こっちに偏っていて、自分だけじゃ見えないことを

あっちに偏った人に教えてもらう。



こっちに偏っている人と一緒に楽しむのもありだし、
同じに見えてちょっと違うのもまたおもしろい。





そうして自分もまた少し変わって、相手もまた少し変わったりして




いろんなせかいをみて、いろんな世界を旅するのね。




電車の走る音とか、雨の音とかきいて、ほっとしたりして。







止まることもなければ早まることもないけど、来るときは来る。いいことも、わるいことも。



いつかに希望を見出したり、果てしなく思えたりする。




それもこれもここにいるという前提があってのことなんだけど。





いつまでもとはなかなかいかないから、今は今で、明日は明日で。


遠くを見すぎて滅入ってしまうなら、目の前を見て。

気がついたら冬になっていた。


今に必死になっていたら、秋はせかせかさようなら。



朝風呂しちゃおうが通用しなくなって、冬の訪れに気づく。




全然悪くない。むしろいい。




いろいろ考えて、行動して、それがどう転んでも最終的にオッケー!って言えれば全然いい。



ちっちゃいオッケー!をいっぱいあつめて、抱きしめて、たまに他人にいただいたり、差し上げたり、

ぶん投げてかけらを拾ったりして



そうやって、いきていく


いつか自分が、忘れてしまったと思っても、忘れてなんかないことを確認できるように






たのしい思い出もたいせつだけど


でもふしぎ、原動力はいつも悔しさやさみしさだったりするから。







こんなこと思っていたのね程度でいいんだけど



いま感じていることをちゃんと刻んでおきたい。










できれば鮮明で、生々しくて飾らない言葉で、

でも誰かのものがたりのように。





ただそれだけ、のこと。













感情を押し殺すことなんて、大人になろうと思ったらいくらでもできるようになるのよ。




自分で黙ることを選択したのに、嫌なことを回避しているつもりなのに、どんどん押しつぶされる。





いらない感情に支配される。






結局逃げることなんて、できない。












あーばかだ、あーあーばかだ。あーばかだ。








でもいいか。黙ってるだけじゃ収まらないし、いらいらして嫌な感情抱くくらいなら。





たまにはちゃんと若者でいいか。





ね。






ひとつ前の秋はなんだかとっても切なくて



もう一つ前の秋はぽっかり穴が埋まらなくて





涙に流せてしまえば苦労しないんだけど、

そういうのじゃなくてつかめない、姿がみえないからこわかった。





秋色のすこしあったかい洋服をみてわくわくしてあれもほしい、これもかわいいなんて思えるなんて忘れてた。




いくつか後の秋がまたさびしくなってしまうかもしれないけど、今の秋は飛べそうな気分だからどうにかやっていけそうですよ。




空が高いのは雲のせい。それでもいい。





やりがいは何なの?なんていわれたって跳ね返せる。


やりがいはやった人にしかわからない。わたしも多分、まだ本当はわかってない。

あなたがそうのように。






自分の価値だけが世界じゃないからね。




もう少し、もう少し、何者でもないままでいさせてください。




みえないものをつかませて。だただた眩しい世界を魅せて。








終わりじゃないってわかっていても、終わらせないのがかっこいいって思っていても、


こわくてまっくらで。






まっすぐでありたくて、曲がって


どんどん雲はあつくなる








虹は晴れなきゃ出ないのに。


たいようなんてどこにあるのよ。













こんにちは。せっかくの週末なのになんとなくからだの調子が優れないはるかです。



最近いろいろなことを忘れまくっているので、ブログタイトルを忘却のかなたにしようかと本気で思っている、はるかです。





気づけば5月も半分を過ぎ、夜なんかもう夏の香りがすることもありますね。私の中ではGWあたりで時が止まっていて、今文章化してやっと時間合わせできたかんじがします。



怒涛の数か月も中盤にさしかかっているのね・・・と。




いや、もうどっぷり中盤かな(笑)







全部を手に入れることなんてできないのだから、ほしいものは選んでとりにいかないとね。





今は少し、気を抜いて、軽い気持ちでやっていこうとおもう。


8割運転で切り抜けることも長い目でみたら大切なこと。











自分のことだけ考えていればどんなに楽かとおもうけど、それはそれで楽じゃない。




でも他人のことかんがえられるって余裕があるのかとおもうと、そうでもない。





余裕がなければないほど、他人の嫌なとこ目についたり、


疲れていればいるほど、他人にどう思われているか気になったりする。






逆に誰かを、今すぐ会いに行きたいってくらい心配することもできる。


あぁ、こんなにやさしくしてくれるのね(泣)って思うこともある。





自分のことだけかんがえていれば、相手のいやなところもみつけなくてすむ、嫌なこともいわれなくてすむ。


でも、自分のことだけかんがえていたら、相手をおもうこともなくなる、おもわれることもなくなる。




嫌なことがあるから、嬉しいことが、たのしいことが、もっともっと嬉しくてたのしくてきらきらしたりする。




だから、嫌なこともわるくないかなってそう思うことにします・・・





あ、もう眠くて訳わかんない(笑)文章書けない(・∀・)


おやすみなさい・・・