かの山口瞳をして、”頑固がねじり鉢巻きをしている”と言わしめた、岡田親方。

私が、どんな店に行っても、さほど緊張したり戸惑ったりしなくなったのは、親方のおかげだ。

それほど、作法には厳しかった。

まず、初めての方は、席に案内されて、座ろうとした時に洗礼を受ける。

お盆がセッティングされる前に座ろうとすると、「まだ、座っちゃダメ!」とぴしゃり。小笹寿しの造りは、長いカウンターに壁にしつらえた狭いテーブル席があるだけで、決して広いとは言えなかった。漬け場から手を伸ばして、お盆を席に置こうとすると、客が邪魔になってしまう。だから、お盆が置かれてから席に座るのがルールなのだ。

また、以前にも書いたが、寿司を出されて、手を付けないと、「出されたら、早く食べなきゃ」と叱られる。

カウンターに肘をついたら、「そんなに行儀の悪いことしちゃだめ」と叱られる。

おまかせを頼んだら、「せっかく寿司屋に来たんだから、好きなものを食べなきゃ」と断られる。

だから、常連客は、お初の客が来ると、ひやひやする。あまりの態度だと、親方の機嫌が悪くなり、店の空気も重くなり、寿司がまずくなるからだ。

親方は、ギョロ目で角刈りに豆絞りの鉢巻、白い帽子に白衣、白ズボンに前掛け、下駄ばきというスタイルだった。声は太く、眼光は鋭いときているので、親方の頑固伝説が、世間で独り歩きして、話が大きくゆがんで伝わり、”小笹の親父は、客に対して喧嘩腰で、ずっと怒っている”、という話になってしまう。小笹寿しは決して恐怖の館ではない。もしそんな店だったら、すぐに潰れるだろう。

そんな話を聞いて来たのだろう。私が小笹で寿司を食べていると、隣に座ったのが、日ごろお世話になっている、IVSテレビの長尾さんだった。長尾さんは私を見て、かなり驚いた様子だった。その後に現場でお会いした時に、「野山ちゃん、あの店にはよく行くの?」と聞かれたので、「はい。」と返事をすると、不思議そうな顔で、「そうなんや。あの親方に知り合いが、これ鯛ですか?と聞いたら、これは”テェ”だよって言われたそうや・・・」と言われた。要は、あんな気難しい親父の店によう行くなぁ、というニュアンスだった。

そんな親方は、実は気遣いの人で、優しい方だった。

江戸は神田岩本町生まれの親方は、ちゃきちゃきの江戸っ子。それに対して、私は上方ぜい六で、しかも若造ときている。嫌われても仕方がない存在だった。が、親方は、初めて行った私に、優しく接してくれた。

寿司を食べた後、目の前のネタケースや、ネタ札を見終わるタイミングで、目線をくれて、次の注文を促してくれた。そういうさりげない気遣いが嬉しかった。

小笹寿しは、寿司屋は、気軽に下駄ばきで来るもの、という親方の考えから、予約は出来なかった。満席だと、あきらめるか、どこかで時間をつぶして、再挑戦するしかない。ただ、30分程度前だと、電話をすれば、席を空けて待っていてくれた。また、他の店に入り、電話番号を告げて待つ、という手もあった。(続く)