頑固が鉢巻をしている、と言われた岡田周三親方には、数々の伝説がある。
その一つに、”目の前で出刃包丁を振り回しながら、説教された”というものがある。
これに似た状況に出くわしたことがある。
その時、私は親方の前ではなく、奥の根津さんの前にいた。この根津さんについては、別に書くことにする。
親方の前に座っていたご婦人客二人が、出された握りを前に、しゃべり続けて、一向に寿司に手を付けない。見かねた親方が、「お客さん、お話しされるんだったら、外でやってください。寿司がだめになっちゃいますから。」と注意した。その時に、柳葉包丁を持っていたかもしれないが、決して振り回したりしていない。ご婦人二人は、罰が悪そうな顔をして、寿司を食べた。その後は、寿司をちょっとつまんで、そそくさと店を後にした。このような話が、誤って伝わったのだろう。
まず、出刃包丁は、仕込みの時に使うもので、開店してからは、使うことは無い。また、当時お店には、冷蔵ネタケースがあり、親方や職人の間には、少し間があるので、目の前というのも誤りだ。
他の伝説は、またの機会にして、親方の寿司について書いてみる。
小笹には、他店にはない名物があった。穴子の生地焼きだ。これは、厳選した穴子を、ガスガラスグリルで焼き上げたもの。これをわさび醤油でいただく。お酒を呑むほとんどの常連客が、注文する人気メニューだった。つけ合わせの千切りのきゅりがまた、絶妙だった。
このメニューには言われがあって、常連客が関西出張の土産に持ってきた、明石の焼き穴子(たぶん下村の焼き穴子)。これを岡田親方がとても気に入り、何とか店で出せないかと工夫を重ねたという。なかなかうまくいかなかったが、リンナイからガラスグリルが発売され、それを使って完成したようだ。この仕事は、絶対に親方がやっていた。
小笹の店のしつらえを説明しておこう。店に入ると長いカウンターがあり、左には狭いテーブル席。その入り口のすぐ右に、グリルがあった。親方は、手前に陣取り、弟子の根津さんが奥に構えていた。その奥左手が、レジでその奥に手洗いが配置されていた。
だから親方は、入り口横のグリルで穴子に対峙していた。
小笹のもう一つの売り物が、小肌だった。初めて口にした時、その締めの浅さに驚かされたことを、今でも覚えている。
私の酢魚体験と言えば、生まれ育った岡山バラ寿司のサゴシやままかり、大学から住んだ大阪寿司のコノシロで、いずれもしっかり締めてあった。
だから、小笹の小肌は衝撃だった。何度か通った時に、親方に聞いた。
「なぜこんなに締め方が浅いのですか?」と。「野山さん、昔と違ってね、今は、輸送や保存技術が発達したから、しっかり締める必要が無いのよ。だから、私も仕事を変えているんですよ。」と。
頑固だけど柔軟、そして穴子生地焼きのような新しい仕事に挑戦する姿勢、これぞ岡田周三親方の真骨頂だ。
(続く)