小雨のそぼ降る夜、気まぐれに散歩していたら、秋祭りの準備中といった風情の神社の向かいに小さなお店を見つけた。

 

(こんな場所に、お店なんてあったっけ?)

 

 そんな気持ちで、店内を覗き込んでみた。

 

 提灯や暖簾などは出ていなかったが、居酒屋さんのようである。

 

 よく見ると上のテントに、「田舎料理」と書かれている。

 

 田舎料理とはなんだろう、と興味が湧き、思い切って店内に入った。

 

 

 まだ準備中だったのか、作務衣を着た小柄で白髪のご店主が慌ててこちらを振り向いた。

 

「すみません、まだやっていませんでしたか?」と自分。

 

「いえいえ、もう6時なんで開けていないといけないんですが、今日は雨なものでまだお客さんが来ないと思って、ちょっと油断してましたよ」と、ご店主が笑いながら返した。

 

「恐縮です。たまたま前を通りかかったんですが、こんな所にお店なんてあったかなぁ、と思って入ってみたんですよ」

 自分がそう言うと、ご店主は、

 

「2年前からやってます。まあ、週4日しか開けていないので、気がつかれなかったんでしょう」

 

 ご店主はそう言って、カウンターの椅子にふうっとばかりに腰を掛けた。

 

 自分はお店が営業していることを確認し、カウンター席に座った。

 

 軽く会話を交わしながら、まずご店主の出身地産の日本酒を注文した。

 

「ここの田舎料理って、どんなものが出るんですか」

 

 と自分が聞くと、ご店主は嬉しそうに、

「ああ、それはねぇ、本当に私の舌が覚えた田舎の家庭料理なんですよ」

 と言う。

 

 そこでまず、おまかせで注文すると、ご店主のお人柄が表れたような、酒によく合うまさに田舎の味といった小鉢と小皿が、次々とカウンターに並ぶ。

 

 煮物が多かったが、全て優しい味付けで、後半に鮎の塩焼きが出た時には、この店は当たりだと思った。

 

 ご店主にどこかで修行されたのかを聞いてみたが、実は50代で会社を途中退職して、自宅を改装し今のお店を始められたそうだ。

 なので、初めは調理経験は無しに等しいことになる。

 

 しかし、この味付けは心に響くような懐かしさがある。

 思わず、「全部美味しいですよ」と言うと、ご店主はこう話してくれた。

 

「私は前の仕事を辞めて、小料理屋を始めたくて調理師学校に通いましたけど、どうも馴染めなくてね。色々独学しながら、お客さんが喜んでくれるようなものを出したいって考えた時、やはりおふくろの味が浮かんだんですよ。

 それで私の子ども時分のことを思い出しながらね、こうして再現するっていうか、まあ、レシピを聞こうにも、もうおふくろさんは亡くなっているんで、それは無理なんですけどね、下手くそながらもその気持ちをね、このように調理に活かしながらやってるんですよ。

 ……お客さん、いかがですか。失礼ながらこんな田舎者が作る料理なんですけども。私らにしてみたら、美味しいなんて言っていただけただけで、そりゃあもう、嬉しいんですけどね」

 

 

 まだまだこういう人がいるんだな、と思いながら、その夜は寒く薄暗い夜道も、温かい思いで帰ることが出来た。

 

 帰り道でふと、会ったこともないご店主の“おふくろさん”の顔が、浮かんで消えた。