毒親持ちって、傷ついた気持ち(インナーチャイルド、泣いてない涙、怒り、不満)でぎゅうぎゅうのまんま、そのことに気づかないで生きている![]()
子供がお母さんに優しくされないだけでも苦しくて当たり前なのに、逆に必死で親を理解しようとか、感謝できることを探そうとか、とりあえずこの変な親を反面教師に社会で生き延びようとかで必死だから、傷に気づかない![]()
泣いていいどころか・・・
何より無意識が恐怖で固まってるからなのですが。
客観的に見て、酷すぎる。
私、かわいそうすぎる。
そう思えるというのは、自分の存在に健全な視点が持てた証拠。
しかし長かったです。
私がこの傷を泣けたのは、産まれてきてから何十年も経ってからです![]()
で。
「オカアサンが幼児ババアで嫉妬のかたまり」という典型的なケースの私ですが![]()
私がアダルトチルドレンなのはもう十分にわかった!問題は幸せ恐怖、恋愛恐怖だ!無意識に不幸を選択してしまうのは、無意識が「私は幸せにならない、お母さんのご機嫌を損ねるから怖いから」と決めているからなんだ!
だから、潜在意識を「書き換え」ないと!
もう怖いお母さんはここにいないんだから!
と、色々頑張ってみました。
しかし。
頭で考えるばかりで全く何も変わりませんでした![]()
困ったなあ、もう無理なのかなあと思っていたら
『傷ついた潜在意識を癒す』
という言葉に出会いました。
潜在意識が傷ついている![]()
どういう意味![]()
初めはよくわかりませんでした。
でも、なんていうか、インナーチャイルド(感情)が、「その」潜在域に、在るというのは・・・
当たり前ですよね・・・。
つまり。その感情は、
私の無意識が
「幸せにならないでいれば、生き延びられるし、
もしかしたらオカアサンから愛情をもらえるかも」
と戦略した時の、気持ち
ってこと。。。![]()
毒親のご機嫌を損ねないように喜びを隠すとか。
自分の感情を見ないように抑圧するとか。
これは生存戦略。
命と心を守るための命の働きです。
生命力、生命活動なので、愛とも言えます。
で、無意識がこの防衛戦略をとったとき・・・。
それは、
愛して欲しかった人に、
愛とは逆の、
私への悪意、邪気を
向けられていることを、
しっかり感じた時
なのでした。
無意識は冷静に、生き延びる戦略を取った。
けれど、同時にその時に
感じた心を固めて抑圧しているはず。
要するに、ショックで傷ついて、
でもその感情に向き合えないでいるまんまなのですよね。
命はのびのびと生きたい。
ましてや人間は、他の人間に祝福され、励まされて育つ必要があるのに。
人間の子供が、親に愛されないというのは、幸せや喜びや心のままに生きることをエゴで邪魔されるというのは
・・・悲しいどころじゃありません。
・・・当たり前ですよね。
『オカアサンは私の幸せを願ってくれていない』
『それどころか、不幸を願っている』
この事実。
本当はよく考えると、私がごく小さい時から、感じていました。本当は、見え見えだったんです。
でも、はっきりと意識することを、認めることを、避けていました。
小学高学年くらいから、そして思春期になり、幼児ババアは分かりやすく、あからさまに、私が女として成長するのを阻害するようになりました。マンガかってくらい分かりやすい。
その時に私の無意識はババアの機嫌を損ねないよう工夫しないとならないと、女性らしさを見掛け上、封印しました。
同時に、私の中には、生まれてからの年月の分だけ、オカアサンに祝福されたい、愛してほしい気持ちが、全く自覚していないけれど、たまりまくっていたのです。
だからその時、子供として、この事実に
本当は改めて衝撃を受けていたのです。
そして、このショックを、私は胸の奥に
コンクリ詰めに固めてしまいました。
私は姉妹に憧れていました。お姉ちゃんとお洋服を共有するとか、家の中で家族でメイクや恋の話ができるなんて天国かって。
普通に女の子でいられること。
つまり、自然な私自身でいることですが、
この当たり前の在り方を、私は幼児ババアの目を気にして、かなり封印し続ける、息苦しい環境でした。
恋を応援してくれて、幸せを願ってくれる、女性としてお手本にしたいような、共感も尊敬もできる「ちゃんと大人の女性のお母さんが欲しかった」
この気持ちを、しっかり感じ切って、泣いて成仏させてあげたいです。
「あの人」のエゴなど気にして不幸でいる状態って。
この気持ちが心の底にくすぶっていて
「あの人」に無いものを求め続けてるってこと。
つまり、無理な繋がりを求めて相手をしているのだ。
お母さんの嫉妬で幸せを選べない女性たちは、勇気を持って、悲しいけれど、この気持ちをしっかり自覚してみてください。
きっと、踏ん切りがつく。
オカアサンを手放せる。
わかってあげて、認めてあげて、許してあげられる。
「あの人は幼児ババアだから仕方ないなーもういいや!」
やっと!
私は私という愛を生きる。





