撮影日 2025.1.29(13・14枚目は2025.1.30)
撮影場所 近江鉄道本線 彦根駅付近
(13枚目は近鉄富田駅、14枚目は保々駅)
※立ち入り可能場所から撮影
前回の近江鉄道の記事の続きで、近江鉄道彦根車庫に留置され
ていた車両達を紹介します。
既に暗くなっていましたが、面白い車両達がいました。
尚訪問時は西武から新2000系が2本移籍し改造待ちの段階で、
まだ第二陣の初期型は来ていませんでした。
(一枚目)
・手前の車両も気になりますが、改造待ち中の新2000系です。
以前こちらの記事でも新2000系については紹介しています。
西武鉄道 新旧2000系 | 303-101のブログ(2018.11.9)
近江鉄道では元西武401系の800系列の置換を進めており、
新101・301系及び3000系の譲渡で代替を進めていました。
それに次いで移籍したのがこの新2000系で、第一陣移籍分と
して2451及び2453編成が移籍しています。
この写真はそのどちらかです。
いずれも1988年製の前期タイプで側扉窓が低め、戸袋窓が
小さいタイプです。2451編成は貫通扉が小窓ですが写真では
判別できません。
幕式方向幕のままで通風器撤去やパンタグラフの更新などは
行われず、比較的原形に近い状態で廃車になりました。
新2000系の2連は初期型と比べ少なく、8本だけでした。
(二枚目)
・別アングルからです。
この後2025年終わりから運行を開始し、200形となりました。
ワンマン改造や車内更新、白色LED改造が行われた他線路
検査機能を搭載し「ドクターガチャコン」という愛称が
付きました。
一方塗色は西武時代のままで、黄色一色の形式が復活しました。
尚近江では200形は4代目となり、初代は西武中古の木造車を
譲り受けたものでした。
近江では移籍後運用開始まで数年かかる事も多いですが、元から
2連だったせいか割と早く運用開始しています。
最近は改造をJR西日本系列の企業が担当しているとも聞くので、
自前で行うより早かったのかもしれません。
尚次いで移籍した初期型車(203編成?)はオレンジ一色となり
ました。かつて在籍した1系・500系と同じ様な色になるの
でしょうか?
余談ですがこの初期型は最後まで残っていた2本で5次車と
なりますが、製造は1988年で新2000系と余り変わらない
時期の製造で一部新2000系の仕様が含まれた形式です。
且つ新2000系2連と違いリニューアルを受けています。
残る800形も新2000系2連の本数と一致する為、今後新2000
系により置き換えられると思われます。
(三枚目)
・手前には空気バネ台車が特徴的な長物車・チ10形チ11+
12が留置されていました。こちらも紹介済みです。
2019.12 関西旅行(近江鉄道見たまま) | 303-101のブログ
(2021.2.11)
彦根工場の自家製電車・500系モハ505+クハ1505を改造
して2008年に登場しています。
その際に種車のFS-40台車を流用しています。
国鉄の高速貨車・10000系並みのエアサス車です。
(四枚目)
・チ11を別アングルから。現在近江の電気機関車は消滅した
為、事業用車扱いのモハ226に牽引されレール輸送に使用
されています。
尚種車の台枠を流用していますが、元々の500系も車体は
新製しつつ機器は流用しており、台枠も旧型車のものを
流用していたと思われる為かなり古い車両の台枠が今でも
生き残っているのかもしれません。
(五枚目)
・続いて保線用として使われているホッパ車・ホキ10形です。
2両写っており、ホキ11と13ですがどちらがどの車番が特定
出来ません(ホキ12は廃車済み)。
ホキ10形は1985年から86年にかけ、彦根工場で製造された
バラスト散布用30トン積みホッパ車で、旧型の貨車を改造
した事になっていますが実際は国鉄ホキ800形をモデルに
構体を新製、台車・ブレーキ等を流用したとの事です。
こちらもモハ226に牽引されています。
(六枚目)
・続いてホキ10形と連結されていたモハ226です。
以前こちらの記事でも紹介しているのでご参照下さい。
近江鉄道2014(220形等) | 303-101のブログ(2019.1.24)
語るべきことが多すぎる恐ろしい車両ですが、1991年から
1996年にかけ彦根工場で製造(魔改造?)された形式です。
旧型車の置換と、閑散線区で運用されつつ問題が多かった
気動車(LE-10形)代替の為導入されたもので16m級単行型
電車となっています。
当初から冷房付きでワンマン車両として近代的な車両として
落成しましたが…。」
前面は額縁スタイルで800形風ですが貫通扉付きです。
角型ライトで前面は近代的に見え、今でも製造年は近江で
最新の車両です。
但しこの時期の近江の特徴として車籍を旧型車から流用して
おり、本形式も旧型車の車籍を引継いでいます。
(実際流用された機器が有るかはともかく…)
(七枚目)
・側面です。3ドア両開きドアですが16m車なので、20m車が
増えた今では短く感じます。導入時は17m車が主力でした。
ドアは西武風のステンレス無塗装で、窓は固定窓で一部箇所は
1枚下降窓です。
集中式冷房を搭載しており、電源は架線電圧をそのまま使用して
おり補助電源を使用していません。
自社で車両を作っていた近江ですが、この車両は西武701系の
ドア周りや屋根回り、室内部品などを流用しています。
屋根雨樋の位置が90年代の車両にしては低く、古めかしく
見えるのは701系由来だからでしょう。
近江では401系と同時期に701系も譲り受けましたが、結局
改造種車となった様で車両として竣工しませんでした。
台枠も古い物を流用した様です。
(八枚目)
・同じく側面です。バスと同様「ライオンズカラー」で、
西武本体でも4000系でしか採用されませんでしたが近江では
他に801編成でも採用されました。
220形は廃車まで全車この色でした。
車体幅が狭い為ドアのステップが広く(220形は2740㎜、
800系は2937㎜)、目立っています。
主に閑散線区(八日市駅~貴生川駅間)で使用され、サービス
向上に貢献した本形式ですが後述する様に足回りの老朽化が
進み、収容力も小さい事から徐々に運用が減り事業用車と
して使われる車両も登場しました。
私は運用末期の2014年に乗車した事が有りますが、既にその
頃は平日1往復だけで米原駅~多賀大社駅間だけの運用でした。
しかし100・900形増備で遂に2015年に定期運用を終えました。
(一部は2013年頃に除籍)
引退後もモハ221と226は事業用として残り、除籍された車両も
彦根に残っていましたが2019年にモハ226以外は解体された
様です。この車両も2024年に車籍は無くなった様ですが、
現在も事業用として残っている様です。
(九枚目)
・最後にかなり暗くなってしまいましたが台車です。
ホキ10と同様FS-40台車で、元は800形の記事でも述べた様に
西武鉄道が比較的新しい車体を持つ旧性能車各形式の台車
更新用に導入した空気バネ台車です。
220形の足回りは車体とは対照的に流用品が多く、駆動装置は
吊り掛け駆動でモーターは戦前の国鉄標準のMT-15(104kw)、
制御装置も抵抗制御でやはり戦前の国鉄標準のCS-5でした。
近江では親会社の西武同様、70年代頃から主要機器を国鉄の
戦前標準型のものに統一しており、本形式も同様でした。
一方ブレーキは近代的な電気指令式空気ブレーキで、同時期
1系や500系等も吊り掛け車のまま電気指令式ブレーキに
改造されており、台車とブレーキは近代的でした。
上述した様に私は一度この電車に乗車しており、既に大変
希少になっていた吊り掛け車の音を堪能しました。
余談ですが西武グループの系列会社はいずれも電気指令式
ブレーキの採用が早く、伊豆箱根でも70年代から採用して
います。
親会社の西武では2000系で採用されましたが、その後も
電磁直通ブレーキの新101系を製造しています。
大変近代的な部分ととてつもなく古い部分が同居する、
カオスな小さい電車、それが220形の魅力です。
いつまでも残って欲しいものです、彦根の「至宝」として。
(十枚目)
・最後に、やっと明るい写真ですが最近の主力・100形(2代目)
です。この編成は「ひこにゃん」のラッピングが入っており、
HMも付いています。
100形は前に紹介した900形同様、西武新101系の譲渡車です。
最大の違いはブレーキを改造しなくなった事で、電磁直通式
空気ブレーキのまま登場しています。種車は秩父線運用に
備え抑速ブレーキ付きでしたが、こちらもそのままだと
思われます。
新101系の2連に加え、301系(新101系の8連版)も種車となって
おり後者は中間車に運転台を移設しています。
(十一枚目)
・この車両はモハ1101で、種車が元から装備していたスカート
を流用しています。102・103編成は入線時はスカートが無く、
後年設置されており形状が違います。
運転台後部に窓が有りますが、これは301系改造の104・105
編成には設置されていません。
本形式は水色に白帯の塗色が採用されており、この編成だけ
「湖風号」のステッカーが付いています。
車体回りの改造は少なく、行先表示器がLED改造された程度で
ドアはステンレス無塗装のままです。
ワンマン改造され、900形と違い車内や床が交換されていますが
座席はロングシートのままです。
編成によってモケットも違い、この編成は水色です。
運転台後部には車椅子スペースが設置されました。
転落防止幌も付いています。
尚屋根上通風器は残存しています。
(十二枚目)
・相方モハ101です。モハ100+モハ1100形で編成を組んで
おり、こちらはパンタグラフを2基搭載しています。
100形は2012年から2018年にかけ5本が登場しました。
その後は101系の出物が切れた為か3000系の導入に切り替わり、
似た様な顔を持ちながら界磁チョッパ制御の300形として
竣工しています。
800形は置換が進んでいますが、今後も本形式の活躍は続くと
思われます。西武本体の新101系は間もなく「サステナ車両」で
置換が見込まれますが、流石にもう移籍しないでしょう。
一部では足回りが同じ4000系改造のレストラン車「52席の
至福」の譲渡という噂も有る様ですが…。
(十三枚目)
・最後に、今回の旅で撮影した三岐鉄道の兄弟形式を紹介
します。まずは新101系譲渡のクハ1881です。
三岐では新101系譲渡車は少数派で、全車新101系の751系
の他にこのクハ1881が存在しました。
この車両はかなりの特殊車で、元は部品取りで購入後851系
851編成(元西武701系)のクハが事故で廃車された為、急遽
復活させたという異色の経歴を持ちます。
その為2両目以降と断面が揃いません。
行先表示器は各車LED改造されましたが、内装は異なって
いました。クハ1881は抑速ブレーキ付きでしたがモハは
そもそも電制すらないので、使用できなかった筈です。
西武でも存在しなかった701系と新101系の編成内混結と
いう珍編成でしたが、211系譲渡の5000系導入により
訪問後の6月に廃車されてしまいました。
(十四枚目)
・こちらは800形と同じ西武401系譲渡車の三岐101系で、
三岐鉄道の旧塗色に復刻された101編成です。
近江より先の1990年から3本が移籍しましたが、エアサス
のままだった近江と違いコイルバネのFS-342に交換されて
います。この時期西武ではFS-372台車を新車に再利用して
おり、上信移籍車も交換されて移籍しました。
一方前面回りはほぼ原形ですが、前照灯は2連タイプに交換
されています。これは三岐では多く行われた改造でした。
この101系も5000系により置換が始まっており、ほぼ全車が
再就職した西武401系(2代目)も間もなく終りを迎えそうです。
この後彦根のホテルに投宿し、翌朝は早朝から飯田線の213系
5000番台乗車の旅に出かけました。
近江鉄道は「彦根魔境」は整理されてしまったものの、今でも
興味深い車両が走っているので又乗りに行きたいです。
次に乗る時は西武新101系・3000系そして新旧2000系が
主力となっていそうです。
次回に続きます。
参考文献 鉄道ピクトリアル 2000.5 No.685
【特集】関西地方のローカル私鉄
参考HP 資料館の書庫から
にしみやうしろ仮駅
ウイキペディア 関連ページ













