小笹寿しの客には、著名人・有名人も多かった。岡田親方が職人として働いた、銀座にあった最初の店には、二階があり、そこは文化人が集うサロン的な空間だったようだ。その名残からなのか、代沢の店にも、山口瞳さんをはじめ、多くの方が通った。

お店では、山口さんにお会いすることはなかったが、俳優の松田優作さんには二度ほど遭遇した。レディジェーンというジャズバーが、下北沢駅と小笹寿しの中間にあった。そこのマスターが松田さんと親しく、ご一緒の時に偶然私も小笹にいたのだ。松田さんが先にいらして、お茶を飲みながら、マスターの大木さんを待っていた。静かに、意識して、オーラを消しているように。

また、近所にお住まいだった、構成作家の高平哲郎さんも常連だった。当時高平さんは、「今夜は最高!」と「笑っていいとも!」の構成をやっておられた。

高平さんを、岡田親方は、”先生、先生”と呼んでいた。ある時、高平さんと偶然一緒になった時に、トロ鉄火を注文し、食べた後に、「親父さん、これシャリ抜きで巻いたらどうなんだろうね?」と聞いた。親方は、「じゃぁ先生、巻いてみましょうか?」と答え、巻いて高平さんの前に出した。店に緊張が走った。一口食べた高平さん、「やっぱり、シャリがあった方がいいね。」

いっぺんに緊張がほぐれ、店が笑いに包まれた。親方も笑っていた。

料理人も店に来ていた。六本木材木町のテレビ朝日から、少し広尾に下りたところに、「包正」という和食のお店があった。そこの店主原さんが、日曜のお昼に来て、熱燗でゆるゆるとくつろいでいた。表から入る晩秋の日差しに原さんのシルエットが映え、まるで切り絵のようだった。

当時私が担当していた、斉藤ゆう子も良く通っていたようで、砧あたりでの撮影の仕事終わりで、電話をかけ、席を空けて待っていてもらい、一緒に行ったこともあった。親方はとてもやさしい、にこやかな笑顔で迎えてくれた。

斉藤ゆう子は、「笑ってる場合ですよ!」の「お笑い君こそスターだ」で五週勝ち抜き、グランプリを獲得し、吉本興業からデビューした。関西では、「おもしろサンデー」の初代フレッシュレポーターをやっていた。五週目の前夜、生放送を終え、東京へ行くために、現在の吉本本社の近くに泊り、番組の構成作家だった加納健男さんと私と三人で、徹夜でネタを考えたものだ。その後セブンイレブンのCMでブレイクし、斉藤慶子とW斉藤でフジテレビのキャンペーンに起用された、売れっ子だった。

話がそれた。

このように、小笹寿しは、明るくにぎわっていた。

お店を明るくしていたのは、女将の貞子さんだった。小柄で高い声で、「あら、野山さん、ようこそ」と笑顔で迎えてくれた。

お茶やお酒などサービスや、お勘定は女将さんの担当だった。

(続く)