1993年に開幕したプロサッカーJリーグ

今シーズンで27年目を迎えたが

最も多くのタイトルを獲得しているのが

茨城県鹿嶋市、神栖市、潮来市、行方市、鉾田市をホームタウンとする鹿島アントラーズである

 

獲得した主要タイトルはJリーグ8回

Jリーグカップ(現ルヴァンカップ、旧ナビスコカップ)6回

天皇杯5回

 

そしてAFCチャンピオンズリーグ(アジアのクラブチャンピオンを決める大会)1回である

 

鹿島アントラーズは1993年のプロリーグ開幕以前は

住友金属蹴球団という実業団チームだった

 

アマチュア時代の住友金属は日本国内でも強豪ではなく

1部リーグと2部リーグを行ったり来たりするようなチームだった。

 

そんな鹿島がなぜJリーグで最も成功を収めたチームになったのか?

Jリーグ開幕以前、大阪が本社の住友金属は従業員に住友金属工業鹿島製鉄所への人事異動の辞令を出しても

過疎の田舎には転勤したくないと転勤拒否、会社を退職しても異動をしたくないという人まで居たそうだ

 

また地元自治体も若者が東京方面へ流失してしまい

何とか地元に賑わいをもたらすことが出来ないか悩んでいたそうだ

 

そんな時にプロサッカーJリーグが始まるということで

地元実業団、住友金属蹴球団を母体にプロリーグに参加できないかということになったそうだ

 

しかしJリーグ側は過疎の町でプロのチームが運営できるとは思えず

鹿島からJリーグのクラブを参加させることは当初否定的だった

 

ところが地元自治体や企業が熱心にJリーグに参加したいと活動をしたために最後まで一応候補には残っていたそうだ

だがJリーグ側としてはやはりプロリーグに参加しても人口も少ない為

観客が集まるとは思えずに落選の方向だったという

 

最後に諦めさせる為に当時、日本には存在していなかった

全観客席に屋根が付いている15000人収容のサッカー専用スタジアム(現在のスタジアムはその後の2002年ワールドカップの為、拡張工事を行い約35000人収容が可能となっている)を作ったらプロリーグ参加を考えますと諦めさせる為に言われたそうだ

 

しかし最後まで諦めなかった鹿島の担当者が茨城県に話を持っていき

県から建設費の予算を取り付けてしまったのである

ここまでされたJリーグ側は鹿島をプロリーグに参加させざる負えない状況となったということである

 

その後、元ブラジル代表のスーパースター

サッカーの神様ジーコが加入し

その他プロリーグに参加しなかった他の実業団チームの有力選手なども補強し

常勝軍団となっていったのは有名な話である

 

そんな鹿島アントラーズだが

ホームスタジアムの県立カシマサッカースタジアムの周りは

本当に雑木林や畑など何も無い場所(地元の方ごめんなさい)に巨大なスタジアムが建っているのだ

 

そんな場所に試合の日となると少ない試合でも観客1万人以上

多い試合は3万人以上の観客が集まるのである

鹿嶋市の人口は約28000人である事を考えると驚愕の数字である(近隣自治体や県外からもたくさんの観戦客は来ている為、鹿嶋市からだけではないが)

 

私も何度かこのカシマスタジアムへ足を運んだことがあるのだが

まずこのスタジアムは本当にスタジアムグルメが充実している

サッカーに興味の無い方でも多数のお店が出店しており

お祭に来たような雰囲気である

 

名物はもつ煮が有名でよく煮込まれており絶品である

また五浦ハムの常陸牛にはいつも行列が出来ておりこちらもまた人気である

 

その他にも定番のから揚げや焼きそば、カレー、うどん、ラーメンから

しらす丼などなど、どれを買うか迷ってしまう品揃えである

 

しかも通常のJリーグのスタジアムで販売されているよりも量も多く

価格も200~300円ほど安かったりもする

本当におススメのスタジアムである

 

観戦環境も陸上トラックが無くサッカー専用の為、観客席からピッチも近く臨場感抜群である

 

2018年のアジアチャンピオンズリーグ(クラブチームのアジアチャンピオンを決める大会)決勝戦も現地で観戦したが

スタジアムは超満員で最高の雰囲気であった

 

繰り返しになるが観戦に行かれた事の無い方は一度、是非カシマスタジアムまで足を運んでいただきたい

 

最後にプチ情報だが車で観戦に現地まで行くとき

地元民以外で遠方から観戦に来る人は

だいたい最寄の高速道路、東関東自動車道の潮来インターを目指す

 

スタジアム前の道路は片側二車線なのだが途中、北浦を渡る橋が一車線になるため

どうしても渋滞する

 

私は少しでも帰りの運転をスムーズにするため

まず駐車場は帰り道側の駐車場に停車する

なぜならスタジアム近辺の車道は中央分離帯があるために

右折出庫が出来ないのだ

 

帰り道側でない駐車場に停車すると中央分離帯の無い場所まで走り

Uターンしなくてはならないからだ

 

また試合日にもよるがスタジアムに近い駐車場だと駐車料金が1000円

しかし少し離れた(少し離れたと言っても徒歩5分程度)駐車場だと

駐車料金が500円だったりもする

 

地元民や毎試合応援に駆けつけるサポーターの方だともっと良い方法も知っているかもしれないが

私からのプチ情報である

 

また試合開始時刻よりも早く車で現地に到着された方は

道の駅いたこで現地の特産品を見たり買ったりや鹿島神宮を訪れるのもおすすめである

2019年5月1日から新元号、令和の時代になった

 

平成5年(1993年)から始まったJリーグ

日本サッカーがアマチュアからプロになりワールドカップに6大会連続出場

そのうち3度決勝トーナメント進出

 

この6大会(32チーム制になって)で3回以上決勝トーナメントに進出した国は

 

6回 ブラジル、メキシコ

5回 ドイツ、イングランド、アルゼンチン

4回 スペイン、フランス、オランダ

3回 イタリア、ポルトガル、ベルギー、スイス、スウェーデン、デンマーク、ウルグアイ、チリ、パラグアイ、アメリカ、日本

 

このように一覧にしてみると日本も決して弱小国では無いことが分かる

昨年のワールドカップ準優勝のクロアチアや強豪のコロンビア、ガーナ、ナイジェリアは2回である。

 

ヨーロッパや南米、アフリカはアジアよりもワールドカップの予選が厳しいため

予選で敗退してしまうこともあるし

人口の数を考えれば回数だけで一概に優劣は付けられないかもしれない

 

しかし日本サッカーはこの平成の時代でアジアでも勝てなかったところから

ワールドカップでも決勝トーナメントに50%の確立で進出できるような実力を身につけたのである

 

過去のワールドカップでも前評判が低い国がワールドカップで旋風を巻き起こした例はたくさんある

 

しかしそれはその大会に限った話で次のワールドカップでは

1勝も出来なかったり、本大会に出場すら出来ない

 

日本もベスト16の壁を破れずにいるし

まだまだ強豪国とは言えないだろう

しかし3回という回数は偶然やたまたまでも無いだろう

日本サッカーが時間を掛けて普及や育成をしてきた努力だと思う。

 

そんな日本サッカーが更なる発展を遂げる為には

やはり日頃のJリーグが大切だ

1993年に10チームでスタートしたが

現在全国に55チームが活動している

 

日本全国でプロチームが活躍し普及や育成、地域貢献など

地道な努力が才能ある選手を発掘し育成することで最終的に日本代表の強化にもつながるのだ

 

2019年現在Jリーグチームの無い空白地域は

福井県、三重県、奈良県、滋賀県、和歌山県、島根県、高知県、宮崎県である

しかしこれらの県でもJリーグを目指すクラブが存在している

 

ただ今回私が取り上げたい空白地域は東京都である

 

実際、東京には

FC東京や東京ヴェルディ、FC町田ゼルビア

Jリーグを目指す東京武蔵野シティがあるのだが

 

全て23区では無いのだ

試合会場はFC東京と東京ヴェルディが調布市の味の素スタジアム

町田ゼルビアは町田市

東京武蔵野シティは武蔵野市である

 

日本のヒト、モノ、カネの全てが集まる日本の中心地を本拠地とするクラブが存在しないのである

これは日本サッカー界にとって大きな損失ではないだろうか?

 

しかしそんな東京23区からもJリーグを目指すクラブは存在している

Jリーグは現在J1(1部)、J2(2部)、J3(3部)となっている

その下にJFL(アマチュアの全国リーグ、4部相当)

その下は各地域ごとに北海道から九州まで分割されている

 

その中の関東リーグ(5部相当)に所属している

東京ユナイテッドと東京23FCに注目してみた

 

4月29日文京区の小石川運動場で行なわれた

東京ユナイテッド対ブリオベッカ浦安戦

 

5月4日多摩市の南豊ヶ丘で行なわれた

東京23FC対東京ユナイテッド戦

 

それぞれを観戦してきた

 

東京ユナイテッドは2015年1月、慶應義塾体育会ソッカーのOBで構成される東京都社会人サッカーリーグ1部所属の「慶應BRB」を母体として、慶應義塾体育会ソッカー部および東京大学運動会ア式蹴球部の各OBの有志によってLB-BRB TOKYOが創設

将来のJリーグへの加入を目指すクラブの1つである

 

とにかくこのクラブは東大と慶大のOBが運営しているクラブなのである

5部相当の地域リーグ所属のクラブなのにチームスポンサーがすごいのである

 

まず、銀行大手のみずほフィナンシャルグループ

医療機器メーカーのフクダ電子

会計監査やコンサルタントのプライスウォーターハウスクーパース
シャーターメーカーの文化シャッターと

とにかくJリーグクラブでも中々、付かないであろう超大手企業がスポンサーとなったいるのだ

 

また同じく23区からJリーグを目指す東京23FC

観戦した試合は多摩市での試合だったがホームゲームの大多数は

江戸川区陸上競技場で行なわれている

クラブは2003年に設立され

東京23特別区をホームタウンとするJリーグクラブがないため東京23FCは、23特別区を代表する強豪サッカークラブを目指しているチームだ

 

5月4日に観戦した試合も

声出しのサポーターが一生懸命応援していた

この試合は雷が鳴り突然、雹が降ってきたため残念ながら

前半で試合中止となってしまったが

地域リーグからJリーグを目指す白熱した東京ダービーだった

 

ロンドンの人口は約800万人

東京23区の人口は約900万人

 

ロンドンをホームタウンとするクラブは

イングランドのプロサッカーリーグのプレミアリーグや

2部相当のチャンピオンシップに所属しているクラブは常時10チーム前後存在しているそうだ

 

対して日本の23区をホームとするプロサッカークラブは0チームなのである

 

日本サッカーが世界の強豪になるためには

浦和レッズのような熱狂的サポーターがいる23区のクラブが複数必要だし

 

先にも書いたように

ヒト・モノ・カネが集まる東京の中心地23区にビッグクラブが誕生し

メッシやクリスティアーノ・ロナウドのような世界のスーパースターが来日

 

Jリーグが全アジアの憧れとなるようなリーグとなり

世界からも注目される

 

そこに同じく東京都を本拠地とするFC東京や

鹿島アントラーズや浦和レッズ

川崎フロンターレ、ガンバ大阪などがJリーグで熾烈な優勝争いを繰り広げる

 

子ども達は日本代表やヨーロッパでプレーするだけでなく

東京23区のビッグクラブでもプレーしたいという夢を持ってもらえるような

そんなJリーグになって欲しいと思っている

 

昨年には渋谷区の外郭団体が代々木公園内に

サッカースタジアム建設の構想を発表した

サッカーだけでなくライブやイベント会場、防災拠点にもなるような

3万~4万人が収容できるようなスタジアムだそうだ

 

今後正式に建設が出来るのかハードルは高そうだが

そんな構想もあるようだ

 

東京ユナイテッドと東京23FCには

少しでも早くJリーグに昇格してもらい

Jリーグ空白地域の23区からJリーグ全体や

日本サッカー全体の更なる発展につながるような活躍を期待したい

そして令和時代は日本サッカーが世界の超一流国の仲間入りを果たし

日本代表がワールドカップで優勝する

そんな夢のような日が訪れて欲しい

私が住む自宅から最寄のJリーグの試合が開催されるスタジアムが

味の素スタジアムである

 

今回はここをホームとするFC東京の観戦記を書きたい

2019シーズンは3月に行なわれた鳥栖戦、名古屋戦

4月6日の清水戦もこの味の素スタジアムを訪れた

ちなみにアウェイの埼玉スタジアムで開催された浦和戦も現地で観戦した

 

FC東京はGK林、DF森重、チャンヒョンス、室屋、小川、太田、丹羽

MF高萩、橋本、東、大森、ナサンホ

FW永井、ディエゴオリヴェイラ、田川、ジャエル

 

などなど現役代表、元代表が揃っており中々の戦力である

昨シーズンもシーズン途中まで優勝争いに絡んでおり

清水やG大阪で監督として手腕を振るってきた長谷川健太監督もさすがである

 

しかし正直に言うとFC東京を観にスタジアムまで行っているというより

久保建英選手を観にスタジアムまで足を運んでいると言ったほうが正しいかもしれない(FC東京サポーターの方ごめんなさい)

 

昨シーズンのFC東京の攻撃は永井選手やディエゴ選手が裏に抜け出す動きが

多い印象であり

シーズン後半に勝てなくなったのは相手に攻撃のパターンを研究されてしまい

それに対する攻撃のバリエーションが少なかったからではないだろうか

 

しかし今シーズン久保選手が中盤に入ったことで

縦に早く攻めるという攻撃だけでなく

しっかりと足元でボールをつなぎながらパスで相手を崩したり

ドリブルで相手を抜き去ったりと非常に多彩な攻撃のバリエーションがあるように思う

 

もちろんサッカーは個人競技ではなく団体競技であるため

一人の力で全てが出来るわけでは無いが

局面局面は一対一の勝負であり

現在のFC東京の攻撃の中心は間違いなく17歳の久保選手である

 

スタジアムの観客席から見ているとボールを保持している選手が大体どの当りにパスを出すか

予想が付くことも多いが

この久保選手には「ここにパスを出すか」といつも驚かされるとともに

次はどの様なプレーをしてくれるのか本当にワクワクする

 

またパスだけでなくドリブルも一級品で細かいタッチでボールが足に吸い付くような感じである

そのため相手のDFは安易に足を出してしまったら抜かれてしまうため

ズルズルとラインを下げざるおえない

更には一瞬の緩急でいとも簡単に相手選手を抜き去ってしまうのだ

 

先日の清水戦では相手DF4人に囲まれながら

相手を抜き去ってしまい観客席からどよめきが起こった

 

昨シーズン後半は所属するFC東京で出番を失い

横浜F・マリノスに半年間レンタル移籍をし

その前はJ3リーグ(Jリーグの3部リーグ)のFC東京U23チーム(原則23歳以下の選手がプレーする若手チーム)でプレーをする試合を何度か

観戦しているが

 

足元の技術はあるが大人とプレーすると

どうしても体のぶつかり合いで弾き飛ばされてしまい

簡単にボールを取られてしまうシーンも多かったが

この半年で見違えるように変わった

 

きっとこれは少しずつ身体も成長しているのと

筋力トレーニングなど本人の相当な努力もあるのだろう

現在は競り合いでもむしろ相手選手を弾き飛ばすようになった

 

この久保選手を見ていると日本サッカーの歴史も変えてくれるのではないかと思ってしまう

もちろんまだ17歳という年齢であり普通ならユースや高校サッカーでプレーしている年齢の為、過剰な期待やプレッシャーを掛けてはいけないが

日本代表がワールドカップでベスト16の壁を超えベスト8やベスト4を本気で狙えるのではないかと思ってしまう

 

噂に出ている夏には本当にスペインの超名門FCバルセロナに復帰(※文面最下部に詳細説明あり)してしまうのだろうか?

過去にはFCバルセロナの育成組織で育ち期待されながら

目立った活躍が出来なかった選手はたくさんいるし

全世界の選手がプレーすることを夢見ているこのクラブでプレーすることは

並大抵のことでは難しいのも理解しているが

それでも久保選手のプレーを生で見ていると本当に期待してしまう

 

同じくスペインの超名門のレアルマドリードの育成組織に所属する

15歳の中井卓大選手もプレーしており

本当に数年後全世界が注目するエル・クラシコ(スペインの2大クラブの伝統の一戦)

バルセロナ対レアルマドリードのそれぞれに日本人がプレーする

そんなことも実現してしまうかもしれない

 

そして2022年カタールワールドカップで

久保選手21歳、中井選手19歳

日本代表が世界を震撼させる日が来るかもしれない

 

久保建英選手がJリーグで見られるのも

本当にあと数ヶ月かもしれない

ぜひスタジアムで生観戦をしていただきたいと思う

 

 

 

 

※2001年生まれの久保選手は2011年にFCバルセロナの育成組織に才能を認められ入団

しかしFIFA(国際サッカー連盟)の18歳未満の外国人選手獲得・登録禁止という処分が下され

2015シーズンから18歳になる2019年夏まで公式戦に出場できないという処分を下され

出場機会を求めて日本へ帰国という経緯がある

JリーグNO,1人気クラブといえば文句無く浦和レッズであろう。

サッカーの街、浦和と言われるくらいで高校サッカー界でも数多くのタイトルを獲得するなど

Jリーグが開幕する以前から浦和はサッカーが盛んな地域であった。

 

1993年プロサッカーのJリーグが始まるに当り地域に根ざしたクラブ運営をするため

ホームタウンを選定しなくてはならなくなった

浦和レッズの前身である三菱重工サッカー部の本社は東京の丸の内である

現在アマチュアのJFL(J3の下部相当の4部リーグ)でプレーしている実業団チームのホンダFC(自動車で有名な本田技研のサッカー部である)も当初プロリーグに参加するという話があり浦和をホームタウンにするという話で決まりかけていたそうだ

しかし本業以外には手を出さないという会社方針などもありその話は流れ

三菱重工サッカー部が浦和をホームタウンにすることとなったのだ

 

もしあの時ホンダがプロリーグに参加していたら浦和をホームタウンとするクラブも現在とは異なる形となっていたかもしれないのだ。

 

そんな浦和レッズがホームスタジアムとするのが埼玉スタジアム2002である。

約62000人を収容するサッカー専用スタジアムだ

やはりサッカー専用スタジアムというだけあり陸上トラクックが無い為

ピッチからスタンドの距離が近く最高の臨場感を味わえるスタジアムである

浦和レッズの試合だけでなく

日本代表のワールドカップアジア最終予選など絶対に負けられない試合は

近年はほぼ全てこの埼玉スタジアムで行なわれているのだ

 

またここ数年は2020年の東京オリンピック開催もあり国立競技場が新築工事を行なっている為

天皇杯決勝、ルヴァンカップ決勝、高校サッカー決勝、高円宮杯決勝など

日本の主要大会の決勝戦もこの舞台で行なわれている

 

日本代表がこの埼玉スタジアムで試合を行なうと非常に高い勝率を誇る。

理由は先ほども書いたとおりピッチとスタンドが近く約62000人の収容を誇る為

ホームチームは勇気付けられ、アウェイチームは相当なプレッシャーを受ける形となるためである。

 

2017年には米スポーツ専門テレビ局FOXスポーツが行った世界の筋金入りのサポータートップ5という特集にて

浦和レッズが取り上げられたそうだ

その他の4チームはスペインのバルセロナ

イングランドのリヴァプール

アルゼンチンのリバープレート

そしてトルコのガラタサライである

 

近年では2017年のACL(クラブチームのアジアチャンピオンを決める大会)決勝の

コレオグラフィーは現地で観戦していた私も感動して泣きそうになりそうであった

バックスタンドにはクラブのエンブレムとACL優勝トロフィーが出現し

それぞれのゴール裏には2007年のACL初優勝時の☆が出現し

もう一方のゴール裏には2017年に優勝したときの☆が出現したのだ

(試合前なのでまだ優勝するか分からないがこの試合勝って優勝するぞという意気込みが込められている)

世界には埼玉スタジアムよりも巨大なスタジアムはたくさんあるし

浦和レッズよりもたくさん観客動員数が多いチームはたくさんあるが

ここまで精密なコレオグラフィーを行なうクラブは世界中を探してもレッズしかないのではないだろうか

 

私はそんな埼玉スタジアムの臨場感や一体感が大好きで過去に何度も足を運んでいる。

何度足を運んでも最高の気分を味わえるのだ。

 

前置きが長くなったが3月2日に行なわれた2019シーズンホーム開幕戦

北海道コンサドーレ札幌戦を観戦してきた

 

実はこの試合

埼玉スタジアムで数多くの観戦をしたことがある私だが

初体験をさせて頂いた

それは浦和レッズのユニフォームスポンサーの某上場一部企業(レッズへの年間スポンサー料数億円)に勤めている

友人からVIP席の招待券を頂きご一緒させてもらうこととなったのだ

 

埼玉スタジアムのメインスタンド側にガラス張りのVIPルーム入り口があるのは良く知っているのだが

ドレスコードがあり良くスーツなどをビシッと着こなしているお金持ちそうな方が

中に入っていかれ受付の人と会話をしている姿は外から見たことがある

 

今回埼玉スタジアム真横の駐車場も無料で確保していただき

VIPルーム入り口の警備員に招待券を見せいざ入室した

普段ラフな服装しかしない私は些か緊張気味であった(笑)

 

入り口の受付ではVIP PASSと書いてある首から掛けるカードを貰い

更に奥の部屋に案内され自分の座席を案内していただいた

 

その奥の部屋は高級ホテルのビュッフェのようになっており

やはりお金持ちそうな方々が好きな食べ物を運び

テーブルが並んでいる自分の各席に着席し談笑しながら楽しんでいた

まるで金持ちの晩餐会に来てしまった感覚で

物凄く場違い感を感じてしまった(笑)

 

しばらく時間が経過すると浦和レッズの立花社長の挨拶や

この試合欠場の橋岡選手と、同じく怪我の為欠場が続いている武藤選手も挨拶に訪れ

 

各テーブルを回って一人ひとりに挨拶をしていた

また同じく一人ひとりにサインや写真撮影にも応じており

私も武藤選手、橋岡選手と記念撮影をしていただき

サインまで頂いてしまった

更にはお二方と会話もさせて頂き

橋岡選手には東京オリンピックに出場してくださいと伝えさせていただいた

 

橋岡選手はそれまで笑顔で対応していただいたのだが

東京オリンピックの話になったらキリッとした表情に変わり

絶対東京オリンピックには出場しますと話されていた

やはりプロサッカー選手になるような人だ

意志の強さや、根性は一般人とは比べ物にならない位の芯の強さを感じた

是非2020年東京オリンピックには出場して頂き

一サポーターとして応援させていただきたい

 

またそれ以外にも現在クラブスタッフとして働いておられる

2006年Jリーグ優勝や2007年ACL優勝時の黄金メンバーの堀之内聖さんや

昨年までGKコーチをされていた土田尚史さんのサインも図々しく頂いた

お二方とも快く対応していただき

堀之内さんとは2006年Jリーグ優勝時や2007年ACL優勝時の話を

 

土田さんとはJリーグ初期にレッズでポジション争いをされていた田北雄気さん(現横浜FCコーチ)など当時の選手の話をしたら

「そんな奴いましたねぇ(笑)」と答えていただき談笑させて頂いた。

 

さらにはハーフタイムにはやはり怪我の為欠場中の青木拓也選手がVIPルームにいらっしゃったので

これまた図々しくサインを頂いてしまった

他の選手と会話中だったため

どうしようか迷ったがこんなチャンスは二度と無いかもと思い、思い切って

お話中すみませんと声を掛けさせていただき快く対応していただいた。

念のため私はサイン色紙を持っていっていたので5人分のサインを頂いてしまった

私の宝物になった。

本当にサインをしていただいたみなさん快く対応していただきありがとうございます。

 

ちなみに試合観戦の観客席は通常の硬い座席と違い

お尻と背もたれにクッションが付いたフカフカの座席で

お尻や背中も痛くならず

寒さ対策のベンチコートやブランケットも完備されており

また座席すぐ裏にはトイレもあり、まさにVIP席仕様の座席でした

 

ハーフタイムには一度VIPルームに戻り

ケーキと紅茶を頂き

もう二度とないであろう貴重な体験をさせて頂きました

 

試合の方はコンサドーレ相手に殆ど良い所無く0対2で敗れてしまい

その点は残念でした。

今シーズンは開幕前のスーパーカップ川崎フロンターレ戦と

アウェイでの開幕、ベガルタ仙台戦とまだ1ゴールも決めておらず

その点は心配であるが

ここから建て直し、勝利を重ねる姿に期待したい。

そういった意味でも一日も早くFWの武藤選手の復帰が待たれる。

 

今回は非日常空間を味わった

慣れ親しんだ埼玉スタジアムだが

もう二度と無いであろうVIPルームを堪能でき

最高の思い出となった。

1997年日本サッカー界、初のナショナルトレーニングセンターとしてオープンしたのが

Jヴィレッジである。

場所は福島県の浜通り南部の広野町と楢葉町にまたがっている。

 

1993年にスタートしたプロサッカーJリーグだが

1994年のアメリカで開催されたFIFAワールドカップに日本代表は

アジア最終予選、ロスタイムに失点し本大会出場を逃してしまう。

のちにドーハの悲劇として語り継がれることとなるが

日本代表を中心とするプロ選手や若年層の育成など

日本サッカー界が強くなり、世界に出て行くための活動拠点として整備された施設である。

 

当時は現在と違い芝生のグラウンドは日本には殆どなく

またあっても芝生がはげていたり、草が生えていたり

さらに育成年代は土のグラウンドで練習するのが当たり前だった時代だ

そんな日本サッカー界にとって手に入れた重要な活動拠点がこのJヴィレッジである。

 

一方、福島県内に原子力発電所などを所有している東京電力は

1994年に地元地域への貢献として地域振興を行ないたいという考えから

地域密着を掲げていたサッカーと結び付け

そのことがこのJヴィレッジ建設という方向になったのだ。

 

Jヴィレッジ完成後の日本代表の国内合宿のほとんどがここで行なわれた

2006年ドイツワールドカップの直前合宿もこのJヴィレッジで行なわれ

当時のジーコ監督は全ての練習を公開するスタンスだったこともあり

中田英寿や中村俊輔、小野伸二、稲本潤一、高原直泰、宮本恒靖などなど

スター選手見たさに1日で2万人のファンが集結したなんていう出来事もあったようだ。

(2002年の日韓ワールドカップではアルゼンチン代表の合宿地にもなっている)

 

また日本代表だけでなくユース代表やなでしこ、また若年層の大会や合宿

日本サッカー協会が始めたサッカーのエリート学校のJFAアカデミーなど

日本サッカーの発展は全てこのJヴィレッジを経由していたと言っても過言ではないのではないだろうか

 

しかし2011年3月11日を境にJヴィレッジは姿を変えてしまった

それは東日本大震災による津波(Jヴィレッジは津波の被害は受けていない)

そして最悪の福島第一原発事故により周辺住民は避難

 

その後は福島第一原発、除染作業員の前線基地として

施設は国に移管され芝生のグラウンドはアスファルトや砂利が敷かれ

自衛隊のヘリコプターや戦車の置き場、また作業員が使用するプレハブ小屋が建てられたそうだ。

 

福島第一原発から20kmという距離の為

最前線基地と変わってしまったのだ。

 

その為日本代表の合宿など全てのサッカー関係の拠点機能が

福島県外への移ってしまったのである。

 

そんな歴史がある中

日本サッカー協会は2013年にJヴィレッジ復興サポートプロジェクトを立ち上げている

もう一度、原発事故以前の賑わいを取り戻し

日本サッカーの発展に貢献したJヴィレッジを取り戻したいと

 

そんなJヴィレッジは2018年7月、7年4ヶ月ぶりに再開している

完全再開は2019年4月になるそうでJR常磐線に新駅のJヴィレッジ駅も新設され

現在の最寄りの広野駅と木戸駅からだと数キロあるためアクセスも良くなるそうだ。

 

今回私はそんな再開を記念し2月24日に行なわれた

Jヴィレッジ再開記念試合 福島ユナイテッドFC対いわきFCの

福島ダービーを観戦してきた

J3の福島ユナイテッドと東北社会人リーグ1部でJリーグを目指すいわきFCの試合で

試合結果はなんと5対0でいわきFCの勝利となった

試合内容は福島のパスミスが多く終始一方的にいわきFCが攻め込む展開となった

観衆も2183人とJ3と地域リーグのチームのプレシーズンマッチ(有料の練習試合)にもかかわらず

メインスタンド、バックスタンドともに大勢のサポーターやファンで埋め尽くされていた

 

試合前には現在Jヴィレッジの副社長でベルマーレやなでしこJAPANでも監督をした

上田栄治さんのあいさつも行なわれた。

 

2018年12月に埼玉スタジアムで行なわれた天皇杯決勝の日

スタジアム横の広場にJヴィレッジのブースがあり

そこに上田さんがいらっしゃったので

少しだけお話をさせていただいたこともあり

試合結果や内容以前にJヴィレッジが再開されたことにより

再び日本サッカー界の発展のため

また福島県や浜通り地区の復興や地域の活性化のためにも

Jヴィレッジの役割は非常に重要なものだと感じた

 

ちなみにJヴィレッジ再開記念試合の試合開始前に

センターハウスというホテルやレストラン、ホール、会議室などがある建物があり

そこのロビーにちょっとした人だかりが出来ていたのだが

なでしこJAPANがアメリカ遠征に出発するために

バスに乗り込む為、選手達が続々と出てくるという出来事にも遭遇した(笑)

 

Jヴィレッジの近くを通っているJR常磐線

南は水戸や東京方面

北は仙台に行くことができるのだが

富岡駅と浪江駅間が現在も不通となっており(バス代行輸送が行なわれている)

鉄道では仙台方面に行くことができない

 

理由はその区間に原発があるためで帰還困難区域に当たるからだ

JRは除染作業を進めながら2020年春に不通区間の運転再開を行なう予定だという

 

地震や津波は天災であり人間の力では防ぎようが無い

しかし福島第一原発の事故は人災である

現在もJヴィレッジ周辺の木戸駅や広野駅周辺には放射能の線量計があった

数値は人体に悪影響を及ぼすような数値ではなかったが

東日本大震災が発生してから約8年が経過した現在でも周辺住民の方々は

苦しんでいるのではないだろうか

 

約8年を経過した為、海岸線沿いを中心とした近隣は非常に綺麗になっている

2020年春には常磐線も全線復旧し

東日本大震災が起こった事を知らない人が現地に来たら

恐ろしい津波があった事など想像も出来ないだろう

 

だがきっと地域住民の方々の目には見えない心の傷は癒えていないのではないだろうか

Jヴィレッジを中心としサッカーなどのスポーツの力で

その傷を少しでも癒すことが出来れば

 

震災前にはJリーグチームでは無かった福島ユナイテッド

また浜通り地区のいわき市からJリーグを目指すいわきFC、震災前はまだチームすら存在していなかった

 

Jヴィレッジ再開は日本サッカー界の更なる発展だけでなく

福島ユナイテッド、いわきFCとともに地域住民の方々の心の支えや希望となる重要な使命を持っていることが感じられるJヴィレッジ観戦の旅であった

 

Jヴィレッジに行かれたことの無い方や震災前にしか行ったことの無い方は

ぜひこの素晴らしいJヴィレッジを観に行って頂きたいと思う。

コバルトーレ女川は宮城県牡鹿郡女川町をホームタウンとするサッカークラブでJリーグ加盟を目指すクラブである。

 

このコバルトーレ女川は2018シーズンJ3の下部に位置するJFL(アマチュアの全国リーグで4部に相当するリーグ)に昇格した

 

人口約6000人の小さな町で2011年に発生した東日本大震災では甚大な被害を受けた地域のひとつである

そんなJFLに昇格したコバルトーレ女川の初のJFL開幕戦を現地で観戦してきた。

残念なことにJFLを開催する規格をクリアしたスタジアムは女川町には無い為

隣町の石巻フットボール場での開催だった。

観衆は1313人でJFLでは1000人に満たない観客数の試合も多いため

まあまあの入りではないだろうか

 

仙台駅からJR仙石線に乗車し石巻駅を目指した

途中塩釜や松島を通過したが

この仙石線はやはり東日本大震災で発生した津波の影響で甚大な被害を受けている

私が通過したときは付近の建物なども全てきれいになっており

ここがそんな大きな被害を受けたとは全く思えなかった

しかしのちにユーチューブなどの動画で自分が通過した付近の映像を見ると

本当に同じ場所なのかと思ってしまうような別世界の映像だった

 

確かに電車の車窓から見る風景はみな新しい建物だった

本当に津波の恐ろしさを改めて感じた。

 

石巻駅に到着した私はタクシーに乗りスタジアムを目指した

ほんの10分位の乗車時間だったが

タクシーの運転手さんの話でも

スタジアムとは逆方向だが商店街や石巻駅の付近も津波が押し寄せたそうだ

本当に酷い状況だったと話されていた。

 

スタジアムはメインスタンドが座席でバックスタンドにも少しだけ座席がある

小さな球技場だった

地元ファンの人の話によると以前はバックスタンドには座席は無かったらしい

そういえばタクシーの運転手さんに教えられて試合終了後に見たが

なぜか旧国立競技場の聖火台が石巻フットボール場の横に展示されていた

なぜ石巻にあるのかまで理由は知らなかったが

まさか慣れ親しんだ旧国立競技場の聖火台に石巻で会えるとは思っていなかった(笑)

 

元々コバルトーレ女川のホームスタジアムは女川町総合運動公園陸上競技場であったのだが、東日本大震災に伴う災害公営住宅建設地にされた歴史があるのと

2018シーズンJFLに昇格をしたこともあり

女川町長は2020年頃にJ3リーグの基準を満たしたサッカー場の建設の話もあるようだ

 

女川町にとってコバルトーレは地域のシンボルであり誇りだそうだ

またチームもプロではない為サッカー選手としてだけでの給料では生活できない為

地元漁業関係の企業でも働きながら生活をしているそうだが

過疎化も進む女川町として貴重な若い働き手でもあるようだ

 

地域社会とサッカークラブの共生

それをサポートする行政

小さな田舎町のクラブで

J1のビッグクラブとはまた違い

サッカーが地域社会に貢献する

こんなやり方もあるのだなと感じた

 

2018年シーズン、コバルトーレ女川はJFLを残念ながら最下位で終了

1年で地域リーグへの降格となってしまった

JFLに昇格するのは本当に狭き門のため

何とかJFLに残留して欲しかった・・・

 

しかし地域社会の活性化

約6000人の人口の小さな街のサッカークラブが

今後も地域社会や行政と連携していく姿をこれからも応援していきたい

過疎化が進む日本で街を元気にしていく

1つのモデルケースとしてこれからもぜひ注目していきたい

兵庫県神戸市をホームタウンとするチームといえばヴィッセル神戸である。

 

このヴィッセル神戸のホームスタジアムは2002年日韓ワールドカップでも使用された

ノエビアスタジアム神戸である。

このスタジアムは全席屋根付きの球技専用スタジアムである。

さらに開閉式のドームスタジアムとなっている為、降雨時には屋根を締めることで

仮に強風の中での雨でも吹き込んでくることは無い。

 

この開閉式の屋根は2002年日韓ワールドカップ終了後に取り付けられたもので

ワールドカップ時には現在のゴール裏席の上層部に仮設の足場を組み観客席を増設していた。

その為ワールドカップ時には42000人収容だったが

現在は撤去されている為、Jリーグから発表されている公式最大収容人数は約28000人となっている

 

このように球技専用で臨場感があり屋根だけでなく開閉式のドームとなっている為

降雨の心配は不要と最高の観戦環境なのだが

その分日差しが入りにくいためスタジアムピッチの芝生の根付きが非常に悪く

ピッチコンディションに対して長年ヴィッセル神戸は不満を表明していた

一時期は同じく神戸市内にある陸上競技場の神戸総合運動公園ユニバー記念競技場に移転するという報道が出るくらいであった

 

2018シーズンよりJリーグの公式戦は天然芝のみという規定が変更され

ハイブリッド芝の使用も認可された。

このハイブリッド芝とは、天然芝を人工繊維の芝で絡め補強した芝生のことで

強度が増したそうだ。

選手からの評判も良いようでグラウンドキーパーの手間も軽減されるそうだ。

今までJリーグで使用されてきた全国各地のスタジアムでは芝生養生の為

プロの試合以外では極力使用を控えるといった事が起こっていたが

この芝生が導入されることでアマチュアの試合や子ども達の試合などにを多く使用され

プロが試合をしている同じスタジアムで試合が出来るようになる環境が整えられることを望む。

 

そんなノエビアスタジアム神戸だが日韓ワールドカップ開催前は

神戸市立中央球技場という名称で呼ばれており1970年に建設された物である。

Jリーグ開幕以前の日本である程度の大きさだった球技専用スタジアムといえば

三ツ沢(現在横浜F・マリノス、横浜FCやYSCC横浜のホームスタジアム)

大宮(現在大宮アルディージャのホームスタジアム)

西が丘(現在J3のFC東京U-23やアマチュアの試合で使用されている)

 

そしてこの神戸中央球技場、くらいしか無かったのである

1979年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)の試合会場にもなっており

まさに関西サッカーのメッカだったのである。

 

以前に私がヴィッセル神戸を観戦したときは

新神戸駅まで新幹線で行き

新神戸駅から神戸市営地下鉄の西神・山手線で新長田駅に到着

そこから同じく神戸市営地下鉄の海岸線に乗り換えて御崎公園駅で下車した。

 

御崎公園駅からはゆっくり歩いても10分掛からない距離で

アクセスは非常に良かった

1度だけしか現地には行ったことは無いのだが

非常に大きな洗礼されたスタジアムで目の当たりにしたときは非常に興奮した。

 

また三宮花時計前駅からも御崎公園駅までは10分位の距離で

神戸中心地からもアクセスは良い環境である。

 

 

このヴィッセル神戸の前身は1966年創部の川崎製鉄サッカー部(当ブログサッカー観戦記#11ファジアーノ岡山編も参照)なのだが

岡山県で活動していた川崎製鉄は神戸市からJリーグを目指す活動で誘致されたもである

 

ところがJリーグを目指すクラブとしてヴィッセル神戸に生まれ変わった始動日の

1995年1月17日に阪神・淡路大震災に襲われてしまうのである

震災の影響で運営会社の筆頭株主だったダイエーが後に撤退してしまう

 

1996年には元デンマーク代表のミカエル・ラウドルップが加入(ユベントスやバルセロナ、レアルマドリードなどでもプレーした世界的スーパースター)し

1997年には念願のJリーグへ昇格するがJリーグ昇格後もメインスポンサーの撤退などがあり

2003年12月にヴィッセル神戸は東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請し累計赤字約42億円で神戸市からの無担保融資は約15億円にのぼったと言われている。

その窮地を救ったのが現在もヴィッセル神戸の運営をする兵庫県出身で楽天の代表取締役である三木谷社長である。

 

元々サッカー好きであった三木谷社長は私財を投げ打ってヴィッセル神戸の窮地を救うのである

ヴィッセルの運営を始めた楽天だがそれまで白と黒の縦じまユニフォームで戦っていたヴィッセル神戸のクラブカラーを

楽天の企業色でもあるクリムゾンレッドに変更しサポーターから反発を受けるが

その後は楽天の強力な支援で安定した経営をしている。

 

2004年には2002年日韓ワールドカップで人気となった元トルコ代表のイルハン・マンスズを獲得しトルコブームを巻き起こすも来日後数試合出場で退団してしまう

以降のヴィッセルはJ1の中位から下位またJ2降格と上位に顔を出すことは無くJリーグでも目立った実績は残せていない。

 

しかし大きく風向きが変わったのは2017年だろう

元ドイツ代表で2014年ワールドカップ優勝メンバーでもあるルーカス・ポドルスキの加入であろう

更には2018年に現役スペイン代表で2010年ワールドカップ優勝メンバーである

アンドレス・イニエスタを獲得したのである

 

私もイニエスタを生観戦したがボールコントロールやパスの正確性

相手が一番嫌な場所にいとも簡単にパスを出す

また何気ない動きだが常に自分が一番次のプレーに移りやすいポジションを取っているのである

ヴィッセルに加入して半年経過したが未だにイニエスタがJリーグに所属していることが信じられない

そんなスーパースターが来たのである

これはヴィッセル神戸サポーターや地元神戸市民だけでなく

日本全国のサッカーファンが大興奮である。

 

2018シーズンはロシアワールドカップの影響で通常のシーズンよりJリーグは平日開催が増え、また台風や豪雨、地震など災害の影響で試合の延期

代替日が平日になった試合など観客動員数は通常のシーズンより低下するものと思われた

ところがシーズンが終わってみるとJ1リーグ全チームの1試合平均観客動員数は10年ぶりに19000人を超えたのである

これはイニエスタ(サガン鳥栖のフェルナンド・トーレスも貢献している)がJリーグに移籍してきた事が最大の要因であり

楽天の三木谷社長には感謝しなくてはならない

 

さらにである。2019シーズンはイニエスタと同じく2010年ワールドカップ優勝メンバーで

得点王の元スペイン代表ダビド・ビジャまで獲得したのである

これは2019シーズンさらなる楽しみが増えたし

イニエスタ、ポドルスキー。ビジャがJリーグの舞台で戦っている

(サガン鳥栖のフェルナンド・トーレスも含めて)

もう考えただけで開幕が楽しいみである。

 

2019シーズンはヴィッセル神戸旋風が巻き起こるのか注目していきたい。

名古屋市、豊田市、みよし市を中心とする愛知県全県をホームタウンとするJリーグクラブといえば名古屋グランパスである。

 

名古屋グランパスの母体はトヨタ自動車工業サッカー部で1939年創部である

(名古屋グランパスとしては1991年設立)

1993年から開幕するJリーグだがプロリーグ設立に当たり当時プロリーグ検討委員会は地域バランスを考えると当然東海地域のトヨタ自動車がJリーグに参加するものと考えていた。

 

ところが当初、トヨタ自動車はプロリーグには参加しないと回答している。

主な理由としてプロリーグ以前のトヨタ自動車工業サッカー部は当時のJSL(当時のアマチュアリーグで現在のJリーグの前身)の1部と2部を行ったり来たりするチームで決して強豪とは言えなかった。

 

その為、当時JSL1部の常連だった日産(現横浜F・マリノス)、三菱(現浦和レッズ)、マツダ(現サンフレッチェ広島)、ホンダ(結局プロには参加せず現在はアマチュアのまま活動中)など

ライバルの自動車メーカーのサッカーチームに負けてばかりでは

トヨタ自動車のブランドイメージ低下、更には本業の自動車の売上が落ちる事を危惧したためと言われている。

 

東海地方のクラブが新たに開幕するプロリーグに参加しないことに焦った(名古屋を中心とする東海地方にクラブがないと全国展開をしたいJリーグに空白地帯ができてしまう為)

プロリーグ検討委員会は

当時のトヨタ自動車本社総務部で学生時代サッカー部だった役員と連携し

署名活動や愛知県サッカー協会、地元メディアを巻き込み世論を味方につけた

またトヨタグループ以外の地元大手企業にも出資を募り協力を要請した。

 

1980年から欧州と南米のクラブチャンピオンを決めるトヨタカップ(現FIFAクラブワールドカップの前身で当時は欧州と南米のクラブのみで世界チャンピオンを決めていた)の

冠スポンサーとしてJリーグが設立される10年以上前から世界のサッカー事情や

サッカーにおける世界的な影響力を理解していたトヨタ自動車は上記理由から最終的にはプロリーグに参加することに合意する。

 

一度合意したトヨタ自動車、その後の動きはプロリーグ開幕の為に大きな役割を果たすこととなる。

その最大の功績はチーム名から企業名を外すことである

 

当時の日本スポーツ界は大企業が福利厚生や企業の宣伝のために

スポーツチームを保有していた

サッカー界も例外ではなくJリーグ開幕前の時代はほぼ全てのチームに企業名が付いていたのである

現在のように地元の中小企業や市民みんなでクラブを支えるといった概念が無い時代であり

逆に大企業1社がチームを抱えていた為

その他の企業がスポンサーとして協力することはあり得なかった。

 

しかしその分、大企業が1社で支えている為、本業の業績が悪くなると

経営難を改善するため真っ先にスポーツチームが廃部になるのだ

世の中の景気次第でスポーツ界が繁栄したり衰退したりしてしまう

企業のスポーツ選手は例えオリンピックで金メダルを獲得しても企業の業績が悪いと待遇が悪化してしまうのだ。

 

ヨーロッパのサッカークラブには企業名は入っていない(一部例外はあるが)

それは地域住民が地元のクラブを支える。(試合を観に行ったりグッズを買ったり)

地元の企業も収益を地元のスポーツクラブに還元する(市民はその企業の製品を積極的に購入する)

地元行政もスタジアムや練習場などの設備や環境を整備する(プロ選手だけでなく地元の地域住民の設備も含めて)

これはプロスポーツチームだけではなく地元の子どもからお年寄りまで全ての人が

好きなときに好きなスポーツが出来る環境(特にドイツ)があるのだ

スポーツは文化だ!

と最近日本でも言われるが皆が持ちつ持たれつの関係でありヨーロッパではそれが日々の暮らしなのだ

 

Jリーグには百年構想という理念があるがサッカーだけが繁栄すれば良いのではない

ドイツのようなスポーツクラブが全国各地にありプロからアマチュアそして老若男女全ての人が

好きなときに好きなスポーツで身体を動かし健康を維持し長寿を目指す

そんなことが理想なのだ。

ヨーロッパのサッカーチームはサッカーだけをしているわけではない

その他にも色々な種目のスポーツチームを保有している

Jリーグクラブも他の種目のチームを保有しているのはそういった理由からだ

例えばFC東京(バレーボール)、コンサドーレ札幌(カーリング)、湘南ベルマーレ(ビーチバレー)など

 

こういった事をトヨタ自動車はJリーグ開幕前から理解していた

またプロサッカーを始めるなら企業名は出さない方が良い

愛知県だってトヨタ自動車以外の日産やマツダ、ホンダ、三菱の従業員も住んでいる

チーム名にトヨタが入っていたらトヨタ関連の人しか応援しないのではないか

「どうせやるなら、チームの名前にトヨタのトの字も出すな」

当時の豊田章一郎社長が言った言葉だ。

 

しかしその他、企業はプロサッカー開幕前に企業名を外すことに猛反発したのである

それはまだ日本スポーツ界には福利厚生や企業の宣伝という概念しかなかったからである

しかしトヨタ自動車のような大企業が先陣を切って企業名を外したことにより

他の企業も追随するようになり無事プロサッカーJリーグは開幕するのである。

(これに最後まで抵抗したのは読売新聞であり現在の東京ヴェルディである。また日本では企業が莫大なお金をつぎ込みスポーツ界の発展をさせてきた事も事実ではあるため全ての面で企業スポーツが悪と言っている訳ではない事を記しておきたい)

 

そういった意味では、よく世界のトヨタ自動車と言われるが

日本スポーツ界にとっても新たなる考えを理解し先陣を切ったのはトヨタ自動車であり

今日、多種多様なスポーツチームを一般市民、企業、行政が支える構図は

トヨタ自動車が始めたと言っても過言ではないのだ。

 

名古屋グランパスのホームスタジアムは現在

名古屋市瑞穂区のパロマ瑞穂スタジアムと

豊田市の豊田スタジアムの2箇所を併用している。

 

パロマ瑞穂スタジアムは1941年に完成しその後1950年と1994年の国体に合わせ

それぞれ改修されており現在の形になっている。

私が現地で観戦したときは名古屋駅から名古屋市営地下鉄桜通線に乗り

瑞穂運動場西駅で下車し徒歩1km位の距離だった

名古屋駅から瑞穂運動場西駅までは約20分位と利便性は良かった。

 

スタジアムは陸上競技場であり新しくも無く臨場感があるわけではないのだが

約25年と名古屋グランパスの様々な歴史をこのスタジアムと共に過してきたのだろう

最新の設備では無いがグランパスサポーターにとっては聖地である

2026年アジア競技大会ではメインスタジアムとして使われる事が想定されており、これに向けて改修なども予定されているそうだ。

 

もう1つのホーム豊田スタジアムだがこちらは

2001年に開場した比較的新しいスタジアムで開閉屋根付き40000人収容のサッカー専用スタジアムである。

名古屋駅から地下鉄桜通線で御器所駅まで行き

御器所駅から鶴舞線で豊田市駅で下車したこちらの場合は名古屋駅から1時間位時間を要した

(名古屋は鉄道網が張り巡らされている為瑞穂、豊田ともに他にも行き方がある)

駅からスタジアムまでは約1.5km位の一本道を歩いて行くのだが

途中、矢作川を渡る大きな橋がありそこから巨大なスタジアムが見えてくるので

とてもワクワクした気分になる。

 

こちらのスタジアムはサッカー場と名が付くだけあって陸上トラックが無く

抜群の臨場感を誇る。

本来開閉式の屋根があるのだが屋根の故障により2015年から

開けっ放しの状態となっている

その為一部ゴール裏席は雨に濡れてしまう状態となっている。

しかしスタジアムの上層席でも傾斜角度がきつい為抜群の眺めであり

日本有数のスタジアムの1つに数えられるだろう。

 

2010シーズンJ1リーグで優勝を飾るも

2017シーズンは初のJ2降格

1年で復帰したJ1リーグ(2018シーズン)だったがブラジル人FWジョーが得点王を獲得するもは最終節までJ1残留争いを演じてしまった

しかし2018シーズンの観客動員数は好調で1試合平均観客動員数が24660人

また豊田スタジアムで行なわれた鹿島アントラーズ戦は43579人とJリーグ始まって以来

愛知県で行なわれた試合の最多動員数を記録したそうだ。

 

チームは集客のためにビール半額セールを開催したり来場者にユニフォームをプレゼントしたり様々なイベントを企画している。

2019シーズンはJ1リーグで優勝争いを演じるような活躍を期待したい。

1997年に創設されたサガン鳥栖

ホームタウンは佐賀県鳥栖市である。

チームの由来は小さな砂が固まって岩となった『砂岩』で、『佐賀の』という佐賀弁が掛っているそうだ。

 

このサガン鳥栖のルーツは1987年に浜松市を本拠地に創設されたPJMフューチャーズである。

その後1994年に親会社の社長の出身地が佐賀県だった事や

既に静岡県にはJリーグチームが存在していたことなどもありホームタウンを佐賀県鳥栖市に移転する。

チーム名を鳥栖フューチャーズとするが1997年、約10億円の負債を抱えチームは解散してしまう。

ちなみにフューチャーズ時代は1986年メキシコW杯優勝メンバーで元アルゼンチン代表のバティスタ(髭のバティスタと呼ばれていた)やマラドーナ弟、1990年と1994年のワールドカップメンバー元カメルーン代表のタタウ、元パナマ代表のホルヘ・ルイス・デリー・バルデスなど

かなりの大物が在籍していた。

 

地元鳥栖では存続を求める5万人を超える署名があった事などから佐賀県サッカー協会が中心となり現在のサガン鳥栖が設立されている。

その為サガン鳥栖は最初に書いたとおり創設年は1997年となる。

 

1999年新規創設のJ2リーグに参加し念願だったJリーグのクラブとなるが

2004年頃までは経営が安定せず度々チーム解散やJリーグからの除名等

経営問題が取りざたされる。

2005年から新たにサガン鳥栖の経営権を取得した株式会社サガンドーリームスが運営をし現在まで安定した経営を行い今日に至る。

 

そのサガン鳥栖のホームスタジアムは鳥栖駅前にある鳥栖スタジアムである。(ベストアメニティスタジアムの名称は2018年12月31日で終了)

1996年に開場したこのスタジアムは球技専用スタジアムで

メインスタンドとバックスタンドには屋根があるため雨が降っても濡れない(ゴール裏は屋根はなし)

またスタジアムの真横に鳥栖駅があるためアクセスも抜群である。

アウェイ観戦客にとっても九州新幹線の新鳥栖駅や久留米駅からも鳥栖駅は近く

博多駅からも特急かもめ号に乗車すれば20分程度で到着するなどアクセスは抜群だ

 

球技専用の為臨場感も抜群、またスタンドにかなりの傾斜があるため長らく日本で一番観戦環境の良いスタジアムと言われてきている。

開場から20年以上経過した現在でも日本トップクラスのスタジアムといってよいだろう。

 

繰り返しになるが球技場の為臨場感は抜群、屋根もあり雨の心配はいらない(一部ゴール裏は屋根なし)駅から近くアクセスは抜群と最高なスタジアムである。

 

私も1度だけ現地で観戦をしたことがあるが鳥栖駅の改札を出て

JRの線路を超える陸橋(虹の橋)を渡るともうスタジアムなのである。

 

スタジアムの概観は開場から20年経過している為、非常に味があり(近年はスタジアムの老朽化という話も聞くが)

電車を降り駅ホームからスタジアムが見えるのだがヨーロッパや南米の歴史あるスタジアムを思わせる。本当に素晴らしい環境なのだ。

 

また2018年は元スペイン代表のフェルナンド・トーレスも加入し

1試合平均観客動員数15000人を記録した。

鳥栖市の人口は75000人に満たないので驚異的な数字である。(隣町の久留米市などからも大勢観客は来場しているだろうが)

 

失礼な話1994年にフューチャーズが鳥栖市をホームタウンにしたとき

私は鳥栖という地名を初めて聞き読み方が「とす」なのだと知った

こういった所も地方都市にJリーグチームが出来た意義があるのではないだろうか

 

Jリーグのクラブが誕生しなければアウェイ客が鳥栖を訪れることは無いし

私自身もおそらく鳥栖という地に足を踏み入れることは生涯なかったであろう

(高速道路の九州自動車道、長崎自動車道、大分自動車道のジャンクションがあるのは鳥栖なので通過することはあるかもしれないが)

 

うれしい事にフェルナンド・トーレスは日本を気に入ってくれて2019シーズンもサガン鳥栖でプレーするようだ

Jリーグ全体も盛り上がり素晴らしいことである

 

サッカーファンであれば一度は必ずこの鳥栖スタジアムに観戦に訪れていただきたいと思う

本当に素晴らしいスタジアム、そして観戦環境である。

関西地方のJリーグクラブといえば

1993年の初年度から参加しているガンバ大阪

1995年から加盟したセレッソ大阪

1996年から加盟の京都サンガFC

そして1997年加盟のヴィッセル神戸である

 

Jリーグは開幕初年度10チームで開始したが

年を追うごとにチーム数は増え

2019シーズンからは全国各地に55チームが存在している

 

しかし関西地方は先に書いたとおり1997年にヴィッセル神戸が誕生してから20年以上

新チームが誕生していない

 

ただJリーグの空白県にもJリーグを目指すクラブは存在する

その空白県の中でもっともJリーグに近い存在が

奈良県奈良市をホームタウンとする奈良クラブである。

 

1991年に誕生した奈良クラブは長らく県リーグや地域リーグを主戦場としていたが

2015年J3リーグの下部、JFL(アマチュアの4部リーグ相当)に昇格する

J3昇格へあと一歩のところに迫っているのだ

 

奈良クラブがホームスタジアムにしているには奈良市鴻ノ池運動公園内にある陸上競技場でならでんフィールドという名称である

1度だけ現地を訪問したことがある

 

新幹線で京都駅まで行き近鉄有料特急、近鉄奈良行に乗車した

時間は40分掛からずに到着

途中西大寺など歴史的な観光地を車窓から眺めながらの旅であった

(奈良に行くのは中学生以来だ)

 

近鉄奈良駅からスタジアムまでは距離にして約2km弱で

行きはタクシー、帰りは徒歩で往復した

行きの道中タクシーの運転手さんと奈良クラブの話になり

地元でも少しづつ奈良クラブは有名になっていると話されていた

 

スタジアムグルメのお店もそこそこ出店しておりJFLだがさすがJリーグを目指すクラブだなと感じた。なかなかの賑わいであった。

スタジアムはメインスタンドのみ座席があり

バックスタンドとゴール裏は芝生席の県営の陸上競技場だった

スタジアム近辺は東大寺があり古墳などもある観光地だ

 

この奈良クラブ、ユニフォームのデザインが中々おもしろい

年度によって変わるのだが水玉模様だったり

あまり他のクラブでは見ないようなデザインである

その為、以前セレッソ大阪で監督をしていたレヴィー・クルピ監督が試合終了後

ユニフォームのデザインを気に入り欲しがったのは有名なエピソードである

 

最初にJ3まであと一歩と記したが2016シーズンからのJ3ライセンス取得もしており

あとはJFLで4位以内に入ればJ3に参入できる位置まで来ている

ところが肝心の順位が

JFLに初挑戦した2015年が7位

翌2016年が10位、2017年が7位そして2018年が8位と

上位に顔を出せないでいる。

 

そんな中2019シーズンはかつてJ3リーグのブラウブリッツ秋田を優勝させた杉山弘一監督が就任

今度こそJ3リーグ昇格なるか注目のシーズンである

20年以上誕生していない関西地方からのJリーグクラブ誕生を期待したい。