障害児を抱えた家族はときに偏見の目に晒されることがある。

それ故に、健常児以上にキッチリ自分たち家族だけで躾けなければならないと思い込む人がいる。


でも、私はキッチリ躾するには大賛成だが、家族だけで躾けるには不賛成である。



きょうだい児としては将来障害児の面倒を見るかどうかということは非常に大きな悩みだ。

私は母が亡くなった高校一年の頃からこの悩みが現実味を帯びてきて、縛られてきた。


ダウン症妹が20代前半の頃、通所していた作業所で他の入所者から一方的に悪口を言われ続けた。

もともとおしゃべりではない妹。話しかけられても、うまく返事ができないこともある。

悪口を言われて言い返すことも、家族に吐き出すことも出来ずストレスを溜め続けてしまった。

それをきっかけに精神状態が不安定になり、家具を傷つけるなどの暴力行為が多くなった。


作業所から状況報告はあるものの、結局喧嘩両成敗扱いされて半年ほどが過ぎていた。

今思えば介入が不十分だったのかもしれない。

もっと早く対処してあげられなかったことを心苦しく思っている。



このとき、ある宿泊型の施設の職員さんが声をかけてくださり、現在の環境へ移った。

ウチが片親だと知っていて、以前から入所しないかと誘われていたのだが、今回やっと入所が実現した。

同時に精神科での治療を勧められて、すぐに治療を開始した。


当時、ダウン症妹のことを全部背負うつもりで将来を憂いていた私はかなり精神的に楽になった。

20代後半になってやっと人に頼っていいと気が付いたのだ。


だからこそ、親御さんには普段から積極的に福祉サービスを利用して欲しい。

きょうだい児が全て自分で背負うのではなく、人に頼るときがあってもいいんだと思えるように。

家族の問題は必ずしも家族だけで解決する必要はない。

プロに任せたほうがいいことはプロに任せてしまったほうが、障害児本人の道も開ける可能性がある。


介助が必要な場合は宿泊可能の施設入所を積極的に考えて欲しい。

ご両親はいつも愛する我が子の心配や介助疲れで神経をすり減らしていると思う。

介助の負担を減らせることは、親御さんが心身ともに健全でいるためにも必要なことだと思う。

決して恥ずかしいことではない。



また介助の必要がない場合でも、福祉サービスは利用価値があると思う。


例えば、障害児をガイドヘルパーに預けてきょうだい児と外出したっていい。

お父さん、お母さんたちは普段は手のかかる障害児にかかりきりでも、

たまには幼いきょうだい児がお父さんお母さんを独占できる日があったっていいと思うのだ。

障害児自身も家族以外の人との交流に慣れることによって、社会性が養われると思う。



もちろん、福祉サービスを受けたいと思ったときに自由に受けられるほど環境は恵まれていない。

残念だけれど、施設入所に何人も待っているのが当たり前。

老人介護と同様に世間体を気にしたり、本人が拒否したり、様々な理由で導入が難しいときもあるが

本当に追い詰められてしまう前に福祉サービスを利用する方が、みんなが幸せだと思う。


だからこそ、本当に必要になる前からの準備が大切だ。


積極的に利用しようとする意思表示やリサーチ、施設職員など関係する人脈の確保をしておきたい。

障害児本人とバザーなどのイベントに遊びに行き、施設が楽しいところだと知ってもらう。

同時に家族は施設や職員さんの雰囲気を感じ取り、障害児を任せてよいところかどうか判断する。

いろんなことが積み重なって、理想的な福祉サービス利用に繋がるのだと思う。


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ときどきチェックしているきょうだいの会(全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会)HPで知ったのだが、

会員さんが短編映画を作製し、近日公開されるそうだ。

きょうだいの会 会長さんから紹介の許可をいただいたので、この場でもお知らせしたい。


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『あかり』というタイトルで、内容は重度の知的障害を持つ妹との思い出をベースに

結婚を目前に控えた姉と妹の1日をきょうだいが抱える心の葛藤を丁寧に描いたものだという。


映画の詳細 : http://www.vipo-ndjc.jp/project2011/tanimoto/film.html


場所 : ユナイテッド・シネマ豊洲

      http://www.unitedcinemas.jp/toyosu/about-theater.html


公開日時 : 6月16日(土)、18(月)、22(金) 18:30~ 6月21日(木)20:30~

         (3本立ての映画の3本目に上映されます)

         http://www.vipo-ndjc.jp/project2011/tanimoto/profile.html


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私も知ったのが昨日だったもので、ここで紹介するのが公開直前になってしまい申し訳ない。

東京近郊にお住まいでご興味のある方は足を運んでみてはいかがだろうか?

個人的には特に年頃のきょうだい児を抱えるお父さんお母さんに見てもらいたいなぁと思う。


また、きょうだいの会のHPには若い親御さん向けのパンフレットとその解説が無料でダウンロードできる。

きょうだい児の気持ちを知りたい人は見てみて欲しい。

私が見て『ああ、わかるなぁ』と共感できる部分がたくさんあった。

(きょうだいの会HPへはブックマークからどうぞ)




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昨日、前回記事に付いたコメントを受け、松野明美さんの発言について触れたいと思う。

東尾理子さんのブログ発言にコメントをしている。


概要は以下の通り。


現熊本市議会議員の松野明美さん(44才)も、「公表するようなものではないと、私は思いました…」と

複雑な思いをにじませた。


「東尾さんのブログを読まれて“がんばろう”と思われるかたもいらっしゃると思います。

いろんな立場のかたがいるから、いろんな意見があると思う。

でも子供が生まれる前から“可能性があります”というのは、何がいいたいのかなって思うんです。

ダウン症の子を持つ母としては、正直少し怒りがこみあげてきました」


松野さんの次男・健太郎くん(8才)はダウン症だが、「私の元気なイメージが崩れる」

「ダウン症を受け入れられなかった」などの理由で、しばらくは公にしなかった。


「私の場合、妊娠8か月のときに息子に心臓病があると医師にいわれました。

でもその後、羊水検査は受けませんでした。

そして出産後、生後10日目で、息子がダウン症であることがわかったんです。

医療は進歩しましたけど、個人的には出生前診断は余計なお節介だと思うんです。

出産するとき、障がいの有無にこだわってほしくないです」



私はこのコメントに違和感を感じた点が二つあった。



まず、怒りがこみあげたという点。


インターネット上では、松野さんに賛同する意見もあったという。

実際に生まれたら健常だった場合、東尾さんには『よかったですね』と祝福が寄せられるだろう。

そうなれば結果的にダウン症の人やその親を傷つけるのではないかという趣旨だ。


ダウン症であろうがなかろうが、子どもが無事に生まれたら、純粋にめでたいことには違いない。

『ダウン症じゃなくてよかったね。おめでとう』という趣旨でお祝いを述べる人ばかりではないと思う。


唯一無二の我が子。他人と比べる必要はない。

厳しいことを言えば、我が子がダウン症で、健常に生まれてきた他人の子どもと比較して傷つくのは

親の勝手なのではないか?過剰反応ではないか?


ダウン症の我が子に愛情を注いで、しっかり躾して、毎日が平穏で充実していれば、それも幸せである。

わざわざ他人とくらべる必要はない。不幸自慢する必要もない。

自分の育児に誇りと自信を持って、堂々と『うちの家族はみんな幸せよ』と思っていればいい。


むしろダウン症の母親としては先輩なのだから、『もしダウン症で生まれてきたら、相談に乗るよ!』と

言ってあげられなかったのかと残念な気持ちになった。

さて、二つ目に感じた違和感について触れる。


それは『出生前診断は余計なお節介だと思うんです』という発言だ。


出生前診断でダウン症だと判明 ⇒ 堕胎 ⇒ ダウン症が否定される ということを恐れているのか?

だとしたら、『出産するとき、障がいの有無にこだわってほしくないです』という割に、こだわっているのは

もしかしたら松野さんなのかもしれない。


でも私は前向きな出生前診断もあると思う。

それは、事前にダウン症の子が産まれてくると知っていれば、事前準備に時間がかけられるということ。

結果がどうあれ産むつもりで、少しでも早く知って最善の対処をしたいという親心だ。


ダウン症ってどんな病気なんだろうか?

先輩ママはどうやって子育てしているのかな?

先天性心疾患の合併が多いけど、その対応が出来る病院は何処かしら?

手術にかかるお金はいくらで、どうやって家計を切り盛りしようかな?

療育施設の候補を事前に複数探しておきたいな。


ちょっと考えただけでも健常児出産以上に準備したいことがたくさん出てくる。

準備する時間は少しでも多いに越したことはない。

必ずしも出生前診断は堕胎に繋がらないと思うのだ。


また、調べた結果、最善の状態で迎えられないから堕胎という選択があるのかもしれない。

倫理的には堕胎は悪いことなのかもしれない。

でも命を人為的に操作するという点では不妊治療もある意味同じだ。


障害者施設で働くある女性は、自分が妊娠したら必ず羊水検査をすると言っている。

もしダウン症だとわかったら、迷わず堕胎すると断言している。そういう方を私は知っている。

ダウン症児の一生に寄り添うことの大変さを熟知しているから、堕胎を選択するというのだ。

今の私はこの意見に賛同も否定もできない。


とても悲しいことだけれど、仕方がないのかもしれないとも思う。

ダウン症の子どもを授かった家庭にはそれぞれの事情がある。

金銭面や家庭環境など、それぞれの家庭で全く異なる。

その家庭で議論を重ねて判断することであり、その判断に他人が口出しすべきではないと私は思う。


松野さんの発言を一通り読んで、松野さんはお子さんが8歳になった今も、どこかでやりきれない気持ちがあるのだろうなぁ・・・と感じた。


その思いはいつ昇華されるのだろうか?

それとも一生昇華されることはないのだろうか?


もし松野さんが今もダウン症児に対する偏見や風当たりの強さを感じているのなら、

子育ての時間を削ってまで市議会議員やタレントとして活動されるなら、

市内の福祉を充実させるなどダウン症児と家族が生きやすい環境を整えられるよう頑張って欲しい。

同じ境遇のお母さんたちに希望を与えて欲しい。

そしてご自身の体と家庭をいちばんに大切にされて欲しい。


私はただのひとりのきょうだい児に過ぎない。

妊娠の経験もなければ出産経験もない。母親の心情は未知の領域だ。


もしかしたらダウン症児の親御さんから反感を買ってしまう意見も多々あるかもしれない。

だが、ここはきょうだい児の本音を語るブログだ。あえて思ったことを正直に書いておく。


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東尾理子さんの6月3日のブログ記事。


妊娠中のお子さんにクアトロテストでダウン症の陽性反応あり。

羊水検査をすれば確定診断できるが、ご主人と話し合って検査はしないと決断したそうだ。


『最初から全ての運命を受け入れる覚悟も出来てるしね!』と言い切る姿は清清しい。


確かにクアトロテストは確定診断ではない。健常児の可能性も十分にある。

夫婦で治療を受けながら、やっと授かった念願の我が子。

障害があるかもしれないという理由で堕胎するのは辛いと思う。


でも、ちょっと気になる点もある。


ダウン症についてよく調べられたのかな?

子育てだけでなく、成人後のことも。

ダウン症は短命といっても寿命は延びてきている。

どうやっても親は先に死ぬ可能性が高いのだ。

自分たちの死後も含め、我が子が生きる道筋の見当をつけられているのかな?


そういったことをよく考えた上での結論が堕胎であっても、私は否定できない。

障害児の一生に寄り添うことは、それなりに大変だと良く知っているから。


もし自分が理子さんの立場だったら、羊水検査を絶対に受けるだろう。

結果ダウン症だとわかったとしたら、主人と相談して堕胎を選択するかもしれない。

いざその立場になってみないと解らないけれど。


(誤解のないように付け加えておくと、ダウン症の子や親を否定するつもりはありません。

ただ、私個人の経験を踏まえると、今の自分には『絶対産む』と言い切る覚悟ができないのです。)


理子さんは『母親が強いってのが少しずつ分かってくる気がするね』と綴っている。


母の強さは、むしろ子が無事に生まれてきた後から真の強さが発揮されるのだと思う。

産まれてきた我が子がどんな子でも、立派に育ててほしいと願う。



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今日は療育について思うことを書いてみよう。


療育とは障害児・障害者が社会的自立を目指し、心身機能の向上を目指すトレーニングである。
同じ障害を持っていても、ある人に有効だった療育法が一様に有効とは限らない。

その一方で、脳の成長中に実施することがより効果的だと医学的に証明されている。

だから早期に相性の良い療育者と出会ったり、親や家族が良き療育者になることが望ましいと思う。


つまり、早期に客観的事実を認め、知識も情報もどんどん取り入れていくほど将来は明るいと思うのだ。
専門家の話を聞く機会をもつことにより、どういった支援が必要か、見えてくるものも違ってくる。


療育なんて障害児だと差別されている!うちの子はちがう!なんて言っている場合ではない。

健常児が勉強がもっとできるようにと学習塾に通うのとなんら変わりない。

療育を勧められたのであれば相談にいって今後の方針を決めるべきである。


お金がかかるので療育を続けられない場合もあると思うが、相談だけは無料のところもあるようだ。

必要に応じて、懐具合に応じて、うまく利用していった方が賢明だと思う。


前置きが長くなってしまった。


ダウン症妹も幼少時は療育を受けていた。

頻度は詳しく覚えていないが、1~2ヶ月に一度くらいのペースで行っていたように思う。

帰宅後も療育センターでもらったカードなどで自宅でトレーニングしていたことは覚えている。


きょうだい児としては母がいつも妹と療育に行く姿を見て、内心ちょっと寂しく思ったこともある。

お母さんはいつも妹とばかり出かけていくね。いいなぁ。

私たち姉2人はおばあちゃんと留守番なのにさ。と不貞腐れたような気持ちになった。


はじめは何故ダウン症妹だけ出かけていくのか解らなかったが、ダウン症妹のトレーニングなのだと言われて納得した。

きょうだい児への簡単な説明があった方が、療育への理解が得られると思う。

療育の意義を子供なりに理解してからは、カードがものめずらしく、私も一緒に自宅でのトレーニングに加わったこともあったと記憶している。


また、療育の帰りによく母はドーナツをお土産で買って来てくれて、それが楽しみでもあった。


療育のおかげか、ダウン症妹は身の回りのことはほぼ自分で出来るようになった。

幼稚園も一般と同様に通い、母の強い希望もあって小学校は普通学級へ進学した。

(普通学級進学については私は母と意見が違うが、過去の記事にも少し書いたので割愛する)



療育に通わなくなった頃から、公文式の教室に通い始めた。

学校での勉強に少しでも追いつけるようにと母が考えた対策だったのだと思う。

簡単な算数や漢字の読み書きを学んだ。

漢字が特に気に入って、ピーク時では小学校で習う漢字はほとんど書けるようになった。


中学・高校のころは養護学校のお友達と一緒に付き添いなしで電車やバスを乗り継いで通学し、途中駅の公衆電話から帰宅の連絡を入れていた。

初潮を迎えたとき、祖母が生理用品の使い方を教えてすんなりと自分で使えるようになった。


20代になって精神的に不安定になるまでは、本当に順調だったと思う。

ダウン症妹自身が年齢を重ねて気難しくなってきて、これからのことは正直私たち家族も手探りだ。

だが、少なくとも幼少期の療育は有効な対策のひとつだと思う。


残念ながらダウン症は治ることはない。

でも介入次第で障害児自身の未来はひらけるし、将来の介護の負担も軽減できるかもしれない。


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