大晦日。
年越し蕎麦でも食べようと、手打ち蕎麦の美味しい店があるので、お昼にそこに行ってみると、驚くほどの行列が出来ていた。
30分くらいなら待っていてもいいが、どう考えても1時間以上は並んでいそうな気がして、断念する。
もう1軒、近くに老夫婦のやっている蕎麦屋があるので、そこへ向かったが、その店の前にも長い行列が。
夕方になったので、最初の店に行ってみたら、すでに行列が出来ていた。
夜は6時からなので、夜の営業が始まる何時間も前から並んでいたのだろうか。すごい執念である。
もう手打ち蕎麦は諦めて、商店街の古びたJAZZ BARに行く。
ここで以前、年越しの夜に乾麺の蕎麦を出してもらったことがあった。
大きなドアベルが付いた扉を開くと、白い髭のマスターがカウンター内でグラスを拭いていた。
店内では、エリック・ドルフィーの「AT THE FIVE SPOT」がかかっている。
マスターが、こちらの座る場所を目線で指定する。
カウンター席の中央に陣取ると、まずジンをロックで注文した。
まさか、いきなり蕎麦とは注文できないだろう。
しばらく雑談しながら、そういえば蕎麦って、まだやっていますか、と探りを入れてみた。
マスターは一瞬、視線を落としたが、「ああ、ありますよ」と言う。
「じゃあ、お願いします」と、難なく頼むことができた。
乾麺をゆがいているうちに、冷蔵庫から出してきたエビ天をレンジで温める。
その間に沸かしてあったお湯で麺つゆを作り、天そばが完成した。実に手際がいい。
エビ天は、近くのスーパーの惣菜売り場で買ってきたもので、やはり大晦日には常連さんが天そばを頼むのだそうだ。
「本当にありがたいです。年越し蕎麦、今年は食べられないかと思っていました」
と、今日のことを笑いながら話すと、マスターは、「最近はネット情報で、地元の人しか知らなかったお店でも、遠くから人が来たりするからね」と言っていた。
そして、「うちはネットにも上がらないから、いつきても空いているでしょう」
と言って、小さく笑った。
気がつけば客のいない店内には、浅川マキの「UNDERGROUND」が響いていた。