You Tubeにアップされている動画のタイトル
です。
おそらく1994年に収録されたものと思われ
ます。
(理由:デハニ53の前照灯がシールドビーム
2灯化されていて、車体の塗装が綺麗な状態
であるから)
この動画を観ると、私が毎年の恒例行事の
ごとく、一畑電鉄に乗りに行っていた頃の
思い出が甦って来て感無量になります。
一畑電鉄は島根県に存在する民鉄で、
地元では優良企業の一つに入ると思われ
ます。
神戸に住む私が何故わざわざ毎年、
島根県まで一畑電鉄に乗りに行っていたか、
それはその当時でも珍しくなっていた
手動扉を装備し車内が木製ニス塗りの
吊り掛け駆動の旧型車が走っていたからです。
一畑電鉄の存在は私が小学校2年生の時、
母が買ってきてくれた 世界の鉄道74 の
ローカル私鉄特集の中に紹介されていて、
その事で知ったのでした。
しかし、1980年代後半になって、まだ手動扉の
車両が現役で走っている事をはっきりと
知ったのは、鉄道ピクトリアル1988年3月
中国地方のローカル私鉄特集号 の記事を
読んだ事でした。
その記事を読んで、私はたまらなく一畑電鉄に
乗りたくなり、1988年2月22日頃に、
当時未だ運行されていた夜行列車の急行だいせん
に大阪から乗車し、出雲市に朝到着する行程で
一畑電鉄に乗りに出かけました。
その行程で行くと、丁度朝ラッシュ時に増結用として
運用されていた一畑電鉄開業時に製造された
手動扉のデハニ52か53のどちらかに乗車する事が
出来て、都合が良かったのです。
だいせんを降りて、一畑電鉄の電鉄出雲市駅の
改札を入ると 急行 松江温泉行 が既に
ホームに停車していました。
その日はデハ60型1両を基本編成として、
デハ80型+クハ180型2両が増結車として連結
された3両編成で、私は先頭のデハ80型の
運転席のすぐ後ろの席に座って、
前面展望を楽しみました。
目的のデハニ50型は、平田市駅で松江温泉発
電鉄出雲市行きの普通列車2両編成に増結される
ので、私はまず電鉄出雲市から平田市へ
急行 松江温泉行 に乗車して向かったのでした。
因みにデハ60型、デハ80型+クハ180型は
自動扉の車両です。
平田市に到着すると、反対側の電鉄出雲市方面の
ホームにお目当てのデハニ50型が停車しているのが
見えました。
平田市駅の改札を出て、すぐにまた電鉄出雲市駅
までの切符を買って改札を入り、地下道を通って
電鉄出雲市方面のホームに増結作業を終えて
停車しているデハニ53に乗車する事が出来ました。
その日はデハニ52は平田市の車庫でお休みの
ようでした。
私の期待通り、車内は木製ニス塗りでしたが、
ニスを塗ったのがかなり以前のようで、
当時の国鉄の旧型客車や名鉄の旧型車の
車内のようなニスの艶が全く無く、
ニスが縮んでしまって光沢も全く無い状態
であったのが少し残念に感じました。
しかし木製の手動扉は健在で、
乗車降車の際には木製の引き戸をガラガラと
手でお客さんが開け閉めする様子を興味深く
観ていました。
朝ラッシュ時なのでお客さんはほとんど地元の
人達のようで、手動扉を別に珍しく感じる様子
は全く無く、さも当たり前のように乗車降車の
際に手でガラガラと開け閉めしていました。
特に閉める時は、自分が最後であると認識して
いるお客さんが、ガラガラガチャンと音を立てて
律儀に扉を閉める様が、自動扉の電車にばかり
乗車していた私には、とても新鮮に映りました。
お客さんの乗降が完了し、全ての扉が閉まった
事を確認すると、車掌さんは
”ピピー―――――――――――”
と笛を吹くのです。
すると運転士さんが
”フワ――――ン”
とタイフォンを鳴動させて列車が発車するのです。
つまり車掌さんが笛を吹いたらその音が運転士さん
に対しての発車オーライの合図なのでした。
なので自動扉の車両の場合、当然の事ながら
車掌さんが笛を吹いてから扉が閉まるのですが、
扉が閉まる前に笛の音がなると運転士さんは
手動扉車と同じタイミングですぐに
”フワ――――ン”
と先にタイフォンを鳴動させるので、
普段私が利用している各列車の発車のタイミングと
少し違った感じでした。
1995年に南海電鉄と京王電鉄からの中古車両に
置き換わってしまうまで、この手動扉の電車は
健在だったのでした。
そんな1990年代に入っても手動扉の旧型車両が
最高速度85km/hで疾走する一畑電鉄は、
私にとってこの上ない魅力ある民鉄だったのですが、
上記の通り1995年に車両が入れ替わってしまい、
魅力を感じなくなってしまいました。
このブログの表題の、松江温泉駅を夜間に発車する
デハニ53+クハ101の動画は、
私を夢の世界へと誘ってくれるのです。
夜間なので乗客が少ない事から、
1両目のクハ101は全扉を施錠して車内灯も消灯
していて、2両目のデハニ53にだけお客さんが
乗れるようにしているのです。
お客さんが一人も乗っていない真っ暗なクハ101の
運転室で運転しなければならない運転士さんは、
怖い想いで運転しているのではないのかなあ、
などと想像するのも私は楽しいのです。
そんな味わい深い情緒豊かな夢のような列車は
年々その数を減らしてしまい、
私は本当に寂しい限りです。
まあ単なる一般の鉄道利用者の人から見れば、
現在の一畑電鉄の方が車両も新しいし冷房も
ついているし、昔と比べて良くなった事ばかり
であると思われているのでしょうけどね。
つくづく趣味と言うのは一体何なのだろうか・・・?
と考えてしまう私です。
就寝中の夢の中でも良いから、
1990年頃の一畑電鉄に再び乗ってみたいものだ、
と思わずにはいられません。![]()