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いのちの日。なんですね。

地震のあった日ですね。

 

命の火。

 

「自分を愛しましょう、自分を愛せないと人を愛せません」

そう言うけど、それが難しいんじゃい!なんでかわからない!

ってのが、ACですよね。

 

 

幼少期の扱われ方。

 

いえ、この世に来てから今までずっとの、ですよね。

 

親(人によっては血縁でない養育者)の、自分への態度。

 

 

 

 

その人に問題があるのであって、自分は罪ない綺麗で純粋な心でこの世界にきただけ。なのに。

 

 

 

 

私の父母は、二人とも性格そっくりで、三人兄弟の一番上。

 

長女や長男は、確かに辛い環境を強いられることが多い。

下の子が生まれると、みんな嫉妬しますよね。

お姉ちゃんだから、お兄ちゃんだから。

いや自分もまだ甘えたい小さい子供なんですが?って子供は言えないから。

 

「親の関心をとられた」「自分は可愛がられない」「小さいだけで、何もできないのに、可愛がられて大切にされやがって!気に入らない!」「死ね!存在するな!」「何がねんねだ!抱っこされてぬくぬく柔らかい布団に包まれて、気持ち良くうっとりしてんじゃねえ!」「快適な楽しそうな嬉しそうな気分良さげな生き物って、ムカつくんだよ!」

 

嫉妬ってすごい邪気だから、これくらいのこと、思ってるんでしょう。それは共通。

 

でもね。

ここで、霊性という測りがあります。

 

私の生物学上の二人の親は、あまりにも霊性が未熟な魂なので、

本当にただただ、邪気以外何もない人で。

つまりエゴしかないんですよ。

 

立場が上に媚び。チヤホヤして欲しがり。

立場が下と勝手に判断できそうな相手には、踏みつけようと必死。こき下ろし、潰し、殺しにかかる邪気を発する。

 

私の幼少期の環境は、父母とも「年下は全員気に食わない、死ね」という邪気を発していました。かわいくなついて気に入れば殺さないでいてやるけど、みたいな。

 

 

AC問題の根源は、恐怖。

 

 

 

誰でも人間だから嫉妬はあります、でも、少しは「下の兄弟」「自分の子供」」「他者」に対して、普通に健全な尊重と慈しみの感覚があるものです。

魂が心が、少しでも育っていたらね。

 

妹が弟が可愛がられて嫉妬しても「それでもやっぱり、なんだかんだ、妹や弟を可愛いな」って思う気持ちが、ある。

 

もしそんな、ちょびっとでも心の育ってる親だったなら!

 

普通な反抗期ができて。

 

「ああ、あの親も人間だからさあ、エゴはあるけどさ。十分ではなかったけどさ。自分のこと本当に大切に思う気持ちもあったんだよね。自分はあの親に愛されていたんだなあ。」

って、普通に、不満はあったけど、それでもこっちも相手の愛の部分だけを認めて受け入れたくなるものだ。

 

なぜならそこに、愛があったから。

 

 

 

でも、毒親の場合はね。

 

こっちだけが愛を求め、愛を注いで、相手はエゴのみ。

 

 

 

 

 

これ認めるのも、とっくにわかってるのに、でも、

認めるの、大変。苦しいから。

 

愛があったのかもとか、愛されたいという

希望の執着が、なかなか捨てきれない。

 

 

で、さらにね。

 

この問題(毒親ACが、生きづらい、息しづらい、苦しい)

の根源は、

 

 

そういう奴らの

 

エゴ=邪気

 

に対する「恐怖反応」です。

 

悲しみ怒りは本当に大切。

これを解消しないことには、こだわるから。

 

でも、それすらどうでもいいレベルなくらいに

 

実際の問題の根源は、「恐怖」です。

 

 

エゴ=「ご機嫌」を損ねること

 

 

危険と感じる意識

 

 

これこそ、克服しなければならない課題なのです。

 

 

 

 

 

私たちACは、大人の「ご機嫌」を「ご危険」と感じてきました。

それは正しく命の反応です。

生理学で言えば、正常な爬虫類や古代脳の神経反応です。

 

そいつらの気分を損ねたら、命に関わる状況だったのですから。

 

 

しかしもう、そのような体だけ大きいが幼児的な人間たちの「常識だ」「悪いこ」のような、まるでものを解ったような上から目線の叱責や、そのご機嫌つまりエゴに気を遣う必要も、敵対を恐れる必要も、生理的に無理なのに関わり続ける必要も、ないのです。

 

その人たちこそ「嫌われないために」「世間様に拒絶されないために」「下手にでて、かわいそぶったり、同情を引いたりしよう」「上に出て偉そうにして威厳を保とう」という幼児的なアホらしい意識だけでうまく立ち回り生きていくことだけが生きていること、っていうさもしい気の人たちです。

あの人たちって、何をするにもしないにも、それだけが目的なの。なぜならあの人たちの意識が全部、エゴだけだから。

 

 

人は愛のために生きて幸せになれます。

愛とは自分の他人の成長を願う志(こころざし)です。

意欲です。

他者に対しては、この志のシンクロ、共感が愛です。

 

だから前向きでないものは、愛の反対、依存や同情やカワイソウだのカワイソウなワタシだのは、全部クソです、エゴです。だってキラキラしてないでしょ?エネルギー、吸い取られるし、うざいし、汚いし、うんざりするよね?

要らないのよ、そんなものはゲロー

 

 

 

その人たちの「教祖様」は「世間様」なの。世間様つまり常識?という妄想イメージで「なんとなく」生きてる。本来の善悪とか自分で考えたこともない。目上にへこへこしないやつはだめ、などの善悪イメージを良識として振りかざしつつ、ご本人は邪気のかたまりだったりします。褒めてほしい尊敬して欲しいなら、目下の手本になるような寛容さや人間力の深さを磨けっての。中身空っぽの3歳児で、金やこびへつらうことしか考えていないだけ、おまけに虚栄心のかたまりで若さや賢さという美徳には嫉妬の邪気を浴びせるだけのクズが!!老害もだけど、若い人も受け継いでる人多い。気持ちが悪いね?

 

縁を切るとは、次元の違う世界の人に、無理して合わせたり関わらないことを言います。

もうその人たちの愚痴を聞いたり、ウザイのに引き攣りながら笑顔で「そうですかぁ」と話を合わせたり、失礼にもプライバシーに侵入してくるのを耐えて許したり、すべきではありません。

 

その我慢、自分にも、その人たちのためにも、誰のためにも、なりません。

 

平和と平安と調和に絶対的に大切なことは、

不快への境界線を引くことです。

 

依存や執着、同情などのベタベタした安い感情は、弱っているときには快に感じてしまいますが、魂は不快であり、気に毒が回っている状態です。

 

 

 

赤子は何もできない弱い存在ですから、依存100%です。ここから自立100への成長が始まります。

自立した個人になっていくには、依存と自立の割合を、少しずつ自立を増やし100にしていく成長の過程を経ます。

 

これには自立した親が、本物の愛、つまり「成長と自立を願う気」で子供を包み励まし暖かく自立の力を育て支える態度が必要です。

 

 

 

しかし親が自立しておらず、依存だけだと、

子供は依存先すらなく、エネルギーを奪われ続けます。

 

そして、子供がインナーチャイルドを癒さず、その親に期待の執着を持ったまま、愛を求めて偽物の優しさに屈してしまったら、

ただ親のための餌としての人生となります。

 

毒親は子供は自分にエネルギーをくれる便利なエサで、同情し、年取ったら面倒見てくれるもの、それが当然と本気で思っているのですからゲロー

 

 

 

私は毒親育ちで我慢しちゃった典型なのですが、嫌なのに、親と似たような目上の人を生活環境に引き寄せ、依存されるのを我慢して許しつつその人からどこか愛を求めているので、結局怒りが生じてきてしまい、トラブルになったり傷ついたりを、繰り返してきました。

 

 

愛を求める執着よりも、根底にはその人たちの機嫌を損ねること、嫌われる、距離を取られることへの「恐怖」がありました。

 

見捨てられ不安です。

 

 

そんな人たちのご機嫌を損ねたら、確かに子供の私は生きていけず命に関わる事態でした。

 

でも今は違いますよね?

 

そんな人たちに「見捨てられる」って???

 

 

そいつら私の何を保証してくれんの??

要らんもの要求してくるだけやん、搾取するだけやん!!

お金や部屋や食べ物や時間や健康や意欲や愛情のエネルギーくれるんじゃなくて、

 

逆に

奪うだけやん!!

 

迷惑だけやん!!

うざいだけやん!!

図々しいだけやん!!

失礼なだけやん!!

セコイだけやん!!

ゴキブリやん!!

寄生虫やん!!

自分によってんじゃねえよ!!

人の迷惑考えろっての!!

大人として品性ゼロやん!!

てめえの幸せもご気分も金もてめえでクリエイトしろっての!!

年下にマウントしていい気分にさせてもらったり

年下に嫉妬して破壊して気分良くなったり

その道具にしてんじゃねえよ、人間のクズカスゴミが!!

 

 

 

 

そう。

私が迷惑なだけ。

私が見捨てる?そもそも相手する義務もなけりゃ私にとってあんたは相手する価値もありませんがな。

勘違いしてんじゃねえよクソガキが。

 

 

ちゃんと、逆転しましょう。

 

 

 

関わらないのが一番という人間が親だったから、

恐怖から、むしろ「過剰適応」してしまい、

その手の人を前にすると、

正面から関わってしまう態度が

身についてしまっていただけのこと。

 

 

 

これを捨てるのです。

 

 

あなたのような人とは距離をとり、境界線を引きます。

 

安いベタベタした情緒は、シャットアウト。

 

冷徹に。

 

軽蔑と不快感を大いに表明します。

 

 

 

これがその人たちのためでもありますし、どうせその人たちは同じ気の人たちとつるんで生きていく生き物ですから心配など要りません。自分に酔ってお幸せな妄想の、薄い世界に浸っていることを選んでいる人たちなのですから。

 

 

私は、その次元に生きておりません。

エネルギーフィールドが別です。

 

そのことを示し、関わらないこと。拒絶すること。

それだけです。