最近では、めったに聞かれなくなった寿司屋の符丁についても、岡田親方に色々と教えていただいた。
ある時、前のお客さんが、「親父さん、おあいそ。」と言って清算をして帰った。たまたま空いていたので、岡田親方が、話しかけてくれた。
「野山さんね、おあいそというのは、お客さんが勘定をするときに、店の人が愛想笑いをするところからきているの。だから、お客さんが使う言葉じゃないのよ。他にもね、お客さんが通ぶって、符丁を使うのは、こっちの立場からしたら、あまり気持ちのいいものじゃないのよ。」「あがりやガリはともかく、むらさきとかね。」と教えてくれた。以来、私は寿司屋に限らず、出来る限り、符丁を使うのをやめた。
ひるがえって考えると、今は当たり前になった、「お疲れ様でした。」という言葉。これは、もともと水商売などの業界用語で、四六時中、「おはようございます。」とあいさつするのと同様だ。つまり、本来堅気が使う言葉ではなかったのだ。
東京勤務当時、85年~90年頃、「俺たちひょうきん族」の収録が深夜までかかり、出演者と局を後にする時、出待ちのファンから、「お疲れ様でした。」と声をかけられ、強い違和感を覚えたものだ。それと似たようなことだろう。
高田純次さんのグロンサンのCMで一般化されるのは、まだ先だった。
また、親方は野暮を嫌った。醤油やお茶も、残すのは、野暮だと教えられた。
椅子について、すぐに手皿にお醤油をじゃぶじゃぶ注ぐと、そんなにたくさん注いじゃだめ、と叱られた。当時は、数少なくなっていた江戸前寿司のお店では、寿司は煮切り醤油を刷毛で塗って出された。煮物には煮詰め。だから、刺身以外に醤油を使うことは無かったからだ。また、ガリを追加して残すのも嫌った。残すんだったら頼んじゃダメ、と。
そして、符丁の極めつけは、勘定の時の数の呼び方だった。
ソクバンピンダリガレンゲタ・・・などの言葉が、漬け場から奥に飛んだ。これは他人の勘定が他のお客にわからないようにする気遣いだった。この意味を聞くのが一番の野暮なので、ちんぷんかんぷんなままだった。今ではネットで調べれば簡単に出てくるが。
それが良い事なのかどうかわからない。何でもかんでもわかってしまうのどうかと思う。
他にも、ネタ札に値段がついていない、いわゆる時価についても、教えられた。当時、銀座などの寿司屋で、時価は、恐怖の対象だった。一見客は絶対にぼられると。
小笹寿しでの客単価は、だいたい四千円から、せいぜい一万円まで。決してぼるための時価ではなかった。
「野山さんね、値段を書いてないのは、お客さんのためでもあるのよ。日によって魚の仕入値段は変わるから、いちいち書いていられないっていうのもあるけどね。」「安く仕入れたら、安くなるし、普段は安い魚でも、時化なんかで入らなくって高くなることもあるのよ。だから、時価は、適正価格ってことなの。」
「それに、気持ちのいいお客さんと、ふんぞり返っているようなお客さんでは、対応も勘定も変わるからね。それが人情。」と、にやり。
本当に楽しい親方だった。
(続く)