今回は2015年に長野~金沢間が開通した北陸新幹線を使って

北陸の旅をしたときの事を書きたい

 

第1日目は石川県金沢市などをホームタウンとするツエーゲン金沢だ

2014年に創設されたJ3リーグに参加しその年にリーグ優勝

2015年以降からは戦いの場をJ2リーグとしている

 

ホームスタジアムは石川県西部緑地公園陸上競技場で

1985年に開催されたインターハイのメイン会場として建設された施設のようだ

(ツエーゲンがJリーグに昇格するまでは年に1回程度ガンバ大阪が主催試合を開催していた)

 

アクセスは金沢駅西口からスタジアム行きのシャトルバスが出ているとのことで乗車した

だいたい15分位でスタジアムには到着した

駅から徒歩で行くことは厳しいがバスならそこまで長距離でもなく快適に到着した。

 

実は私が金沢を訪問したのは2018年6月2日だったのだが

何とこの日はJ2リーグ、ツエーゲン金沢の試合以外に

 

第67回金沢百万石祭り
百万石音楽祭~ミリオンロックフェスティバル~2018
ファンタジーオンアイス2018(羽生結弦のアイスショー)
高校野球
高校総体

とイベントが重なりに重なっていたらしい

 

金沢駅前も百万石祭で人がごった返していた(笑)

しかも私はツエーゲンの試合の日程だけ調べて現地に向かったので

イベントがこんなに重なっているとは思ってもいなかった(ビックリ)

金沢駅に降り立ったら人で溢れかえっていたので何事かと思ってしまった

しかも百万石祭り、百万石行列の主役前田利家公役に俳優の高橋克典さんがいて

写真を撮っている人で溢れかえってもいた。

 

ツエーゲンのホームスタジアム、石川県西部緑地公園陸上競技場に到着したが

スタジアムグルメのお店がたくさん出店しており

金沢市内でたくさんのイベントがあった日にもかかわらず

結構賑わっていた。

(地方のJ1リーグを経験したことの無いチームだが熱狂的なサポーターが多くいて将来J1に昇格すれば金沢の地でもサッカーが物凄く盛り上がるだろうなと感じた)

 

ところでツエーゲン金沢のマスコットはイヌワシをモチーフにしたゲンゾーというのだが

それ以外にもゲンゾイヤー(正義の味方?)とヤサガラス(悪役?)というのもいて

ヤサガラスに限っては悪役だからなのかアウェイチームを応援していた(笑)

 

またスタジアムの大型ビジョンにゲンゾイヤーカレーという

レトルトカレーのCMが流れていたのだが

このCMの内容がカレーを食べた子どもがゲンゾイヤーに変身してしまうという

 

1993年Jリーグ開幕時に流行ったCM、Jリーグカレーを食べた

まさお君がラモス瑠偉に変身してしまうという完全なるパクリ?CMだったので

笑ってしまった。

マスコットが相手チームを応援したり、カレーのCMだったり

少しでもツエーゲン金沢を盛り上げようとするフロントスタッフの努力が垣間見えたような気がした。

 

ちなみにこの日のスタジアムにはJリーグの村井チェアマンが来場しており

新しいスタジアムなどでは協会やJリーグの関係者などの方は

ガラス張りのVIP席にいることが多いと思うのだが石川県西部緑地公園陸上競技場では

コンクリートの仕切りがあるだけだったので普通に声を掛けることが出来た

 

私から、サッカーを見るのは生きがいですのでこれからもぜひがんばってくださいと

声を掛けることが出来た

村井チェアマンからはありがとうと言っていただきがっちりと握手をしてもらった

 

2022年頃完成予定で金沢市民サッカー場を1万人収容のJ2規格に改修工事(J1に昇格してしまったら使えないのだろうか・・・)をするようだ

東金沢駅から徒歩で行くことも出来るようであり

現在の陸上競技場からサッカー場に変わればファンやサポーターも

より臨場感が生まれる為スタジアムの改修工事が楽しみである。

 

先にも書いたように金沢という土地はツエーゲン金沢の活躍により

サッカーが盛り上がるポテンシャルが十分にあると感じた

2019年以降の活躍に注目していきたい。

大阪をホームとするサッカーチームと言えば思い浮かべるのは

ガンバ大阪またはセレッソ大阪だろう

当ブログ#4ガンバ大阪編と #28セレッソ大阪編にも書いたように

それぞれのチームが対戦する大阪ダービーはすさまじい盛り上がりをみせるのだ。

 

ところがこの2チーム以外に大阪からJリーグを目指すクラブ

FC大阪というチームが存在する

J3リーグの下部、アマチュアのJFL(4部相当)というリーグに

2015年から参戦しており将来のJリーグ加盟を目指し活動している。

 

2018シーズンはJFLで2位という好成績を収めている。

そんなFC大阪だがJリーグに加盟する為には大きな問題がある。

それはホームタウンが存在しないのだ。

 

Jリーグでは、ホームタウンを「クラブと地域社会が一体となって実現する、スポーツが生活に溶け込み、人々が心身の健康と生活の楽しみを享受することができる町」と定義している。

年間の8割の試合をこのホームタウンで開催されることが義務づけられており

ホームタウンが無いことにはサポーターやスポンサー、行政などの支援も取り付けられないことから当然Jリーグへの参加は出来ないのだ。

 

JFLに参戦しそんな状態が数年続いたが

2018年11月、東大阪市がホームタウンとして

FC大阪を受け入れるというニュースが入ってきた。

 

東大阪市といえばラグビーの街として有名だ

東大阪市花園ラグビー場も所有しており

 

2019年のラグビーワールドカップの試合会場にもなる26000人以上の観客を収容できるスタジアムだ

座席の改修と大型映像装置、照明設備が新設され、ナイターも可能になったそうだ。

 

もちろんこのスタジアムは関西ラグビーの聖地であり

サッカーのために作られたスタジアムではない

ただ今回東大阪市がホームタウンとしてFC大阪を受け入れた為

今後どのような話になっていくのか(FC大阪のホームスタジアムにもなるのか)非常に注目である。

 

以前私はセレッソ大阪の試合を観戦しに長居公園内のキンチョウスタジアムに行った際

隣のヤンマースタジアム長居で試合時間がかぶらずに開催していた為

FC大阪の試合を観戦をしたことがある。

40000人以上をを収容することが出来るヤンマースタジアム長居で

観客が数百人とスタンドはガラガラであった

 

2018シーズンも1試合平均観客動員数は700人台と

ホームタウンが定まっていなかったことや

ガンバ大阪、セレッソ大阪がすでに人気を得ている為

サポーターを増やすのは非常に厳しい環境であることは間違いない

 

ただ東大阪市はどこのJリーグクラブのホームタウンにもなっていないことから

地に根を下ろすことができるようになる2019シーズンは

どのくらいサポーターを増やしスポンサーを増やせるか

近い将来大阪から3番目のJリーグチーム誕生となるか注目である。

大阪府大阪市と堺市をホームタウンにするJリーグクラブセレッソ大阪

前身は1957年に創部されたヤンマーディーゼルサッカー部で

Jリーグが開幕する以前のアマチュア時代には日本サッカーリーグ(JSL)で4回、JSLカップで2回、天皇杯で3回をそれぞれ優勝した名門クラブである。

OBには元日本代表で1968年のメキシコ五輪銅メダルを獲得し現在でも歴代日本代表最多得点記録を保持している釜本邦茂が所属していたクラブである。

 

そんな名門クラブであるがJリーグへの参戦は開幕3年目の1995年である。

初年度から参戦できなかった理由はホームタウンを大阪にするのか神戸にするのか

中々決まらなかったことが理由だと言われている。

 

またJリーグ初年度には別に大阪をホームタウンとするガンバ大阪が参加した為

セレッソ大阪は後手を踏む形となってしまった

 

Jリーグでは同じ県や地域同士の対戦をダービーマッチと呼ぶが

このセレッソ大阪とガンバ大阪の試合は屈指の盛り上がりを見せる試合である。

 

セレッソ大阪サポーターからするとガンバ大阪は北部の吹田市を中心とする地域をホームタウンとしていることからガンバ吹田だろと一部サポーターからは言われているようだ

 

対するガンバ大阪サポーターからは先にJリーグに加盟したのはガンバ大阪の方で真の大阪は我々だとこれまた一部サポーターから言われている。

そんなこともありお互いの対戦は非常に白熱した試合となる。(当ブログ#4ガンバ大阪編にも一部記載あり)

 

セレッソ大阪のホームスタジアムは球技専用のキンチョウスタジアムと

2002年日韓ワールドカップの試合会場にもなった陸上競技場のヤンマースタジアム長居である。

上記2つのスタジアムは長居公園内にあり隣同士にある

 

私がこのスタジアムに観戦に行くときは新大阪駅まで新幹線で行き

そこから地下鉄御堂筋線の長居駅で下車する。

スタジアムは長居駅を降りるとすぐ目の前であり

大阪の中心地からも非常に立地の良いスタジアムである。

(JR阪和線の長居駅と鶴が丘駅からも目の前である)

 

以前はヤンマースタジアム長居をメインで使用していたのだが

2010年からは人工芝を天然芝へ張替えた、球技専用のキンチョウスタジアムをメインで使用している。

球技専用のスタジアムは陸上トラックが無い為選手の息遣いなど臨場感が最高である。

またこのスタジアムはアウェイ側ゴール裏席よりホーム側ゴール裏席のほうが

ピッチに近くなっており応援をする声がホーム側のほうが選手に届きやすく

ホーム側が有利になってもいる。

 

また2018シーズン秋よりキンチョウスタジアムは改修工事を開始しており

2021年頃まで観客席の増設や屋根の設置などファンやサポーターの更なる快適な観戦環境向上の工事を行なっている為しばし使用が出来なくなっている。

すばらしいスタジアムにリニューアルされるのを楽しみにしたい。

 

このセレッソ大阪は先にも書いたとおり1995年からJリーグに加盟しているが

2017年度のルヴァンカップ優勝、天皇杯優勝と2冠を達成した。

しかし2016年度までタイトルを獲得することが出来なかった

 

過去には2000年のJリーグ1stステージ(このシーズンは年間を前期と後期に分けていた)や

2005年のJリーグ(このシーズンは通年でのリーグ戦開催)を

それぞれ最終節勝利で自力優勝という条件の中タイトルを逃すという苦い経験をしているクラブでもある

J2にも3度降格経験がありサポーターにとっては悲願のタイトル獲得であった。

 

森島寛晃、西澤明訓、乾貴士、柿谷曜一朗、香川真司、清武弘嗣、山口蛍、南野拓実など

新旧日本代表のスター選手がプレーした(している)クラブでもあり人気クラブの1つだ

 

2019シーズンも大阪ダービーの盛り上がりを含めて

大阪の地からJリーグを盛り上げて欲しいと思う。

福島県福島市をホームタウンとするJリーグクラブ

それが福島ユナイテッドである。

登録上は福島市・会津若松市を中心とする福島県全県をホームタウンとなっているが

福島県は、浜通り地方、中通り地方、会津地方の3つに分けられる。

気候は地形と海流の影響があるそうで、会津地方は日本海側、浜通り地方は太平洋側、中通り地方は両地方の特徴をもつ気候だそうだ。

 

このように気候、また文化も異なる地域性もありひとつにまとまることが難しいのが現状だ。

私、個人的な考えは県が同じであっても気候や文化が異なる地域は無理にひとつになる必要は無いのではないかと思う。

確かに全県が1つにまとまることが出来ればチームスポンサーやサポーターも協力して

資金的にも潤うのかもしれない

ただそれは地域住民の感情がそれを受け入れれば良いが

そうでない場合にはそれぞれの地域がチームを持ち、地域対抗戦のような感じで盛り上がる方が良いのではないかと考える。

 

実際、中通り地方の福島ユナイテッド

浜通り地方のいわき市には

当ブログ#15でも書いたいわき市からJリーグを目指すいわきFCが存在している。

福島県の特性としてはそれぞれの主要都市がJリーグクラブを持ったらよいのでは無いかと個人的には思っている。

 

福島ユナイテッドのホームスタジアムみんなのとうほうスタジアムの

最寄り駅はJR福島駅である。

東北新幹線やまびこ号に乗り福島駅を目指し

福島駅からは無料のシャトルバスが出ているとのことだった

 

駅前のバス乗り場には福島ユナイテッドのエンブレムが描かれている

大きな案内表示があったのでバス乗り場がどこなのかすぐに分かった。

こういったちょっとしたところが初めて観戦に来た人には親切で非常にありがたい。

 

いざバスに乗ったがスタジアムまでこれが結構遠い

スタジアムはあづま総合運動公園内にある陸上競技場なのだが

福島駅から距離にして10キロほどあるようだった

地元ファンやサポーターの大半は自家用車で来るのだろうが

結構な距離であった。

やはりサポーターを増やす為にはもっと利便性の良い場所が望まれるだろう

今の場所ではサッカーを観に行くことを目的としない限り行かないだろうし

サッカーを一度も見たことの無い人がちょっと行ってみようという事にはならないだろう。

 

とうほうみんなのスタジアムは1995年に国体開催のために整備された施設のようだ

やはり全国、他の地域と同じで国体のために整備された陸上競技場は

メインスタンドの座席がありバックスタンドやゴール裏は芝生席であった

 

そんなこともあり福島市などは福島駅前に新スタジアム建設の構想もあるようだ。

やはりサッカーは屋根つきで陸上トラックの無い球技場で見るのが最高である

近い将来福島ユナイテッドといわきFCがJリーグの舞台で

福島ダービーで盛り上がる試合をぜひ観に行きたいと思う。

 

最後にもう1つこれを書いておきたい

福島ユナイテッドはJ3が創設された2014年からJリーグに参加している

 

1993年からスタートしたJリーグだが実に20年以上もJリーグ空白県だったのである

ただそんな福島県にも1995年から1997年の3年間JFLから

Jリーグを目指した福島FCというチームが存在したのだ

 

この福島FCのホームタウンは郡山市だった。

当時元Jリーガーなど有力選手を補強しJリーグを目指していた

1999年から始まるJ2リーグにも参加申請を行なったのだが

スタジアムの整備やチーム資金の目処が立たず残念ながらチーム解散という悲しい歴史があるのだ。

 

当時はまだJ2リーグも発足以前で

身の丈にあった経営や地域密着などという概念が浸透する前の時代だった。

福島FCは当時、郡山市内だけでなく福島市やいわき市などでも試合をし

郡山市で集中して試合をしなかったのも

今思えば多くのファンの獲得が出来なかった理由かもしれない

ただもう20年以上前の話である。

 

福島ユナイテッドといわきFCがJリーグで火花を散らすようになったとき

もしかしたら郡山市でもJリーグチームを作ろうよ

そんな声が出るかもしれない

 

これからの福島県のサッカーがどのように発展していくのか楽しみである。

北信越地域のJリーグクラブといえばアルビレックス新潟が思い浮かぶのではないだろうか

 

2002年日韓ワールドカップの会場にもなった

デンカビッグスワンスタジアムは40000人以上の観客を収容することの出来る

大きなスタジアムである

全席に屋根も付いている為、雨の心配も不要である。

 

1999年に創設されたJ2リーグに初年度から参戦しているチームの1つで

2003年にJ2リーグで優勝し2004年シーズンからJ1リーグに参戦している。

 

ピーク時の2005年には1試合平均観客動員数が40000人を超え

2010年頃までは30000人を超える動員を誇っていた。

Jリーグでも多くのサポーターが観戦する人気クラブである。

 

ところがこの観客動員数には地域住民への無料招待券がかなりの数を占めていたらしく

実際にチケット代を払って観戦していた方はもっと少なかったとのことである

 

観客が試合観戦に来ないスカスカのスタジアムよりは観客が埋まっているスタジアムの方が良いかもしれないが

逆にチケットをタダで貰えるなら観戦に行くがお金を払ってまでは見に行かないという人を増やしてしまう結果にもなってしまったようだ

スタジアムが完成した当時は新潟県民に記念して一目見てもらうために

地域住民を招待したことは間違っていないと思う。

これからはお金を払ってでも見に行きたいと思われるクラブになるよう真のファンやサポーターを増やしていくことが課題のようだ。

 

そのため近年は無料招待券の数は減らしているようで

1試合平均観客動員数は20000人台となっている。(それでも地方都市のクラブとしては多い)

やはりプロのスポーツ、チケット代を払ってもらうことでチームの強化費も増えるだろうし

そうすることで有力な選手を獲得することにも繋がるだろう。

 

私がアルビレックス新潟を観戦したときは

上越新幹線、Maxときに乗車して終点の新潟駅を目指した

新潟駅からはスタジアム直行のシャトルバスに乗りスタジアムに到着した

 

Jリーグでも人気クラブである

老若男女、たくさんの人がアルビレックスのオレンジ色のユニフォームを着て

熱心に応援していた。

 

このアルビレックスはサッカーだけでなく

バスケットボールチーム、スキー競技のチーム、陸上チーム、野球チームと

さまざまな競技のチームを持っている。(実際には資本関係には無い別々の会社扱いではあるが)

 

Jリーグの創設の理念の1つでもある総合スポーツクラブの創設

欧州のドイツなどでは全国津々浦々に地域のスポーツクラブがあり

好きなときに自分のやりたい競技を行なうことができるのが当たり前である。

 

Jリーグではサッカーだけが繁栄すればよいのではなく

スポーツ全般を盛り上げていきたい、そんな理念を実践しているチームでもある

日本では学生までは体育という競技で身体を動かすことが出来るが

社会人になるとそのような機会がなくなってしまう。

国民の健康のために少しでもサッカー界が色々の競技のスポーツと協力して

総合スポーツクラブの創設、充実を行なってほしいと思う。

 

そんなアルビレックスだが2004年からJ1リーグの座を守ってきたが

2017シーズン18チーム中17位となってしまい

遂にJ2に降格してしまった

 

J2リーグに降格のため1試合平均観客動員数も

約15000人(J2の為アウェイ観客数も大幅に減少するのも影響している)に減少してしまった

チームとしてもここが正念場である

 

アルビレックス新潟のチャント(応援歌)にこんな歌詞がある

『俺達が 付いてるさ新潟
火傷させてくれ このゲーム
俺達が 付いてるさ新潟
伝えたい この想い 愛してる新潟』

 

郷土のチーム、おらが街のチーム

何万人というファン、サポーターがおらが街『新潟』を何度も連呼する風景

スタジアムの一体感は言葉では言い表せない素晴らしい光景である

 

2019シーズン

J2でぜひ優勝を果たしてもらい再びJ1の舞台、満員のスタジアムで新潟のチャントを聞きたい

今回はロアッソ熊本を観に熊本空港に降り立った

ロアッソ熊本のホームスタジアム

えがお健康スタジアムは熊本空港からタクシーで15分くらいで到着する距離であった

 

このスタジアムは1999年開催の国体開催のために1998年に完成したらしい

30000人以上が収容できる非常に立派なスタジアムだった

 

この日はあいにくの豪雨だったが

メインスタンドとバックスタンドには屋根があり雨の心配をせずに

安心して観戦ができた。

屋根があることのありがたさを改めて感じた。

 

地元の名産品なのだろう赤牛や馬肉を使ったメニューがたくさんあり

雨にもかかわらず大勢のファンやサポーターが並んでいた

天気が良ければもっとたくさんの人で賑わっただろう

その点が残念であった

 

試合の方はJ1経験のあるヴァンフォーレ甲府に1対4と大敗

試合開始直後に失点をし90分間を通して劣勢であった。

 

2016年に起きた熊本地震のことは語らなくてはならない

空港からタクシーでスタジアムまで走った周辺は

タクシーの中から見ている感じでは地震が起こったような感じはしなかったのだが

運転手さんも幹線通り沿いは目立たなく補修されたところも増えてきたが

少し路地に入るとまだまだ震災の爪あとがあると話されていた。

 

試合終了後の帰路はスタジアムからシャトルバスで

JR豊肥本線の光の森駅に行き

そこから熊本駅まで電車で帰った

 

ただ豊肥本線の阿蘇駅方面は未だに復旧しておらず

現在も運転再開のめどは立たないそうだ

確かに私が光の森駅から熊本駅に到着する車窓でも

ひびが入った建物や崩れかかっている建物がいくつか見受けられた

 

2018シーズンロアッソ熊本はJ2、22チーム中21位となり

まさかのJ3降格となってしまった

震災直前はJ2でも上位を走っていただけに

震災後の低迷は精神的な要因もあるのだろうか

 

震災から2年以上が経過しメディアなどでは全く報道されなくなってしまった熊本地震

今もなお苦しんでいる方は大勢居るはずであり

ただそんなときだからこそスポーツの感動や喜び、楽しみを感じれる

ロアッソ熊本の存在意義が地域の人々の心のよりどころになるのではないだろうか?

 

1年でのJ2復帰を願っているし

J2で再びJ1昇格争いが出来るような活躍を期待したい

そしてそう遠くない将来J1に昇格し熊本の街がJ1リーグの熱気であふれ

たくさんのアウェイサポーターが熊本の地を訪れるるような

そんな光景を早く見たいものである。

サッカー界が少しでも熊本の復興に役立てれば良いと思う。

今回は香川県をホームタウンとするカマタマーレ讃岐の観戦記を書きたいと思う

エンブレムがうどんでサッカーボールがたまごなのが特徴である(笑)

 

高松空港に降り立った私はリムジンバスに乗って高松駅を目指した

カマタマーレ讃岐のホームスタジアム、Pikaraスタジアムは高松市ではなく丸亀市にあるのだが

当ブログ#12愛媛FC編、#13徳島ヴォルティス編で旅をした途中に乗換えで利用した高松駅であったがその時は改札の外には出れなかった為

ぜひ高松港をひと目見てみたいとの思いからあえて遠回りをし高松駅に行くことにしたためである。

瀬戸大橋が出来る前は四国の玄関口として賑わったという高松港

この日も大きな船が何隻か停泊していた

小豆島に行くフェリーなのだろう。いつか乗ってみたいと思ったものだ。

それにしてもこの日は風が強い。飛行機の着陸も強風で少し揺れるかもしれないとアナウンスがあったほどだった。

 

JR予讃線特急に乗りスタジアムのある丸亀駅に向かった。

乗車時間は20分ちょっとですぐに到着

本当はJR土讃線の金蔵寺駅がスタジアムの最寄り駅らしいのだがあまり本数が無いのと

丸亀駅からカマタマーレ讃岐応援シャトルバスが往復で600円とのことだったので

こちらの駅からスタジアムを目指すことにした。

 

スタジアムに到着すると予想していたよりも中々大きなスタジアムだった

以前は天皇杯をこの丸亀でよく開催していたのでテレビでは拝見した事があったのだが実際生で観ると印象が違い大きなスタジアムだった。

ゴール裏席は芝生席だがメインスタンド、バックスタンドと共に座席数は十分な数あった

日本代表の試合をするのは難しいだろうが五輪代表クラスなら十分開催可能だろう

地域も盛り上がるしぜひ試合を行なってほしい。(四国に男子の日本代表が来ることは無いし地元東京で開催する大会だし四国のサッカー界を盛り上げる為にもアリなのではないか)

 

スタジアム前の広場ではたくさんのイベントが開催されており中々の賑わいだった。

スタジアムグルメ、グランプリを受賞したカマコロと名物讃岐うどんの肉ぶっかけうどん

 

よく讃岐の名前が付いたうどんを全国あちこちで目にするがやはり本場のうどんは

出汁もおいしく最高であった

さらにはスタジアム前では犬やうさぎ、やぎ、ひよこなどの動物と触れ合うコーナーも開催していた

その中でへびが居た。へびなど触れたことが無かったので

触らせてもらった。感触はもっと柔らかいのかと思っていたが

意外に固くそして冷たかった。

ちなみにクラブマスコットのさぬぴーは讃岐うどんをモチーフにしているのだが頭のてっぺんにたまごが付いていて非常に愛嬌がある(笑)

さぬぴーもたくさんのファンと触れ合っていた

 

この日は地元放送局、西日本放送の冠試合だったようで

TV放送の解説者が元日本代表の武田修宏でメインスタンド側に居た私たち観客に対して

わざわざ中継席から出てきてくれ深々とあいさつをされていた。

礼儀正しい方である

 

またこの日のスターティングメンバー発表がこどもの日バージョンとのことで

選手名が全てひらがな表記となっており非常に読みずらかった(笑)

試合の方は1対2と横浜FCに敗戦

終了間際に1点を返すも全体的には横浜の一方的なペースであった。

カマタマーレ讃岐の観客動員数は正直J2でも少ない方なのだが熱心なサポーターが多いのだろう熱狂的な人が多く好印象であった。

 

帰りは再びシャトルバスに乗り丸亀駅に到着

丸亀駅からJRで瀬戸大橋を通って岡山駅まで行き

岡山から新幹線で帰路につく予定でいた。

切符を買って駅員さんに見せると

 

予想だにしていなかったことを言われる

「強風の為ただいま電車が不通となっております」

 

え!!!

うそでしょ!

と思った

確かにこの日は風が強かった

しかも高松港にいたときよりも強い

試合観戦中はスタジアムの観客席に囲まれているので風は感じなかったが

スタジアムの外は強風であった

 

どうしても当日に帰宅したかった私は

駅員さんにいつ電車動くか聞くが正直分からないとのこと

何とか本州側に渡る方法を聞くと

タクシーで瀬戸大橋を渡るかフェリーに乗るしかないとのことだった

 

ふと駅の外を見るとタクシーが一台止まっていたので

タクシーの運転手さんに話をしてみると

正直強風で恐いけど行ってくれるとのことだった

 

往復の高速代を含めると一万円の出費(泣)だったが

もう仕方が無い

タクシーに乗った。

 

駅員さんの話で本州側の四国に一番近い児島という駅からなら

岡山に向かう電車は走っているとのことだったので

瀬戸大橋を走ってもらった。

タクシーの運転手さんは瀬戸大橋を走っている道中何度も恐いと言っていたが

無事児島駅に到着

運転手さん本当にありがとうございました

 

児島駅から瀬戸大橋線に乗って無事に岡山駅に到着

新幹線で帰路につくことが出来ました。

 

ちなみに自宅に到着後瀬戸大橋を通るJRの運転再開が何時だったのか調べたが

かなり遅い時間だったようで

あのまま丸亀駅でJRの運転再開を待っていたら

当日中に帰宅することは出来なかったのでタクシーに乗ったことは正解でした

 

まさかの出費は痛手でしたが今となっては良い思い出になっています(泣)(笑)

 

2018シーズンJ2で最下位となってしまい2019シーズンはJ3でのプレーとなる

アマチュアの四国リーグ時代から9年間監督を務めてきた北野誠監督が退任し

心機一転のシーズンとなる

1年でのJ2復帰を果たして欲しいと思う。

 

秋田県をホームタウンにするブラウブリッツ秋田

 

秋田新幹線こまちで秋田駅を目指した。

秋田新幹線は途中の盛岡駅までは東北新幹線のはやぶさ号と一緒であるが

盛岡駅で北海道や青森に行く車両と引き離されるのだ

青森方面の車両が先に出発し遅れて私が乗車していた秋田方面行きの新幹線が発車する

 

新幹線といってもここからは普通列車(在来線)も通る

田沢湖線と奥羽本線の路線を走るのだ。そのため新幹線と言うよりは在来線の特急に乗っている感じだ。かなりゆっくりと走行することになる。

 

田沢湖駅、角館駅、大曲駅と停車し終着の秋田駅に到着した。

途中大曲駅からは田沢湖線内から奥羽本線内に変わるため

新幹線が逆送し始めるのだ

新幹線が急に自分の後方方向に走り出すので非常に変な感じだった(笑)

 

秋田駅に到着するとなまはげのオブジェに出迎えられた。

その後スタジアムまでは3キロほどあるのでタクシーに乗車しスタジアム前に到着

スタジアムまでの専用シャトルバスは無いようだった

(将来J1やJ2に昇格すればアウェイサポーターも増えるので運行されるのかもしれないが)

 

スタジアムは小さいが球技専用で臨場感が抜群だった

試合開始前、スタジアムでは秋田県民歌をみんなで歌う姿は一体感を高める。

おらが街のクラブ、ブラウブリッツ秋田

そんな思いが感じ取れる素晴らしい光景だった

 

スタジアムグルメはきりたんぽなど秋田ならではのグルメが販売されているのも非常に良かった。

 

そんなブラウブリッツ秋田だが2017年J3リーグを見事優勝した。

ところが使用しているあきぎんスタジアムの収容人数がJ2規格に満たない為

J2昇格ができなかった・・・

 

その後秋田県は隣にある八橋運動公園陸上競技場の

ナイター照明や大型映像装置の新設、ロッカールームやドーピング室の設置を決め

チームはJ2ライセンスを取得した

 

ただ2018シーズンは8位となってしまい今度は成績要件でJ2昇格が出来なかった

選手やスタッフ、サポーターは2017年にスタジアム要件が揃っていれば

そんな思いもあるのではないだろうか

でも2017年の優勝があったから県がスタジアムの改修に動き出したのだから

無駄ではなかったと思っている。

また屋根つき球技専用の新スタジアム構想もあるようだ

 

2019シーズンこそはぜひJ2昇格を決められるようなシーズンになることを願っている

ぜひ秋田県民歌をJ2の舞台でも聞きたい。

今回は岩手県をホームタウンとするいわてグルージャ盛岡の観戦記である

 

東北新幹線はやぶさ号に乗り盛岡駅を目指した

新幹線は約2時間の乗車

たった2時間で盛岡駅まで行けてしまうのだから新幹線のスピードは改めてすごいなと思う。

 

ちなみに2019シーズンからグルージャ盛岡はチーム名を

いわてグルージャ盛岡にするそうなので当ブログではいち早く

新チーム名で表記させていただく。

これは2018年12月をもって岩手県全14市15町4村をホームタウンとすることとなった為に

チーム名に『いわて』の表記を入れたようである。

 

盛岡駅に到着した私はJR東北本線に乗車し

ホームスタジアムであるいわぎんスタジアムの最寄りの

岩手飯岡駅を目指した。10分もしないで到着し中心駅の盛岡駅からも

アクセスは悪くないのではないだろうか(車での観戦者にはあまり関係が無いのだろうが・・・)

 

その岩手飯岡駅から徒歩15分位でスタジアムに到着した。

このいわぎんスタジアムは1998年に完成

1999年の高校総体のために作られた球技場である

 

このいわぎんスタジアムは中々面白い作りになっており

座席はメインスタンドのみでバックスタンドとゴール裏席は芝生席なのだが

メインスタンドの背面を見ると同じつくりの球技場がもう1つある。

まるで鏡で映しているような作りになっている。

2面あるスタジアムはAグラウンド、Bグラウンドと呼ばれているそうだ。

スタジアムグルメは岩手名物の1つじゃじゃ麺がおススメである

 

しかしこのグルージャは観客動員数が非常に苦戦しているようである

観客数が1000人から1500人程度で雨が降ると1000人を割ってしまうような試合もあるようだ。

その為、地元のダンスユニットB-famというグループがスタジアムを盛り上げる為に

活動しているようだ。私が観戦した試合では試合中はゴール裏でサポーターと一緒に飛び跳ねながら応援している姿も見受けられて。

 

ただ残念だったのはハーフタイムに地元の子ども達のお遊戯を披露する場面があったのだが

その姿を一生懸命カメラで録画していた親御さん達が

子ども達の出番が終わったら後半の試合は観ずにさっさっと帰っていく姿が

多数見受けられたことだった。

そういった意味ではまだまだ岩手県民の支持を得ていないのだろう。

現在のスタジアムでは(球技場なので臨場感はあるのだが)J2には昇格できない為、岩手県民も盛り上がりに欠けてしまうのだろう(先日一部Jリーグからスタジアム規定の緩和が発表はされた)

またグルージャの元役員が業務上横領で逮捕されてたなんてニュースもあったようだ。

信頼やイメージ回復に努めて欲しい

 

Jリーグ全チームの中でも特異な?マスコットのキヅール(笑)も

2017年にデビューした

チームとしては集客の努力はされているのだろう

2019シーズン以降のいわてグルージャ盛岡に注目していきたい

ぜひあのキヅールがJ1やJ2のスタジアムにも来て欲しいと思う(笑)

九州で唯一2002年日韓ワールドカップの試合会場になったのが大分県である。

この大分をホームタウンにするのが大分トリニータだ

 

1999年に創設されたJ2リーグ、初年度からの参加チームでもある。

この大分トリニータの頂点を2008年だとすると、どん底は2016年ではないだろうか。

現在のJリーグでJ1、J2、J3の1部リーグから3部リーグまでの全てを経験したのは大分トリニータのみである。

ちなみに頂点の2008年とはナビスコ(現ルヴァン)カップ優勝であり

どん底の2016年はJ3リーグを戦っていたシーズンである。

 

大分トリニータの設立は1994年である。

自治省財政局公営企業第一課企画係長から大分県庁に出向していた溝畑宏という人物がいる。。

この溝畑が1990年イタリアワールドカップを現地で視察し

小さな田舎町(ヴェローナ)が盛り上がり活気に満ち溢れていた

その風景を目の当たりにし大分でもワールドカップを開催したい

そんな思いから始まっている。

 

大分でワールドカップを開くためには地元にサッカークラブを作らなくてはならない。

通常Jリーグを目指すクラブが新規で出来る場合

地元のサッカーファンや商工会議所などが地域を盛り上げる為に立ち上がり

チームが勝ちあがっていくとファンも増えていくことから

行政も支援に乗り出していく

そんな流れが一般的である。

しかし大分トリニータは地元のサッカーファンや経済界が主導して出来たわけではない

行政が一方的にワールドカップを大分に招致する為に作ったのである。

むしろ溝畑宏が作ったと言ったほうが良いかもしれない。

 

1994年に県リーグを勝ち上がると

1995年には九州リーグ昇格

1996年にはJFL(当時の3部リーグ相当)昇格

そのJFLを3年間戦うと

1999年には新規創設されたJ2に参入

まさにチーム創設から5年でJリーグに参加してしまったのである。

 

ただ大分トリニータはサポーター主導で立ち上がったチームでは無い

当時は身の丈にあった経営

地元企業やサポーターが少しずつでも資金を捻出してチームを支えるといった概念が浸透する以前の時代だあった。

 

そのためチーム立ち上げ初期は大分県発祥の企業、朝日ソーラーが大口スポンサーとして

その後、朝日ソーラーがトリニータへのスポンサー継続が出来なくなると

県内で支えられる企業は見つからず、県外企業へ頼らざるを得なくなり

ペイントハウスやマルハンといった大分には縁のない企業がチームを支えることとなる。

 

ただそれも長くは続かず(その他の大口スポンサーも軒並み経営難などで撤退)チームは経営難に陥ってしまう。

皮肉なことにナビスコカップで優勝を果たしたことで選手への給料が上がり

チームの経営をさらに悪化させてしまう結果となったようだ。

2010年1月末時点では11億6,700万円の債務超過の状態であると言われていた。

このような事から溝畑宏は大分トリニータの運営から解任される。

 

現在は身の丈にあった経営をしチームは単年度黒字を繰り返し債務超過は解消しているようだ。

トリニータサポーターの中には溝畑宏を良く思っていない人もいるようだが

プロスポーツチームの無かった大分県にチームを作り

ワールドカップも九州で唯一開催をし

今日まで大分県民が熱狂できるチームが存在しているのも溝畑宏の功績だと

私は思っている。

大分トリニータの簡単な歴史を振り返ってみた。

 

トリニータのホームスタジアム、大分銀行ドームは

先ほども書いたとおり2002年日韓ワールドカップを九州で唯一開催したスタジアムである

全席屋根付きで降雨時には屋根を締めることもできる

素晴らしいドームスタジアムだ。

 

私は大分空港に降り立ち空港からサウスライナー佐伯行きのリムジンバスに乗った

別府湾を見ながら快適なバスの旅で途中別府温泉の湯けむりなんかも見えた。

パークプレイス大分という商業施設でバスを降り

松岡陸橋と言う橋を渡り長めの階段を上ると大きなドームスタジアムに到着した

バスを降りてから徒歩10分くらいの距離だったと思う。

 

さすがはワールドカップで使用したスタジアムである。

陸上トラックがあるのは臨場感に欠けるので残念だが

屋根もあり素晴らしいスタジアムであった。

トリニータのマスコットといえば亀のニータンである

亀をマスコットにするチームは珍しいが愛くるしい姿が人気のようだ。

 

トリニータのゴール裏コンコースにはサポーター向けて

『フットボールを楽しむ用意はできているか?』

こんな横断幕が書かれていた。J1からJ3、ナビスコカップ優勝、チームの経営危機

激動の歴史をたどってきたトリニータだからこそ

まずはフットボールを楽しもう

そんなメッセージが込められているのかもしれない

試合を見終わった私はシャトルバス専用乗り場から大分駅行きのバスに乗り帰路につきました。

 

ところで先日の日本代表対ベネズエラ代表もこのスタジアムで行なわれた。

四方を川や海、高速道路などで囲まれ抜け道も少ないのだろう

渋滞で選手達があわやキックオフに間に合わないかもしれないという前代未聞の事件が起きた

 

地元民では無いので分からないが大分銀行ドームで日本代表戦を行なうのは始めてではないしワールドカップも行なっている。

今さらこんな事が起きるなんてどうしてしまったのだろうか?

 

2018シーズンはJ2で2位となり2013シーズンぶりのJ1である。

2016年にJ3降格したトリニータに就任した片野坂監督は1年でJ2に復帰させ

2019シーズンにはJ1の指揮を執る

J3リーグから積み上げてきたサッカーがどこまで通用するか非常に楽しみである。

ぜひ大分旋風を巻き起こしてもらいたい。

 

最後になるがこの片野坂監督試合中選手に向けて大声で指示を出すために

試合終了後はいつも声がガラガラになってしまうのだが

それを見たサポーターがSNSで浅田飴に声を掛けたらしく

それが縁で本当にトリニータのスポンサーになったそうだ(笑)

 

そのため最近の片野坂監督の手には浅田飴の缶を持ちながら

試合中のベンチ前から指示を送っている。

そんな姿も注目である。