「あの人たちに、我慢して付き合ってあげていた自分」

 

 

そんな過去が、あった。

 

 

 

 

ただそれだけ。

 

今はもう、どうでもよし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人にも話せる。

私にとっては普通で、それが現実で、どうでもいい過去として。

 

 

私は好きな仕事をし、好きな人と愛し合い、好きな服を着て、好きな時間を好きに演出し味わっている。

 

 

 

自立と、自由を、獲得。

 

 

当たり前に健康な人の、当たり前の人権を得てる人の、感覚。

 

当たり前を、満喫してる。

 

 

これが自由。

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭ではなかった家庭環境の「育ち」。

 

 

 

親が未熟で愛着関係がなかった「過去」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもあの人たちは、あれを、

 

 

「家庭とか大人とか夫婦とか

 

 自分は普通どころか

 

 ”普通の人より優れてる”

 

 って、思ってる、

 

 何もないくせにプライドだけ高い

 

 ”おめでたい”人たちです」

 

 

 

って事実!

 

 

 

 

 

 

てか、これが、実は実は

 

一番、大切な事実であり、

 

何よりの、

 

すごい

 

救いです笑笑笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、本当に、未熟な人ってのは、

 

 

要するに「妄想の世界」にいるんです。

 

 

 

 

自分が見えてない「無明の人」。

 

 

 

 

 

「俺すごい」「私素敵」と思ってる、おめでたい人なのですから

 

全然不幸でもないし、面白がって笑えばいいだけの存在なんでね爆笑爆笑爆笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに、

 

子供という立場だと

 

その人たちを、「かわいそう」だのなんだの、美化したいあまりか、なんか、変な妄想を、こっちも、やってしまうという喜劇な悲劇を作り出すんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それも仕方ないことで。

 

子供だけが、辛すぎるからね。愛がないから。でも愛が欲しいから。笑うどころじゃない、人間として育つための必要な欲求があるのにそんなゴミが親でそれをなんとか合理化しないとならないんでね。

 

本当は全部感じててさ、わかっちゃいるけど、それ、受け止めきれないよ、当たり前。

 

子供だよ?

 

愛して欲しいよ?守って欲しいよ?理解して欲しいよ?こっち見て笑って共感して欲しいよ?

当たり前じゃん。

そうじゃないと、どうやって、自分を肯定して、安心して、感情を出して、笑えるっての?

生きる基本だよ?

それ、ないって、、、、、困るよ???

だから、しょーがなかったよ??

 

 

くだらねー、こいつら。

 

そう思ってるし、それが事実だけど。

 

それ、子供として親を見る目が、それだけで、そうして子供としての、在り方は、どうしたら?????

 

 

苦しいよ。辛いよ。切ないよ。

 

それ以前に、ものすごい、不安で困るわーーーーーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからね。

 

心が防衛するんだよ。

 

期待を捻じ曲げて。

欲求を捻じ曲げて。

親は、本当は「まとも」なのに、何か原因があって、今は仕方ないんだ、とか。

 

それは自然な生存のための反応。

でもそこの奥に、いつか愛してもらえるとか、安心させてもらえるかもとか、

期待が、眠ったまんまになってる。

 

しょうがない。

それ、手放すと、どうなっちゃうの、この地面は崩れてしまうではないか。

 

だから、、子供としても、妄想で自分を、守る以外に、なかった。

 

 

 

 

 

それって解除できるもんじゃないよ、どうやっても。

 

 

 

いくら体を鍛えても。

いくら丹田を鍛えても。

 

 

 

根強く、残って、感情を解放しろだの、

 

期待を手放して諦めろだの、

 

色々、やること、そこにあるまんま、生きて。

 

 

それしか、できないから、仕方なかったよ。ね。

 

 

 

 

 

 

 

だから、

不安定な自分を責めないこと。

 

 

 

まだ自由ではなくても、

 

自由になって、いけるから。

 

 

 

居場所は、自分で創って、築いて、いけるからね。