いつもより早い時間にブログを書き始めたのは、TVで枝野が、マスゴミに曝されているのを見るに堪えられなくなったせいだ。

ここで、枝野じゃあ、やっぱり駄目だ、ということが明確になってきたのだ。

まず奴は、「政治家」ではない。官僚的、評論家なのだ。

おしゃべりで勝てると思っている。前回、官房長官つまりスポークスマンをやって、しゃべりに酔う味を覚えたのだろう。例えば共産党との共闘問題について問われ、長々としゃべくったが、この問題について奴は何もやっていない。共産党を膝詰め談判して説き伏せたのは、小沢一郎である。こんなことはみな知っている。枝野の共闘は、まるで革マルなので、自分らが得することしか考えない。自分らのために相手を利用することしか頭にない。だから信用されない。国民民主との決別にしても、玉木が経験不足のガキだということ以外に、枝野の上から目線、共闘するにあたっての誠意がまるでないから、相手を引き付けられないのだ。しゃべり勝つことが、相手を黙らせることが、政治にはならない。これは古いインテリ左翼の感覚だ。自民党を馬鹿にしているようだが、バカに見える自民党が何十年も、失政を繰り返しつつ、政権を維持していることの恐ろしさを、もっと深く考えるべきだ。またそれを知っている、小沢や、中村喜などによく話を聞くことだ。

コロナ対策についても枝野のは机上の空論に近い。実際は現場の下級公務員諸君の血と汗にまみれた努力によって進められているので、枝野の上から目線では、彼らの協力、献身は得られないだろう。

もう疲れてきた。徒労に終わるかもしれないが、枝野と、立憲民主諸君の猛省を促したい。

大手町の大会場に出かけ、あれっという間に終わってしまった。

ここ10数年、点滴やら採血やら、沢山注射をしてきたのだが、恐らくそれらのどれより、痛くなかった。

どってことなく終わってしまったのだが、あの会場設定には、やはり問題があるだろう。まず、トイレがない。あるにはあるが、不親切。だいたいがあの大手町界隈というものは、もともと一般市民のために作られていない。おまけに古い。年寄りを集めて何かやるには全然向いていないのだ。まあ菅君も河野君も、加藤君もあそこは使わないだろうから、いいのだろう。ますます、彼らに対する期待など飛んでしまう一日だった。後は2回目の摂取が終えればもう用は無いのだ。ご苦労さん!!

まず敵の見定めに失敗した。過小評価した。高をくくった。これは日本の宿痾ともいえる病気だ。戦術を小出しにし、各個撃破される。これも同様。全力投入を実は怖がっている。後がなくなるのを恐れている。そのささやかな実践についての評価ができないもしくは大甘。大戦中、全滅したはずの敵機動部隊が、翌朝、そっくり残っていて迎撃してきたという悲しい事件があったそうだ。

そして精神論の過度な鼓吹だ。医療関係者の努力を過剰に持ち上げて、感謝するふりをして、自分らの責務を果たさない。まさしく、「同情するなら金を出せ」のタイミングなのだ。アベのトンチンカンな改憲論など、噴飯もののめくらましだ。何というセンスのないことか!!今大事なことはそこじゃあないだろう。枝野は何で巻き込まれていくのか?ほんとにバッカじゃなかろうか。

もはやここまで来たら、オリンピックなど返上以外に道はない。しかしそれを言い出す勇気と責任感を持ち合わせている、リーダーは一人もいない。

大戦末期、大都市空襲を浴びせられて、なお終結できず、二つの原爆を落とされて、ようやく敗戦を認めたことと実によく似ている。このコロナ禍において、原爆に相当するものは何か。怖くて考えることもできないぜ!!

外国の新聞に、「損切り」をすすめられる。おちぶれたものだな~。ここに至って、愛国老人の自覚に燃えている!!