真の幸福 | イエスとスピリチュアリズムと地上の兵士(わたし)

イエスとスピリチュアリズムと地上の兵士(わたし)

苦しみや悲しみが不幸ではありません。霊的真理を知らずにいることが最大の不幸です。
間違いや失敗で願いが叶わない人生が残念な人生ではありません。霊的成長せすに終わる人生が最も価値のない人生です。
真の幸福のために、ともに学びましょう。

「心の平和は一つしかありません。大霊と一体となった者にのみ訪れる平和、大霊の御心と一つになり、その大いなる意志と一つになった人に訪れる平和、魂も精神も心も大霊と一体となった者にのみ訪れる平和です。
そうなった時の安らぎこそ、真の平和といえます。宇宙の摂理と調和するからです。それ以外には平和はありません」

『霊的新時代の到来』P.71/L1~L4

「わたしたちがお教えしていることは、至って簡単なことばかりです。(中略)わたしたちは、自然の摂理の働きをお教えしようとしているのです。それによって皆さんが生活を正しく規制し、生命の大霊と調和することによって内部から湧き出る幸福感を味わっていただくためです」
『霊性進化の道しるべ』P.149/L3~L10

真の幸福を手にするためには、真実の神を理解する必要があります。
“宇宙の摂理”・“自然の摂理の働き“とは、真実の神の側面の一つである“神の摂理”のことです。
本を読んだり人から聞いて知識を得ることができても、得心できなければ理解にならないのです。
それは、自らが努力をしなくては理解できません。
摂理に適った生き方をする以外にありません。
人間は地上で肉体を持って生きているため、物質的地上的な思考や意識で過ごしていますが、それを永遠の霊的人生を軸に霊的意識に変え保つには地上的意識との葛藤が生じます。その葛藤の努力が、摂理に適った生き方です。
そして、霊的意識が優位になれば、自然と利他愛(他者への思いやりや無償の奉仕の心)が芽生えてきます。
こうした霊の心と肉体の心の葛藤と、純粋な利他愛の実践を通して霊的成長し、“神の摂理”理解が深まっていくようになっています。

“神の摂理”があるからこそ、すべての人間が公平に平等なのです。
神は誰一人、特別扱いしません。
地上人生だけを見ているとそう思えませんが、永遠の無限の時間を通して摂理が働くのです。
利他愛と奉仕の幸福の種を蒔けば、幸福と喜びがもたらされます。
それも“神の摂理”です。
その幸福と喜びは薄れることも消えていくこともありません。


<参考>
スピリチュアリズムの思想体系Ⅱー2.神の摂理(法則)について (スピリチュアリズム普及会)
スピリチュアリズムの思想体系Ⅱー神観 YouTube(スピリチュアリズム普及会公式チャンネル)