今の自分の状況に。

 

理由は昨日のブログの通りです。

 

自分は本当にキーボーディスト運に恵まれない

ドラマーである事に、無性に腹が立つのです。

 

同じキーボーディストとずっと活動を共に

出来ているドラマーが世の中には多々いるのに、

何故自分はそのような環境に恵まれないのか、

無性に腹が立つのです。

 

今朝リーダーのあーちゃんに、

と言うかスリーレブンのグループラインに

私のメッセージを入れましたが、そこには

私は昨年の2月にスリーレブンに加入を決めた時、

その要因としてキーボーディストが存在するから、

と言う事が決め手となっている事を

改めて書いておきました。

 

そして昨日やっちゃんと直でラインのメッセージ交換

をした際に、彼女の意志の硬さを感じたので、

この際割り切って新しいキーボーディストを募るべき

と思っている事をグループラインに書きました。

 

リーダーのあーちゃんからは、

サウンド面だけではなく、人間関係も上手く行くと

思えるキーボーディストをゆっくり探すつもりだと

コメントを書いてくれましたが、

私の正直な今の気持ちとしては、

新しいキーボーディストが決まるまで、

スタジオリハーサルをしたくないと言うのが

正直な気持ちです。

 

それくらい今の私はキーボーディストが存在する

バンドでドラムを叩きたいのです。

それが今の私のドラマーとしての拘りです。

 

にも関わらず結局やっちゃんは私がバンド加入から

僅か1年で脱退と言う現実に、

無性に腹が立っているのです。

 

そして今更ながら、

過去に何度かやっちゃんがバンドからの脱退の

意思表示をしていたと言う事を、

彼女が辞める前に私にも情報共有をして欲しかった、

と言うのが今の気持ちです。

 

であれば、もっとやっちゃんを気遣った接し方が出来たし、

今回のライブでアンケートを取る事をはっきりと

反対する意思表示が出来たのになあ、

と悔やんでも悔やみきれません。

 

この気持ちはこれからも暫くは続くものと思われます。

 

また元のように落ち着いた気持ちになってくれると

有難いのですが、それがいつになるかは未定です真顔

僅か一日にしてそうなってしまいました。

 

昨日のブログで私のドラミングの評価が爆上がり

した話を書いたのですが、今日私がドラマーとして

所属するバンド スリーレブン のグループラインに

突然キーボードのやっちゃんからバンド脱退表明の

メッセージがありました。

 

メンバー一同激しく動揺、

そして今も私の気持ちの整理がついて

いません。

 

23日の打ち上げの時は機嫌よく

次のライブの候補曲の話もしていたのに、

本当に今日突然にメッセージが届いた

のでした。

 

私のドラマー人生40年の中で、

キーボーディストに恵まれない期間が長く、

昨年2月に私がスリーレブンのメンバーに

なった時に、ようやく念願のキーボーディスト

がいるバンドのメンバーになれた、

と喜んでいたのに、僅か1年でお別れとは・・・。

 

個別ラインで本人ともやりとりしましたが、

脱退の原因は今一つよく分かりません。

 

ただリーダーのあーちゃんの話では、

23日の打ち上げに向かう電車の中では

ハイテンションに会話をしていたけれど、

帰りの電車の中ではローテンションになっていた、

との事なので、やはり打ち上げの席で何かが

あったと思わざるを得ないのです。

 

その内容をもとに憶測を巡らせると、

私の中ではおそらくアレが原因かな?

と思ってしまいました。

 

アレについては敢えてここでは具体的に書く事を

避けますが、打ち上げに向かう電車の中では

あーちゃんとやっちゃんがハイテンションに会話を

していたのに帰りはローテンションと言う事は、

打ち上げの時のアレしか考えられません。

 

と言う事で、ドラマーとしての評価が上がって、

これからますますスリーレブンで頑張ろう!

と思っていた矢先にこのような事態となり、

残念と言う他はありません。

 

正に天国から地獄です。

 

呪われているのでしょうか???ドクロ

 

でもドラムの個人練習は今後も続けるつもりです。

 

呪いになんか負けてたまるか!!!!!

 

そしてもし本当に私を呪っている奴がいたら

私はその何倍もそいつを

呪い返してやる!!!ムキームキームキー

私のドラマーとしての評価が。

有難い事ですニコニコ

 

23日金曜日の夕方、私が現在ドラマーとして

所属するバンド スリーレブン で

去る2月11日に実施したライブの打ち上げを

実施しました。

 

その席で、ボーカルのまっすんが11日のライブで

来場戴いたお客様に記述して戴いたアンケートの

集計結果を持参してくれてそれをメンバー全員に

配布してくれました。

 

その内容を見ると、軒並み私のドラムの評価が

高かったのです。

素直に嬉しいですねニコニコ

 

それで二次会へ行こうと言う事になって、

こまっちゃんの家 へメンバー7人で行きました。

 

こまっちゃんの店 の時代に、私がまだ学生の頃、

もう37年も前に一度だけ行った事があるのですが、

こまっちゃんの家 になってからは初めての

訪問でした。

 

こまっちゃんの店時代はライブバーだったと

思いますが、今回行ったこまっちゃんの家は

カラオケも出来るしドラムセットやアンプも

置いてあるので生演奏も出来るし、

カラオケに合わせながら楽器の演奏も出来る、

と言うかなり楽しいお店になっているのです。

 

最初私はステージでカラオケで歌っていたのですが、

折角ドラムセットがあるのでだんだんとドラムを

叩くようになりました。

 

お店に入った時はお客はスリーレブンの一行だけ

だったのですが、途中からもう一組別のお客さんが

入店しました。

 

それでその人達もカラオケで歌うようになったのですが、

私もだんだんと酔いが回って来て、

始めはスリーレブンのメンバーが歌う時だけ

ドラムを叩いていたのですが、もう一組の全員初対面の

お客さんのいずれかが歌う時にも楽曲に合わせて

ドラムを叩いたのでした。

 

で、その人達から

”凄くドラムの音が良くて気持良く歌えました。

全く楽曲の邪魔にならないドラムで素晴らしい。

有難う”

と言ってもらって、握手までして戴けましたニコニコ

 

マスターのこまっちゃんからも

”全く歌の邪魔をしない凄く良いドラムの音やと思う。

今の若い子とは違う、昭和のドラムって感じで、

良いねえ”

と言って戴けたのでしたニコニコ

 

そんな感じでお酒の酔いも相まって、

非常に気持良くなってしまって、

結局私、ボーカルのまっすん、サックスのひー君の

3名は夜中の1時30分頃までこまっちゃんの家で

遊ばせてもらって、久しぶりにタクシーで帰宅

してしまいました爆笑

 

それで何とウイスキーの処女ボトルを

2本も空けてしまっていたのでしたてへぺろ

 

マスターのこまっちゃんは当然37年前に

私がこまっちゃんの店時代に来店した事など忘れて

いるので初対面同然だし、

スリーレブン以外のもう一組のお客さんも全員

初対面にも関わらず、その皆さんから

”気持良く歌えるドラム”

と言ってもらえたことは、本当にドラマー冥利に

尽きると言うものですニコ

 

2019年1月4日に凄く嫌な想いをして、

それまでドラマーとして所属していたバンドを脱退

してから昨年の2月にスリーレブンに加入するまで、

ずっと一人でドラムの個人練習を積んできたことが

無駄ではなかったのだ、と言う事と、

現在スリーレブンにドラマーとして所属して、

日々基礎練習を続けている事と、

メンバーとスタジオリハーサル、ライブを実施して

来た事が、自分の身になっている事を感じて、

私は今ドラマーとしてとても幸福ですニコニコ

 

これからもずっと精進を続けて、

もっと良いドラムが叩けるようにして行きたいと

想っています。ニコ

 

※ こまっちゃんの家 は店名です。

 

昨日は私がドラマーとして所属するバンド

スリーレブン の2回目のライブでしたが、

細かい点はいろいろありますが、

楽しく演奏出来て、またお越し戴いたお客様からも

今日は凄く楽しかった、とコメントを戴いて

非常に嬉しく思います。

 

寒い中、ご来場戴いた皆様、

また対バンのメンバーの皆様、

Always神戸のスタッフの皆様、

そしてスリーレブンのメンバーの皆さん、

有難うございました。

 

今回のライブは、

私が過去にタップダンスをやっていた時に

同じスタジオでタップを習っていて、

かつジャズボーカリストであるMさんにも

来場いただいてとても嬉しかったです。

 

しかも彼女にはロック基調のドラムである

私のドラミングに凄く感動して戴けて、

本当にドラマー冥利に尽きると言うものです。ニコニコ

 

また、私が過去にFLASH LIGHTと言う

ファンクロックバンドに所属していた時の

ギターリストであるSさんにもご来場戴けて、

久しぶりにお会い出来た事と、

今の私のドラムプレイを聴いて戴けて、

とても嬉しかったニコニコ

 

しかもMさんもSさんも現在でも音楽活動を

続けておられて、その事も嬉しいですね。

 

音楽仲間って、やっぱり良いものだと

改めて認識しました。

 

そして私はこれからも可能な限り、

ドラマーとして精進を続けたいと思います。ニコ

久しぶりに鉄道ネタです。

 

標題は国鉄時代の車番で、

現在は津軽鉄道オハフ331です。

 

ストーブ列車の客車として使われています。

 

この車両 製造が1948年、それ以来国鉄の

客車として使われ、1983年に廃車となって、

津軽鉄道に譲渡されました。

 

つまり国鉄で35年間使われてから津軽鉄道に

譲渡された訳ですが、譲渡されてから今年で

何と41年が経過しているのです。

 

要は国鉄で使われていた期間よりも

6年も長い月日を津軽鉄道で過ごしている

のです。

 

このオハフ331が譲渡される前は、

やはり国鉄から1965年に譲り受けたオハ31が

ストーブ列車の客車として使わていました。

 

因みにこのうちの1両が廃車後に長らく

津軽鉄道沿線で静態保存された後、

再整備されて現在鉄道博物館に静態保存展示

されています。

 

オハ31が製造されたのは1927年、

国鉄での廃車が1965年と言う事で国鉄で使われた

期間が38年、津軽鉄道で使われた期間がわずか

18年で合わせて56年間使われた事になりますが、

それと比較してオハフ331については、

国鉄で35年、津軽鉄道で41年、合わせて76年も

使われていて現時点でまだ現役なのです。

 

車内は国鉄時代と同じ、木製ニス塗りで、

座席のモケットは張り替えられていますが、

その他の主な部分はほぼ国鉄時代のまま

使われています。

 

オハ31とオハフ331では車体の構造や強度も

異なるとは思いますが、やはり塗料やメンテナンスの

技術も向上しているものと思われます。

 

オハフ331が津軽鉄道に譲渡された1983年の

時点では、経年が76年にも及ぶ鉄道車両は

存在していなかったと思われます。

 

そして1983年にオハフ33 2520が津軽鉄道に譲渡

された時には、まさかその41年後までその車両が

現役で活躍を続けるなど予想だにしなかったのです。

 

なので世の中は色んな意味で変わって行く

ものなのだなあと感じます。

 

人間も長生きするようになったように、

鉄道車両も昔と比べると随分と長生きするように

なっているのです。

 

そして私の個人的な願望ではありますが、

津軽鉄道のオハフ331には、

これからも車内が木製ニス塗りのまま、

末永く活躍してもらいたいと思います。ニコ