こんにちは
昨日は風が、とても強い日でした
でも、良い、お天気☀️
迷いましたが
不要品を回収に行きました
出るのが少し遅めになり
今回はゴミ袋にまとめて置いてあったのを整理して持ち帰るだけにしました
ごちゃごちゃとした燃えるゴミ扱いで捨てられそうなものが4袋くらいあり
プラスチックのファイルみたいな物から、挟んである紙を全部抜き取ったり、そんな作業だけしました(ファイルはプラごみとして捨てました)
汚れて、もう使いものにならないような衣類は燃えるゴミで捨てられます
意外と燃えるゴミ枠は広いようです(結局、ある程度なんでも燃やしてしまえる、と勝手に解釈してます)
ただ
リサイクルできる物は
別にする・・
そこは押さえないといけないみたいです
そんなごちゃごちゃゴミは、まだあるので
また行けそうな日に行って何か、やろうと思います・・
あと
最近よく、ここに書いている相続に絡む件
昨日、今日で、また少し、ちょっとした問題点が浮上し、それについては今日話し合いをするそうです
私は行かないので電話等、すぐ対応できるよう待機していたいと思います(昨日も、こちらから聞きたい事があり電話してしまいました)
コロナ以降
リモートという言葉が当たり前に使われるようになり
赴かなくても、リモートで話したり対面、という時代ですよね・・
私は、そういうことに疎いしパソコンも無いので(iPhoneでも、できるのかな)
とりあえず電話で対応したいです・・
解説文より(抜粋)
昭和39年、男鹿さんが12歳の年に東京オリンピックが開催された。
東京では「鉄腕アトム」に描かれた未来都市のように高速道路が建設されていたが、秋田の子供たちは川に集まり、カジカを突き、他人の家の赤スモモを失敬して叱られ、チャンバラに興じていた。
こうした話をすると都会育ちの同世代の友人達は「うそだろう」と言う。それは自分たちの兄貴や親父の時代の話じゃないかと。
この本を読んで、昔は何もかもが粗末で気の毒だったと思うのは間違いである。
想像していただきたい。
あなた方が今住んでいる家やマンションの一室からまずアルミサッシを取り払う。そして歪んだガラスが入った木枠の窓をすげていただきたい。台所から都市ガスやプロパンガスをはずし、七輪や竈(かまど)を据えてもらう。ついでに冷蔵庫やレンジ、トースターをなくす。茶の間からテレビを取り去り、家から子供部屋という個室をなくす。テレビの代わりに箱型ラジオを茶箪笥か食器入れの上に置いてもらおう。
夕飯は家族でちゃぶ台を囲んで食べ、ラジオで流行歌やドラマを聞くのである。
食事の後には、みんなその日自分がしてきたことを話し、笑ったり怒ったりにぎやかだった。祖父ちゃんや祖母ちゃんも一緒である。
部屋いっぱいに並べた便利な機器は一切なかったが、寂しくもなければ、貧しくもなかった。むしろ今よりずっと家族の団らんがあったと思う。家の中心に家族の暖かさが灯っていたのである。
子供たちにとって遊びは仕事だったから朝早くから夕方遅くまでの山や川で走り回り、ただ全力疾走することだけで笑いあえた。栗や胡桃を拾い集めて一緒に食べているだけでうれしかった。親たちは子供に「外へ行け」と叱った。外へ行けというのは遊んでいろと言うことだった。
子供が子供であった時代だった。子供が子供であれば、大人は大人の責任を果たしていた。子供はそれを見、自分たちもいずれああして真面目に一所懸命、汗して働くものだと思ったのだ。
この本に描かれたことは単なるノスタルジーではない。
スタジオジブリの作品を見たときに感じる安らぎや安堵の背景には、人が人として暮らしてきた時代の温もりと暖かさがある。
それは少年時代を豊かに、暖かく過ごした人たちが持っている故郷の思い出から生まれてきているのではないだろうか。
現代は忙しく、急ぎすぎる。
少年達に少年らしい時代を過ごさせたい。そんな気持ちを込めて男鹿さんはこの本を描き、文を綴ったのだと思う。
子供が子供であった時代がこの国にはあったのだ。
子供は遊びの中で育つのである。
子供はその国の姿を現す鏡である。
今の時代、私たちの国は健全といえるだろうか。
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