静岡県沼津市をホームタウンとするアスルクラロ沼津

2017年よりJ3リーグに加盟したプロクラブとしてはまだ歴史の浅いクラブである。

 

静岡県として4チーム目のJリーグクラブとなるアスルクラロ沼津であるが

 

Jリーグの先輩クラブでもある

清水エスパルス、ジュビロ磐田、藤枝MYFC

また高校サッカーで一時代を築いた

清水市立商業(現清水桜が丘)、清水東、東海第一(現東海翔洋)、静岡学園、藤枝東など全国大会で優勝経験のある高校も多数存在する。

ただその上記クラブや高校は全て静岡県中部から西部のクラブや高校なのである。

 

そのため静岡県東部はサッカー不毛の地と言われてきた地域なのだ。

元日本代表GK川口能活(静岡県富士市出身)、同MF小野伸二(静岡県沼津市出身)、同FW高原直泰(静岡県三島市出身)

 

このように上記3名は静岡県東部出身なのだが中部の清水の高校に進学している。

サッカーが上手くなる為には出身地の東部を出なくてはならなかったのだ。

 

そういった意味で東部にJリーグのクラブが誕生するということは

サッカー界にとって非常に意義のあることなのだ。

 

Jリーグに参加する条件にユース(下部の育成組織)や地域の子ども達に普及や育成をしなくてはならないという決まりがあるからだ。

Jリーグクラブが誕生したからといってすぐにすごい選手が生まれるわけではないが

アスルクラロ沼津が地元に誕生したことで東部の子ども達が

間近でプロの選手のプレーを見ることができ、目標や憧れになる

また以前は中部や西部での出来事だったサッカー観戦が東部の人たちにも可能になったのである。

このような理由からアスルクラロ沼津の誕生は地域の子ども達や地域住民にとっても

非常に意義のあることなのだ。

アスルクラロ沼津サポーターがスタジアムで陣取っている場所に『沼津の誇り』という横断幕が掲げられている

この横断幕は東部にもJリーグクラブが誕生しサッカー不毛の地からサッカーのある日常、東部の代表なんだという意味も含まれているのではないだろうか

 

アスルクラロ沼津のホームスタジアムは県営の愛鷹広域公園多目的競技場という

陸上競技場である。

座席はメインスタンドのみでバックスタンドとゴール裏は芝生席の

全国各地によくあるタイプの陸上競技場だ。

ちなみに愛鷹と書いて『あしたか』と読む

 

この愛鷹広域公園多目的競技場だがアクセスは良くない

私が観戦するときは自家用車でスタジアム横の駐車場まで走ってしまうが

最寄り駅の沼津駅からは6~7km位距離があり山の上にあるためバスの乗車時間も長めだ。

 

2016年11月JFL(4部相当のアマチュアリーグ)の試合で

アスルクラロ沼津が勝利しJ3昇格を決めた試合も観戦したことがあるが

その試合終了後、選手として登録されていた元日本代表FW中山雅史(現在も試合には出ていないが選手登録はされている)が

昇格の記念として一般のファンやサポーターの前に出てきて握手したりクラブのエンブレムが書かれたシールを配ったりしていた。(私も握手しシールを貰った)

そんな光景は観客数の多いJ1では難しいことなので下部リーグならではの光景だった。

 

またアスルクラロ沼津では試合前にタイコの叩き方をレクチャーするイベントを行なっている

子ども達が楽しめて少しでもファンやサポーターを増やしたい

そんな心意気も感じる。

 

最後になるが将来J2やJ1に昇格できるよう(現在のスタジアムのままではJ2には昇格できない)現在のスタジアム改修や

新スタジアム建設などの構想もあるようだ。

J3リーグに初挑戦した2017年は3位、2年目の2018年は4位と好成績を残している。

スタジアムの改修や建設はお金が掛かることですぐに簡単にという訳にはいかないだろうが

東部にJリーグチームが出来た意義を感じ

一歩ずつクラブとして着実に歩んで欲しい

そしていつかJ1の舞台で静岡県中部や西部のチームを倒したとき

東部の街がサッカーの街と呼ばれているかもしれない。

J3リーグに所属する藤枝MYFCは

静岡県藤枝市、島田市、焼津市、牧之原市、吉田町、川根本町をホームタウンとするクラブである。

 

クラブは2009年に創設され2010年に同じく静岡からJリーグを目指していた静岡FCと合併し現在の形となる。

2014年のJ3リーグ創設メンバーの1つである。

 

チーム名であるMYFCの由来だが

イギリスにマイフットボールクラブというネットオーナーシステムを採用し、ネットオーナーによる議論・投票により、戦術・運営・強化方針・人事などを決定しているクラブがあり

それを真似た格好である。

2015年にその制度は終了するのだがチーム名はそのまま残る形となっている。

 

ホームスタジアムは藤枝総合運動公園サッカー場であるが最寄り駅である藤枝駅から距離にして5キロ以上離れているためアクセスは悪い

 

私が観戦に行ったときは自家用車で東名高速を使用したので問題なくスタジアム横まで到着したが

自家用車の無い方はよほどサッカーが好きでないと

行かないのではないだろうか。

藤枝駅から最近はシャトルバスが出ることもあるようだが・・・

しかもスタジアムは山の中にあり駅前より気温が低かったり、霧が出ることもある。

 

スタジアム自体はサッカー場と名が付くだけあり観客席からピッチまでの距離は近い

メインスタンドは後方のみだが屋根もあるため急な雨なときは非難も可能だろう

ただバックスタンドとゴール裏は芝生席である

現在、藤枝MYFCは観客動員も少ない為メインスタンドのみで十分足りてしまうのが悲しい。

 

藤枝といえば高校サッカーの名門、藤枝東高校を思い浮かべる方も多いのではないだろうか?

 

藤枝東高校サッカー部出身のOBといえば

中山雅史(元日本代表、現J3アスルクラロ沼津所属)だろう

ただ最近は中山ではなく

2010年、2014年、2018年と3大会ワールドカップでキャプテンを務めた

長谷部誠(現ドイツ1部、フランクフルト所属)のほうが有名だ

 

私が試合観戦後、藤枝駅周辺を見たときは長谷部の大きなポスターや

『蹴球都市』なんていう表記も見かけた。

 

この藤枝がサッカーの街と言われるようになった理由は

1923年旧制志太中学(現藤枝東高校)が新しく創設されるに当り

当時人気だった野球では中々試合に勝てないのでサッカーを校技にしようと初代校長が取り入れたのが始まりだと言われている。

 

やはり藤枝東といえば藤色のユニフォームだ

Jリーグの藤枝MYFCも伝統の藤色のユニフォームを使用しているのだが

観客動員数は1000人から1500人程度であり

サッカーの街とアピールしている割に非常に少ない

 

これはスタジアムのアクセスが悪いからなのか?

スタジアムがJ3規格でJ2やJ1に昇格できない為なのか?

チームもJ3参入後上位進出したことがない為、盛り上がりに欠けるのか?

歴史が浅く市民に認知されていないのか?

同じ静岡の清水エスパルスやジュビロ磐田などのクラブを応援してしまっているのか?

 

正直地元市民ではないので詳しくは分からない

だが先日、年末年始の休みで帰省していた長谷部誠は地元で

いつかは藤枝MYFCでプレーしても良いかもなんて記事も出ていたようだ。

 

やはりいつかはサッカーの街、藤枝のクラブがJ2やJ1で躍動する姿を見てみたい

静岡の清水エスパルスやジュビロ磐田のダービーマッチは盛り上がるが

そこに藤枝MYFCが割って入るような活躍を期待したい。

 

現在、ホームスタジアムの藤枝総合運動公園サッカー場をJ1やJ2規格に改修を希望する活動もあるようだが

まずはチームが強くなりファン・サポーターが増えてこないと

それも難しいだろう

2019シーズンこそ藤枝MYFCがJ3で上位争いをし藤枝市民が熱狂するような活躍をして欲しいと思う。

静岡県磐田市をホームタウンにするジュビロ磐田

1972年に創部したヤマハ発動機サッカー部が母体となる。

 

1994年から参入したJリーグでも優勝3回、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)の前身大会のアジアクラブ選手権でも優勝経験のある名門クラブである。

 

1990年代後半から2000年代前半のジュビロ磐田黄金時代には

中山雅史、高原直泰、名波浩、藤田俊哉、福西崇史、奥大介、服部年宏などが所属し

最強のクラブであった。

 

ジュビロ磐田のホームスタジアムであるヤマハスタジアムへは東海道本線の磐田駅が

最寄り駅である。

試合開催時には常時スタジアム直行バスが出ており

磐田駅舎やスタジアム周辺のローターリーなど

ジュビロ磐田のフラッグやマスコット、選手の足型などたくさん飾られており

まさにサッカーの街、磐田という印象を受ける。

 

スタジアムの周辺はヤマハ発動機本社やNTN磐田製作所などの工場があり

工場地帯の中にスタジアムがあるといった印象だ

これはジュビロ磐田が元々ヤマハ発動機サッカー部として創設され

ヤマハ発動機の敷地内にあった東山総合グラウンドを改修して使われているものだからである。

通常Jリーグクラブが使用しているスタジアムは県営または市営であるが

このヤマハスタジアムはヤマハ発動機の所有物である。

(その他は柏レイソルのホームスタジアム三協フロンテア柏スタジアムも日立製作所の所有物)

 

Jリーグ参入以前のスタジアムは5000人収容の小さなスタジアムだったそうだが

現在は何度か改修をし収容人数が15000人を超えるようになっている

最近でも2013年にゴール裏席を拡張しジュビロ磐田サポーターが

大勢集まれるよう増設されたため

応援の声量が一層大きくなった。また屋根があるため声が反響し

ジュビロ磐田にとって力強いものになりアウェイチームにとってはやりづらいものとなっている。

また球技専用で陸上トラックが無い為より一層の臨場感、賑わいのある素晴らしいスタジアムのひとつだ。

 

先にヤマハスタジアムの最寄り駅は磐田駅と記載したが

現在この東海道本線の磐田駅と袋井駅の中間に新駅設置の工事を行なっている

新駅が完成すればヤマハ発動機とNTN磐田製作の従業員、ならびにヤマハスタジアムへサッカー観戦に行かれるファン、サポーターが徒歩で行くことが出来るのだ

新駅の完成は2019年と聞く、更に立地が良くなることは嬉しいし楽しみである。

 

そんなジュビロ磐田だがライバル清水エスパルスとの静岡ダービーの盛り上がる

(詳細は当ブログ前回の#36清水エスパルス編をぜひお読み下さい)

だが2018年10月清水のホームで行なわれて試合では1対5で大敗

 

またリーグ戦の順位も16位と低迷しJ1参入プレーオフで辛くも残留と

サポーターをヤキモキさせたシーズンだった。

今シーズンはけが人も多く2017シーズンの6位から飛躍を期したシーズンだったにも関わらず低迷してしまった。

 

本来戦力的にみても本来J1残留争いをするようなチームではない

2019シーズンは黄金期復活を思わせるような活躍を期待し

また静岡ダービーでの借りも返すような躍動を期待したい。

静岡県静岡市をホームタウンとするJリーグ開幕時から参戦しているクラブ

それが清水エスパルスである

 

1993年の開幕時は清水市がホームタウンだったが

2003年に清水市は静岡市と合併したことにより現在は静岡県清水区となっている

 

日本にプロサッカーが誕生する頃まで(現在は全国にサッカーが普及した為、清水や静岡が有利とは言えなくなっている)は

清水といえばサッカーの街、サッカーといえば清水

まさにサッカーの代名詞だった

 

正月の風物詩の1つ、全国高等学校サッカー選手権大会(高校サッカー)では

全国優勝するよりも静岡県予選を突破するほうが難しいと言われていた

その理由は清水市立商業高校、清水東高校、東海第一高校の旧清水市の3校に

旧静岡市の静岡学園高校、藤枝市の藤枝東高校と全国トップレベルの高校が静岡県内に揃っていた為である(Jリーグ開幕後数年間までは優秀なサッカー選手は静岡県出身者が非常に多かった)

 

特に旧清水市の3校が強かった理由として上げなくてはならない人物がいる

当時小学校の教員だった堀田哲爾先生である。

この堀田先生は清水市の優秀な生徒を集め清水市選抜(清水FC)を作った人物である

 

現在のトレセンシステム(優秀な人材を発掘し育成するシステム)を作り

JFA全日本U-12サッカー選手権大会(長らく全日本少年サッカー大会と呼ばれていた)を創設し

清水FCを率いてブラジルやヨーロッパ、カナダ、韓国など海外遠征も積極的に行なったのである。

現在の時代であれば当たり前のことかもしれない

しかし日本にJリーグ(プロサッカー)が誕生する以前(堀田先生は小学校教師に赴任した1956年から子ども達の育成に取り組んでいる)でアマチュア時代の日本サッカー協会自体にもお金が無い時代から

このようなことを実践しているのだ

日本人の殆どがまだサッカーを良く知らない時代からである。

 

また子ども達を育成する為にはまず指導者育成しなくてはならないということも

この時代にすでに提唱している。

現在の日本サッカーの礎を築いたのはまさに堀田先生なのである。

 

その後1993年に開幕することになるプロサッカーJリーグだが

開幕時に参加した10チームのうち9チームは当時、大手実業団(親企業)を後ろ盾に持つクラブがプロ化したものだった

しかし清水エスパルスのみ親企業を持たないクラブだった

 

その理由はJリーグ開幕以前の日本のJSL(アマチュアの実業団リーグ)で

清水を本拠地としてプレーするクラブが無かったからである。

堀田先生は、プロサッカーが始まるのではサッカーの街、清水からチームが参加しない訳には行かないだろということになったのである。

 

当時小学校教員からサッカーの普及、育成などに専念できるよう清水市の職員となっていた堀田先生は清水からプロサッカーをと活動していく

ただそれと同時にJSLで日本のサッカーの強豪の1つに数えられていた

ヤマハ発動機サッカー部(現ジュビロ磐田)もJリーグ参加を希望していた。

 

ヤマハ発動機の主張は、確かに清水は小中高の学生の育成や実績、実力はすごい

ただ社会人の実力や活動実績も無い清水がプロに入るなんて考えられない

それに比べてヤマハ発動機は社会人の実力や実績はトップクラス(1993年ドーハの悲劇時の日本代表の中山雅史や吉田光範が所属していた)である

 

静岡県から2チームのJリーグ参加希望が出た(その他も参加希望を出したチームはいるが最終的にはこの2チーム)

だがJリーグの意見としては静岡県から人口や経済規模を考えると2チームプロとして

活動するのは難しいので2チームを統合したらどうか?

そんな意見も出たそうだ

 

だがそれぞれにプライドがある

しかも静岡でも中部の清水と西部の磐田

距離も離れていて経済圏や文化も異なる

統合は不調に終わった

 

その後、開幕初年度の参加チームは清水エスパルスが選ばれジュビロ磐田は落選する。

ただ開幕と同時に起こったサッカーブームはJリーグが予想していたものをはるかに上回り

1年遅れの1994年にジュビロ磐田もJリーグに加盟するのである。

 

このようなことから清水エスパルス対ジュビロ磐田の静岡ダービーは

絶対に負けられない意地と意地のぶつかり合いとなるのだ

ただ同じ静岡県をホームタウンにしているから盛り上がるだけではないのだ。

 

私自身、清水エスパルスのホームスタジアIAIスタジアム日本平には何度か行った事があるが

やはりあの独特なサンバのリズムの応援は自然とテンションが上がってくるしあのリズムが大好きだ

試合を観戦するのは殆どがメインスタンドかバックスタンドだが

サンバのリズムと共に白熱していく試合内容に自然と力が入り熱狂してしまう。

 

またバックスタンドの一部に屋根が無い場所があるのだが

それは晴れていればその後方に富士山が見えるからである。

富士山を隠さないようあえてその面だけ屋根が無いのだ。

 

IAIスタジアム日本平は1991年に開場した施設であるため

全座席に屋根が無い事やトイレの数が少ないなど最新の設備に比べると

問題点があるそうでJリーグからも指摘が入っているそうだが

サッカー専用スタジアムとしての臨場感や独特の応援などあの雰囲気は最高だ。

(新スタジアム建設構想もあるようで、より良いものが完成することに期待したい)

 

サッカーの街、清水は以前のように高校サッカーで

全国上位になることは少なくなった

その理由としてはJリーグが全国に出来てサッカーが全国に普及したので

清水が特別な存在になりにくくなったこと

 

またJリーグの清水エスパルスが誕生したことで優秀な人材は高校サッカーに行かず

エスパルスのユース(プロ管轄の育成組織)に行くことも理由のひとつに上げられるようだ

 

だがやはりサッカーの街といえば清水

そんな印象を持っている方もまだまだ大勢いるのではないだろうか?

2016シーズンはJ2へ降格してしまった清水エスパルスだが1年でJ1へ復帰し

2018シーズンはJ1で8位となった

シーズン終盤には2019シーズンの飛躍を期待させるような良い内容の試合も多かったことから上位進出、清水のサッカーが復活したと言われるような活躍を期待したい。

今回は長野県長野市、須坂市、中野市、飯山市、千曲市、坂城町、小布施町、高山村、山ノ内町、木島平村、野沢温泉村、信濃町、飯綱町、小川村、栄村、佐久市を

ホームタウンとするAC長野パルセイロの観戦記を書きたいと思う。

 

1990年、長野南高等学校サッカー部OBを中心に長野エルザサッカークラブとして発足したのが始まりだそうだ。

その後2007年にチーム名をAC長野パルセイロと改称している。

 

そんなAC長野パルセイロだがアマチュアの地域リーグ時代から同じ長野県をホームタウンにする松本山雅FCとはライバル関係にある。(当ブログ#34松本山雅FC編参照)

やはり長野市は冬季五輪を開催し北陸新幹線が停車する。

また県庁所在地として長野県の中心は当然長野市である。そんな気持ちも地元住民にはあるかもしれない。

 

ただ長野市はサッカー(特にJリーグチーム)に関しては遅れをとっている印象だ。

理由としてはアマチュアの地域リーグ(当時の4部リーグ)からライバルとして競り合ってきた

松本山雅FCが先(2010年)にJFL(当時の3部リーグ)に昇格したことだ

 

AC長野パルセイロも1年遅れの2011年にJFLに昇格するが

当時のAC長野パルセイロと松本山雅FCには決定的な違いがあったのだ

 

その違いとはJリーグ規格を満たしたスタジアムがある松本とない長野であった

松本山雅FC松本平広域公園総合球技場(現サンプロアルウィン)は

陸上トラックの無い球技専用スタジアムとして当時のJリーグクラブでも羨むような

臨場感抜群のスタジアムだ

 

逆に当時AC長野パルセイロが使用していた南長野運動公園総合球技場(改修前)は

球技場であったが若干の観客席があるだけでJリーグのスタジアム規定をクリアするものとはとても言えない小さなスタジアムであった。

 

2011年のJFLでライバルである松本山雅FCは年間成績4位(参入要件の1つに年間成績4位以上がJリーグに参入できる条件がある)で翌年のJ2リーグ昇格を決めるのだが

ライバルであるAC長野パルセイロはJFLで年間成績2位と松本山雅FCよりも

好成績を残した。

当然AC長野パルセイロもJ2リーグに昇格したと思うだろうが昇格できなかった。

 

それは先にも書いたようにJリーグ規格を満たしたスタジアムが無いからである

当時長野サポーターからは俺達の方がライバルの松本より強いのに・・・

そんな声もあったようだ

 

2013シーズンまでアマチュアのJFLで戦うこととなるのだが

そんなライバル松本山雅FCがJリーグに昇格した姿を見て

長野市も決断をする。

約80億円を掛けて南長野運動公園総合球技場をJリーグ規格に改修すると発表したのだ

(2015年に新スタジアム完成となった)

 

県の中心として(県庁所在地)ライバルの松本には負けられない

そんな思いもあったのかもしれない

スタジアムは全席に屋根の付いた球技専用スタジアムで収容人数も15000人以上収容できるJ1リーグの規格を満たしたものとなったのだ。

(松本山雅FCのホームスタジアムは全席に屋根は無い)

 

私も南長野運動公園総合球技場(現長野Uスタジアム)を観に訪れたことがある

関越自動車道を経由し上信越自動車道を使ってスタジアムに到着

(JR篠ノ井駅からスタジアム直行のシャトルバスも出ているようである)

 

新スタジアムは良くテレビで見るような海外のスタジアムに来たのではないかと錯覚するほどである

外観も非常にキレイで鮮麗されたスタジアムである

スタジアムに近づくに連れて本当にワクワクする

 

内部もキレイで観客席からピッチが本当に近い

屋根もあるため雨の心配も無い、本当に素晴らしいスタジアムなのだ。

 

こんな素晴らしいスタジアムが完成したAC長野パルセイロだが

2014年から始まったJ3リーグに参入

翌年の2015年に完成する新スタジアムをJ2リーグで迎えるよう、昇格を目指して戦っていた

その年のJ2リーグでは年間成績2位(当時の昇格要件では2位は自動昇格では無かった)となるがJ2下位のチームとの入れ替え戦に敗れJ2昇格とはならなかった

 

その後2015年3位、2016年3位、2017年5位、2018年10位と成績が年々下降してしまい

未だにJ2へ昇格出来ずにいる(2011年のJFL以来ライバルの松本山雅FCとのダービーも開催されていない)

 

その間ライバルである松本山雅FCはJ1リーグに昇格したシーズンもあり(2019シーズンもJ1昇格)

成績や観客動員数で大きく水をあけられてしまっている

 

新スタジアムが完成したことで選手達も昇格しなくてはならないというプレッシャーがあるのだろうか

早くJ2に昇格して欲しいと願っている。

2019シーズンはぜひJ3で2位以内(現在は2位以上がJ2昇格)の成績を収めて欲しい

そして長野の街が昇格でフィーバーする姿

そして一日でも早くJリーグの舞台でライバルであるAC長野パルセイロ対松本山雅FCの

ダービーマッチが見たいものである。

長野県松本市、塩尻市、山形村、安曇野市、大町市、池田町、生坂村をホームタウンとするのが松本山雅FCである。

 

この山雅というチーム名の由来だが当時所属していた選手のたまり場だった喫茶店「山雅」に由来している。

この店名は山好きの店主が「山」と「優雅」を組み合わせて命名したもので、主に北アルプスへの登山を趣味とする人たちが集まる店だったという

ちなみにこの喫茶店は1975年に閉店しているが2017年に松本山雅が運営する形で復活している。

 

松本山雅FCのホームスタジアムはサンプロアルウィンという約20000人を収容できる球技専用スタジアムである。

このスタジアムへは複数回行ったことがあるのだがJR中央本線のスーパーあずさに乗車して松本駅で下車する。

松本駅からは松本バスターミナルよりスタジアム直行シャトルバスが出ている

しかも運賃が無料であり約30分くらいでスタジアムには到着する。

 

サポーターの盛り上がり度ではJリーグでも屈指である

チームにもよるが大多数のクラブのサポーターで熱狂的なのはゴール裏であり

メインスタンド、バックスタンドはともに静かに観ているファンが多い(中には叫んだり熱狂している人もいるが)のだが

松本山雅FCのサポーターはメインスタンドやバックスタンドのファンも熱狂的である。

アウェイ席を除いた全ての席のファン、サポーターがタオルマフラーを振り回し、声を出しながら、歌いながら

山雅への声援、アウェイチームへはプレッシャーを掛けるのである

 

スタジアム全体でタオルマフラーを振り回す光景は壮観な景色であり

球技専用のスタジアムならではの臨場感

まさに選手とファンやサポーターが一緒になって戦っているのである。

松本山雅FCの試合を観戦されたことがない方は一度で良いので観に行って頂きたいと思う。

 

ちなみに松本山雅FCのホームスタジアムがあるのは長野県松本市だが

チームは長野という表記を極力使わないようにしているようである。

 

理由のひとつに上げられるのが1871年から1876年に存在していた筑摩県、県庁は現在の松本市に置かれるが

第2次府県統合により現在の松本市を中心とした地域が現在の長野県に合併されている

その後も分県を目指す動きがあったようだが筑摩県庁から火災が発生し、県庁舎が焼失などがあり現在も長野県のままである。

この焼失、長野側の陰謀説を唱える人もいて、現在まで続く遺恨の原因(もちろん全ての住民がそのような感情を持っているわけではないだろうが・・・)とも言われている。

 

また1998年に行なわれた長野冬季オリンピックでも競技会場の大多数は北部の長野市中心で

松本市中心では何も恩恵が無かった事に不信感を抱いている方も少なからず居るようだ。

そんなこともあり松本山雅FCのスタジアムでは長野とは言わず信州という表現を多く使っているのだ。

 

長野市周辺をホームタウンとするJリーグクラブAC長野パルセイロとは

アマチュアの地域リーグ時代からのライバルであり

上記理由からもサッカーが代理戦争の様相を持つ

しかし信州(長野)ダービーは2011年のJFL(アマチュアリーグで当時の3部相当リーグ)時代以来行なわれていない

 

理由は松本山雅FCはJ1リーグ又はJ2リーグに所属しているが

ライバルのAC長野パルセイロがJ3リーグに所属しているからだ(何度かJ2昇格のチャンスがあったが未だに昇格を果たせていない)

 

2011年のダービーはJFLでアマチュアリーグだったにもかかわらず11000人を超える観客動員を誇った。(アマチュアリーグで10000人を超えるのは異例である)

これを早くJリーグの舞台でも観たい、両チームのサポーターの願いだろう。

 

2019シーズンは再びJ1昇格を果たしている松本山雅FC

あの熱狂的なサポーターがJ1の舞台に戻ってくる

今からワクワクドキドキが止まらない、シーズン開幕が待ち遠しい。

今回は鹿児島のJリーグチーム鹿児島ユナイテッドの観戦記である。

 

鹿児島空港に降り立った私は新幹線の最南端終着駅でもある

鹿児島中央駅にリムジンバスで向かった

途中高速道路を走るバスの車窓からは桜島が見え

乗車時間は40分程度だったのであっという間に到着した。

 

バスを降り駅前を歩いていると、どうも地面にたくさんの砂があることに気付く

場所によってはこの砂の影響で足元が滑りやすくなっている

 

そしてそれがすぐに火山灰だと気付くのだが

話には良く鹿児島は火山灰がすごいと聞く、洗濯物を干してもすぐに黒くなってしまう

車も洗車してもすぐに火山灰だらけになってしまうと聞く。

でも実際に目の当たりにすると、ここまで火山灰が降り注いでいるのかとビックリしてしまった

 

確か以前テレビで鹿児島ユナイテッドの試合前の準備映像で

観客席の1席、1席に積もってしまっている火山灰の清掃をしている風景を見たことがあったなと思い返した。

それにしてもここまで火山灰がすごいとは想像を超えていた。

鹿児島では克灰袋という集めた火山灰を入れる専用の袋があるそうだ。

 

鹿児島ユナイテッドのホームスタジアム、白波スタジアムは

1972年に開催された国体のために建設された陸上競技場で

1994年にナイター照明設備を設置し、1995年にバックスタンドを新設したそうだ

また2020年に再び行なわれる国体のために陸上トラックが全て剥がされ新しく工事をしている最中でもあった。

 

鹿児島中央駅からはタクシーに乗車しスタジアムを目指した

スタジアムに到着するとスタジアム前の広場はかなりの人だかりが出来ていた

スタジアムDe縁日という横断幕も付いており楽しい雰囲気が醸し出されていた

 

この鹿児島ユナイテッドは2014年に創設された新興チームである

ただ2014年以前からJリーグを目指していたヴォルカ鹿児島とFC鹿児島が合併して出来たチームである

 

特にヴォルカ鹿児島は1959年に鹿児島サッカー教員団として創設され

1995年にはJリーグを目指すことを表明していた為、鹿児島県にとって念願のJリーグ昇格となった。

 

鹿児島といえば高校サッカーが有名で鹿児島実業の前園真聖、城彰二、遠藤保仁と兄2人の遠藤3兄弟や鹿児島城西の大迫勇也など

有名選手を多数輩出している土地柄である。

 

2018シーズンはJ3で2位となり2019シーズンはJ2への昇格となった

私が観戦した試合も盛り上がっていたが

昇格を決めたホーム、白波スタジアムでは10000人を超える観客を動員し

地元市民の期待や注目の高さが伺える。

 

また鹿児島の中心地に新スタジアム建設の構想もあるそうで

プロサッカーが鹿児島に急速に根付いていることが感じられた

 

最後になるが白波スタジアムで私はメインスタンドに座り観戦をしたのだが

バックスタンド後方には桜島が見え、素晴らしい光景であった事も記しておきたい。

 

2019シーズン初昇格のJ2リーグでの鹿児島旋風を期待したい。

今回は、岐阜県をホームタウンとするJ2リーグ所属クラブFC岐阜について書きたい。

 

2001年国体に向けて強化する目的で岐阜県サッカー協会により創設され

NPO法人スティックルバックスポーツクラブが運営母体となったクラブである。

 

岐阜は県内で岐阜市を中心とした岐阜地区と大垣市を中心とした西濃地区という地区に二分されており

金融機関も十六銀行と大垣共立銀行とメインバンクが分かれている

 

そんな中、当時のFC岐阜はその二つの地区、特に大垣市への財界などへの営業が行き届いてなかったようである

大垣市を本社とする大手運輸会社の西濃運輸からもそっぽを向かれていたようだ。

そもそもFC岐阜の創設時のホームタウンは大垣市なのだが

2007年に現在のホームスタジアムがある岐阜市へ移転している。

そのようなことからも西濃地区から良く思われていなかったそうである。

 

岐阜県の大手企業から良く思われていないということはその他の

企業からも支援を取り付けることは難しくそのような理由から

当時メディアでも報じられたように経営難が表面化していくのである

その為Jリーグの公式試合安定開催基金からの融資なども受けるなど危機を迎えたが

 

岐阜市出身の社長が経営する企業Jトラスト株式会社が支援に乗り出し

個人で1億5,000万円を拠出したというニュースも報じられ経営難を乗り越えたようだ

 

現在は岐阜市のメインバンク、十六銀行

大垣市のメインバンク、大垣共立銀行

そして西濃運輸ともにFC岐阜のトップスポンサーになっており

経営も少しづつ安定してきているようである。

 

私がFC岐阜の観戦に行ったときは名古屋駅まで新幹線に乗り

そこからJR東海道本線の特別快速に乗車した

なんと名古屋駅から20分で岐阜駅に到着してしまった

 

よく岐阜は名古屋の衛星都市だなんてことを耳にするが(岐阜に縁のある方申し訳ありません)

こんなに短時間で名古屋から岐阜に到着できるとは思わなかった。

ここまで近いと買い物なども名古屋まで行ってしまう人が多いのではないかと想像する

正直、岐阜駅近辺の商店もシャッターがしまっている光景が目に付いた

 

岐阜駅からスタジアム直行のシャトルバスが出ていたのでそちらを利用させてもらった

途中バスは長良川を渡り、20分位でFC岐阜のホームスタジアム

岐阜メモリアルセンター長良川競技場に到着した。

 

地方都市のスタジアムとしては中々の大きさで

メインスタンド、バックスタンド上層部には屋根もあるため

降雨時には雨を凌ぐ事も可能である。

 

2017年の名古屋グランパス戦には1試合最多入場者数を記録し17000人を超える観客動員を記録したFC岐阜

そう遠くない将来J1に昇格し東海地区の中心都市、名古屋グランパスを倒す姿を観てみたいと思う。

そうなった時は岐阜県内も物凄く盛り上がるのではないだろうか

 

観客動員数も年度により波はあるものの少しずつ増えているようだし

2019シーズンもFC岐阜の活躍に注目していきたい。

富山県をホームタウンにするJリーグクラブカターレ富山

2007年秋、JFL(当時の3部相当リーグ)に所属していたYKK APとアローズ北陸という強豪実業団チームが合併して誕生したクラブである。

 

元々、窓など建材で有名なYKK APと北陸電力のアローズ北陸が母体の為

チームの基盤はしっかりとしている印象がある(2017年のチーム年間予算は5億程度とのこと)

 

当ブログ#30で前日にツエーゲン金沢を観戦していた私は

この日金沢駅から富山駅を目指した

この金沢~富山間を運行する鉄道はIRいしかわ鉄道とあいの風とやま鉄道という鉄道になる

 

この鉄道は元々JR北陸本線なのだが北陸新幹線開通にあたり

在来線の運営を第三セクターに移管したものである

新幹線に乗ってしまえば金沢駅~富山駅は20分ちょっとで到着してしまう距離だが

在来線で約1時間、北陸の海や山など景色を見ながらゆっくりと走る在来線に乗車した。

 

このように新幹線が開通することで私のような観光客は喜ぶが

在来線がJRから第三セクターに移管されることで電車の本数が減らされたりなど(地元民ではないので詳しくは分からないが・・・)

不便になることもあるのではないだろうかと、必ずしも新幹線開通を全ての人が喜んでいるわけではないのかもしれないと感じた。

 

そんなこんなで富山駅に到着した私は

富山駅南口からスタジアム行きのシャトルバスが出ているので乗車した

 

ちなみに富山駅は新幹線も通るためきれいな駅舎であったが路面電車や富山地方鉄道立山線という

立山駅まで行く鉄道があり観光客やスキー客が多く訪れる街なのだろう

整備されたきれいな駅前で海産物を販売している建物などもあり好印象であった

 

その後スタジアムに到着した

カターレ富山のホームスタジアムは2000年の富山国体のために建設された

富山県総合運動公園陸上競技場で完成は1993年とのことだ

このスタジアムは少し面白いつくりをしていてバックスタンドと両ゴール裏席の

前方部分だけ芝生席となっている。

(メインスタンドとバックスタンド中段より上、ゴール裏席の中段より上は座席になっている)

 

実はこの試合目的地到着後シャトルバスを下車しスタジアムに向かい歩いていると

昨日金沢(当ブログ#30ツエーゲン金沢編参照)でお話をしたJリーグの村井チェアマンが富山にもいたのである

 

私自身ビックリしたが再度、声を掛けてみた

私「昨日、金沢でお話したものですが・・・」

すると村井チェアマンは昨日のことを覚えて下さり

チェアマン「でも今日は富山にいるのですか?」と逆に質問をされてしまったので

私「全国のJリーグチームを観る旅をしてます」と返事をした

チェアマンは笑いながら「君みたいな人は中々いないよ」

「財産を無くさない程度に楽しんでください」と話をしてもらった

 

まあ普通はどこか特定のチームのサポーターで

私みたいに全国色々なチームを観て回る人はいないだろう

村井チェアマンからはもしかしたら面白い奴がいるなと覚えてもらったかもしれない(笑)

そんな経験もした

 

この日はカターレ富山10周年記念タオルマフラーの販売も開始されていたので

通常版と、ともに購入した。

 

このカターレ富山だが

2009年よりJ2リーグに所属していたが2014シーズン最下位となり

2015シーズンからはJ3リーグ所属となってしまっている

そのためお隣石川県のツエーゲン金沢とは入れ違いとなり

Jリーグの舞台での北陸ダービーはいまだ実現していない

 

熱心なファンやサポーターはいたが

J3リーグに降格したこともあるのだろうツエーゲン金沢と比べても

全体的にはスタジアムの盛り上がり方も静かな感じがした。

 

2019シーズンは再びJ2へ戻る為

カターレ富山旋風を期待したい。ぜひツエーゲン金沢との北陸ダービーを観たい。

 

最後になるが実は村井チェアマンと話したエピソードにはまだ続きがある

試合終了後シャトルバスで富山駅に戻ってきた私は

北陸新幹線で帰路につこうとしていたのだが

新幹線の駅のホームでまたまた村井チェアマンにお会いしたのだ(!!!)

 

なんか自分でも後をつけているみたいだなぁ(笑)と思ったが

こんなことはそうそう無いだろうから再々度声を掛けあいさつをした

 

2日で3回もお会いするとはビックリで(笑)

また昨日の金沢の旅もこんなにも多くのイベントが重なるかというほど重なっており

色々な意味で忘れられない楽しい北陸の旅でした。

 

またどこかでお見かけしましたら村井チェアマンにお声掛けをさせて頂きます。

その時はどうぞよろしくお願い致します

今回は2015年に長野~金沢間が開通した北陸新幹線を使って

北陸の旅をしたときの事を書きたい

 

第1日目は石川県金沢市などをホームタウンとするツエーゲン金沢だ

2014年に創設されたJ3リーグに参加しその年にリーグ優勝

2015年以降からは戦いの場をJ2リーグとしている

 

ホームスタジアムは石川県西部緑地公園陸上競技場で

1985年に開催されたインターハイのメイン会場として建設された施設のようだ

(ツエーゲンがJリーグに昇格するまでは年に1回程度ガンバ大阪が主催試合を開催していた)

 

アクセスは金沢駅西口からスタジアム行きのシャトルバスが出ているとのことで乗車した

だいたい15分位でスタジアムには到着した

駅から徒歩で行くことは厳しいがバスならそこまで長距離でもなく快適に到着した。

 

実は私が金沢を訪問したのは2018年6月2日だったのだが

何とこの日はJ2リーグ、ツエーゲン金沢の試合以外に

 

第67回金沢百万石祭り
百万石音楽祭~ミリオンロックフェスティバル~2018
ファンタジーオンアイス2018(羽生結弦のアイスショー)
高校野球
高校総体

とイベントが重なりに重なっていたらしい

 

金沢駅前も百万石祭で人がごった返していた(笑)

しかも私はツエーゲンの試合の日程だけ調べて現地に向かったので

イベントがこんなに重なっているとは思ってもいなかった(ビックリ)

金沢駅に降り立ったら人で溢れかえっていたので何事かと思ってしまった

しかも百万石祭り、百万石行列の主役前田利家公役に俳優の高橋克典さんがいて

写真を撮っている人で溢れかえってもいた。

 

ツエーゲンのホームスタジアム、石川県西部緑地公園陸上競技場に到着したが

スタジアムグルメのお店がたくさん出店しており

金沢市内でたくさんのイベントがあった日にもかかわらず

結構賑わっていた。

(地方のJ1リーグを経験したことの無いチームだが熱狂的なサポーターが多くいて将来J1に昇格すれば金沢の地でもサッカーが物凄く盛り上がるだろうなと感じた)

 

ところでツエーゲン金沢のマスコットはイヌワシをモチーフにしたゲンゾーというのだが

それ以外にもゲンゾイヤー(正義の味方?)とヤサガラス(悪役?)というのもいて

ヤサガラスに限っては悪役だからなのかアウェイチームを応援していた(笑)

 

またスタジアムの大型ビジョンにゲンゾイヤーカレーという

レトルトカレーのCMが流れていたのだが

このCMの内容がカレーを食べた子どもがゲンゾイヤーに変身してしまうという

 

1993年Jリーグ開幕時に流行ったCM、Jリーグカレーを食べた

まさお君がラモス瑠偉に変身してしまうという完全なるパクリ?CMだったので

笑ってしまった。

マスコットが相手チームを応援したり、カレーのCMだったり

少しでもツエーゲン金沢を盛り上げようとするフロントスタッフの努力が垣間見えたような気がした。

 

ちなみにこの日のスタジアムにはJリーグの村井チェアマンが来場しており

新しいスタジアムなどでは協会やJリーグの関係者などの方は

ガラス張りのVIP席にいることが多いと思うのだが石川県西部緑地公園陸上競技場では

コンクリートの仕切りがあるだけだったので普通に声を掛けることが出来た

 

私から、サッカーを見るのは生きがいですのでこれからもぜひがんばってくださいと

声を掛けることが出来た

村井チェアマンからはありがとうと言っていただきがっちりと握手をしてもらった

 

2022年頃完成予定で金沢市民サッカー場を1万人収容のJ2規格に改修工事(J1に昇格してしまったら使えないのだろうか・・・)をするようだ

東金沢駅から徒歩で行くことも出来るようであり

現在の陸上競技場からサッカー場に変わればファンやサポーターも

より臨場感が生まれる為スタジアムの改修工事が楽しみである。

 

先にも書いたように金沢という土地はツエーゲン金沢の活躍により

サッカーが盛り上がるポテンシャルが十分にあると感じた

2019年以降の活躍に注目していきたい。