ハルオの言動が?になり始めてから、私は、将来がすごく心配で
人さまを傷つけたらどうしようとか、クスリに手をだしたらどうしようとか
新聞に名前が乗ったらきょうだいも
責められるだろうとか不安が尽きなかった。
だから、審判の日に
将来ハルオくんにどんな大人になってほしいかと聞かれた時、
「法をおかさずに迷惑をかけずに生きていってほしい」と答えた。
その後、国選弁護士さんからの話になった。
「私は、お母さんの考えとは違います」と弁護士さんはきっぱり。
「ハルオくんには周囲から信頼される人になってほしい。
そして、人の役に立つ人になってほしい。」
そのためには今の生活を改め、学校に行き、当初の目標を達成させるために
頑張れ…と続いた。
そういえば、この二年間、そんな理想を掲げることはなかったなあと思った。
始まりは成績の急降下で学校によばれたっけ。
成績をもどすことのハードルからスタートして→授業を抜け出すな→登校だけでもOK→
帰宅さえしてくれれば→警察沙汰をおこさなければ→人様を傷つけなければ→
とハードルは低くなる一方。
育児中、ぼんやりもっていた期待希望なんてふっとんでいく二年間だった。
だけれど、ハルオにしてみたら、親や先生に怒られまくり、急に期待されなくなって、退学もしちゃって、
「迷惑さえかけなければ、あとはどうてもいい」って聞こえていたかもしれないなって弁護士さんの言葉を
聞いて初めて思った。
もちろん、本当は、心の底から、将来、周囲に信頼される人になってほしい。
できれば、人さまの役にたつ人になってほしい。この二つには勉強とか学歴とか関係ない。
言霊ってことがある.
信頼される人になってほしい!!!心の底から。
ハルオには弁護士さんからのメッセージは届いただろうか?
そしてそして、果たして私は周囲から信頼されているだろうか?
人の役にたっているだろうか?そういう親の姿を見せてきただろうか。
はあ…考えさせられる。
審判の時、裁判官から
「息子さんの長所はどんなことですか?」と
聞かれた。
非行っ子になってからの言動は「信じられない」」こと「許せないこと」ばかり。
うそ、家庭内暴力、万引き、教師への暴言、異性のこと、狂った金銭感覚、無断外泊などなど。
悪い点は限りなく挙げられても、長所なんて思いつかなくてすぐに答えられなかった。
裁判官、国選弁護士からも
ハルオのために厳しいけれど暖かい言葉かけが続いた後、
夫が「ハルオは口ばかりで信用できません。」と言い放った。
その直後の私への質問。ここで私までが「長所はありません」なんて
言ってしまったら、ハルオは寂しいのではないかと思った。
で、頭フル回転させたら、思い出したことが二つあった。
①夜中に迎えに行った時、道路の真ん中を車と並行して走っている大型犬がいた。
ハルオは「お母さん、Uターンして犬を確保しよう。このまま大通りに出ると危ない。」
と言った。Uターンしてから、ハルオは車を降りて犬を全力で追いかけ、
飼い主の家をみつけて、届けたのだった。25時ころのこと、
金髪の不良少年が飼い犬と玄関先に立っていて、飼い主さんは驚いたと思うが、
すごく喜んでくれた。ハルオは
「こういこと、知らんふりできないんだ」と言っていた。
②ハルオの無断外泊がひどくなった昨年12月。
義母が危篤になり、家は重苦しい雰囲気。
電話が鳴るたびに義母の病院か、警察かとドキドキした。
加えて、ハルオのきょうだいが事故にあい病院に運ばれた。
命に別条はなかったけれど、大学病院に通う日々が続き、
半年後、一年あとと経過をみていくように診断された。
この子はハルオが非行っこになってからの家庭の荒れ方に心を痛め、
誰にも相談することもできずに頑張って学校に通い、明るく過ごしてきた。
それなのに、この子が事故にあってしまった。
事故の翌日、ハルオが久々に帰宅。
ちょうど洗濯ものを干している時だった。
久しぶりにハルオの顔を見ていろんな感情が渦巻き、ただ、泣いてしまった。
「おばあちゃんが危篤で、きょうだいが大けがをし、大変な時に無断外泊ばかりしているって
どういう神経なんだろう」とか
「とりあえず、ハルオの無事な顔を見られてよかった」とかいろいろ。
するとハルオが黙って私の背中をさすったのだった。
あれ?この子にこんな優しさが残っていたのかなって思ったし、意外だった。
背中をさすりながら
「お父さんもお母さんも大変だな。ぼくがこんななのに次々といろんなことがあって…」
この二つをかろうじて思い出し、
「親が思っているよりも繊細で、弱いものの気持ちがわかる本当は優しい子です」と答えた…。
それにしても、ハルオが自分のことを「ぼくがこんななのに」って客観的にとらえていたことも
意外だったし、なんだか不憫に思ってしまった。
今もわがままで、やりたい放題のハルオ。
心の片隅でいいから「優しさ」がありますように。
私の母にとってハルオは初めての男孫だったからそれはそれは可愛がってきた。
ハルオも中2くらいまでは笑顔で「ばあば」と抱きついていくくらいなついていた。
中三で問題行動が増え始めた頃もつらいことがあると
ばあばには泣きながら電話をかけていることもあった。
ハルオにとっては信頼できて安心できる存在だったのだと思う。
でも、その後、ハルオをどんどん悪くなっていくにつれて、
母は何度かハルオにお説教をしてしまった。
上から目線で世間の常識を説いた。
学歴の大切さ、親戚への恥、他の子との比較などがつい出てしまう。
その結果、ハルオは祖母に心を許さなくなった。
私もこういう言い方をされて育ったのだと思うが、
あまり反抗もしないから怒られることもなく、母の言うことをきいて、
育てやすい「いい子」だったと思う。
そして、私もそのやり方でハルオを育てた。しつけに厳しく教育熱心だった。
私の常識を押しつけてきたかもしれない。
今は正反対。できるだけ指示、命令はやめて話を聞く、受け入れる、頼まれたことは
できるだけ断らない甘い親になっている。
母も私が悩んで方向転換した経緯を知っているし、電話では私に
「ハルオに優しくしてやって」と言っているのだが…。
今日は久しぶりに母が我が家にきた。
昼夜逆転でゲームをしているハルオを前に母はいつものお説教を始めてしまった。
すると、ハルオがよろいをつけるかのように、態度も言動も悪く反論始めた。
ショックで余計にエスカレートする母。
かつての私とハルオのやりとりを見るようだ。
母はこのやり方で、子供たちを社会人に育てた自信があるのだろう。
何が正しくて何が間違っているのかはわからない。
ただ、母の言い方ではハルオの心には届かない。
その後、一緒にご飯を食べて、母もハルオもクールダウンしたようだった。
母は帰り際に、ハルオに散髪代を渡したいのだけれどいいかと私にきいてきた。
茶髪で長髪が気になったらしい。
そして、ハルオに「散髪したら?」と言って散髪代を渡していった。
母もハルオを心配し、私を心配しているのだ。
ハルオのことで皆が心を痛めている。いつかこの思いが届くだのだろうか。
いつもは24時前後なのに、20時前に「迎えにきて」コール。
まだ電車あるでしょ~と聞くと「具合が悪い!歩けない」との答え。
昼夜逆転、深夜徘徊で家でほとんと食事をせず、
太陽にあたってないからか色白になり、少しやせたこの半年。
よく病気にならないなあって思ってきたけれど、ついに体調が悪くなったらしい!!!
迎えに行くと、後部座席に倒れこんでいた。
帰宅するとベッドに直行。携帯をいじる気力もないらしい。
私が部屋に入っても、「勝手に入るな!」とか言わず、「ありがとう」と何度も言っていた。
体調が悪いと、反抗できないし、繁華街にも行かれないのね。
子供が病気になって喜ぶ母親って不謹慎だけれど、
しばらく寝込んでねと思う。
朝になり、まだ熱があった。
でも、本人は
「少し楽になったから午後から繁華街に行く!」と
く言っていたが、結局、終日家にいた。
夜になると食欲もでて、元気になってきた。
明日からは繁華街に出動できそう。
家族が全員そろう週末はすごく久しぶりだった。
それぞれが好きなことをしているけれど
同じ屋根の下にいることの穏やかさをかみしめた。
今日は母の日。
ハルオからは何もしてもらわなかったけれど、
帰宅して、気弱になって、私のすることに「ありがとう」って
言ってくれただけで十分だな~って思った。
非行っこの母になってハードルが低くなりました~。