名古屋・日進の作文教室ゆみ塾です。![]()
土曜日は森田真生さんの「大人のための数学講座」に行ってきました。
森田さんは「アリになった数学者」の著者でもあります。
私は数学なんて高校時代は落ちこぼれ。
それがどうして「数学講座」なんかに?
森田さんの講座は数学の勉強ではありません。森田さんは数学を通して「生きること」や
「感じること」の大切さを教えてくれます。![]()
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もちろん、講座では数式もでますし、リーマンだの、ライプニッツだの数学者の名前がでてきて
わからないことが半分。![]()
でも、森田さんの話にひきよせられて楽しく聞いてしまうのです。
ギリシャからの数学の歴史は試行錯誤の連続、否定、失敗の連続だったこと。
コンピューターの原型は「すべての文章は数に置き換えることができる。」というチューリングの
発想は数学の長い歴史がなかったらできなかったことです。![]()
「言葉」についても気づかされたことがありました。![]()
昔、数学者たちは口承で伝えて数学を学んできたこと。代数はアラビア語で書かれたため、
その言語を読まなくてはならなかったこと。それはつまり、自分の言葉を書き換えるという痛みを伴う
作業であったこと。
そこから、「翻訳」という作業は「痛み」を伴わなければならないのではないかと思いました。
明治の開国のとき、あふれるばかりに入ってきた外国語を今までなかった日本語に置き換えること、
文語体から 口語体というものを作っていくことは、相当大変だったと思います。
まず、自分を形作ってきたものを 一度壊さないとできない。そこから始めないと、他者が理解できない。
とかく私たちは自分の価値観が正しいと思いがちです。でも、「言葉」を通してみたら異なる考え方が
見えてくるのではないかと思います。自分の周りとは違う世界で生きている人の言葉、
違う世界で生きている物たちを感じること。それが大切なことではないかと思いました。



