信じますか? | イエスとスピリチュアリズムと地上の兵士(わたし)

イエスとスピリチュアリズムと地上の兵士(わたし)

苦しみや悲しみが不幸ではありません。霊的真理を知らずにいることが最大の不幸です。
間違いや失敗で願いが叶わない人生が残念な人生ではありません。霊的成長せすに終わる人生が最も価値のない人生です。
真の幸福のために、ともに学びましょう。

“死後の世界を信じますか…?”
と聞いたら答えはほぼ3つに分かれます。

・信じない・・・そう断言する人は唯物論者です(すべての根源は物質という考え)
・よくわからない・・・一番多いのではないでしょうか(考えたことがないも含まれます)
・絶対あると思う・・・現世だけではないはずだと思っている人です

どんな答えの人でも無宗教の人でも共通しているのは、親しい人が亡くなった時はお葬式をします。
セレモニーをしなくてもせめてお経やお祈りだけでもと思っています。
お別れの意味だけではなく、「安らかに眠ってほしい」という願いからではないでしょうか。
もし本当に死後や霊を信じないのであれば、必要のないことです。

誰の中にも死後や霊(死者)に対しての畏れが無意識にあるのです。
それを認識しているか、認識していないかの違いです。

霊の存在があるとすれば多くの人が次に疑問に思うのが、
“毎日で死んでいく人がいる。昔に死んだ人たちも大勢いる。霊であふれかえっているんじゃないの?増え続ける一方でどうなっているの?”という霊の総数に関することです。
この答えを物理的な距離や空間を念頭において求めようするから、納得のいく答えがないのです。

霊の住む霊界が特別な場所なのではありません。
物質を通してしか表現できないこの地上の方こそが特別なのです。

今いるこの物質世界だけがすべてだと思うことが正解でしょうか?

科学・化学・物理・宇宙・医療などのあらゆる分野において、今もさまざまな発見が成されています。
それは言い換えれば、私たち人類はまだ完全な知識を得ていない、知らないことがまだあるということです。
何かを新たに発見するには、それを計測する機械・機器や理論の積み重ねが必要です。
それ自体をまだ手にしていない事も存在しているはずです。

私たち人類は、知識ということに対してもっと謙虚であっていいと思います。

霊界に物理的な距離はありません。
無限に広がっています。
そして無数の界層が重なり合っていて、地上での行いも含め死後はその人に相応しい界層へ行くのです。


「どうして人間の世界には悲しみが絶えないのでしょうか。その最大の原因は、人間が物質によって霊眼が曇らされ、五感という限られた感覚でしか物事を見ることが出来ないために、万物の背後にすべてを一つに結びつけている“大霊(神)”が存在していることが理解できないからです。」 (霊的叡智の宝庫 シルバーバーチの教え・上 P31~P32)