毒母は、赤ちゃんの私をどう扱ったか。

 

それはその後の毒母に接していれば、明確にわかる。

もちろん、そのまんまだからだ。

母の私を見る目が。

ギラギラと鬱陶しそうに、汚い嫌な物でも見る目で。

実際言葉に出していた。

「あー鬱陶しい」

「あーいやだ」

「あー子供なんて、うんざり」

 

母が子供すぎて、母親になれる人間でなかっただけで。

私に対しても、母は自分の子供時代を投影していただけで。

私じゃなく他のあらゆる世界に対して、母は醜い目の光を放っていて、そういう生き物なだけで。

それが見えているし、わかっているが、子供の時はダイレクトに傷つく大泣き

 

まして、無防備すぎる赤ん坊の時に。

母は私を、どれだけ物扱いをしていたか真顔

母は私を、どれだけ乱暴に身勝手に扱っていたか真顔

母は私を、どれだけか弱い生き物の要求を無視し、押さえつけていたか真顔

母は私に、どれだけの邪念を浴びせていたか真顔

 

表面の記憶になくても、無意識に、覚えている。

つまり、体が覚えている。

 

私はサイレントベビーだった。周りの邪気を感じ取って、大人しく固まっていることは、赤ん坊の本能のサバイバル戦略だ。

母は嬉しそうに、赤ん坊の私は

「大人しく泣かず扱いやすく」「いつも寝ているかニコニコ笑っている天使のような赤ちゃんだった」という。ふざけんな苦しんで死ねクソババア真顔

 

 

 

生き延びるための戦略でとった

「涙も寝返りも我慢して固まる」姿勢。

 

「私は大切にされてはいけなんだ」「私はこの世界にとって不快で邪魔なものなんだ」って悲しい思い込み。

 

これらは、ずっと私の生き方や性格になっているネガティブ

 

 

 

私は自分をケアするのが苦手。

苦手というか、罪悪感とか恐怖がある。

 

 

これは赤ん坊の私の生理的欲求を、母親のエゴで押さえつけられ拒絶され、代わりに母の「あー面倒」「あー疲れた」「あーいや」を浴びせられていたせい真顔もちろん赤ん坊の「頃から」ずっと、ってこと。覚えている限りいつも母は私をケアせず、邪魔扱いし、不幸を願って体調悪くてもむしろ喜んでいたネガティブ

 

 

 

自分を大事にする、体の声をきく、寒い暑い、不快か快適か、食べ物の好み、食欲、眠気、など生理的欲求を普通に当たり前に感じて体の要求で素直に話し、体の要求で食べ、体の感覚に従って活動し、心身全部が快適であることを指針に生きること。

 

この当たり前の健やかな活動をできる自由を、毒親持ちは取り戻さなくてはならない。

 

まずは、当たり前に「自分の感覚や欲求を感じ行使する権利」「大切にされる権利」を失ってきたことを自覚すること。

つまり基本的人権の権利意識を持つこと。

 

 

反抗期は自由を勝ち取り、人生の健やかさを自分の生命力で取り戻すこと爆  笑

 

毒親持ちは、親本人に怒鳴らなくていい真顔

面倒なことになるだけで、また傷つくだけだからゲラゲラ

 

親を目の前にリアルにイメージして、本気の怒りを腹からぶつけるだけムキーッムキーッムキーッ

 

 

これやると自分の腹の中の親から入れられた毒を出せて、芯を築く。本来の健全性を、取り戻せるにっこり

 

 

親の攻撃でへなちょこに弱ってた部分は不快で気持ち悪くて不自由にかんじる。それって我慢してた怒りがあるから。ちゃんとその部分にエネルギーが戻ってくるように、エネルギー勝ちをするってことにっこり

 

魂の根源からの怒りを沸き起こせ。