静岡県静岡市をホームタウンとするJリーグ開幕時から参戦しているクラブ
それが清水エスパルスである
1993年の開幕時は清水市がホームタウンだったが
2003年に清水市は静岡市と合併したことにより現在は静岡県清水区となっている
日本にプロサッカーが誕生する頃まで(現在は全国にサッカーが普及した為、清水や静岡が有利とは言えなくなっている)は
清水といえばサッカーの街、サッカーといえば清水
まさにサッカーの代名詞だった
正月の風物詩の1つ、全国高等学校サッカー選手権大会(高校サッカー)では
全国優勝するよりも静岡県予選を突破するほうが難しいと言われていた
その理由は清水市立商業高校、清水東高校、東海第一高校の旧清水市の3校に
旧静岡市の静岡学園高校、藤枝市の藤枝東高校と全国トップレベルの高校が静岡県内に揃っていた為である(Jリーグ開幕後数年間までは優秀なサッカー選手は静岡県出身者が非常に多かった)
特に旧清水市の3校が強かった理由として上げなくてはならない人物がいる
当時小学校の教員だった堀田哲爾先生である。
この堀田先生は清水市の優秀な生徒を集め清水市選抜(清水FC)を作った人物である
現在のトレセンシステム(優秀な人材を発掘し育成するシステム)を作り
JFA全日本U-12サッカー選手権大会(長らく全日本少年サッカー大会と呼ばれていた)を創設し
清水FCを率いてブラジルやヨーロッパ、カナダ、韓国など海外遠征も積極的に行なったのである。
現在の時代であれば当たり前のことかもしれない
しかし日本にJリーグ(プロサッカー)が誕生する以前(堀田先生は小学校教師に赴任した1956年から子ども達の育成に取り組んでいる)でアマチュア時代の日本サッカー協会自体にもお金が無い時代から
このようなことを実践しているのだ
日本人の殆どがまだサッカーを良く知らない時代からである。
また子ども達を育成する為にはまず指導者育成しなくてはならないということも
この時代にすでに提唱している。
現在の日本サッカーの礎を築いたのはまさに堀田先生なのである。
その後1993年に開幕することになるプロサッカーJリーグだが
開幕時に参加した10チームのうち9チームは当時、大手実業団(親企業)を後ろ盾に持つクラブがプロ化したものだった
しかし清水エスパルスのみ親企業を持たないクラブだった
その理由はJリーグ開幕以前の日本のJSL(アマチュアの実業団リーグ)で
清水を本拠地としてプレーするクラブが無かったからである。
堀田先生は、プロサッカーが始まるのではサッカーの街、清水からチームが参加しない訳には行かないだろということになったのである。
当時小学校教員からサッカーの普及、育成などに専念できるよう清水市の職員となっていた堀田先生は清水からプロサッカーをと活動していく
ただそれと同時にJSLで日本のサッカーの強豪の1つに数えられていた
ヤマハ発動機サッカー部(現ジュビロ磐田)もJリーグ参加を希望していた。
ヤマハ発動機の主張は、確かに清水は小中高の学生の育成や実績、実力はすごい
ただ社会人の実力や活動実績も無い清水がプロに入るなんて考えられない
それに比べてヤマハ発動機は社会人の実力や実績はトップクラス(1993年ドーハの悲劇時の日本代表の中山雅史や吉田光範が所属していた)である
静岡県から2チームのJリーグ参加希望が出た(その他も参加希望を出したチームはいるが最終的にはこの2チーム)
だがJリーグの意見としては静岡県から人口や経済規模を考えると2チームプロとして
活動するのは難しいので2チームを統合したらどうか?
そんな意見も出たそうだ
だがそれぞれにプライドがある
しかも静岡でも中部の清水と西部の磐田
距離も離れていて経済圏や文化も異なる
統合は不調に終わった
その後、開幕初年度の参加チームは清水エスパルスが選ばれジュビロ磐田は落選する。
ただ開幕と同時に起こったサッカーブームはJリーグが予想していたものをはるかに上回り
1年遅れの1994年にジュビロ磐田もJリーグに加盟するのである。
このようなことから清水エスパルス対ジュビロ磐田の静岡ダービーは
絶対に負けられない意地と意地のぶつかり合いとなるのだ
ただ同じ静岡県をホームタウンにしているから盛り上がるだけではないのだ。
私自身、清水エスパルスのホームスタジアIAIスタジアム日本平には何度か行った事があるが
やはりあの独特なサンバのリズムの応援は自然とテンションが上がってくるしあのリズムが大好きだ
試合を観戦するのは殆どがメインスタンドかバックスタンドだが
サンバのリズムと共に白熱していく試合内容に自然と力が入り熱狂してしまう。
またバックスタンドの一部に屋根が無い場所があるのだが
それは晴れていればその後方に富士山が見えるからである。
富士山を隠さないようあえてその面だけ屋根が無いのだ。
IAIスタジアム日本平は1991年に開場した施設であるため
全座席に屋根が無い事やトイレの数が少ないなど最新の設備に比べると
問題点があるそうでJリーグからも指摘が入っているそうだが
サッカー専用スタジアムとしての臨場感や独特の応援などあの雰囲気は最高だ。
(新スタジアム建設構想もあるようで、より良いものが完成することに期待したい)
サッカーの街、清水は以前のように高校サッカーで
全国上位になることは少なくなった
その理由としてはJリーグが全国に出来てサッカーが全国に普及したので
清水が特別な存在になりにくくなったこと
またJリーグの清水エスパルスが誕生したことで優秀な人材は高校サッカーに行かず
エスパルスのユース(プロ管轄の育成組織)に行くことも理由のひとつに上げられるようだ
だがやはりサッカーの街といえば清水
そんな印象を持っている方もまだまだ大勢いるのではないだろうか?
2016シーズンはJ2へ降格してしまった清水エスパルスだが1年でJ1へ復帰し
2018シーズンはJ1で8位となった
シーズン終盤には2019シーズンの飛躍を期待させるような良い内容の試合も多かったことから上位進出、清水のサッカーが復活したと言われるような活躍を期待したい。