サザエさん―シルバ(40)

 

優しいお爺さんと可愛い女の子―1

 

朝日文庫版14巻〔60頁〕・昭和30年

『鶏を一匹入れた飼育籠のある庭に、落ちていた女の子の洋服を、エプロン姿のお婆さんが拾っています』

『お婆ちゃんは、拾った洋服を両手で広げて持って、「うらのせんたくものがとんできています」と言いながら、縁側で、キセルでキザミタバコを喫んでいるお爺さんの所に行きました』

『お爺さんは、それを見るとお婆さんに「とどけておあげ」と優しく言いました』

『そして、部屋の中に目配せしながら、「ついでになかみもとどけちゃどうだい」と優しく言っています。お婆さんが部屋の中を見ると、そこでは、座敷机の上に画用紙を広げ、お日様が輝いている絵を、夢中になって描いている可愛いワカメちゃんがいました』

 

「おじいちゃん、お婆ちゃん、遊ぼう」と言って、隣の可愛い女の子が遊びに来るんですね。

きっとお婆ちゃんは、こう言います。

「オバアチャンは、まだ、お仕事があるから、ワカメちゃん、部屋にあがって、一人で遊んでいてね!」

お爺さんは、可愛いワカメちゃんが来た来たと嬉しそうに、座敷机の上に画用紙を広げ、

「ワカメちゃん!今日は、良い天気でお日様も出ているから、お庭の絵を描いてごらん」

と鉛筆とクレヨンを渡しました。

ワカメちゃんは、

「うん」

と言って、画用紙に丸を描いて、その周りに、線をいっぱい描き始めました。

お爺さんは、

「やあ上手だね」

と言うと、縁側に座り込み、キセルでタバコをのみはじめました。ポカポカ陽気で、ついウトウトし始めたら、直ぐに、お婆ちゃんが、女の子の洋服を持ってきました。隣から飛んできたと言うもんだから、よく見てみると、ワカメちゃんの洋服だ!

ワカメちゃんの絵も出来ているようだし、わしも、もう少し昼寝したい。

「婆さん、その服は、ワカメちゃんの洋服だぞ、届けてあげればいいよ、ついでにその洋服の中身も、あそこにあるからとどけておくれ。わしは、折角のいい天気だから、ゆっくりと昼寝するよ」

と言いました。お婆ちゃんは

「ハイハイ、お爺さん。ワカメちゃん、もうお絵描きすんだでしょう。お婆ちゃんと洋服と一緒にお家に帰ろう」

と言いました。

ワカメちゃんは、大きな声で、「はーい」と答える可愛い素直な子でした。

サザエさん―シルバ(39)

 

噂には、惑わされないようにしましょう。

 

朝日文庫版14巻〔52頁〕・昭和30年

『ツルツルのハゲ頭、濃い眉毛、大きな団子っ鼻のお爺さんが、着物を着て、襟巻をし、木製火鉢の横の座布団に座り、キセルで刻みタバコを、喫んでいます。何かブツブツ言っています。耳をそばだてると、「あたしゃきっぱりとごじたいします」と言っています。後ろの床の間には、掛け軸が掛けてあり。三味線が三味線立てに飾られています』

『隣の部屋には、サザエさんがいて、お爺さんの女将さんと話をしています。サザエさんが、「ししょうがしじゅほう章を!!マアもったいない」と残念そうな顔をして女将さんに言いました』

『女将さんは、少し声を落として、サザエさんにやっと聞こえるくらいの小さな声で、「きたらきっぱりじたいするってまちかまえているんですがいっこうにこないんで」と打ち明けてくれました』

『隣の部屋のお爺さんは、大変機嫌が悪く、濃いい眉毛をぐいと釣り上げ、ハゲ頭の天辺から湯気を立て、「おテルお茶!!」と女将さんにヤッ当たりをしています。それを聞いた女将さんは、隣の部屋にいるお爺さんの方を指さして、口を押さえて、「ごきげんがわるくってさ」と教えてくれました。サザエさんは唖然としています』

 

わが国では、何かを成し遂げた人を褒賞する制度が、以前からありました。普通、褒章されるのは、年老いた時期になります。このハゲのお爺さんは、どんな業績で褒章されると思っているのでしょか。このお爺さん、昔の落語家:古今亭志ん生師匠にソックリです。だから、落語家、講談師のような芸術家とも思いましたが、しかし、お爺さんは、この種の芸術で賞をいただくのではないようです。床の間に、三味線が飾ってあります。落語家は、職業として、三味線は弾かないはずですから。

三味線をお持ちですから、三味線奏者として、舞台で活躍されたか、あるいは義太夫、長唄、常磐津、端唄、小唄などの指導されたか、種々考えられます。このお爺さんは、三味線を、どうしたのでしょう?

わしが、褒章されるかもしれんと言う情報をどこで手に入れたのでしょう。

奥さんには、言ったんですね。

「オイオイ!わしは、紫綬褒章を頂けるかもしれんぞ。周りがそんな噂をしているんだ。しかし、わしは、そんなもんは断じて貰わん。三味線を弾くのは、芸術のためで、賞を貰おうと思って弾いてきたわけではない。わしは絶対貰わんぞ。賞をあげますと言ってきてら絶対断る。お前もそのつもりでな!」

 

「ところが、サザエさん、お爺さんは、褒章は断じてもらわんと言っていますが、本当は欲しいんですよ、でも、待てど、暮らせど、褒章致しますという正式の連絡は全くありません。お爺さんは、断わることもできず、次第に不機嫌になってきました。とうとう、私に八つ当たりを始めました。まだ来ない、まだ来ないと、とうとう、朝から晩まで、機嫌が悪くなってしまって、困っています。もともと噂を耳にして、褒章されるかもしれないとういう話しですから、私に当たられても、困ってしまう、どうしようもないわ!お爺さんも、もう相当の歳だから、私は出来ることなら褒章して貰いたい、でも、何処から聞いてきたか知らない噂だから、お爺さん可哀そうだわ!」

サザエさん―シルバ(38)

 

お年寄りでも、状況判断はシッカリとしています。

 

朝日文庫版7巻〔94頁〕・昭和26年

『郵便局の前に、昔の赤い郵便ポストがあります。円筒の上に丸い屋根がついているような形のポストで、円筒の上の方に、郵便物の投入口があります。もう腰が直角に近いほど大きく曲がったお婆ちゃんが、郵便封筒を持ってポストに近づきました。腰が伸びないらしく、手に持った封筒をポストの投入口に近づけています。しかし、腰が曲がって封筒がポストの投入口に届かないようです。お婆ちゃんは、「こりゃだめだ・・・・」と言っています』

『サザエさんが通りかかりました。サザエさんは、お婆ちゃんが、投入せずに手に持っていた封筒を、「おばあさんだいじょうぶ!」と言って、親切に取り上げています』

『そして、直ぐに、ポストの投入口に〈ポン〉と投入して、笑顔でお婆ちゃんを見ています。お婆ちゃんは、キョトンとしてサザエさんを見返しています』

『ところが、お婆ちゃんは、酷く怒ってポストの投入口の下の方に貼ってある張り紙を、サザエさんに指さして、読みなさいと言っているようです。張り紙には「こしょう故障」と大きく書いてありました』

 

サザエさんは、腰も直角に近いほど曲がったようなお婆ちゃんに、トンデモない余計な親切をやってしまいました。善意のお節介と言うのでしょう。

サザエさんは、お婆ちゃんの腰が大きく曲がっているので、昔のレトロな郵便ポストでは、上の方にある投入口まで手が届かないのだと決め込んだようです。

サザエさんのそそっかしさが災いしたようで、オバちゃんにとって余計なことをやってしまいました。

ポストは、故障していたのです。ポストの故障ですから、多分ポストの郵便物取り出し口の扉が開閉できなくなった故障だと思います。要するに使えないのです。だから、「故障」と張り紙がしてありました。

お婆ちゃんは、

「もう少し手を伸ばせば、投入口まで届いたのです。しかし、冷静な私は、状況をよく見ると、ポストに張り紙が貼ってあるのに気付き、投入しては駄目だと気付き、腰を伸ばせば封筒を投入できたのですが、封筒を投入しなかったのです。なのに、あのお節介なサザエさんが、突然現れ、私が封筒を投入しようとしていたのに、やめたのを見て、私が、腰が伸ばせずに、投入口まで手が届かないと早合点したらしいのです。私に何も聞かずに、突然、私から封筒を取り上げると、故障したポストに投入してしまったのです。そして、「おばあさんだいじょうぶ!」などと偉そうに言うのです。『どうしてくれるの!速達なのよ。故障だから、郵便屋さんは、集配には来てくれないわ、サザエさん!あなたが余計なことしてポストに入れたのだから、郵便局にチャンとお話して、取り出して貰って頂戴!』と怒ったのよ。本当に、サザエさんって、オッチョコチョイで困った人だわ!それに私を年寄り扱いして余計なことをする!本当に困った人だわ!」

とぼやいていました。

サザエさん―シルバ(37)

 

勘違いするサマータイム。

 

朝日文庫版4巻〔90頁〕・昭和25年

『家の外の道をお婆ちゃんが竹箒で掃除をしていました。するとそこへ、サザエさんがあわてて駆けつけ、「とけいがとまったんです いまなんじでしょう」と聞いています。お婆ちゃんは「みてきましょう」と答えました』

『サザエさんの家の中です、出勤の準備を済ましたお父さんは、新聞を読んでいます。出勤の準備を済ましたマスオさんは、タラちゃんと遊んでいます。そこへ、サザエさんが入って来て、「まだ7時半だって!」と教えてくれました。まだ、朝食を済ましていないカツオ君は、ご飯を箸で運びながら、「アーよかった」とホッとしています』

『なんとなく気になったのでしょうか、サザエさんは外に出て、まだ掃除中のお婆ちゃんの傍に駆けつけ、「おばあちゃんサンマ―タイムにしてあるんでしょうね」と確かめました。すると、お婆ちゃんは「ハイちゃんと一じかんおくらしてあります」と平然と答えました』

『サザエさん家からの門から、カバンを持ったお父さん、カバンを持ったマスオさん、ランドセルを背負ったカツオ君が、被った帽子も飛んでいきそうな勢いで飛び出して行きました。サザエさんが、心配そうな顔をして見送っています』

 

サマータイムが始まったのはいつごろでしょう?サマータイムは、アメリカでは、昼間の長い春から秋までの約半年間、仕事後の余暇の促進や照明用エネルギーの節約などを目的として、実施され、時計の針が1時間進められます。

日本では、太平洋戦争敗北し、連合軍により占領統治された時期に、昭和23年28に公布された夏時刻法に基づいて、同年5月から毎年4月の第1土曜日24時から9月第2土曜日25時までの夏時間を実施、昭和26年に講和条約が締結され、翌昭和27年4月28日に占領が終了するのに先立ち、夏時刻法は廃止されたそうです。

ですから、サマータイムは、時計を一時間進めるのが正解です。しかし、お婆ちゃんは、一時間遅らせていました。お婆ちゃんが教えてくれた7時半は、正しい時間は既に8時半です。そら急げ、遅刻だ!

お婆ちゃんの大変迷惑な勘違いでした。

 

サザエさん―シルバ(36)

 

年老いたお婆ちゃんにとって、年老いた息子さんは、若い人です。

 

朝日文庫版1巻〔134頁〕・昭和21年

『柴垣に囲まれた、組長さんの屋敷に、サザエさんが引っ越しの挨拶にやってきましたやって来ました。「くみ長」と書いた表札のある、門まで来ると中から、腰が大きく曲がり杖をついたお婆ちゃんが出てきました。サザエさんは、お婆ちゃんに、「わたくしおちかくにこしてきたいそのでございます」と挨拶をしました。お婆ちゃんは、「はいはいさいですか」と言っています』

『お婆ちゃんは、更に、「そのへんにうちのわかいのがいるはずですが」と辺りをキョロキョロ見回しています。サザエさんも、一緒になり、額の上に手をかざして見回しました。すると広い庭の片隅に、腰の曲がった、長いアゴヒゲのお爺さんが、畑に育ってきた野菜を眺めています』

『突然、背中を折り曲げたお婆ちゃんが、「いましたいました」と言いながら、若い人の所に行こうとしています。しかし、サザエさんには、若い人は何処にも見えません。おかしいな~と思って見回しても、広い庭の片隅の畑に腰の曲がった長いアゴヒゲのお爺さんがいるだけです。』

『背中を折り曲ったお婆ちゃんは、畑の野菜を眺めていた腰の曲がった長いアゴヒゲのお爺さんの所に近づき、「せがれやあたらしい方があいさつにいらしたよ」と教えています。サザエさんは、お婆ちゃんの言う若い人が、酷く年老いたお爺さんだったので驚いています』

 

古い古い、サザエさんのお話です。

サザエさんが、東京に引っ越してきた頃の、実に古い、昭和20年頃の話です。サザエさんの家族は、お父さんの転勤で東京に引っ越してきました。その時、転居の挨拶に伺ったお宅で、目にしたお年寄りの親子でした。古い昔でも、老人は居ました。年老いた親子ですから、お年寄りのお母さんにとって、お年寄りの息子は、若い人に違いないのでしょう。お婆ちゃんは、年老いた息子を若い人と呼んでいたようです。お爺さんを見ると、お婆ちゃんを介護しているのでしょう。まさか、お婆ちゃんが、年老いた息子を介護しているとは見えません。お婆ちゃんがお爺さんに近寄って、話しかけている姿は、微笑ましく幸せそうに見えます。いずれも、健康そうで、幸せそうに見えます。

サザエさんは、お婆ちゃんが言う若い人が、息子のお爺さんとは思いませんでした。畑にいるお爺さんが、若き人だとは、どうしても思えません。

サザエさんが、今の時代の介護を巡る様々の事件を知ったら驚くでしょう。

サザエさん―シルバ(35)

 

サザエさんは、お年寄りの補聴器は良く聞こえるのだろうか?と思いました。試してみたら、すごくよく聞こえました。

 

朝日文庫版45巻〔11頁〕・昭和48年

『木の葉も枯れて、落ち葉が道路に散らかっていました。お爺さんが、熊手箒で落ち葉を掃き集め、焚火をしています。お爺さんは、耳が遠いらしく、補聴器を付けています。お爺さんは、集めた枯れ葉に火をつけて燃やして、手を差し伸べて温めています。好奇心の強いサザエさんが、カツオ君と一緒に焚火の傍にやってきました。サザエさんは、お爺さんが補聴器を耳につけているのに気付き、耳を指さし、貸してくれと言っているようです』

『お爺さんは、補聴器をサザエさんに貸してあげました。サザエさんは、補聴器の本体を上着のポケットに突っ込み、イヤホンを楽しそうに耳に挿し込んでいます。お爺さんは、両手を焚火の方に差し出して温めながら、ニコニコしてサザエさんを見ています』

『と、突然、焚火の中から、「バーン」と大きな破裂音を出して、栗が飛び出してきました。サザエさんは、焚火の中から大きな音を出して飛び出してきた焼き栗に驚いて卒倒しました』

『サザエさんは、「また化学ばくはつ」と驚いて大きな声で叫びました。倒れたサザエさんを、カツオ君が抱き起こしています。お爺さんは、そんなサザエさんを、静かにニヤニヤと笑いながら眺めています』

 

年老いると、耳も遠くなります。お年寄りは、飛び交う音を、正確に聞きたい、そのために補聴器を付けている人もいます。そんな人を見ると、あの補聴器は、どのように聞こえるのだろうと、好奇心を持ち、サザエさんのように試してみたいと思います。まだ、補聴器を試したことはありません。どう聞こえるのでしょう?

サザエさんも大変好奇心の強い人です。お爺さんの付けている補聴器を借りて試してみたいと思ったようです。嵌めてみて、その効果が優れていること良く判りました。焚火の中の栗が、パーンと破裂しただけで、サザエさんは、驚いて卒倒しています。この驚きようは、異常でした。焼き栗がパーンと破裂しただけですが、サザエさんが卒倒するぐらいの〈大きな音、まるで化学爆発〉だったのでしょう。これで、お爺さんの付けていた補聴器が、素晴らしい性能で、大きく、良く聞こえることを証明しています。

栗は{パーン}と弾いただけなのに、補聴器を付けたサザエさんの耳には、栗は{バーン}と化学爆発のように破裂しました。補聴器は、素晴らしい性能でした。

サザエさん―シルバ(34)

 

お婆さんになっても自転車には乗れます。若いころから得意です。

 

朝日文庫版44巻〔85頁〕・昭和48年

『サザエさん家の向かいの家の婆ちゃんが、自分家の前の道路に出て、着物姿に前掛けをして、バケツの水を柄杓で汲んで撒いていました。すると、サザエさんが、半袖のシャッにショートパンツを履き、運動帽を被り、颯爽と出てきました、その姿を見たお婆さんが、「オヤ、今日はどちらへ」と尋ねました。すると、サザエさんは、「バイコロジーですの」と楽しそうに答えました』

『お婆さんは、ガックリと首をうなだれ、「いまの若いひとはいいわネ!なんでもできて」とボヤキながら家にもどりました』

『部屋に入るとお婆ちゃんの旦那さんのお爺さんがいて、キセルを灰皿に叩きつけながら、「おまえやっとったじゃないか」と、若い頃のお婆ちゃんが、男の子たちと一緒になって自転車を乗り回していたことを振り返りながら教えてくれました。お婆ちゃんは、なんだ!アレのことかと言わんばかりに驚いています』

『お婆ちゃんは、着物姿に前掛け姿で自転車に乗り、バイコロジーで走り回っている集団を追い抜き、「じょうだんじゃないヨ、日本語でおいい日本語で」と言いながら颯爽と走っています。その速いこと、追い抜かれたバイコロジーの集団は、驚いて見送っています』

 

お婆ちゃんが言うには、私が、道に水を撒いていたら、サザエさんがスポーティないで立ちで、外に出てくるので、この人、今日は特別に何処かへ出かけるのかなーと思い、ちょっと聞いてみたんですよ。すると、サザエさんが、「バイコロジーですの」と言うんです。私は、バイコロジーって言う日本語を聞いたことなかったんですよ。だから、サザエさんの出かける顔つきを見ると、とっても楽しそうな顔をしているいものですから、「この人きっといいところへ行って、良いことしてくるんだなー」と羨ましくなってしまったんです。私は歳とって、爺さんも歳とって、近頃、どこも良い所に行っていないし、良いこともやっていないんですよ。だから、羨ましくなって、家に戻るとジイサンに言ってやったんです。

「お爺さん、前の家の若奥さんが、今日、バイコロジーに出かけるんだそうですよ、大変楽しそうにしていましたよ。私、最近楽しいこと何にもしていない、毎朝、水撒きをして気を晴らしているだけだから、つまんないですよ。お爺さん!どこか楽しいところに連れて行って下さい。楽しいことしませんか?バイコロジーは楽しそうですよ!私たちも出かけませんか?」

そしたら、お爺さんが言いました。

「お前!アホか、お前も若いころやっていたじゃないか!近所の子供たちと一緒にって、得意になって自転車に乗って走り回っていたじゃないか。俺は、お前のおてんばな姿をまだ覚えているぞ!」

と言うんです。

そして、お爺さんは教えてくれました。

「バイコロジー (bikecology) は、bike(バイク=自転車)とecologyエコロジー)を合成した造語で、運転時に排出ガスを発生させない自転車を利用することで大気汚染などの公害を防ごうという社会運動である。1971アメリカ合衆国で提唱された」(Wikipediaから)。

私は、「何だ、バイコロジーとは自動車に乗らず、自転車を乗り回すことか」と思いました。

自転車なら、小さいころから得意です、歳はとっても、いまでもスイスイと乗れるわと、納屋に仕舞いこんでいた自転車を取り出し、久しぶりに乗ってみました。

〈昔取った杵柄〉です。スイスイスイスイと乗れました。私が、余りにもスイスイと走るので、集団でバイコロジーをしていた人達が驚いていました。なんだ!サザエさんのバイコロジーとはこれだったのか!ちっとも羨ましくない。と思いました。

施術は真面目にやってくれ!

入院した翌日は、カテーテル施術を受ける。大変だった。朝から、各種検査のため、各種検査室を巡った。血液検査の採血、看護婦さんが、なかなか上手く採血出来ず、後に大きな血の跡が滲む。エコー、これはこれまで幾度となく検査を受けた経験があり、まかせる。呼吸検査、初めてで、遊びをやっているようで面白かった。レントゲン、脳のCTも検査するそうだ。この病院で可能な、殆ど全てに近い検査を受ける。本当に必要なのか疑問だが、我慢する。午後2時からカテーテル施術をするというので、一先ず、部屋に戻って待つことになった。少し不安で緊張する。血圧は向上しているはずだ。2時になり、看護婦さんがやってきて「さあいよいよですよ」と不安を煽り、車椅子に座らせられ、処置室に向かった。レントゲン、カテーテルとの表示板がある処置室の分厚い大きな扉が開かれ、車椅子は、看護婦さんに押され中に入った。数人の看護婦さんと看護士さん達が部屋の中で待っている。部屋の中央にCT装置がドンと据えられている。男性が車椅子に近寄ってきて、「この台に乗ってください」とCT装置の中を通じている台を示し、「手前のプラスチック板には乗らないでください。割れますから」と言う。丁度、台に乗り込む手前に、確かにプラスチックの板が置いてある。何のための板だか判らないが、確かにその板に体重を乗っけると、パリッと音を立てて割れそうだ。台が高い所にあり、その手前には数段の階段が置いてある。スリッパーを脱いでいるのを見ていた男性は、「スリッパーは履いたままでいいですよ」と言う。しかし、スリッパーなど、台の上で履いている必要はない。「いやスリッパーは脱ぎます」と言って台の上に横たわる患者になった。横たわると「手は横に伸ばして置いてください」と言われた。少し戸惑った。こんな台の上で横に手を伸ばしたら、台の上のキリストになってしまう。

看護士が寄ってきて、両手を体に沿うように伸ばしてくれた。言われた通り、真っ直ぐに、ゆったりと、力を入れずに両方の腕を置いた。看護士が寄ってきて、「それでは手首を消毒します」と何やらゼリー状の薬を右手の手首にベットリと塗っている。塗って貰いながら、さぁ!いよいよ、手首から心臓まで届く管・カテーテルが挿入されるぞと、思った。暫くすると、担当の医師が現れ「それでは処理を行います。まず、手首に麻酔注射をしますと、手首に注射針をぶち込んだ。「痛い」と感じた。次いで、手首に、カテーテルの挿入口を確保するための用具をセットしたようだ。鈍い痛みを感じた。台の上に手を伸ばして横たわっているのでは、見たいと思っても手首は見えない。とくに手首に用具をセットした部分に痛みはない。麻酔注射が効いているのだろう。「いよいよカテーテルを挿しこむのだろうか」医師が手首のところにいて、処置を始めた。横たわって、天井を見ていると、医師のドデカイ声が聞こえてくる。何に使うのか知らぬが、「カッタ!なかった」と語尾に力を入れ大きな声で言っている。「何それ!ひょっとすると、ダジャレじゃないか!こんな時、下手なくだらないダジャレを言いながら、カテーテル処置をするとは、この医者ダサイ医者だと」と思わせる。その後、カテーテル挿入口からカテーテルを押し込んでいる気配がする。グイグイと多少の圧迫感が胸にまで届く。カテーテルの先端は心臓の血管まで届いたのだろうか?台の上に横たわり医師の処置に任せていると、突然「ダメダメ!」とデカイ声がする。「えっ何かしくじったのだろうか?」、大きな「駄目」という声だから黙っているわけにいかず、台の上から「どうしましたか?」尋ねると、「駄目なことは外(ソト)のこと、中は上手くいっていまーす」と明るく大きな声で答える。こんな時「駄目」というから心配するじゃないか、患者のことにも少しは気を配ってくれ、と文句も言いたくなるが、「中は上手く行っていま~す」というので黙ってしまった。医者は、CTの画像を見ているのか「心配な所は2か所ありましたが、1か所はこのままでもよく、処置は必要ありませんが、後の1か所は処置が必要です。処置してよろしいでしょうか」と聞く、患部の血管を風船で膨らませて血管を広げ。血の流れを良くすると言う。ここまでやっているのに「嫌ですと言うはずはなく、この医者何を考えているのか、少しばかり「ムカッ」としたが、冷静に「お願いします」と言ってやると、必要な処置を始めたらしい。また、カテーテルを入れ、押し込んでいる気配がする。多少圧迫感があり。何をしているのだろう?横になったまま天井を眺め思いめぐらした。カテーテルの先端に風船を付けるらしく、入院前に、「ゴムアレルギはありますか?」と問われたのは、このためかと思う。もちろんゴムアレルギなどはない。あれこれ思っている間に、処置する患部まで風船が届いたのか、押し込んでいる動きが止まった。台の足元にいる助手らしい男性が、部屋の奥に置いてあるらしい圧力ポンプ担当の看護婦さんに、圧力が「○○気圧だ」と伝えている。その圧力が想像以上に高い「○○気圧」であるらしく驚く。途端に思った「そんな高い圧力じゃ、風船が膨らみ過ぎて、中は大丈夫と言っている血管の中で破裂するぞ」。血管の中で膨らませた風船は、萎ませて、取り出すときに、風船が残ることはないのだろうか、間違いなく取り出すことができるのだろうかなどと余計なことを思っていると、又駄目駄目」と大きな声がする。一瞬「どきっ」とすると、医者は「駄目なのは外です、中は良好です。血がよく流れるようになりました」と良く聞こえるようにと大きな声で言っている。治療されている方は、不安だ。カテーテル室にいた若い看護婦さんが、枕元に寄ってきて、耳元で「今どんな治療をしているか、処置の進行状況など」を囁いてくれた。「カテーテルの風船を膨らませて、血管を広げているところです。その後、カテーテルをとると、血管は広がり、血流が良くなるんですよ」と解説してくれる。これに対して「風船は絶対残さないで下さいよ」と声にはならず、頼んでいた。横になっていて、血の流れが見えるわけでもなく、静かに大人しくしていた。「終わりましたよ」その後、横たわっていた台は、円筒から外れた位置に動き「起き上がってください」という声で、起き上がろうとしたが、疲れて腰の筋力もほとんど失せてしまって簡単には起き上がることができなかった。体をやっとのことで起こした。どれくらいの処置時間だったのだろうか、かなりの時間に思われたが、多分1時間弱だったろう。車椅子に乗せられ、病室まで運ばれた。これでカテーテル処理と治療は終わった。その後、胸の痛みと肩の痛みは残った。

施術中の大きな声で言う「駄目駄目」には参った。何時もこんな処置をやっていては、ダサイ医者だと評判になるよ、他所ごとながら、気に掛かる医者だった。

サザエさん―シルバ(33)

 

ついに、サザエさんが、お婆ちゃんになって登場しました。

 

朝日文庫版44巻〔121頁〕・昭和48年

『お婆ちゃんが、小振りの桐箪笥と飾棚のある茶箪笥とが並べて置いてある部屋に、煎餅布団を敷いて、その上に座り、寝間着の肩口から、50cmくらいの長さの物指しを突っ込んで、背中を盛んに引っ掻いていました。そこへ、髪の毛は既に後頭部にしか残っていない、ハゲ頭で、鼻の下に短い髭を生やした、スーツを着た、見た目は恰幅のいいオジサンがやって来ました。直ぐに、靴を脱いで部屋に入ってくるオジサンを見たお婆ちゃんは、「敬老の日にしかカオをみせず・・・はく情もの」となじっていますするとオジサンはお婆ちゃんに向かって、「けど姉さんおれも生活におわれちゃってと渋い顔をしています』

『オジサンは、上がり込んで、布団の上のお婆ちゃんの前に座り、灰皿を畳の上の置いて、煙草に火をつけ、ゆったりと喫みはじめました。タバコを手にして、部屋の中を見回しています。お婆ちゃんの桐ダンスの前には幾つかの熨斗袋や菓子折が立て懸けられています。オジサンの目は、それらの所で止まり、オジサンは「ホー都や区からお祝いが来てるなァ」と呟いています』

『それから、オジサンはお婆ちゃんの方に手を合わせて拝むようにして、「ちょっとくんない?このインフレでサァ」と泣きついています。と突然、お婆ちゃんは「ン~~~カツオ!!」と叱りつけています。』

『サザエさんは、夢を見たようです。変な夢を見たと思い、自分の布団を畳んで押し入れに押し込みながら、起きて着たカツオ君に、「あんたって人、みそこなったわ」とプンプンに怒っています。思わぬ言いがかりをつけられたカツオ君は、「なんだなんだ、そっちこそかってなユメを見てっ」とカンカンになって、怒っています』

 

ついに、サザエさんが、お婆ちゃんになって登場しました。この作品は、ズーット以前、ブログ起承転結で取り上げていますが、その時と視点が違っていますので、表現解釈は違っていると思います。振り返って調べてみようと思うだけで確認はしていません。お年寄りを扱っている『サザエさん』も、ついにサザエさん自身お年寄りにしているのを、再読し、お年寄りのサザエさんの姿が面白く、又、大人になったカツオ君も見ることができ、再度取り上げました。

歳の離れた兄弟ですから、サザエさんとカツオ君は、描かれた通りの、お婆ちゃんとオジサンの関係になっていると思わせます。

それにしても、都や区からお祝いを貰って、並べ飾っているサザエさんが、滑稽です。お年寄りですから、勿論、サザエさんであっても、頬には太い皺が走り、あの愉快な独特の髪形も消え、白髪は後ろの方で一つに束ねられています。いかにも年老いたお婆さんです。これを見て、滑稽だとほほ笑むとよりも、歳は取りたくないと思う人もいるかもしれません。

これに対して、少なくとも10歳は、若いと思われる、オジサンのカツオ君は、お父さんに似て、頭は禿げていても、ぶくぶく太って元気なようです。ただ、年老いたサザエさんに金を無心に来るとは情けないですね!

年老いたカツオ君は、お父さんに似てハゲ頭です。がしかし、頭の天辺に一本の毛もありません。ツルツルです。お父さんのハゲ頭に一本の毛を残すというDNAは、カツオ君には遺伝しなかったようです。

そして、カツオオジサンは、髭を生やしていません。髭がないのは、毎日剃っているからでしょう。まさか、頭のてっぺんの髪の毛も剃るということはないでしょう、お坊さんでなないはずですから。

 

今、サザエさんが、カツオ君に、この夢の話をすれば、「俺はそんなことしないよ」と、それは怒るでしょう。

カツオ君、年老いたサザエさんに、金の無心をするようなことは、絶対しないようにしょう。

それにしても、マスオさんは、年老いたらどうなっているでしょう?

「カツオ君お姉さんに金を借りるのはよしなさい!」

と叱りつけるマスオお爺さんがいるかもしれません。

自覚症状:体調不良の原因を突き止めるために必要な?沢山の検査

 

循環器系統に何か異常があるようだ、体調が変だ!何が原因か突き止めてなければいけないと言う医師の判断で、必要な検査とは思うが、血液検査、エコー、呼吸検査、レントゲン、CTなどの各種の検査、終わるまでには相当の長時間を要する検査をして貰うことになった。

レントゲン、CT、エコー(超音波診断)などは、これまで幾度となくやっている。今回の検査では、特に胸部(肺臓と心臓)のCT検査を精密に行うと言う。エコー、レントゲンを済ませ、いよいよ、CT検査だ。検査室の真ん中に大きな円筒の装置がある。この円筒の中を前後に移動する台があり、その上に寝かされる。肺と心臓のCT検査を続けて済ますようだ。CT検査は、検査時に、CT装置の寝台にあおむけに寝かされて検査を受ける。大きな円筒状の穴の中に寝台ごと移動させて撮影が行われる。造影剤を飲まされる。検査中は、身体の力を抜いてリラックスしてください。息を止めてくださいなどと、マイクを通じて指示される。

まず、肺から、円筒状の穴の中を、鈍い音を出しながら台座が動く。円筒の中のある部分でX線が出て映像が撮れるらしい。台座が止まり、「息を止めてください」とマイクから声が聞こえてくるので、「ふっ」と息を止める。続いて「はい息をして良いです」とマイクが言うので、「すーっ」と空気を吸い込む。次は、心臓だ。肺臓と多少異なる位置で台座が止まる。台座が止まり。マイクから聞こえる「ハイ息を止めて」「ハイ息をして」の声にシンクロさせて、「ふっ」「すーっ」と胸を大きくしたり、小さくしたりして遊んでいるようだ。30分位のCT検査も含め全ての検査に4時間位の時間を要し、検査を受けるだけで疲れて帰宅した。検査が終わった時には、すでに、医師は、いないらしい。

翌日、検査の結果を聞くため病院に出かけた。診察室0番から呼ばれ、「こんにちは」と入室する。細長い顔の医師は、パソコンの画面に映し出されている映像に視線を這わせている。沢山の肺の映像が画面に忙しそうに次々と動いている。それらを、顔を突き出して見ていた医者は、「異常はありませんよ」と言う。続けて「ごらんなさい」というので画像を見るが、医者ではない自分には判らない。しかし、先日、別のクリニックで見せてもらった大判のレントゲン写真には、確かにあった肺の下の方の白いクモリは認められない。珍しいCTの映像であったので、プリントして貰えないかと頼むと「DVDを差し上げます」と気安く言う。そして『心臓のCT画像は、補正しなければならないので、今日はまだ間に合いません』と言うので、心臓に問題あるのか否か判らず肺臓のDVDを頂いて帰ることにした。会計をする時、DVDは、実費1325円を取られた。家に帰って、パソコンで画像を何度も見たが、医者でなければ、異常があっても判らない画像がズラリと並んでいる。

ある〈医療関係の著書〉によると、医者は患者を“検査漬け”にする傾向があるようだと述べている。検査室の前で順番を待っている“高齢者”の患者さんを見ていると、確かにそうだと思ってしまう。