来る2026年1月31日
にライブを実施します。
現在個人的な事情が色々ある状態ではありますが、
私は スリーレブン にドラマーとして所属し、
出演の予定です。
今回のライブは2023年8月26日の
ah - chan band Vol.1
以来となる昼間に実施のライブとなります。
皆様、ご都合が合うようでしたら是非お越し下さい。
来る2026年1月31日
にライブを実施します。
現在個人的な事情が色々ある状態ではありますが、
私は スリーレブン にドラマーとして所属し、
出演の予定です。
今回のライブは2023年8月26日の
ah - chan band Vol.1
以来となる昼間に実施のライブとなります。
皆様、ご都合が合うようでしたら是非お越し下さい。
今年に入ってからある人に対して私が誤解を
していたのですが、昨日それが解消しました。
その人と普通に会話する分には何の問題もなく、
コミュニケーションを取れているのでしたが、
LINEでやりとりをした時に、
何度かちぐはぐなやりとりがあって、
それが元で私はその人に対してイラッとする事が
あったのでした。
しかし世の中の様々な情報の中で、
発達障害と言うキーワードを耳にする事が増えて、
もしかしたらその人は発達障害もしくは、
何かの障害を抱えているのではないか??
と私の中で思うようになりました。
それでその人との個LINEのやりとりをしていて、
私がその事を意識してその人にメッセージを
送った結果、その人からの返信で、
35歳の時に交通事故に遭遇し目を打撲した際に、
若年性白内障になり視力が低下した、
とのコメントが書かれていたのでした。
それを読んで私は、
やはりそのような障害を持たれていたのだなあ、
それでLINEのやりとりをする時に、
ちぐはぐなやりとりが生じていたのだなあ、
と納得したのでした。
私はLINEでのやりとりでも自分が必要と感じた事は
全て記述する主義なので、どうしてもメッセージが
長文になってしまい勝ちなのですが、
その人にとってはおそらくその長文は、
かなり読み辛く、理解をするのに普通の人よりも
時間がかかってしまったり、理解をしないまま返信を
してしまったりしていたのだろうと思います。
自分の身体に障害がある事は自分から言いたくないし、
言い出せない気持も私はよく分かるので、
今回のその人とのやりとりで、その人から視力の低下
について教えてもらえた事は良かったと思います。
私自身、少し内容は違えど、
22年前にある薬と出会うまでアトピー性皮膚炎に
苦しめられていて、それを自分から人に言うのは
凄く嫌だったので、その人が自分の眼の事を
私に伝えたくなかった気持ちもよく分かるのです。
なのでその人の眼の事を知らずに長文のLINEを
送って、その返信に腹を立てていた事を、
大変申し訳なく思っています。
しかし今回の事で私の心の中のモヤモヤが
一気に解消したので、今後はその人に対して、
眼やその他の事を気遣った上で接する事が
出来るようになるので、やはり打ち明けてもらって
良かったと思います。
やはり人の付き合いは、
自分だけの価値観や感情だけで進めて
しまっては危険であり、相手の事をよく理解して
あげる事が大事だと今回の事で思いました。
まあなかなか難しいんですけどね。
しかし冒頭に書いた通り、
普通に会話する際には全く違和感等が無いのに、
LINEのやりとりがちぐはぐな事について、
何か障害があるのかと私自身が気付けた事は、
良かったのではないかと思います。
そうでなければ下手をすればその人と縁を切って
しまっていたかも知れないので。
そんな訳で、誤解が解けて本当に良かったと
思います![]()
21日は私が現在ドラマーとして所属するバンド
スリーイレブンのスタジオリハーサルでした。
来る1月にライブを予定していてその詳細は
追ってこのブログにも記述の予定ですが、
それに向けてのリハーサルです。
今回のライブに向けて新曲を2曲入れますが、
まあまあどちらも良い感じに仕上がって来ている
と思います。
ボーカルのごっちゃんは声量が安定しているし、
リズム感も良く私のドラムのビートとフィットしています。
11月29日にライブを観に行かせてもらった
私の友人でありジャスボーカリストでありまた
ボーカルの師範である宇根崎緑さんからも
ごっちゃんのボーカルは私のドラム同様、
高評価を戴いているのでした。
今年の5月からメンバーになったベーシストの
ぴょんちゃんも私のドラムのビートとピッタリフィットした
リズムを刻んでくれて、私も心地よくドラムを叩く事が
出来ています。
それでリハーサル終了間際にベースのぴょんちゃんが、
今回の新曲のうちの1曲について、
”この曲は気楽に弾けるから良いわ”
とコメントしたのですが、それに対して私がぴょんちゃんに
”いや、ドラマーとしてはこの曲は
決して気楽には叩かれへんよ、
オーソドックスな8ビートを延々ずっと叩いて楽曲が
成り立っているから少しのミスやリズムのブレがあっても、
素人の人が聴いていてもそれが分かってしまうからね”
と返答するとぴょんちゃんは納得してくれました。
そうなんですねえ、特に今のスリーイレブンは
私のドラムを土台にしてその他のメンバーが音を乗っける
感覚で演奏しているので、ぴょんちゃんにしてみれば、
ベースのフレーズとしてもシンプルだし、
リズムもシンプルな8ビートの楽曲なので、
私のドラムのリズムに乗っかって弾いていれば
割と気楽に弾けると言う気持ちは分からないでもない
のですが、上に乗っかられる私の立場としては、
尚更ミスは出来ないし、細かなリズムのブレを起こす事も
出来ないので私としては非常に集中力を要するのです。
よくドラムを始めて間もない人や、
真剣に練習はしていないけれど
ドラムの心得くらいはある程度の人が
”8ビートなら叩けますよ”
と言う言葉を発せられるのですが、
確かに8ビートは基礎リズムであり初心者の人にも
難しいリズムではないのかも知れません。
しかし、8ビートのシンプルなリズムフレーズを、
リスナーに気持良くまたカッコ良いと感じて
聴いてもらうには
”確かな基礎力と技術、それに確たるリズム感”
が絶対に必要なのです。
これを理解していない方が結構多いように私は思います。
なので私は今、シンプルな8ビートの楽曲ほど、
集中力を切らさないように緊張して叩いているのです。
でも上記のやりとりをぴょんちゃんとした事で、
ぴょんちゃんのみならず、他のメンバーにもその事を
理解してもらえたと思うので良かったと思います。
そんな訳でドラマーとベーシストとの感覚の違いについて
書いてみました。
各楽曲とも良い感じに仕上がって来ているので、
1月のライブが楽しみになった来ました。
ライブの詳細は改めてアップする予定です。
と言う事で次のスリーイレブンのライブに
乞うご期待!!![]()
私が40年前に付き合っていた彼女の実家が。
数日前から右目に糸くずのようなものが動く
ように見えるようになったので、
今日の午前中に眼医者さんで診て貰いました。
結論としては加齢による飛蚊症との事で、
視力も悪くなく、
すぐに悪化する可能性も低いとの事で、
当面心配なしとの診断結果でした。
自身でもおそらくそのような結果だろうと
想いながらもやはり目は大事なので、
念のために診て貰ったのでした。
眼医者さんから当面心配なしとのコメントは、
私が過去に、
日本武道館でもコンサートを実施した事もある
とあるプロのドラマーから
”お前のドラムはアマチュアの域ではないよ、
プロでお前より下手な奴、一杯いるよ”
とのコメントを戴いた事や、
先日このブログで記述した、
ジャズボーカリストでまたボーカルの師範である
宇根崎緑さんから私のドラミングを
”クールでタイトなリズムで聴くと元気が出る”
とのコメントを戴くのと同じように
私の心が平穏になる内容なのでした。
その眼医者さんは私の自宅最寄駅から
2駅先の場所にあり、今日も行きは電車に
乗ったのでしたが、2駅と言っても1.4kmの
距離なので帰りは徒歩で自宅まで帰りました。
で、その帰り道の途中に私が40年前に
付き合っていた彼女の実家がある訳ですが、
帰り道から少し北へ上がった上に、
行きどまりになっている路地の途中にあるので、
わざわざ寄らなければならない場所になっていて、
今日久しぶりに様子を見に行ってみたのでした。
そこは30年前の1995年、
阪神淡路大震災に遭遇した際に、
当時私は両親と私の3人で暮らしていて、
一時的に兄の家に3人で寄せてもらい
兄一家と一緒に暮らした事があったのですが、
偶然にもその頃兄が住んでいた家のすぐ近く、
徒歩で2分くらいの場所にその彼女の実家があり、
兄の家に帰宅する際に回り道をして一度、
様子を見にいった事があったのでした。
その時はまだ家が建っていて、
表札も彼女のお父さんの名前が書かれていて、
今もご実家はそのままなんやなあ、
と思って見ていました。
と言うのは私がその彼女と付き合っていた時に、
お父さんが仕事の都合で単身赴任と言う形で
東京へ転勤になったのでした。
その後、彼女とお別れしたのでお父さんが
どうなったのか分からなかったのですが、
少なくとも30年前はあの実家に戻られて
いたのだろうと思います。
そして1995年から30年を経た今日、
久しぶりに様子を見に行ってみると
更地になっていたのでした。
おそらく彼女はとうの昔に誰かと結婚して
実家を出ていたと思われ、妹さんも東京の
大学に進学したからそのまま東京で
就職なり結婚なりしたと思われ、
お父さんとお母さんのお2人で暮らして
おられたと思われますが、
いつの間にか家を引き払っていた事に
時の流れをしみじみと感じてしまいました。
彼女と付き合っていた頃に、
お父さんの郷里は播但線沿線の
とある場所であると聞いていたので、
もしかしたら会社を定年退職後にそちらへ
ご夫婦で帰郷されたのかも知れないなあ
と思ったりもしています。
その彼女と付き合ったのは1年半くらいの
期間でしたが正直な所、あまり懐かしいとか
思い出に浸るとか、
そんな感情をほとんど持たないまま今日まで
暮らして来た私であり、
30年前に様子を見に行った時も、
特に何の感情も湧かなかったのですが、
今日久しぶりにその場所へ行くまでの道を
歩いている時に初めて、懐かしいなあ・・・、
と言う感情を持った自分に気が付きました。
そして更地になったその場所を見て、
沢山の想いが溢れ出したような、
何とも言えない気持ちになりました。
私も随分長い間、生きて来てしまったのだなあ、
と改めてしみじみと感じています![]()
今朝の朝刊に山内テツさんの訃報が掲載されて
いました。
御年79歳で逝去されました。
山内テツさんはベーシストで、
日本のプレイヤーで初めて海外のメジャーなバンド
のメンバーとして活動された方です。
フリー、フェイセス のベーシストとして活動され、
プロ野球界で例えるなら野茂選手のような存在
と言えるでしょう。
フリー、フェイセスに加入する前は
ミッキーカーチスさんのバンドでベースを演奏
していました。
私は山内テツさんが海外での活動終了後に帰国し、
制作されたアルバム ききょう と
ライブ盤のCDを所持しています。
ききょう は全曲山内テツさんの作詞作曲で、
ベースプレイのみならず、メインボーカルも
担当されていますが、とても良いアルバムだと
思います。
特に1曲目の おきなサイ は印象的な楽曲で
凄くオリジナリティが溢れていると思います。
私が山内テツさんの存在を知ったきっかけは
レイニーウッドのリーダーでありキーボーディストである
上綱克彦さんの活動経歴を見た事でした。
上綱さんが田中一郎さんが率いるバンド
one boy players のメンバーとして、
アルバム Gimme A Break でキーボードと
2曲 メインボーカルとして参加し制作された際に、
CDのジャケットに各メンバーの活動経歴が
記述されていて、そこに山内テツさんの名前が
あったのです。
そのアルバムは1990年12月に
大阪バナナホールでone boy playersの
ライブが開催されてそれを観に行った時に
会場で販売されていたので購入しました。
またアルバムにはレイニーウッドのドラマーである
四ツ田ヨシヒロさんも全曲ドラム、コーラスで
参加されています。
そして1995年の7月にCD屋さんで山内テツさんの
ききょう を見つけて即座に購入したのでした。
帰宅して歌詞カードを見てみるとそのアルバムには
上綱克彦さんの参加は勿論あったのですが、他に
ミッキー吉野さん、浅野孝巳さん、スティーブフォックス、
角田ヒロさん、原田祐仁さんなどなど、
超豪華メンバーのプレイヤーが参加している、
凄く贅沢なアルバムである事を知りました。
流石に各楽曲とも充実の演奏で、
凄く聴きごたえのある素晴らしいアルバムだと思います。
ライブ盤でも上綱克彦さんがキーボードで参加しています。
ライブ盤は上綱さんの他にボーカル、コーラスに
桑名晴子さん、
ボーカルにゲーリーピックフォードホプキンス、
ギターに森園勝敏さん
が参加されていて、山内テツさんはボーカルはせず、
ベースプレイに専念されています。
山内テツさんのベースプレイは派手なチョッパーなどの
フレーズはなく、オーソドックスなベースプレイなのですが、
とても味わいのある良いベースプレイだと思います。
ききょう は全曲山内テツさんがボーカル担当ですが、
山内テツさんのボーカルは、歌唱力と言う点に於いては
少し物足りなさはありますが、
それでも独特の味のある歌い方で作品が作られていて、
とても良いボーカルだと思います。
また惜しいミュージシャンが一人この世を去って
しまいましたが、これも時の流れなので仕方が無い
のだと思います。
そして私はこれからも山内テツさんの音楽を聴いて
行きたいと思います。