-最初の段階では「さきがけ」的なものや、リーダーのような存在は、片鱗もなかったんですか?
村上
…麻原に命令され地下鉄でサリンガスをまいて、死刑宣告を受けた人たちは、いまだそれが現実として実感できていないのではないか。彼らは何らかの理由でオウムに近づいて、たとえばヨガ教室をやっているうちに、宗教的領域に入り込んでいった。よくわからないうちに別の世界に引きこまれたという意識が強いと思う。…「さきがけ」とオウムとの事実的相似性など、あくまで表層的なものです。それよりはストラクチャー自体の怖さのほうが、僕にとってははるかにリアルであり、切実です。
-そのストラクチャーの怖さというのは、言葉を替えると、村上さんがときどきおっしゃるシステムの怖さということですか。
村上
そうですね。
…僕が問題にしているのはもっと内的というか、精神的な状況です。オウム事件が引き起こされた、あるいはオウム事件がもたらした、プレオウム、ポストオウムの心的状況、おそらく我々一人ひとりの中にも潜んでいるはずのそういう暗闇のようなもの、僕が問題にしたかったのはそういうものです。
-オウム事件をジャーナリズムの世界で見ると、とにかくオウムというのは単なる悪で、善なる人がなんのいわれもなく殺されてしまったという図式でしか描かないし、ジャーナリズムの役割は、そういうものだと思うのですけれども、でもその悪の中におりていったとき、そんなに単純なものではないということが見えてくるわけですね。
村上
そうですね。善とか悪とかいうのは絶対的な観念ではなくて、あくまで相対的な観念であって、場合によってはがらりと入れかわることもある。だから何が善で何が悪かというよりは、いま我々に何かを「強制している」もの、それが善的なものか悪的なものかを、個々の人間が個々の場合で見定めていかざるを得ない。それは作業としてすごく孤独で、きついことですよね。自分が何を強制されているのか、それをまず知らなくてはならないし。
村上
…麻原に命令され地下鉄でサリンガスをまいて、死刑宣告を受けた人たちは、いまだそれが現実として実感できていないのではないか。彼らは何らかの理由でオウムに近づいて、たとえばヨガ教室をやっているうちに、宗教的領域に入り込んでいった。よくわからないうちに別の世界に引きこまれたという意識が強いと思う。…「さきがけ」とオウムとの事実的相似性など、あくまで表層的なものです。それよりはストラクチャー自体の怖さのほうが、僕にとってははるかにリアルであり、切実です。
-そのストラクチャーの怖さというのは、言葉を替えると、村上さんがときどきおっしゃるシステムの怖さということですか。
村上
そうですね。
…僕が問題にしているのはもっと内的というか、精神的な状況です。オウム事件が引き起こされた、あるいはオウム事件がもたらした、プレオウム、ポストオウムの心的状況、おそらく我々一人ひとりの中にも潜んでいるはずのそういう暗闇のようなもの、僕が問題にしたかったのはそういうものです。
-オウム事件をジャーナリズムの世界で見ると、とにかくオウムというのは単なる悪で、善なる人がなんのいわれもなく殺されてしまったという図式でしか描かないし、ジャーナリズムの役割は、そういうものだと思うのですけれども、でもその悪の中におりていったとき、そんなに単純なものではないということが見えてくるわけですね。
村上
そうですね。善とか悪とかいうのは絶対的な観念ではなくて、あくまで相対的な観念であって、場合によってはがらりと入れかわることもある。だから何が善で何が悪かというよりは、いま我々に何かを「強制している」もの、それが善的なものか悪的なものかを、個々の人間が個々の場合で見定めていかざるを得ない。それは作業としてすごく孤独で、きついことですよね。自分が何を強制されているのか、それをまず知らなくてはならないし。