いやぁ~それでも一生私は報われないんじゃないかって
正直ものはバカを見るんじゃないかって
なんでこんなに困っている人をほっとけないとか
自分を犠牲にしてまで頑張っちゃうんだろうとかね

卑屈になるときもありますよ。

あぁ、誰かによりかかりたい
もう、ちょっとこの肩の荷、どっこいしょって誰かに預けてしまいたい

ママに会いたい。

そんな日もあるんですよ。


まぁそんな時はいいタイミングで友達とか子供たちが
助けてくれちゃったりするんですよね。

☆☆☆


保育園に入れないなら、託児つきの職を探した
最終的にヤクルトさんになる

そして、家には督促状が案の定届き
生活はもうほんとギリギリだった
子供にごはん食べさせられないなんて
たぶん今までで一番辛かったと思う


毎日10円と1円を数えて生活した


私は離婚を申し出る
旦那はそれを拒んだ


話は難航した


しかし私は市の相談にいき
離婚の方向で着々と準備をすすめた

最終的に旦那は離婚届に判を押した


母子家庭になり
また小さなボロいアパートからのスタートになったけど
お金が自分の中だけで回っていく安心
子供にたくさん食べさせられることが何より嬉しかった

子供たちはこの時、1歳と3歳

私は旦那といた時、熱がでても歯が痛くなっても
病院にかかるお金がなかった

病院にもいけるし

心の底から笑えた


子供たちはママが笑っていると安定する
旦那は子供達にも苛立ち、当たるようになってたから
子供達は特にパパに会いたがらなかった


まだ小さい子供だけどちゃんと状況がわかっている
ふいにかけられる言葉に息をのむことがよくあった


この子たちを守りたい、何があっても


ヤクルトの仕事は思ったよりそんなに大変じゃなかった
ただ今は食いつなぐための仕事だと思っていた
完全な歩合制で保証もない
個人事業主としての契約なので会社は何の責任も負わない


私はあらゆる努力をして優秀新人賞をとり
売り上げもトップクラスにのぼりつめた


センターの先輩たちもマネージャーも
保育所の先生たちもたくさん助けてくれた

育児の先輩でもあり時に厳しく怒られ、甘えさせてもらい


私はなんとかやってこれた


母子で家を借りるのは大変だった
審査もなかなか通るところは少なく
家賃も高い。

何人かの友達がみんなお金を出し合って
「返してくれなくてもいいよ、応援してる」と
お金を貸してくれた


私は周りに生かされている
自分の力不足がとても悲しくて
みんなが優しくてありがたくて
絶対、何倍にもして恩を返そうと決めた



☆☆☆

しばらく旅行に行ってきますので
ブログは更新しません。

また後日、お会いしましょう!
ここまでお読みいただきありがとうございます!
手に入れるより手放す方がずっと難しい

地位とかモノとかプライドとか信用とか

失うってすごく怖い


手に入れたときにかかった時間や労力、お金
かかればかかるほど手放せない


死ぬときはなーんもあの世に持ってけない

あんなに意地で執着し手放せなかったモノ一つ持ってけない


自由をうばうその執着心そんなに死守するもの?
ときに危険やリスクもおかせないの?

自由すぎてどこにも行けなくなる、不自由


あなたの本当に大切なものはなに?

みんなはよりよくって思わないのかな?
ただ思ってるだけでやってるつもりになってるだけで
何で、さぁ今すぐ動き出さないのかな?


どうせやらないなら、今ある人生に腹くくれよ
そんなの、やるやる詐欺だろ?自分だましてどうする?

生きてる時間なんて私たちが思うよりずっと短い


ほんとの渇望を味わってないのかな?
生に対して本気で。

もっとずっと、あぁーーー悔しい!!!!!!!!!
って環境に私はあえてとびこんでいく
その世界の誰もが私なんか相手にしない
まじで惨め!!!!存在自体が恥ずかしい。

私の場合は人から教えられるより
そっちの方が何倍も成長できる

すごい不器用で遠回りかもしれないけど
いいの!誰かになりたい訳じゃないから
私が考えて私が生み出したものじゃない
と意味がないから

それに人の言うこと黙って聞けない笑
必要に思えば黙って目で盗むから大丈夫。


☆☆☆


旦那は結局ダメだった
私は恋愛感情はもってないけど
旦那が大事だった

すごく感謝していた

だけど旦那から渡される生活費は月をおうごとに
減っていき最後は毎日もやし料理になる金額だった


都会の保育園の待機児童問題は深刻で
そう簡単に働きにも出られなかった


私は言い争いが大っ嫌い
議論って結局は譲り合い
どっちかが折れただけの話


もう怒声も聞きたくないし、モノにあたったり
高圧的な態度、罵り合い....意味がわからない


うん、切り捨てよう。
私はお金でこれ以上苦しみたくない


支え合いでも助け合いでも何でもない

シングルマザーでやっていけるか?とか
深刻に考えなかった

やる方法だけを考えた


「のに」「たら」「れば」って極力使いたくないです

昔の私の話はそれが多いですね。
言霊は知らぬ間に力を発揮しやがるから気をつけたいです


あとは「~しなきゃ」mustやhave toですね。
何かに強制されてまでやってる時間ないです


自分を鼓舞させるとき、戒めるときにも使いますね


母は特にこれ多かった。


『あぁ~仕事行きたくないな、でも起き「なきゃ」!』
仕事をすると決めたのは自分。
お金が欲しいから。(仕事に生き甲斐を感じるからとかも?)

目的のためにはシンプルにストレートに!
『起きよう』でもなく、黙ってすぐ『起きる』


これ意識すると結構周りに惑わされないで
自分のやりたいことみつかると思う
割と正直に心はやりたくないこと言ってくれてる


☆☆☆


ダンスだけはわがまま通させてもらった
半年に一回くらい六本木のクラブでおどり
イベントにでて、私のライフワーク。


ダンスをしたいのもあって
東京に引っ越した。


うじうじ考えないで大胆に生きてやろうと思った

こうしてられない!やる!やってやる!


それで東京に越すのに金銭的に不安があった
うちは無駄を一切省いた家計だったが
車の維持費が占める割合がネックだった


この際手放しちゃおう~!!ってことで
いざ、引っ越してきてみたら家賃高くても
以前と変わらなかった。


というより仕事が比にならない位、たくさんあって
旦那の給料はあがり私が働かなくても以前より余裕ができた


なんだぁ~、みんな反対したけど大丈夫じゃーん


街自体が違った、持ってる財力が違うのか助成や公的施設が違う



はじめて家族にキャンプに行ったり
子供といる時間がふえてとても良かった!


旦那とは話し合って固定費は旦那
私は生活費をと分担することにした


うまくいっていた。

旦那に好きとかいう気持ちはなくなっていて
でも仲が悪い訳でもなかった






☆☆☆


目がまわる生活がつづく


上の弟は高校卒業後に美容師見習いとして就職した
一時は卒業も危うかったけれど、ほんとうに良かった


と、思ってた



だけど、弟は朝起きれなくなっていた
美容学校に進学するために1年は働く

はじめて仕事して自分でお金を稼ぐことを経験


無断欠勤がふえて職場から私に連絡がくることもあった
まぁ本人の希望で心療内科を受診した

鬱病。


彼は診断書を職場に提出し療養のため休みをもらう
職場が嫌なのかな?って感じであんまり鬱病には思えなかった

でも素人が言ったって意味ない


彼には遺族年金と、祖母の遺産、進学のための貯金があり
数ヶ月は働かなくても生活ができるだけのお金はあった


「ちょっと休んでみて、それで職場が嫌なら転職
 仕事ができないなら生活保護、もしくは復帰...
どんな道に進むのか?考えて。考えられないなら
 その時の気持ちを素直に話してくれれば
 できるかぎりサポートするから。お金も本当に困ったら
 私も貯めてない訳じゃないから、考えるよ」

と話した。


ものの1ヶ月後、「水とまったヤバい、お金貸して」
と連絡が来た。即効で仕事を辞めており
4ヶ月は生活できるだけのお金があるはずなのに
それを遊びにつかいこんだ

水なんて滅多に止まらないじゃん。
なんで滞納してんだよ、クズ男!

なんで遊びには行けるんだよ!


私はお金を一銭も貸さなかった。

貸したらどんどんクズになる。

悔しかったら這い上がってこい!と思った

遊びに行って、楽しいことすれば病気がよくなると思ったから


はぁー!?もうバカ。滞納してるなんてこっちは聞かされてないよ

ー絶縁状態になる

「俺が真冬に水風呂しか入れなくて、
 食べるもんもなくて、死にそうなのに
 所詮、姉貴にとって俺はそんなもんなんだ」


ほんの少しだけ自殺したらどうしようと思ったが
ぶっちゃけ、死にたい奴は死んだらいい。
私が助けても助けなくても、どうせそんな奴は生きていけない



下の弟も無断欠勤をくりかえした
そこのオーナーは弟のような子を社会復帰させるために
自分の店で働かせ、自立に向かう手助けをする活動をしてた

家賃も光熱費も半分、オーナーが支払い
食事も近くの喫茶店に毎日連れていってくれたようだ


以前、私が挨拶に行った時も熱い方で一生懸命さが伝わってきた


働かないと追い出されてしまう
それでもギリギリまで面倒をみてくれたらしいが
最後は弟が暴行し家でした


ホームレスになり、24時間営業の店で寒さをしのいでいたらしいが
所持金も0になり、私の家に転がりこんできた


どいつもこいつも、ふざけやがって
当たり前のことを当たり前にやれよ


何ヶ月か居候させてあげた


一向にバイトも探しに行く気配もなく
日がな1日ウチでゴロゴロされる


貧乏なので家は10.5畳の1Kに家族4人で住んでた

そこにもうひとり住まわれると邪魔で仕方ない

当初、バイトを一刻も早くみつけて働き
お金は家の初期費用のみの為に貯めて
早く自立すること!と約束してうちに置いた


彼は遺族年金200万を一人暮らし中に遊びに使い切り
自らチャンスをドブに捨てていく男だ


私は容赦しなかった


居候の分際で夜中にベロベロに酔っぱらって帰ってくる
私の財布からお金を盗む

「そこらで、野垂れ死んだらいい、カス!」
と言って荷物を玄関の外に投げ捨て追い出した


数日後にうちの前に座っていたけど無視した
近所の人はとても不審に思っただろう

謝られたけど、しかとした



弟は逆ギレして「お姉ちゃんなんか鬼だ!」と言っていた



まだ高校生なのに厳しい現実よね


胸は痛んだ。
私は母が亡くなって弟たちを守ると決めたけど
守るってすごく難しかった。


私にもっと時間もお金も余裕があったら
二人を助けたか?と考えてもたぶん今と同じことをした


自分の足で歩いていかなきゃいけないの
どうか、気付いてほしい。

松葉杖にはなれても、おんぶに抱っこはできない


なんて冷たい姉だろうか


旦那にも責められた。なんで優しくしてあげないの?って
可哀想だ、残酷だ、卑劣だ!


甘ったれた二人を一喝してくれる父親のような人が必ずこの世にいて、
きっとそんな人に出会い気付く日がくると思った。


☆☆☆


結局、話し合いは成り立たなかった

義母はそのまま怒ってファミレスを出て行き

子供が長時間大人しくしていられる訳もなく

私と子供達は車で待った



おじとおば、旦那が何の話をしたか知らない



子育てはノンストップ
明日も明後日も昼も夜も
夜泣きで寝不足だろうと
朝起きて掃除洗濯ごはん
保育園に送り仕事に行く
仕事が終わればお迎えに走り
ごはん作って食べさせ風呂に入れて
寝かしつけ旦那の帰りを待って寝る


そして朝がくる


くるくるくるくる....目が回りそうだ

喘息だ熱だなんだと仕事は休まなきゃいけなくて
職場でも謝りどおし
私の仕事ぶりを評価してくれ
どんどん重役になるのはありがたいけど
休んだ時、フォローしてくれる人には大きな負担だ


そんなことを考えながら車で待った


もう疲れて思考停止、
よってたかって旦那や義母に責められたんでは
どうしようもない、嫁ぐって敵陣にひとりで突っ込むみたい


そのまま家に帰って寝よう


家につくと旦那が泣いて土下座してた
「きみがそんなに苦しんでいるのを気付いてあげられなかった
 本当にごめんなさい、僕がバカだった、甘えすぎてた」と


私の心には何も響かなかったけど
あんまりに眠すぎて頭も働かなくて

「わかったよ」と答えた


旦那は私を抱きしめキスをした
私の服を脱がせ、私はされるがままだった