-最初の段階では「さきがけ」的なものや、リーダーのような存在は、片鱗もなかったんですか?

村上
…麻原に命令され地下鉄でサリンガスをまいて、死刑宣告を受けた人たちは、いまだそれが現実として実感できていないのではないか。彼らは何らかの理由でオウムに近づいて、たとえばヨガ教室をやっているうちに、宗教的領域に入り込んでいった。よくわからないうちに別の世界に引きこまれたという意識が強いと思う。…「さきがけ」とオウムとの事実的相似性など、あくまで表層的なものです。それよりはストラクチャー自体の怖さのほうが、僕にとってははるかにリアルであり、切実です。

-そのストラクチャーの怖さというのは、言葉を替えると、村上さんがときどきおっしゃるシステムの怖さということですか。

村上
そうですね。
…僕が問題にしているのはもっと内的というか、精神的な状況です。オウム事件が引き起こされた、あるいはオウム事件がもたらした、プレオウム、ポストオウムの心的状況、おそらく我々一人ひとりの中にも潜んでいるはずのそういう暗闇のようなもの、僕が問題にしたかったのはそういうものです。

-オウム事件をジャーナリズムの世界で見ると、とにかくオウムというのは単なる悪で、善なる人がなんのいわれもなく殺されてしまったという図式でしか描かないし、ジャーナリズムの役割は、そういうものだと思うのですけれども、でもその悪の中におりていったとき、そんなに単純なものではないということが見えてくるわけですね。

村上
そうですね。善とか悪とかいうのは絶対的な観念ではなくて、あくまで相対的な観念であって、場合によってはがらりと入れかわることもある。だから何が善で何が悪かというよりは、いま我々に何かを「強制している」もの、それが善的なものか悪的なものかを、個々の人間が個々の場合で見定めていかざるを得ない。それは作業としてすごく孤独で、きついことですよね。自分が何を強制されているのか、それをまず知らなくてはならないし。
『夜明け近くなっても、月の数は増えていなかった。ひとつきり、あの見慣れたいつもの月だ。誰にも思い出せないくらい昔から、地球のまわりを同じ速度で忠実に回り続けている唯一無二の衛星だ。青豆は月を眺めながら下腹部にそっと手をやり、そこに小さなものが宿っていることをもう一度確かめる。膨らみはさっきより更に少し大きくなっているように感じられる。
ここがどんな世界か、まだ判明してはいない。しかしそれがどのような成り立ちを持った世界であれ、私はここに留まるだろう。青豆はそう思う。私たちはここに留まるだろう。この世界はおそらくこの世界なりの脅威があり、危険が潜んでいるのだろう。そしてこの世界なりの多くの謎と矛盾に満ちているのだろう。行く先のわからない多くの暗い道を、私たちはこの先いくつも辿らなくてはならないかもしれない。しかしそれでもいい。かまわない。進んでそれを受け入れよう。私はここからもうどこにも行かない。どんなことがあろうと私たちは、このひとつきりの月を持った世界に踏み留まるのだ。天吾と私とこの小さきものの三人で。

彼女は空中にそっと手を差し出す。天吾がその手をとる。二人は並んでそこに立ち、お互いをひとつに結び合わせながら、ビルのすぐ上に浮かんだ月を言葉もなく見つめている。それが昇ったばかりの新しい太陽に照らされて、夜の深い輝きを急速に失い、空にかかったただの灰色の切り抜きに変わってしまうまで。』

〈Book3 終り〉

『何があってもこの世界から抜け出さなくてはならない。そのためにはこの階段が必ず高速道路に通じていると、心から信じなくてはならない。信じるんだ、と青豆は自分に言い聞かせる。あの雷雨の夜、リーダーが死ぬ前に口にしたことを青豆は思い出す。歌の歌詞だ。彼女は今でもそれを正確に記憶している。

ここは見せ物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべてが本物になる

何があっても、どんなことをしても、私の力でそれを本物にしなくてはならない。いや、私と天吾くんとの二人の力で、それを本物にしなくてはならない。私たちは集められるだけの力を集めて、ひとつに合わせなくてはならない。私たち二人のためにも、そしてこの小さきもののためにも。
青豆は階段が平らな踊場になったところで止まり、後ろを振り向く。天吾がそこにいる。彼女は手を伸ばす。天吾はその手を握る。彼女はそこにさっきと同じ温もりを感じる。それは彼女に確かな力を与えてくれる。青豆はもう一度身を乗り出し、彼のくしゃくしゃした耳に口を近づける。
「ねえ、私は一度あなたのために命を捨てようとしたの」と青豆は打ち明ける。「あと少しで本当に死ぬところだった。あと数ミリのところで。それを信じてくれる?」
「もちろん」と天吾は言う。
「心から信じるって言ってくれる?」
「心から信じる」と天吾は心から言う。
青豆は肯き、握っていた手を放す。そして前を向いて再び階段を登り始める。

「首都高三号線」と天吾はしばらく無言であたりを見まわし、それから感心したように言う。
「ここが世界の出口なんだね」
「そう」と青豆は答える。「ここが世界の入り口であり出口なの」

やがて雲が切れ、月が空に姿を見せる。
月はひとつしかない。いつも見慣れたあの黄色い孤高な月だ。…その傍らにいびつなかたちをした、緑色の小さな月の姿はない。…確かめ合うまでもなく二人は同じひとつの光景を目にしている。青豆は無言のまま天吾の大きな手を握りしめる。逆流する感覚はもう消えている。
私たちは1984年に戻ってきたのだ、青豆は自分にそう言い聞かせる。ここはもうあの1Q84年ではない。もとあった1984年の世界なのだ。』