今日大ちゃんの話が出たもんですから…あのー、「生きたい」って大ちゃん言ったそうなんですが、どーゆー意味で言ったのかなー、と思いまして…

あれ、大泉さんに話したことなかったっけ。

え、なんかあまり話題にしない方がいいかなと思って…

生きたいだろう、っていう問いかけは、意識失って、そう…二時間くらいした時かな、最後の確認をするので、医者が大に言って、それに答えたことなんです。私も親ですから、耳元で、だいーっ、て叫んだんです。で、その時に、必死になって口元を見たんですね。そしたら、口元がかすかに動いた、それが、生きたいと言ったように、私には見えたんです。でも、後で聞いたら、誰も確認できなかったみたいなんですね。でも、私にはそう見えたので、新聞記者に伝えたんです。

すると、大ちゃんの反応は、本人の意志というよりは、何か、反射というか、動物的なものだったんですかねえ…

ふつう、小学校五年ぐらいの子供が、死の瀬戸際に立って、生きたいか、と聞かれたら、生きたい、と答えると思うんですよね。それ以上の意味は無いと思うんです。
荒木さんの言葉には、43年間生き抜いてきた人間の、我が子の死に瀕した姿に対峙した人の重みがあった。
彼は、父親として十歳の息子を見たのだ。エホバの証人であろうとなかろうとなかろうと、大は彼の息子以外の何者でもなかった。
生きたいか、と聞かれたら、生きたい、と答えるだろう。

私は安藤医師との長い会話のことを思い出していた。
「心臓はねえ、…止まんないですよ、なかなか。特に子供の心臓ってのは元気ですからね、全身の活動はできませんけど、心臓だけは動いている…。もう、いつまでたっても動くんですよね。
でー心臓動かす薬を使っているわけですからね。
だから、死んでも動くんですよね。
特に子供の心臓は、何かの刺激さえ与えれば、いくらでも動く構造してますからね。なかなか死んでくれま、死んでくれないっておかしいけど、その、動きが止まってくれないんですよね…」

動き続ける大の心臓
動き続けた、大の、心臓

生きたいか、と聞かれたら、生きたい、と答えるだろう
いきたいか、ときかれたら、いきたい、とこたえるだろう。

やわらかく、しなやかな、若竹の、きみどり
それを守るように、群生する、エゴの木
私はもう一度、「生きたい」という言葉の意味について、大の意志について考え始めた。
登戸に来ていた。大を轢いたダンプの運転手に会おうと思ったのだ。
彼は微妙な立場にいた。
荒木兄弟は葬儀の席で、彼を殴ろうとして兄弟達に止められたという。子を轢かれた父親として、それは当然の心情かもしれない。だが別の目から見れば、彼は“被害者”だといってもよかった。
むしろ殴りたいのは父親でなく、彼の方ではないかと言う者さえいた。

なぜ大は巻き込まれたのか。
第一に道が狭かったという点が挙げられる。
自転車で車道を走っていた大は、交差点で信号待ちをしている彼のトラックの側方に入っていた。
その幅は、四、五十センチだった。さらにその交差点が正確な十の形の十字路でなかったため久地駅方面に向かう車は、わずかにハンドルを左に切らなければならなかった。そのため、ガードレールとトラックの間はより狭くなり、大はトラックの後輪に巻き込まれたのだった。
彼にしてみれば、わずかに左にハンドルを切りながら直進しただけなのに、子供を轢いてしまったことになる。しかしそれだけでは済まなかった。

粗末な木造アパートだった。‥荒木兄弟の所とどっこいどっこいだ。ベルを鳴らすと、丸刈りの五つくらいの男の子が出てきた。
「お父さんかお母さんいますか?
「いません。どなたですか」
警戒しているのか、口調がむくれている。自己紹介をし、両親がいつ帰るかと聞いた。母は仕事で帰りは「夜遅い」と言った。父は七時頃帰るという。…

彼は微妙な立場にいた。彼の轢いた子供は、病院に運び込まれた時には、全治二ヶ月、という診断だった。それならば、彼のしたことは「業務上過失致傷」になる。
だが、病院に運び込まれて四時間二十二分後に、その子どもは死んだ。彼は「業務上過失致死」の疑いで取り調べを受けた。致死か致傷か、その判断によって彼の立場は大きくなる変わることになる。

裸電球の赤い光の下で、彼はほうちょうを握っていた。
猫の額ほどの玄関に顔だけ突っ込んで話をした。奥では子供達がテレビを見ていた。テレビ的な笑声が聞こえてくる。猫の額ほどの玄関に顔だけ突っ込んで話をした。奥では子供達がテレビを見ていた。テレビ的な笑声が聞こえてくる。
玄関のすぐ隣が流しになっている。子供達に夕食を食べさせようとしているのだろう、ステテコをはいて何かを切っていた。
話をすると、いかにもうっとうしげに、後で来な、と言う。いつ頃がお暇でしょうか、と尋ねると、黙り込んでしまう。それでは二、三日したらまた寄ってみますので、と言うと、来なくていい、と吐き捨てるように言った。
とりつくしまがなかった。短く切った半白の髪の、くたびれた横顔が、何も話したくない、早く帰ってくれ、と言っていた。…

彼を初めて見たのは、大の死を報ずるテレビのニュース番組だった。葬儀の帰り、王国会館の周りをふらふら歩いている彼を、TVカメラはとらえていた。彼はうわごとのように「俺は、俺は何も…」と繰り返していた。
人を殺したのだった。どんな状況が絡もうと、それに変わりはなかった。だからこそ、彼もまた彼の家族も、そのショックから立ち直れないでいた。
夢の話しを聞いた。
「ほんとによくね、ハルマゲドンの夢を見るんですよね。やなんですよ」
「本当、怖くて冷汗かいて“あーっ”とか思って」
「どんな夢を見るわけ?」
私が尋ねると、直樹兄弟が話しだした。
「ぼくはね、上をずっと見てるんですよ。そうすると“ゴアーッ”っていう地鳴りが聞こえてきて、あっちの空から赤い雲がぶわーって近づいてくるんですよ。あーあーとか言ってると、バラバラってなんか降ってきて、そんで、聖書持って逃げ回るんですよ、まあ逃げることはないんですけど」
彼はまた、夜中に地震が起きると、体中の血の気が引いてめが覚める、という話をした。
ハルマゲドンが来たと思って、体そのものが反応するのだ。それは、私にも身に覚えがあった。

私は他でも、思春期に入った少年達に夢の話を聞いて回った。彼らは一様に、ハルマゲドンという地獄を、こころの中に飼っていた。
おばさん達はハルマゲドンの夢を見たことがない、という。
エホバの証人にはまりきって生きているおばさん達と違って、思春期の少年たちには、物事を多角的に見る力と、自分と自分を取り巻く世界を客観的に見る力が育ってくる。それがこれまで安定した自己と、自己を支えてきた“エホバの証人理論”に対する疑惑を、身の内に育て始める。
一度疑惑を持ってしまった以上、エホバに対して彼らは百パーセント身を委ねることができなくなる。
かつての価値体系から離れ、自立して歩き出そうとする。
だがそれは、傍で見ているよりはるかにしんどい作業なのだ。とりわけそれまで依って立っていたエホバの証人理論が、彼らを自分達のところに引き戻そうと働きかけてくる。“もしかしてハルマゲドンがくるのではないか”という恐怖が、ハルマゲドンの夢となって、自らを罰するのだ。
彼らの感性がヴィヴィットで、彼らのイメージが豊かであればあるほど、少年たちは、自らを苦しめる。
彼らがこの夢から逃れる道は二つしかない。
一つは、疑惑を塗りつぶし、自己の感性を鈍磨させること。
もう一つは、エホバの証人の世界から完全に足を洗うことである。