責任能力の有無を問わず罰を受けるべきと厳しいことを書いてきたが

実は、逆にわざと軽犯罪を起こす知的障害者がいることも否定できないと知った。


ソースは古いがこんな記事がある。


『服役囚のなんと4分の1が知的障害者』

http://www.videonews.com/on-demand/291300/000936.php


知的障害者が犯罪を犯した場合、ほとんどが警察に言われるがままなのだそうだ。

被疑者となれば、よくわからぬままに立件が成立してしまうこともあるのではないだろうか。

無実の罪で濡れ衣を着せられることだって起こりうる。


また、福祉が十分に受けられない場合、刑務所の寝床とご飯を狙って

身寄りのない知的障害者があえて軽犯罪に手を出す可能性もある。
出所しては再犯して戻ってくるという方も実際にいるようだ。


軽度の方ほど、福祉の対応に漏れやすくご本人の知能も高い訳で。

対応は複雑かも知れないなーと感じた。



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成田幸満ちゃん殺害事件。

今まで知的障害者や精神疾患を罹患している人の犯罪は
責任能力を問えないという理由から実名が伏せられることも少なくなかった。

今回の事件の容疑者は知的障害者だが、顔も名前も報道されている。
従来では考えられなかったことだと思う。
私は今回公表されたことを画期的だと感じた。

性犯罪は再犯性が高い犯罪だと聞く。
でも知的障害者の性犯罪は黙認されたり、うやむやにされやすい。
『仕方がないんだ、忘れてくれ』と平然と言う親や教師がごまんといる。

信じられない。

でも、もし『性犯罪を犯した知的障害者は去勢します』なんて言ったら
それこそ人権侵害だと大騒ぎになってしまうだろう。
被害にあった人には当たり前のように『忘れろ』と言うくせに。
だからこの公表には大きな意味がある。

責任能力の有無以前に悪いことは悪いと教えなければいけないからだ。
免罪されると本人も家族も悪いことだと認識しない可能性がある。
故にそれ相応の罰が必要なのだ。

これをきっかけに障害児に善悪の判断や性についてしっかり教育を行う家族や
養護学校の教諭、施設職員が増えることを期待している。

再犯を起こさない工夫は何か必要だ。
そのひとつが教育だと考える。


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週末に健常児妹と小旅行したときのこと。

ずーっと一緒にいるから自然と将来や家族の話題になる。
同じきょうだい児でも考え方が違うことが露呈した。

私は障害児妹の将来が不安でたまらないし、

私ができることなら多少の犠牲を払っても構わないと思っていた。

一方、健常児妹は障害児妹の将来について親が健在のうちは心配ないし、

自分の人生を謳歌すべきだと言っていた。

その通りだなと思う。

障害児妹をうまくいかない言い訳にしたり、自分の人生を妥協したりしたら
親は悲しむし、何より障害児妹に失礼だと思った。

何事もなるようにしかならないから、自分で背負おうとせずに割り切る勇気も必要。

楽観的でいた方が人生は楽しい。


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『障害児だから仕方ない』とか『障害児だから許して欲しい』という言葉を聞く。
しかし健常児と同じ待遇を受けられないと不平等だと主張する。

それは違うと私は思う。
逆に障害児が優遇されてはいないだろうか?

例えば障害児が引き起こした電車内で騒ぐなどの迷惑行為。
容姿が原因で疎外されるなら差別だが、迷惑行為が原因なら誰しもが関わりたくないと思うのは当たり前だ。

障害を免罪符にするならば、健常児と同じ待遇を求めるのは筋違いではないだろうか?

確かに知能が低い分飲み込みは悪い。
だけど躾や教育である程度はカバー出来るのではないかと考えている。
(カラダが不自由ならば事情は異なる)
気が遠くなりそうなほど根気の要る作業だが。

社会から疎外されないためには最低限のルールを守る必要がある。

公共の場では人に迷惑をかけないよう躾する義務を果たさなければ、

平等を主張しても受け入れてもらえないと思うのだ。

きょうだい児が将来を考えたとき、身近で視野に入りやすい職が介護職員だ。

実際、私も中学生の頃からそういう方面に興味はあった。
漠然と介護職員の選択肢が浮かんでいて福祉系の大学に進むという可能性についても考えた。

でも進まなかった。

それはボランティアで訪問した障害者施設の運動会での出来事がきっかけだ。

たまたまグラウンドの隅で嘔吐したものを弄る姿を見て、思わず目を背けてしまった。
身内ならまだしも他人の身の回りの世話をやり抜く自信が持て無かったのだ。

妹がお世話になっている職員さんには頭が下がる。