撮影日 2026.8.23
撮影場所 JR西日本宇部線 宇部新川駅付近
※立ち入り可能場所から撮影
先日宇部新川を訪れた際、同駅付近で撮影した105系や
123系電車の写真を紹介します。
当駅に乗り入れる宇部線と小野田線は今や数少ない国鉄型
電車だけしか走らない路線となりました。
(一枚目)
・産業都市・宇部の中心は山陽本線の宇部駅では無く新川駅
で、ここは宇部線の中心駅となっており小野田線の電車も
ここまで乗り入れます。
構内には当地区の主役、105系U-02編成(右)とクモハ123-3
(左)が並んで留置されていました。
どちらも高運転台の貫通スタイルで前照灯の配置も同じです
が、屋根や前面窓周りの造作が異なり前照灯の高さも異なり
ます。両形式は併結運用も有りますが、クモハ123-3の方は
前面行先表示器は不使用です。
国鉄時代に新製された1M方式の電車と言う点でも両者は
共通しており、国鉄では珍しい存在でした。
このクモハ123形については以下の記事で紹介しています。
JR西日本123系紹介(1) | 303-101のブログ(2022.12.20)
123系基本番台の内、当初は可部線向けに導入された2~4
のグループで、片開ドアに内折式の窓が特徴です。
又側面行先表示器も設置されています。
座席もバケットシートで近代的なスタイルですが、日除けが
無く陽の向きによっては暑くなったという思い出が有ります。
クーラーは元はAU75でしたが、換装されており115系等と
同じWAU709系になっている様です。
又トイレ設置の為手前側ドア脇の窓が埋められています。
可部線で単行で活躍した期間は短く1991年に当地区へ転用、
1993年には貫通化改造されました。
(二枚目)
・宇部新川駅構内には日中は宇部・小野田線の電車が何本か
留置されており、他にも105系電車が2本留置されていました。
手前の小野田行きの電車は懐かしい「新広島色」(ゆうパック)
に復刻されたK-2編成です。
JR西日本105系 K-02編成(新広島色復刻車) | 303-101のブログ
(2022.12.1)
元々広島地区で可部線向けに新製配置されたグループで、
分散冷房改造車です。
復刻されて数年経ちますが、綺麗な車体を保っていました。
115系3000番台にも「瀬戸内色」復刻編成がいましたが、
既に「末期色」に戻されましたが、この編成は最後までこの
色で走って欲しいです。
尚小野田線の105系運用は少なく、朝1往復だけの様なので
その点でも珍しいです。
(三枚目)
・宇部新川駅手前の踏切で列車を待っていると、宇部新川駅
行きの電車がやって来ました。小野田線から直通のクモハ
123-6で、単行ながら「U18」の編成札が掲げられていました。
123系は現在小野田線を中心に単行運用がメインです。
かつては105系と併結で山陽本線にも乗り入れていましたが、
既に廃止になった様です。乗った事が有りますが整列乗車が
全く不可能でした…。
123系基本番台のこのグループについては以下の記事で紹介
しています。
JR西日本123系紹介(2) | 303-101のブログ(2022.12.22)
クモハ123-5・6は元々阪和線の羽衣支線向けに導入された
もので、単行からラッシュ時は103系のクハ(後年サハ)と
併結して3連でも使用されていました。
その後宇野線の茶屋町駅~宇野駅間のローカル運用に転用
され、同じく荷物電車改造で民営化後登場の旧型国電と言う
超珍車だったクモハ84形を置換えました。
2003年に当地区へ転入し、クモハ42形を完全に置換えました。
クモハ42形はJR東日本及び東海にも在籍しましたが、既に
引退しておりこのJR西日本在籍車が現存唯一となります。
(四枚目)
・同車の反対側前面です。このグループは当初から貫通式で
登場しましたが、スマートな2~4のグループと違い側窓は
2段窓でドアも両開きドアで、前身の荷物電車・クモニ143形
のドア位置のままで登場したので変則的なドア配置が特徴
でした。その後当地区へ転入時にドア位置が両端寄りに
変更されましたが、荷電時代の奥行きが深いドア構造は
変わらず、車内も改造の跡が残っています。
こちらもトイレ設置で窓が埋められた為、更に改造車然と
した車体になっています。
尚こちらには側面行先表示器は有りません。又クーラーは
換装されています。
このクモハ123系はいずれもクモニ143形荷物電車を改造した
ものです。国鉄時代新性能電車は基本的に電動車はユニット
式で、長大編成を前提としたものでしたが荷物電車は1両単位
での運用も考慮し、単行で導入されていました。
従来は旧型国電を改造していましたが、老朽化の為新車で
導入される事となり1978年から82年にかけ近畿車輛で新製
されたものがクモニ143形でした。
信越本線や伯備線などで運用され、115系等と併結して長大
編成の端に繋がって走る事も有りましたが1986年に国鉄の
荷物・郵便輸送が廃止となり、ローカル線向けの旅客車に
改造される事となって本形式が誕生しました。
尚JR東海に存在した40番台はクモニ143形同様の車体を持ち
ますが101系の機器流用の郵便荷物合造車クモユニ147形
改造、同じく600番台は牽引車クモヤ145形改造でした。
国鉄時代の新性能旅客電車では単行用車両は新製では存在
せず、改造で登場したクモハ123形が唯一です。
民営化後も西日本のクモハ125系と四国7000系しか存在せず、
現在に至るまで貴重な存在となっています。
またこのクモハ123-5、6のグループはかつて国鉄が行って
いた荷物電車の名残を強く残しており、その点でも貴重です。
(五枚目)
・最後に、構内で並ぶクモハ123-6(左)とクモハ123-3です。
同じ顔付きですが編成番号の掲出や行先表示器の有無で
違いが有ります。
どちらも国鉄型電車の中では少数派のグループですが、
気が付けば貴重な現役国鉄型電車として残る事が出来ました。
宇部・小野田線は戦前製の旧型国電が国鉄末期まで活躍し、
更に本山支線ではクモハ42形が民営化後も活躍出来ました。
この2形式の活躍は歴史が繰り返したと言えるのかも
しれません。
山陽本線は227系が導入され、一方この2線区の先行きは
不透明な感も有りますが、少しでも長く頑張って欲しいです。
以上です。




