永遠の0 | 2リットルのCBR

2リットルのCBR

1987年に中免取得
VT250FでライダーDebutを果たし
2004年に限定解除
CBR1100XX
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→トリシティ155(2023年式)




一年前にある人から文庫本を贈られて
夢中で読んだ一冊でした。

しかし、この難しい話を一体、どうやって実写化するのか、
仮にも映像に携わるものとしては大変、興味が湧く物話でもありました。

ようやくBlu-rayを手に入れ
本日、観ることが出来ました。

よく出来ています。
原作に忠実に。

現在と過去を行ったり来たりするのですが
見る人を混乱させることなくスムーズに物話に誘導しています。

またCG と実写の使い分けも見事でした。
特撮などは見る人が見ると、物言いを付けたくなる部分もあったかもしれませんが
私には十分でした。

そして、この話の物議を醸した部分でもある
『特攻の美化』についてですが
私個人としては何がいけないのか、皆目分かりません。

この話を読んで、宮部久蔵という人物は確かに英雄視はされると思いますが
決して、『特攻』が美化されることはありません。
特攻により国のために散っていった人達は悪くありません。
あの戦乱の空気の中、特攻を否定することは普通の人間には出来ないからです。

人は間違っていると分かっていても
数の支配、場の空気、時代の流れには逆らえないものです。
今となってはあの頃、なぜあのような強行が罷り通り、多くの若者が狂信的に『万歳』と叫びながら命を落としていったのか
残された私達がそれを考えることこそが
この話を読む機会を与えられた者たちの使命だと思うのです。

幸い、今の日本には宗教、政治を巡ってのテロはありませんが
世界中では、自爆テロや人質の殺害が
当たり前のように行われています。

特攻は避けられなかったのか?
自分なりに考えてみましたが
最高意思決定を持つ者が本当の意味で
一人しか居なかった場合、
その意思決定者が『特攻の愚かさ』に気付けばそれは回避出来ます。
しかし、実際の政治や軍は結局は
複雑に絡み合う人間の幾層にも折り重なるシステムの中で動いています。
ややもすると最高意思決定を持つ者すら
そのシステムの空気に気圧され本音とは反対の決定を下してしまう恐れもあります。
コンピューターではないから。

頭では『何と愚かなことを』と分かっていても、やはり、あの時代に特攻を否定することは難しかったのだと推察されます。

これは言い換えれば
『それは正論に過ぎない!』
と否定されることにも似ていると言えます。
正論結構!
正論の何がいけないのか、
『物事は正論のようには簡単には行かない』
そんな考え方が生まれた時こそ要注意です。

どんな時でも正論が当たり前のように選択される世の中を、宮部久蔵は作りたかったのではないでしょうか。

そういう意味では宮部役で主演の岡田くんは
現在、黒田官兵衛も演じていて
官兵衛もそんな世の中を切望していたようですね。

永遠の0、是非、触れてみて欲しい作品です。