*今回、輸血ができなかった最大の理由は何だと思われますか?
「うん…、やっぱり承諾書でしょうね。
運ばれて一時間以内に輸血をしていれば、助かる確率は十分でしたからね。それが、理事長が本人の承諾があればいい、と言った頃には二時間半くらい、経ってましたからね。
ただチューブを抜いた時点で、客観的に見てね、うん、と言って、手術をしたとして、助かったかといえば、もう手遅れだったと思うね、正直なところを言うと。
余分な時間をね、たくさん、費やしすぎたと思うの。あの二時間半というね、ただ輸血するかしないかだけのためにね、本当にね、二時間半が、彼の命を奪ったようなもんだと思う」
両親に子供の傷を見せて説得する。かつて説得して成功した経験をもつ医師に、説得を依頼する。
次いでセンターの責任者、病院責任者に説得を依頼し、全てがダメだった時、理事長に対して強制輸血の許可を求める。
「どうして自分で決断し、強行しなかったのか」金子氏はそう言って悔やんだ。
しかし、当時の現場の状況から考えた時、以上の経過は自然の流れの中での、精一杯の努力だったと思う。
事件の経過の内で、一人ひとりの医師が、それぞれに思考し、決意し、決断し、行動していった。
その一つひとつについて、是非は問えないと思う。しかし、それぞれの行動のタイミングが、少しずつずれ、打つ手が遅れていった。それが集まって、二時間半というねじれた時間をつくりあげてしまった。
事件の二日後、聖マリアンナ医科大学病院は診療部長会議を開いた。医師団はその席で「今後、輸血は医師の判断で行う」と決定した。

五人の医師に会った。
たどってきた生のコンテクストも、医師になった動機も、宗教観も、生命観も、事件のときとった行動もてんでんばらばらだった五人の医師が、皆一様に、今後は輸血を強行するつもりでいる。
彼らの見たフォルムが、シーンが、そして彼らの血肉となった内的経験が、様々な個性をもつ医師たちに、そう決意させたのである。
医師たちは輸血を強行することを決意しながらも、悩み、とまどっている。それは患者の思想、信仰の中に土足で踏み込んで行くことに対する怖れであり、法がそれをどう見るかということに対する懸念である。
問題は、実は何一つ解決されていない。
今後、この問題について医師が充全な対策を講じるようになるまでには、たくさんの議論が重ねられなければならないだろう。十分に時が熟さなければならないだろう。
大は、時が熟す前に、まるでかたいまま台風に遭った果物のように、もぎ取られて死んでいった。
否応なく、目に入ってくるものがあった。
大規模な人の動き。
統一された奉仕活動。
柔和な笑顔。
うるさいほどなついてくる子供達。
あいさつ。
心づかい。
開き切った、顔、顔、顔。
ぐっすりと眠る赤ん坊。
少女たちの、目。
土田兄弟からこんな話しを聞いたことがある。
聖書研究を始めるか否かで迷っていた時、彼は皆に勧められて大会に行ってみた。
そこで伸び伸びと活動するたくさんの証人たちを見た。その時土田兄弟は、
「こんな人たちと一緒なら…、だまされてもいいや」と思ったという。
たとえ自分が間違っていてもいい、この人たちと一緒にいたい。
たしかにエホバの証人の大会には、そう思わせるだけの温かい雰囲気がある。逆にいえば、現代人はそれだけ、自分を包むように生かしてくれる共同体に乾いているのだろう。
友人の一人が、彼らの会衆を『風の谷のナウシカ』に出てくる風の谷の共同体になぞらえたことがある。
私も全く同じことを感じていたので、驚いたのを覚えている。
研究を始めてから三週間、初めて事件の話が出た。高輪兄弟が、自分から「実は去年うちの会衆でたいへんなことがありましてね」と語り始めたのだ。
いくつも驚くことがあった。まずびっくりしたのは、事件当時、荒木兄弟がバプテスマを受けた正式の証人ではなく、私と同じ研究生の立場だったということだ。多くの雑誌に「入信して3年半」と報じられていたが、それは研究生になってから3年半という意味だったらしい。高輪兄弟の言葉を借りれば“抵抗中”であったことになる。なぜそんな荒木兄弟が、あれほど強硬に"輸血拒否”を叫んだのだろう。
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「しまーい、わたしミシンのベルト欲しいんだけど、1メートル下さいって言ったら、なんだと思われるから、半端で」
「ムチかー、ベルトがいいのよね」
「ねえねえどうしたの姉妹」
「姉妹がね、ミシンのベルト買いたいんだって、ムチするのに。でも1メートルじゃ変に思われるっていうの」
「それじゃ、2メートル買ってあたしと半分こしましょうよ」
「ほんと、姉妹?よかったあ」
手を取り合って喜んでいる。子供たちにとっては戦々恐々たる会話だ。
兄弟たちも車座になって雑談していた。話題はエイズについてで、みなニコニコしている。
輸血によって感染したり、同性愛が原因になったりするため、彼らはこの病気を、神からの警告と見ていた。エホバの証人は、エイズの流行を世界で一番喜んでいる人達だ。