<メディア刺激と視聴覚反応及び運動系に及ぼす影響と理解>

 

Cabinet de Medico-Psy Φ

 

白石潔

 

この思い付き文章は、「こどもとメディア」の問題に関して、長年、問題意識を持って社会的な活動している人物の為に、仕事の合間に、メモのように書いたものです。

 

まだ、不完全な部分が沢山ありますが、取り敢えず、第一段階としては、まあまあかなと思いアップすることにしました。

 

この画像は、「S.A.A.P.」というもので、私が、日本に帰ってきてから間もない時期に、多分、NECの関連会社の技術者達と開発したプログラムで、科学的な次元で、精査する為にかなりの数のサンプルで実験した段階で、統計学的には、私の立場からすると、若干、不十分なデータでしたが、一応、完成したことになったものです。

 

然しながら、このプログラムは、基本的な要素分析の複雑な組み合わせをしたもので、私以外の如何なる人物にも、AI及びChat GPTを利用しても、解析は不可能なものになっています。

 

この事実は、これから読まれる文章を通して、「人間の本質的な次元が何か?」に繋がりがあることが、感じられると思います。

 

光を感受した網膜細胞の興奮は視神経(第2脳神経)を経由し視床に送られる。外側膝状核は色や形などに信号を分け、後頭葉の一次視覚野に情報を送る。視床下部にある視交叉で左右からの視神経は二分され、右からの光は左脳へ左からは右脳へ送られる。一次視覚野から連合野に送られる情報は、物体の認識に関しては側頭葉で処理され、図形など空間の識別は頭頂葉で処理される。

 

最近、子ども達が母胎内及び誕生後の発達・成長環境への懸念が、社会的に大きく成りつつあるのが現状である。この問題を、子ども達を取り巻くメディア環境に関して取り上げ、赤ちゃんの身体に関する機能及び人間の臓器の中で最後に機能・機構・組織化を形成しながら成立する機序と構造化される眼球を通しての視覚野について提示する。

 

赤ちゃんの眼差す目は、生まれたてでは眠っている時間が長く、「ぼんやりで輪郭を視覚的に把握できない状態」で、多分、「徐々に、光源の三原色を中心に無輪郭像として知覚されている視覚像が、ぼんやり輪郭像へ形成されていく過程」が、「音源(=声)・愛着対象である他者(=母親が代表者)」の輪郭像の形成段階を経て、目の機能が「光学モデルの機能」として機構・組織化され、視覚野の機序が構造化されていくと思われる。

 

赤ちゃんにとっての「愛着・音源対象である母親」との関係を軸に「視覚野の構造化」を可能にさせている事実は、母親のテレビを観ながらの授乳やスマホいじり状況での授乳がいかに「こどもの健全な発達・成長の弊害」になっているかの理解に繋がる。

 

このように、構造化された目の機能による視覚野である<つたえ歩きが可能になる時期のこどもの目>は、私論であるが<ピン・ホール・アイ>と言ってよいほど、「驚くような微小の塵」を見つけて指で触るような仕草を見せるぐらいデリケートな「神経系の突起物」といえる。

 

・周辺視覚と中心視野(=対象視覚)

 

→対象である光源は、その周辺を構成している対象群(光景)の中から抽出されるもので、レンズの機能を有する水晶体を光学的に通過した後に網膜上に焦点化された中心視野像を知覚し、側頭葉・後頭葉・頭頂葉で処理され認識・構成される。

 

→網膜細胞の興奮は、視神経を経由し視床に送られ、外側膝状核で「色」や「形状」などに信号として処理され、後頭葉の一次視覚野に情報として送られる。

 

→後頭葉の一次視覚野から連合野に送られる情報は、物体対象の認識として側頭葉で処理され、図形など空間の識別は頭頂葉で処理される。

 

・五感感覚で一番遅く発達し機能・機構・組織化の機序が構造化されるのは眼球光学機能によって知覚される視覚であるが、是から思い付きで記述して行く内容には、重度の視覚障害者や聾唖者に関する理解にもある程度のヒントになるかも知れない?と思われる。

 

・固有受容覚:筋肉系では、手のひらの中心で感覚されうる(=立体覚?:バビンスキー反射で観られるうる足底)は、比較的重要で、ラテラリゼーション(=右脳と左脳の両側の側性化)を終え、協応及び協調運動を制御する運動野の発達と視覚の発達には切り離すことができない。

 

・液晶画面と視覚への影響と触覚系優位の発達の問題。

 

→視覚感覚同一化=自閉症児(=同一性保持:感覚野と視覚映像の一致)に顕著に観られるが、早期幼児のメディア・ビジョンへの関心の度合いの大きさにも観られる。

 

→視覚情報の処理が、側頭葉優位になる傾向が強く、頭頂葉での三次元空間での立体像や図形の認識が弱体化する危険性は否定できない。

 

→現実の視覚野では、最終的には、言語によるジクソーパズル化されるような<母親を代表とする他者の示す対象に、こどもは関心を示しながら共同注視型の構造図式にある対象>を集積し、<視覚世界を言語世界と同一化しながら視覚野を統合し自己像形成の段階>を可能にしている。

 

→母親の不在の状況での、<メディア・ビジョンの母親の代理>は、視覚感覚同一性を強化してしまい、<距離感を含めた空間把握の不器用さ・視覚情報の継時的・同時的処理の不器用さ>と<他人との情緒的交流の貧困さ・状況認知の困難さ>を生み出す。

 

→立体覚の発達の乏しさに比べると、脳梁と大きな関係を有していると思われる指先を中心にした触覚系と視覚の連動による協応性や協調性は極端な発達を示すことが多い。⇒或る一群の小児・児童の個体には、前頭前野を網膜細胞の興奮から生み出される視覚神経回路の短絡的な脊髄反射的行動パターンが優位になってしまっている可能性が在り得る。

 

→待機時間に対する不快反応型行動が衝動性の亢進として出現するなど、精神機能や神経系の機能に異変を生じさせる。⇒<不快体制の低下><葛藤耐性の低下><不快・葛藤回避行動パターン><情動処理不全による破壊・衝動行為の亢進><短絡型行動パターン><睡眠障害><摂食異常><自律神経系の異常による吐き気・頭痛・眩暈・倦怠感><無気力>⇒重症の場合は、<身体接触を嫌悪する触覚防衛を示す情緒の障害><思考短絡型思路障害><排泄行為障害><引きこもり>などが、臨床像として見られる。

 

・全般的な運動発達面、情緒的対人関係構築レベル、言語的コミュニケーションレベルと受容性及び表出性言語への部分的影響による特異性並びに、視覚情報の継時及び同時処理の偏りを特徴とする問題を抱えやすく、行動面に問題を呈しやすい。

 

・愛着に関しての理解は、ボウルビーの1958年に母親の存在を軸に、子どもから母親へ、母親から子どもへの行動パターンに人間固有の5つの行動特性(吸う、抱きつく、ついて行く、泣く、笑う)の発見に基づく。<愛着障害>は、この基本的な行動特性が不全の状態で、他者に向けての攻撃性や無関心を示しやすく、行動医学全般や食行動を中心にした生活行動面に障害を呈する。

 

<脳神経学的次元の概要>

 

聴覚=耳・音信号による感覚細胞の興奮は、内耳神経(第8神経)を経て脳幹(内側膝状体)から両側側頭葉の一次聴覚野に送られる。音刺激は、右耳からの音は左脳へ、左耳からの音は右脳へより強く送られる。新生児の聴力は、誕生前に80%ほどとも言われている。内耳には前庭と半規管があり、平衡感覚器として機能し、リンパ液が引力や動きによって管内を動くことで感覚細胞が興奮し、その情報を脳幹、小脳に送ることで感知される。また、傾き、移動の感覚でもある。

 

小脳は、運動や姿勢のコントロールセンターである。大脳で学習された運動は小脳に保存され、効率的に利用される。

 

脊髄は、脳と抹消を結ぶ連絡路で、大脳の中枢神経が脳からの指令を受け末梢神経と切り替わる部位は脊髄の前角部にある。

 

末梢神経・感覚器や皮膚・筋肉からの情報を中枢に伝え、また中枢からの指令を抹消の筋肉系に伝える。

 

ヒトでは、脳幹から左右 12 対の脳神経系の末梢神経と脊髄からは左右31対の脊髄神経の末梢神経が全身に分布している。脳神経系は、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚などの感覚器と脳を結ぶ。脊髄神経は、四肢・躯幹からの感覚情報を脳に伝え、また中枢からの指令を筋肉に伝える。脳に向かう末梢神経は感覚神経(求心性神経)と呼ばれ、中枢から末梢に向かう末梢神経は運動神経(遠心性神経)と呼ばれる。

 

・ラテラリゼーション(=側性化)

 

→大脳皮質は、左右の半球で機能・機構・組織化の機序が整っていく構造になっている。人体が感知する五感覚は基本的に<正中線(=左右対称性を保証できる軸:右脳左脳の神経回路の交差点である脳梁で決定される)を中心にした左右刺激の分化機能>によって、右脳と左脳が組織化されていく。

 

→この組織化が、側性化(=ラテラリゼーション)で、人間が大気圏内の重力を伴う時空間に於ける自己の立ち位置の基本的な座標となっていく。

 

→但し、左脳には<ウエルニケ中枢とブロニカ中枢の二つの言語中枢野>が特別に構造化されている。⇒この二つの中枢は、失語症:感覚失語と運動失語の判別に重要な脳の部位である。

 

・前庭覚

 

→揺れ動きや回転やスピードの感覚を調整する機能を司っている:自己刺激入力型の多動現象によって前頭前野への刺激を入力し覚醒度を上げようとしている。

 

→前庭覚の受容器は、耳の奥にある耳石器と三半規管である。

 

・固有受容覚

 

→重力をも含めた筋肉に入力される外部からの刺激(=過剰入力及び過少入力の場合がある;求心性神経への影響)及び中枢からの指令によって調整されている筋肉の放出エネルギー(=過剰放出及び過少放出の場合がある;遠心性神経への影響)の調整を司っている。

 

→この二つの入・出力のエネルギーの調整が上手くいかないと、粗暴行為や強い圧迫感を好んだり狭い空間を好んだりする習性が目立つ。

 

→脊髄を包んでいる脊椎を支えている筋肉の筋力が低いと<重力に対して姿勢を保てない“抗重力姿勢反応が低い状態”の様相>が見られ、持続した姿勢を保つことができない。

 

・触覚防衛

 

→触覚過敏による反応で過剰な過敏な反応を呈する状態で、過少入力型は熱感などに鈍感な場合もある。

 

→体性感覚野に属する感覚受容器の外部及び逆説的刺激反応の次元にある刺激受容反応の過敏反応による防衛反応で、<社会的対人関係の物理的距離感>にも影響が生じることが多い。

 

・協応運動

 

→運動機能のコントロールセンターである小脳が、四肢を含めた体全体の運動機能を調整してくれるが、大脳の中枢機能との連携が上手く調整ができずに模倣運動ができない状態と例えることができる。

 

・協調運動

 

→大脳で学習された運動系の情報が、小脳に適宜に保存され、<大脳で、考えながら運動しなくても、小脳に保存されている運動系の情報が優位に働くシステム>が、失調状態にあり、運動機能に顕著な問題が生じることがある。

 

・同時処理

 

→視聴覚及び運動系の次元には、脳機能全般で処理される情報が、時空間の任意の場で輪切りにされ<共時次元の情報が沢山ある状況>を生きている。通常、この共時次元にある任意選択及び受動的選択が、不必要な情報を<意識野に呼び起こされる指向性>によって取捨選択され、同時に処理されるが、<狭窄した対象意識による指向性の歪曲>よって、情報の同時処理が困難になる場合がある。

 

→「ケン・ケン・パー:先に述べた、バビンスキー反射で観られる足底を含めた複雑な様相も関与している(=?)」の運動で、<両足着地が上手くいかない>や、<対象を見て、入射された視覚要素の情報の抽出が困難な為に、相似や類似の判別が出来ずに、違いを見出す作業ができない状態>に陥る。

 

→共時次元にある、ごく単純な例を挙げると、<漢字の画数><外国語の文字><ジクソーパズルの図柄と図柄の構成要素であるピースとの関係><地図の判読><時刻表の判読><処理速度の速い運動><掃除の仕方><読書>等があり、これらに対する同時処理の困難さを抱えてしまうことがある。

 

→基本的には、同時に入射される視覚情報量が少なければ少ないほど、同時処理は簡単であると同時に、<映像化が成されやすい><入射情報が抽象化されにくい>等の工夫が大事である。

 

・継時処理

 

→視聴覚及び運動系の次元には、脳機能全般で処理される情報が、時空間の時間軸に沿った<変化する次元の通時次元の情報の処理状況>を生きながら、<物事の手順や順番:料理・書類や資料・体操・道順・整理の仕方・物の操作等><情報の分析をしながらの推論:物事の起承転結や因果律>等を行っている。

 

→例えば、<言葉のわからない外国での体験>のように、時間軸にある通時次元の情報量が少なければ少ないほど、継時処理は簡単である。聴覚レベルの情報を加味すれば、<目で見ている状況に派生している視覚情報と耳で聴いている聴覚次元の情報が、まるで、同時通訳のない外国語を聴いているような状況に近い体験が成され、部分的な単語の理解や全体的な内容の把握が成されないままの体験>に近い事態が生じている。

 

→このような状態に関しては、「記憶の次元にある短期記憶と長期記憶の問題」を考慮しなければならないが、入力される刺激の量と刺激の質も考慮されなければならない。

 

→入力されるすべての刺激の量と質は、情報量であるが、<刺激対象として、主体の意識の指向性と捉える>ことで、<個別性を重んじた中心・周辺刺激対する特異的な反応が生じることの理解となる>ことを忘れてはならない。

 

大雑把な概要を、思いつくままに列記したが、メディア環境の及ぼす<こどもの胎児段階から乳幼児段階>への原理的要素が、<どの様なものであるか?>が、理解されたと思う。

 

当然、<児童・学童期・思春期>への発達・成長段階に及ぼす影響は、身体・精神次元にある家族・社会性レベルの問題で、彼等の呈する行動の問題として顕在化し易いことが、臨床的には分かっている。

 

この問題は、我々、臨床家でだけではなく、社会全般が考える大問題と云えると思われる。

 

検討すべき要因と要素を考える視点から、現在、起きている、若者事件を、複合的に理解できれば、科学の新しい次元が見えてくると思われます。