もう、美味しいという言葉は死語なのだろうか?

最近では、TVなどでも、男女関わらす、うまい、が使われる。

食べるも同様に、食う、食った、に駆逐されてしまった感がある。

最近では、CMでも、食う、が普通に使われ始めた。

逆に、ペットや家畜に対しては、餌をやるから、あげるに変わった。

今では、生き様も、特に抵抗なく使われている。

この生き方から、生き様への転換点は、1972年に吉田拓郎が発表した、「おきざりにしたにした悲しみは」であった。

盟友岡本おさみ作詞のこの曲、最後のさびに、”生き様”という言葉が出で来る。当時この言葉に対し、生き方ではなく、生き様を使ったことで、物議をかもし、ニュースにも取り上げられた。キャスターは、「皆さんは、(生き様などという汚い言葉を使わず)生き方を使いましょう。」的な言葉でそのニュースを締めたと記憶する。

リベンジという言葉もそうだ。本来は「復讐」である。韓国ドラマによくある設定で、政治家や大企業のトップが権力をかさに

、手前勝手な理由で、邪魔になった弱者を虫けらのように理不尽に殺す。その息子や恋人が復讐に立ち上がる、というあれだ。

基本的には、恐ろしく、非日常的な言葉なのだ。アメリカの格闘技選手がよく使う言葉だったのだが、松坂投手が使ったことで、単にやり返す、という軽い言葉になってしまった。

今では、目当ての店が、満席や臨時休業などで、入られなかった程度で、リベンジが使われている。

やたら実態の薄いインパクトを求めるあまり、誤用がお構いなしの時代になってしまった。