人員が15名を超えてから事務所にいる事が増えた途端、何かと現場に走らないといけない事も増えて、未だ内勤に専念できない(株)護-MAMORU-の河村です(汗)
今回から弊社、(株)護-MAMORU-の社員紹介を兼ねて弊社の歩みを「新警備員物語」と題して綴っていきたいと思います。
一昨年の7~8月、、つまり護-MAMORU-の起業時、前職から
トウ、フドウ、サクラ、ハン、Mr.一人片交(全員仮名)の5名の移籍と、サクラの前々職・IWA警備(仮名)からT野ザウルス(仮名)の入社を予定しており、俺自身を含めて7名スタートを予定して動いていました。
事務所を借りて、会社登記して警備業の認定申請。
警備業は認定まで最大40日掛かるため、10月に営業スタートするのが目標でした。
俺は充分な貯蓄などなく前職を含む数ヶ所から融資を受けて独立しようとしていたため、当時はまだ、前職で仕事して収入を得ながら準備を進めていました。
だから当初、事務的な事は、当時の婚約者、、つまり前妻が助けてくれていたのですが不仲になり出て行ってしまったので、
事務所の開設からして一人でやらないといけなくなりました。
しかも、買い替えたばかりの新車も乗って行かれたので、有給休暇を取り、原付バイクに乗って事務所の契約・開設準備に走り、雨のなか会社登記しに法務局にも行きました。
今でこそ語りますが、当時、、前職からの圧力は日々強くなり、
「もう統括ではないのだから、給与を下げるよう自ら社長に申し出ろ。」
と幹部職員に詰められる等、
1日も早く出ていけと言わんばかりの圧力や監視は続きました。
そう、、独立の3ヶ月前に統括から平社員に降格された少し前辺りから、
俺の専用車となっていた社用車に、点検と偽ってGPS追跡装置を付けられて、
部下であった二人の管理職から常に監視され、降格後、社用車を返してからは、
直接自宅の周りを定期的に廻っていたのか、、幹部職員であった人がサクラに、
「最近、河村の家に車がないけど、何処へ行ったの?」
と、聞いてくるなど、監視は続いていました。
冒頭に上げた、前職から俺に付いて来てくれるという社員への圧力や切り崩しにも余念がなく、(他にも理由はありますが)
結局、創業時には俺、トウ、フドウ、サクラ、T野ザウルスの5名スタートとなりました。
そんな俺の側に常に付き従い、何があっても離れず支えてくれたのがトウでした。
新規業者だったので事務所を借りるにも、代表である俺ひとりが連帯保証人になるだけでは足りず、
ビジネスパートナーと見込んで移籍予定組の筆頭格の人に頼みましたが、
彼の家族の反対で断られ、そのまま護への移籍も取り止めて別会社へ転職すると表明した時、
その第二の連帯保証人を、トウが自ら進んで引き受けてくれましたし、
むしろ、最初に自身に声が掛からなかった事について不満げでした。
事務所へ手作りの看板を取り付ける時
現状渡しで荒れていた事務所の掃除をする時
備品を買ってレンタカーで運ぶ時
常に彼女が手伝ってくれましたし、
法務局に会社登記しに行くときも雨のなか、原付バイク2台で行きました。
その後、前妻と再構築する事となり、前職在職時、ニコ(仮名)が入院して二人で見舞いに行った時以来、
前妻と直接やり取りしていたニコが、前職の後任者との折り合いが悪くなり、
護-MAMORU-へ移籍したいと言って来た時や、
ニコと家族ぐるみの付き合いをしていたハンが前職を辞めた後に行った会社が、彼が思っていたのと違い退職する事になった時、
俺の(彼等を雇用する気があるか)意思を確認した上で彼等に伝えて引き入れてくれました。
ちなみに2人とも月給制社員(幹部候補)として登用し、トウを含む3人を幹部候補としました。
フドウやサクラ、T野ザウルスも前妻を慕っていましたが、公私ともに意見がぶつかる俺と彼女の再構築は上手くいかず、
結局また出て行き、それからは会社にも一切関わらせないようにしました。
さて、、トウは、幹部候補社員の中で唯一、会社の利益の為だと言って警備料金が割増になる夜勤や日曜出勤を進んでやってくれました。
現場が早く終わった時は、事務所に来て雑務・雑用も手伝ってくれたし、
事務所の備品(消耗品)も気に掛けて買って来てくれて、レシートの提出を求めても
「捨てちゃいました♪」
と言って笑っていました。
一部の担当現場では、俺直伝の誘導技術とお客さんへの献身的な対応で先方の信頼を得て、
彼女へ直接、雨天中止や新規注文の相談なども来るようになったので、そのまま連絡係をさせたりもしました。
家族もちのハンやニコが夜勤や日曜出勤を極力避けていたのは致し方ないし、
自腹で備品の購入など会社として奨励すべきでない、、否、本来は許してはいけない事です。
管制が本来やるべき事を、現場の職員にさせるのも、良くない事かもしれません。
しかし、初期の夜勤や休日は必ず俺も出勤していたし、それをやりながら会社の切り盛りも全て一人でやっていたので、
細かいところまで行き届いていませんでした。
だから、誰よりも苦楽をともにして協力して来てくれたトウに、
ただただ、、感謝しています。
しかし、、オープニングスタッフで俺の愛弟子でもあるトウの
護-MAMORU-での現在までの歩みは決して平坦なものではありませんでした。