ハルオ4外泊中の先日。


ハルオの汚部屋を掃除することにした。


真夜中に「外泊します」というメールがくるものの


詳しい場所や一緒にいる人はわからないし、こちらからの


電話には出ないし、不安でいっぱいだった。




夫は「本人がやるまで待て」と言った。


私が手を出してしまいから本人の自主性が育たないのだと。


でも、帰宅した時部屋がきれいだったら、少しは家に帰ってこようと


思うのではないかとワラにもすがる思いだった。


それに最近はなんだか臭くて限界だった。




足の踏み場なくて、洋服が積み重なり、飲みかけのペットボトル、スナック菓子


などなど。



中学時代の作文やノートがでてきた。授業をきちんと受けていた様子がわかる。


無欠席で部活もボランティアも頑張っていたなあ。


このことを当時どうしてもってほめてやらなかったのだろう。


勉強のことばかり言ってしまっていた気がする。


笑顔いっぱいの小学校の頃の写真。この笑顔の影で


いろんな不満や不安をかかえていたのだろうか。


非行の芽が育っていたのだろうか。


よちよち歩きの頃の写真。


どうしてもっとハルオを抱きしめ、笑って時間を過ごすことを大切にしなかったのだろう。


自分の仕事のことで頭がいっぱいだった気がする。


赤ちゃんだったハルオ。未熟や親に育てられたから、こんな風になってしまったのではないか。


涙があふれて仕方なかった。




部活をやって、生き生きと高校生になっているはずだった、友達も多かった。


今のハルオを私はどうしても受け入れられない。


等身大のハルオを見つめていないのかもしれない。


ハルオの現実の姿を見つめてないのかな。それはハルオも同じなのかな。




ハルオの外泊にも慣れてきて他の子の手前、ふつうに生活しているけれど、


こんなに泣けるのかと思うほど泣いてしまった。



その晩、真夜中、「迎えにきて」とメールがきて、4日ぶりに帰宅した。


普段、私が部屋に入るのを嫌がるハルオだから、きれいな部屋を見て


怒りだすのではと思ったが、


「よく、きれいにしたねえ。」とそれだけだった。


あまりに汚ない部屋でどうやったらいいのか手をつける気も失せていたのかな?


それは今のハルオの状況も同じなのかな?




とりあえず、帰宅してよかった~。

被災地のボランティアツアーに参加した。


バスが、被災地に入ると、それまで和やかだった車内の空気が変わった。


皆、押し黙り、目頭を押さえる姿も。




街中に打ち上げられた船、無人の病院、やけただれた校舎、塩害で枯れた木々、


半壊のままの家々、高く積み上げられたがれきの山。


報道では見たことがある光景だけれども、実際に見ると、



現地の状況の厳しさに、これが同じ日本なのかと言葉がなかった。





畑にする予定地に埋まっているがれきをとりのぞくのが


その日のボランティア内容。


がれきというけれど、出てくるのは石ばかりではない。


お茶碗のかけら、灰皿、屋根のかわら、植木ばち、玄関に敷いてあったのか


大理石の大きいプレート、無線機などなど、


3.11まで、ここに住んでいた人が使っていたのだ。


がれきなんて言っていいのかなと切なくなった。




畑の持ち主、その近所の人たち、被害を説明してくれた人、お店の人


ふれあった東北の人達は、皆、謙虚で控えめな感じだった。


大切な人を失ったり、家を流された人もいた。


この人たちが復興を信じて、頑張って日々を過ごしている。






その一方で、と思い浮かぶのはやはりハルオのこと。





そして次に思ったのが自分の人生についてだった。