言っている。「自分はお父さんを跨いでいるのに、ワカメちゃんには学校の道具を跨いだら駄目だ!」と叱りつけている。

サザエさんが、親であるお父さんを敬っているならば、寝そべっているお父さんは、跨がないはずだ。親を敬うというのは、道徳である筈だ、もし、「サザエさん、そんな不敬なことしたら駄目ですよ」と叱りつけたら、サザエさんは、何と言うのでしょう。「親を跨いではいけないということは道徳と関係ない、たまたま、お父さんが邪魔な場所に寝そべっているから、やむなく飛び越えただけです。親を敬う、道徳などと面倒くさいことは言わないで」と、反論するかもしれません。

しかし、学校の道具は跨いでいけないのに、親を跨いでも良いというのが、サザエさんの道徳であるなら、これもわかりません。道徳とは何かと自問する必要がある。道徳とはなんですか?と大辞林に聞いてみると、「ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体。・・・・」とある。なんだか理解できる。

しかし、北野武氏の「新しい道徳」(幻冬舎)を読んでいると、道徳とは何かが判らなくなってくる。

サザエさんが、お父さんを跨いだのは、道徳とは、なんら関係のない、邪魔なものを飛び越える、スポーツのような仕草だったかもしれません

ワカメちゃん、お姉さんの言うことはよく聞いて、学校の道具は跨がないようにしようね。

なんだってワカメちゃん!

「だって、お兄ちゃんが、こんなところに、学校の道具を一杯散らかしているんだもん。跨いで通らなければ通れないんだよ。お兄ちゃんに片付けるように叱ってよ」

そうだよね。お兄ちゃんは、駄目だと思うよ。散らかしたまま遊びに行ったんだね!

サザエさんー道徳-1

 

学校で教えて貰った道徳は、屁理屈を言わず、素直に、率先して実行しよう。

 

朝日文庫版17巻〔34頁〕・昭和32年

『サザエさん家の夕食の時間です。食卓の周りに、お父さんマスオさん、お爺さんの膝の上に腰かけているタラちゃんがいます。カツオ君もいます。カツオ君は、ランドセルを横に置いて、両手でエプロンを広げて持ち、「きょうがっこうでみそしるとテンプラをつくったよ」と得意そうに言いました。お父さんが「男の子が台所のことなんかならうのか!!」と驚いた顔をしています。マスオさんも少し驚いた様子です』

『お父さんとマスオさんは、カツオ君に、「こせこせして男は大成せんぞそんなこっちゃ!」とけなしています』

『カツオ君は、自分の使った、皿、茶碗、お箸を、お盆に載せて、「先生がふるい思想の人はみんなそんなことをいうっていってたよ」と言いながら台所へ運んでいます。お父さんとマスオさんはキョトンとしてカツオ君を見ています。タラちゃんは、お爺さんの膝の上で、頭を引っ掻いて無邪気に遊んでいます』

『カツオ君に続いて、お父さんが、茶碗とお皿とお箸をマスオさんの分も一緒にお盆に載せて、マスオさんは、ご飯のお櫃を持って、台所に運んでいます。台所で後片付けをしていたお母さんとサザエさんは、口をポカーンとあけてビックリしています』

 

子供たちが、お母さんに叱られています。

「自分が食べ後の食器は台所まで運びなさい」

しかし、お母さんの言うことが聞けない子がいます。食べた後の食器がテーブルの上は散らかったままです。

何事も、後片付けや後始末が出来るように、学校で[道徳]という教科で躾けるべきです。「そんなことは家庭で躾けるべきだ!」という人もいるでしょう。しかし、こんな事が出来る様な人に育てるのが学校の教育でしょう。小学校にも[道徳]という科目がちゃんとあるのですから、自分が正しい判断し実践できるように躾けることが学校教育に有るべきだと思われます。いや、本人が思うようにやることが、新しい道徳だという人がいますが、矢張り、社会を構成している一人として共通して持つべき新しい道徳ではなく、正しい道徳として、学校教育でシッカリと教育すべきでしょう。最近、悲惨な事件が多過ぎます、なぜあんな悲惨なことが、そして、あんなかわいそうなことが、できるのだろうと、衝撃を受ける事件が多発しています。多分、道徳教育が、シッカリと為されていれば、起きなかった事件も多々あるでしょう。

その点、カツオ君は、偉いですね!学校の家庭科の授業で、味噌汁を作り、テンプラも作っているのです。その上、「道徳」の授業で教えてもらい、勉強したのでしょうか?食事の後片付けを率先してやっています。昔、国民小学校「修身」の科目で「自分の心と行いを修めだたした」筈のお父さんもマスオお兄さんも、カツオ君を見習って、食後の後片付けをしています。

カツオ君!お父さんと兄さんの行いは良くないね!学校で教えてくれている授業を茶化しているのだから、しかし、学校で「台所のことでもシッカリと教えてもらい」、多分、教えてもらった「道徳」を、屁理屈も言わず、素直に、率先して実行できるカツオ君は、大変偉いと思いますよ。