一昨日、非通知の電話があった。
普通非通知なら、少ししたら勝手に切れるのだが、それは留守番電話にまでなり、
やがて女性の声が聞こえた。
「未来の会のKさんの家でしょうか…。」
え、これは未来の会への電話だと思い、慌てて受話器を取った。
「ずっとお礼の電話をしなければと思っていたのですが…」と話が始まった。
聞いてみると、今は四十代になった息子さんのことで私に相談したことがあるというのだ。
息子さんが中学生の頃だというから、もう25年以上も前のことだ。
とてもビックリして彼女の話を聞いていたが、どうにもその人のことは思い出せない。
彼女は言わなくてはならないことを言わなくちゃという感じで、
それを聞きながらあれこれと思い当たることはないかと脳内はチカチカするのだが、わからない。
例会に参加した人だろうかと聞いてみたが、どうも電話だけのことのようだ。
それでも、あちこち相談して回り、学校にも教育委員会にも行ったけれどうにもならなかったとき、
市の広報で未来の会と私の電話番号を知り思い切って電話をしたそうだ。
それが、彼女にとってはとてもピッタリのアドバイスで救われたのだという。
本当に本当に驚いた。
と同時に、彼女に合った言葉がけができたことにホッとして、
それを今まで忘れずにいてくれて電話をしてくれたことが心からありがたかった。
それも、25年も前のことなのに。
「息子さんはお元気でいらっしゃいますか?」と聞くと、「おかげさまで元気に働いています」とのこと。
お名前は聞きそびれてしまったが、その言葉に本当にホッとして嬉しかった。
25年以上も前の不登校は、まだまだ今のように理解されてはおらず、
私だってまだまだ理解不足や経験不足でもあり、どれほどの言葉がけができたのか心もとない。
きっと、それからだって紆余曲折があり、安心して電話をできるような感じでもなかったのだろう。
未来の会が発足してから28年近くになる。
当時の思いを書いたブログが下記。
未来の会の発足のことを書いたブログの再掲
当時は、札幌を中心にいくつかの親の会があって、その後全道大会や全国大会などで交流し、
情報交換をしたり励まし合ってきたのだが、それらの親の会のいくつかは閉会するようになったようだ。
中心メンバーの高齢化が一番の要因のようだ。
未来の会も、今は新しいメンバーが世話人となり会を続けてくれている。
時代や社会の変化に伴い、親子や学校の抱える課題も変化してゆく。
それに寄り添った会が続けられるかどうかが大切なのだけれど、
どんなことでも自分から変化するのは難しいことだ。
それ以上に、他の人を変えることはもっと難しいことなので、
大切なのは同じような課題を抱える人や団体とつながり、参考にすることではないかと思う。
実は、親の会の役割もそこにあるのではないかと思っている。
世話人をしている間に出会った人たちや、今回のように電話だけでお話した人はどのくらいいるだろう。
みんなお元気にそれぞれの人生を自分らしく歩いてくれていたならいいのだけど、
今も迷いや生きづらさの中にいる人も多いことだろう。
見えない人たちに、心からのエールを送りたい。
そして、今回電話を下さった人にも心から感謝します。
そのような人の存在が、この世の中を確かに支えているのだと思います。