プライドってカタカナの日本語。

 

日本語に直したら、なんて訳しますか?

 

 

 

この言葉はちゃんとしたプラスな意味と、マイナスな意味と

 

両方に取れるので、どっちに訳すかで違いが出る言葉です。

 

 

 

 

いい意味では、自尊心。

 

悪い意味では、虚栄心、エゴ、高慢。

 

 

 

”pride and prejudice”

 

イギリス人女性作家、ジェーン・オースティンさんの代表的な小説作です。

 

オタク的で知的な女性。

日本の、インテリなのに腐女子な人の代表?

それで言ったら、Smithのモリッシーも太宰治だしね。

って

まあいいや。

その辺は。

 

とにかくここでは!

 

 

この小説の題名”pride and prejudice”の和訳が、昔のものだと

「自負と偏見」

「自尊と偏見」

 

などがあります。

 

近年の素晴らしい和訳に

 

「高慢と偏見」

 

てのがあり。

 

私は「プライド」の和訳はこの「高慢」が一番適していると思っています。

 

 

 

 

日本語にもなっている、カタカナの「プライド」って

つくづくテキトーな

ニュアンスだけの言葉だよなあって。

そもそもの、その意味の本質をちゃんと消化してないで

だからカタカナでまんま音だけ真似したもんで。

 

 

プライド。

 

 

 

いい意味では

自己愛

自尊心

自負

 

 

 

悪い意味では

高慢

虚栄心

傲慢

勘違い

尊大

承認欲求

エゴ

つまり「幼児的な誇大妄想、みっともないだけの自意識」

 

 

この小説では「プライド」が、悪い意味、つまり虚栄心として、お話のテーマになっています。

貴族とか階級、身分の差が、生きるか死ぬかのイギリスの社会で

結婚するのに、お金か愛か?

つまり

虚栄か誠実さか?

ってことが、描かれています。

 

 

 

これ、すごく単純でわかりやすい内容だと思うのです。

だから「プライド」は

 

「自負」とか「自尊」ではなく

 

「高慢」あるいは「虚栄」が正しい翻訳と思います。

 

 

 

今回は、ずっと前から思っていたことを書いてみました。

 

なんで、このことが気になっていたのかっていうと。

 

ACは、自分の実感できちんと実績を得てきたことすら

 

「亡きもの、無価値」にしてしまうから。

 

私自身がそうです。

 

実感で実績を積んできて、本当に確かなものなのに、

 

それが人の評価を得ると、とたんに逆に

 

「いえいえ!トーンでもない!別に大したことじゃないですう!!!」

 

ってこれはもう、謙遜じゃなくて病的な卑下。。。

 

なんなら全部を自分の実績じゃないことにしちゃって自分は消え去る!

 

ってことを、本当に実行してしまう。。。

 

なんで??って自分でも不思議に思う。

 

毒親だから、承認欲求が強くてそのことを劣等感に思って逆に否定してしまうの?

 

親以外の他者に認められたら、親の嫉妬や不機嫌を思い浮かべて、怖くなる??

 

親じゃない人に認めてもらっても無意識に「あなたにじゃなくて親に認めてもらいたいんだもーん」ってへそ曲がりに思う??

 

んー。どっちかっていうと、私の場合は幼児的な嫉妬の念を受け続けた後遺症というか習い性で、

 

自分で自分を認めてあげることも、他人に認めてもらうことも、やっぱり、生存恐怖が根底にあります。

 

毒親って承認欲求からくる虚栄心(プライド)の塊でしょ?

 

幼児的なエゴ(プライド)の塊でしょ?

 

幼児的万能感のカプセルの中にいる人たちでしょ?

 

それを崩されると、逆上してヤバくなる人たちでしょ?

 

つまり「本物」が大嫌いな人たちでしょ?

 

本物を本心を真実を実感を示したら、フン気に入らない!って機嫌悪くなって、殺しにかかってくるでしょ?

 

だから、毒親の子供は尊い真実を実感を、怖がったまま、それがデフォルトになってしまうんだと思う。

 

地動説が異端とされてた時代の天文学者みたいにね。

 

 

 

 

そんなの、アホらしいよね!!

 

だからこそ、ちゃんと、反抗期をしましょ!!!