こうしてブログとして文章におこすと
今まで行き着かなかった自分に出くわす


ついこの間、母親としての先輩に
しつけについて警告された


相手は十分にこちらを配慮しつつ
私の話をよく聞いてくれて上で
感じることを話してくれた


私はそれがとってもショックで
何日も頭から離れなくて
いろんな感情がわき起こった



私は、正常じゃないって自覚している
何が正常で異常かもよくわかんないし
あんまり異常だって意識しすぎるのも
よくないかなとも思っている



私が出した答えは
自分を信じ過ぎも疑い過ぎも
しないってこと。


で、本題の「虐待」と「しつけ」


よく虐待をうけた子供は
自分の子供にも同じことをする

と、聞く。



共感能力という脳の機能が壊れてしまうからってさ



私は虐待をしない。



しかし、その人に指摘されたのは
「しつけ」なさすぎるということ。



感情的に怒れない。
でも、叱っているつもりだった。




やってはいけないこと、
怒鳴ったり引っ叩いて
恐怖を与えて従わせるのは
支配であり間違っていると
思っていたからだ


というか、できない。



私は、分かるまで何度も言って聞かす
根拠や理由、それをしたらどうなるのかを
さとすように....


幼児相手にバカらしくなるときもある



その人は、そのうち子供になめられるよと言っていた



私はなめられるかなめられないかの
二択でしかない子育てなんて間違ってる


幼児なんて欲のままに生きてる
恐怖を与えれば言うこと聞かせられるのも
分かってる、その場だけね


そしたら、外で親として恥かくようなこともない



でも、それって本当に本人のためになるのかな?


「ママが怖いからママが怒るから
 ◯◯をする、◯◯はしちゃいけない」
それは違うよって。



私はそう自分の思いを話した。






自分でそう言っときながら
どこかで不安もあって


「しつけ」と「虐待」の境界線って何だろう?
ってやっぱりよくわからなかった。


親は絶対!
親としての威厳?


残念ながら威厳は私にはないんだよね
子供はママがとにかく大好き
「しつけ」がなってるかと言えば
そんなことはないから


親の威厳ってさ、与えるもの?
子供が勝手に感じるものじゃないの?


私、間違ってるのかな?



『虐待をうけても共感能力がある場合
 「良心のブレーキ」が効きすぎて
 叱ることすらできない。「わがまま
 モンスター」を育ててしまう』


と本で読んだ。



うーーーーん、否めない。
私、そうかもしれない。

そんなふうにちょっとドキっとした


私は、真剣に子供の目を見て
叱ってきた。
それが結果的に伝わってないって
他人には映ってたってこと


もっと長期的にでも
伝わってくれればいいと。


決して甘やかしてなんかいない
と思うんだけどなぁ...



「虐待」ってどういうことなんだろう?
私は、母によく痣がたくさんできる程
ボコボコに殴られた
でも、今でも虐待を受けたって
思いにくい。


犬小屋に二晩閉じ込められたときもあったし
包丁を向けられたり、私だけご飯ない時もあったし


今、大人になって常識的に
あれが所謂「虐待」というものか
っていう認識はしている


しかし、母なりの愛情があったと
(これを歪んでると捉えられてしまうだろうが)
厳しく育てられたことで
外で滅多に恥をかかない訳だし


できれば、殴られたくなかったけど


そんなことより
私が父から性的虐待を受けているのを
母は本当は気付いてたはずなのに
最後まで見ない振りをして
助けてくれなかったことの方が
ずっとずっと辛かった


まぁ、同じ母親としては
母の「しつけ」は間違ってるかは
今更どうでもいいけど
単純に行き過ぎだし
そもそも私はできない


ニュースとかで見る虐待した親は
口をそろえて「しつけ」のつもりだったと言う


本当にそのつもりなんだろうか
子供は親に見放されたら
おしまいなんだもんね

どんなことでも
どんな親でも受け入れちゃうよね



ますますよく分からなくなる~



思ってたことと実際やるのとじゃ
当たり前だけど全然違うんだな


今、結構「躾」について
暗礁に乗り上げてしまったというか
モヤモヤして自信をもって
前にすすめないんだけども


ちょっと希望があるのは
4歳の方はやりたい放題が
かなり落ち着いてきたこと

2歳もお兄ちゃんを真似て
しっかりしてきたことです。


もともと持っている個性も影響するからね


人の言ってることを気にしないほうが良いのか
人の意見にも耳を傾けるべきなのか


なんだかブレブレでダメですね~






今、目の前であたしの生んだ子が

大きな声で顔をくしゃっとさせて

笑っていること....



ーあたしの前から、突然、

 誰にでも起こりうるトラブルで

 ある日こどもがいない生活になった


 あんなに必死で守ってきたものが

 あっさりと指の隙間から

 こぼれ落ちてしまった





あたしが守りたいものは
こどもたちの笑顔。


それだけなんだぁ



それだけがどんなに大変なことか
思い知った


でもその守っている笑顔にこそ
助けらているんだよね

この笑顔があるから頑張れているんだ





これは動かぬ確かな事実だ







だけど、私のすごーーーーーーく
奥深いところで、


誰かに守られるということ
誰かに女として愛されるということ



これってどんな幸せなんだろうかって
そんな憧れの気持ちがある




本当の本当は羨ましくって
仕方ないんだ。


そういう風に満たされてみたい
って純粋に思ってるのかも


そんな思いにふたをする
だって怖いもの



私には無理だって無理矢理諦める
あんな風に育ってきてしまったんだもん
まともな夫婦なんて関係築けない





前の夫だって
私は絶対この人だって思ったのに
全然そうはいかなかった。



でき婚だしね、若かったしね
勢いって言われちゃうけれど


あの時の私は一世一代の大決心だったんだ。



子供にはあったかい家庭を築いてあげたい
私だってそんな家庭を強く思い描いていた




だからこそ、次に、再婚とかって
また同じ失敗しちゃうんじゃないかって



普段、何にでも物怖じせず決断できる私は
それだけは、どうしても難しい


とっても臆病になるんだ



嫌いな人間がそこにいる


育った環境のせいにして

私にはどうせって見ない振りしてる


子供のせいにして

そんな資格ないんだって目をそらす

本当はのぞんでるのに




私が恋愛だの再婚だのを
するかしないかの問題ではなく

問題は、本当は存在する
男女っていう関係への憧れを
うやむやに掻き消そうとしてることだよね



まぁ、恋愛は楽しんでますがね!!!
途中で投げ出しちゃうんだよね...


でも、ちょっとなんらかの形で
昇華していきたいなぁって
近頃おもうのです!













あったりまえのことなんだけど

ひとりで生きてる訳じゃないんだよね


旦那いなくなって
寂しくなるかなとか
孤独でひとり子育てに
心身疲労困憊な毎日かなと...
不安もたっくさんありました

私、取り越し苦労でした



思ったより困難をスルスルと
のりこえられて居ます。


小さな障害や大きな選択するときも
要所、要所で


私じゃない誰かではないと持ってない判断材料...
そうした誰かと出会えて、
それを目の前に提供されるんです


そういうのを掴めるか掴めないか
真っ暗に思えるとこに迷い込んじゃったときも
投げやりにならないでヒカリを待つ

考えることを止めない
変化しつづける


そんな感じでやってたら
なんとかなるもんですよね~



先日はふらっと寄ったバーで
初対面なのにもかかわらず
医療福祉の仕事をされている方と出会い


みんなめちゃくちゃにはっちゃけてたので
(私含め)
お互いただのチャランポランって印象でした
ヒョンなことから仕事の話になり
まぁまぁ、3人そろって衝撃を与え合う

児童養護施設の人、ガン臨床の心理士...
私、看護師めざすシンママ(紆余曲折アリ)



急に顔変わって熱く語り合う私たち笑


私は、受けるサイドでそういった職業の方と接してきた




時に、
『所詮、仕事が終われば楽しめる、
切り替えられるんでしょ?この底なし沼ぬけて』
っていう穿った見方をしていた


『でもこの人たちも人間で、どうしたって
 幸せな家庭で育ってきたんだから
 私のことは理解できないんだ。

 それでも、一生懸命やってる、分かり合いたいと
 努力してくれている。それには見せかけでも
 合わせよう』
なんて、思っていた。


子供でしたね、生意気(笑)



それがさ~、
その人たちの向き合う姿勢、話聞いて
もうごめんなさいって感じです


それなのに、私の話を真剣に聞いてくれて
感謝されて、恐縮でした。


こうして飲んでる間も、
あの子の顔が浮かぶ
あの患者さんの顔をが浮かぶ


切り替えていかないと自分が潰れる


近くなりすぎると冷静な判断ができなくなるんですって
それはあの子の為にならない






こんなこと言っては言葉が安っぽくて
全然、本質を伝えきれないんですが


「プロなんだ」
と圧倒されました。
もーーーーう、とてもかっこいい大人でした。

いやいや事実を前にすると
私のつづる言葉なんて無力ですね



あの人達と話せてよかったです
たくさん背中押してくれる言葉を頂き
これからの大きな原動力になります


私も今まで受けた恩恵を還元していく人間になりたい
この漠然としていた気持ちが、
目指すものが、
輪郭をハッキリともちました。



初対面なのに、本音で熱く語ってて
なんだか面白かったです



ここまで読んで
超真面目そうに聞こえるかと思いますが
7割バカな話してましたよ笑


お腹痛いです....筋肉痛です笑
私、

弟たちに喝入れに行ったんですよ



もう、クズの中のクズっぷり


まぁ世の中には下を見ればきりがない訳で


ニートが悪だなんて別に思わないです

いつまでも社会を恨んで自分に酔ってれば?



弟と会うのは2年ぶりです
あたしが家追い出して弟ホームレスになって
音信不通でした

「あたしの人生にそんなクズはいらないから
 あたしのとこまであがってきたら顔見せな!
 それまで一生現れんな!悔しかったら働け!」

って追い出してからの2年。



まだまだ危うい二人なんです


でもまぁ、会えてよかった

私泣きました



心も痛みましたから、当時からずっと



上の弟は未だ迷走中です
自分に酔ったまま一発逆転狙って
がっつりマルチに洗脳されてました


行くとこまで行ってまだ浮上できず


あたしはいろいろ話してるうちに
何の為にそんなストイックに頑張るんだ?
って話になってかんがえました。


1こどものため
2.......


とか考えたんですけど

結局は自分が自分でダサいと思う生き方
死に方をしたくないからってことなんだ


こどものためももちろんあるけど。
子供いなくても私は全力で生きるし
そもそも全力って特に意識してない

周りが勝手に言ってるだけ。


至極シンプルなんだよ!


自分がかっこい!美しい!とあればそれでいい
だから逆に酷くお叱りを受けることもある
判断基準は自分だからそれも反省しない


何かになりたい!これ欲しい!
手に入れるまでの過程ひとつひとつこそが楽しかったりする

結局手に入れることってどうでもいい



人生楽しんだもの勝ちなんだからさぁ~って
全然為になる言葉なんてかけられませんでした。


おまえ、今めっちゃかっこわるいぜ!
と言って帰ってきました笑
☆☆☆

ほとんど書き終わった笑

ほぼ現在は母子でひっそりと暮らしてます。


看護師を目指してます。


時々、新宿のイベントなんかで
踊ってたりします


ダンスはよくよく考えたら
有名になったり食ってこう!
とかは一度も思ってなかった気がします

もう日々上手くなる自分が楽しくて
自分のダンスを追求すること自体が楽しい

舞台にあがって観客が私のたった一つの動作に
息をのむ、呼吸が伝わってくるのが麻薬のような快感

それを生きてる限り追い続けるんでしょうね


NY行きたいです。
もっと生きたダンスを感じてみたいです


ざわざわってするあの感覚


看護師になりたいのは
もちろん子供の生活を守るため
お金でこれ以上不安定な気持ちになりたくない


それからやっぱり一番尊敬して感謝してるのは
看護師さんだからです。


私、あの人居なかったら、
一生自分の人生呪って卑屈に生きてたと思う


自分の立ち位置、現実を突きつけられたこと
私のどうしようもない怒りを受けてくれたこと


さぁ、次の一歩は?って踏み出すときに
ただ側で見守っててくれたこと


あぁ、私の人生は私が歩んでいいんだ
って当たり前のこと知ったんですよね


ものすごーーーーーーーーーーく
憧れた職業なんだけど
それに比例して
ものすごーーーーーーーーーーく
勇気がいる職業


だって間近で見てたら
大人たちが本心を露にするんだもの
ここ一番辛い時に醜いところもでてきて
死と向き合ったり、無力に打ちのめされたり

あぁ、私に耐えられるんだろうか...


看護ってなんだろう?
って一生考えながら生きるってこと


看護師として生きるなら
私にはまだその時じゃないと思ってきた


ようやく折り合いついてきたんです


私がこういう育ち方をしたのも
もしかしたら役に立てるんじゃないかって


どっかのだれかの痛みを分かることがあるかもしれない
私じゃないと分からないこともあるかもしれない


やってみようって決めて
子供の成長と折り合いつけて時期を
見計らってるところです


現実的に生半可に通いきれるとは
思えないし....

行くんなら、本気で学校で学びたい


子供の大事な時期に
どっちも思うように行かないとなると
イライラして一兎も得ずじゃ
本末転倒だしね