「大人の男が怖い」
「○○さんが怖い」
じゃなくて
「酩酊している○○さんが怖い」
です、はい
しかも焼酎一本は飲んでたって??
それはシラフのわたしからしたら
相当な口臭も追加されて
かなり不快極まりないものであろう
↑誰のこと?て話よね
全く飲まない人からしたら
あり得ない口臭&状況だったかもね…
とゆうか誰でも「酩酊」している姿は
ヤバい
シラフで酩酊姿を見ると本当に思う
こっちも酔っていても酩酊姿を見ると引くもん
わたしもアルコールは飲む
とゆうか好物
そして過去に酩酊したこともある
そして酩酊されたこともある
このわたしでも思うよ
「酩酊している人が絡んでくると怖い」
あ!酩酊している最中は酩酊相手を怖いとは思わないのですけどね
これってお互い正気の沙汰ではないとゆうことです
酔い方はみんな違うけど
「酩酊」している人は
「目」からしてもうヤバいわけ
ナニをしなくても「目」がね
わたしも過去に言われたけども
わたしの場合
どれだけ飲んでも顔色に出ない
けど酔いがすすむと「目」がいく
その「目」になると怖い…と
わたし自身は言われないと分からない
そしてこの「目」になってると思ったら
飲みのピッチが落ちるのかと思いきや
どんどん飲んでいくのです
度数の強い酒をどんどこ求めるのです
要は「ヤバい状態」
理性が壊れていってる
思い返せば「楽しい時間」ではなくて
心に闇を抱え込んでいる時にこうなってた
飲めば飲むほど心は闇へ落ちていくのにね
…当時のわたしには
どうすればいいのか?なんて分からなかった
どうしたらこの闇、この飲み方から脱出出来るのか?分からなかった
まさに出口が見つからない「暗闇」だ
その闇の中でまだあがく
飲み方に気をつければいい
もう飲み過ぎなければいいんだ
そうすれば私はまだ大丈夫
自分のことなのに
自分の心の闇の根本的な原因が分かっていないのになんとかしようとしていた
このような飲み方をしていた頃を思い出すと
精神の孤独がとても大きかったと思う
いざとなると
「誰もいない」
「独りぼっち」
根本的に「愛されていない」と信じている
リアルには
誰彼いるし
独りぼっちではない
頼りにもされているし
頼りにしている人もいる
乗り越えようと必死だった
ナニかを得ることで乗り越えれると信じていた
だから目の前にあるナニかを見つければ
乗り越える、頑張る、
とにかく負けたくないから
ナニに負けたくないのか?なんてもう
自分だったりナニかだったり
とにかく全てと戦っていたように思う
生きることが辛くて泣き言が出ると
自分を叱った
そして前向きにこう思った
生きるとは日々修行なのだ
だから頑張れ!!
あーーーーーホント
よく頑張ったよね〜わたしちゃん
ただある日気づいたんだよ
愛されていない
とゆう大前提は
誰かに?ではなかったこと
親でもなかったってこと
世界中の人、誰でもいい
わたしを愛してください
わたしを必要としてください
て…大きな勘違いをし続けてたこと
誰でもなくて「わたし」だったこと
わたしがわたしを愛していなかったこと
わたしはわたしに愛されたかったこと
ただこれだけだったこと
今、
わたしはわたしを愛している
これだけなんだった
こんなに満たされることはない
話を聞いてほしい時には
誰よりも
わたしに向き合って欲しいの
わたしと目を合わせて欲しいの
どんな時も
…この気持ちをズドンと落とすのには
日々の積み重ねがいる
それはこれに気づいたからと言っても
まだまだ不安定で
やたらと自分を置き去りにしていまうから
また自分を置き去りにして物事を大人的に考えて解決しようとするからこころの中は
「責めたり反省したり」ばっかりになる
深く、深く落としていくには
それなりに日々起きる出来事に
反応している自分の喜怒哀楽と向き合う
誰かが絡んでいる出来事が多い
誰かを主役にして考えるクセは出る
そして精神はブンブン振り回される
そして自分を忘れかけてることに気づく
そこからまた自分と向き合うことを大切にしていく
この繰り返し、常に自分に戻る
外に向けているこころを
自分のこころに戻す
わたしは依存症は治らない
とは思わない
治るとも思わない
依存症と言えど
人の数だけそれぞれだと思う
ただ思うことは
とりあえず決められた方法で治る
てもんじゃない
先生や先輩方の言う「やり方」で治るもんじゃない
これが回復の道
なんて人がつくってくれるもんじゃない
周りが
支えなきゃ!
とか
責任はこちらにもある!
とか
ナニ言ってんの??
て思う
すごいこと言ってるのに気づいてね
人が人の人生をどうこう出来る、責任を取れる
なんてとんだ勘違い
一度、本気で
人の人生をどうこうしてみたことある?
真逆へ引っ張ってみたことある?
自分の思う正しさを人へ振りかざしてみたことある?
微塵の誤りも見逃さずに誘導してみたことある?
本気でしてみたら分かると思うけど
コレ、とんでもなく傲慢な考え方であるのに
とても浅はかな考えでもあり
そしてその結果だって
思い通りになんて出来やしない上に
自分はその人の人生の責任を全ておうなんて
出来ない…
てこと
情けない話でしょ
その人のことを思ってしている、言っていること
ってね
ただの押し付けなのです
ナニも責任取れないくせに
その人の幸せの形を勝手に決めて
本当に自分は浅はかで傲慢はヤツでもあった
今は自分で精一杯♡
人のことは人が決めてくれ
て素直に思う
ただここに辿り着くのに
間違いなく「ココ」てのは
誰よりも自分を愛す
これに尽きる
ここから末広がりにひろがっていく感情は
とても柔らかくてあたたかい「愛」
人生は罰ゲームじゃない
苦悩する為に生まれてきたんじゃない
あえて苦悩することを楽しむ為に生まれてきた
てことはあると思うけども〜
それはそれでいいんだよね
ただ なんか違う なんか違うんだー!!!
てゆうこころの違和感がずーとあるのなら
他でもない
このよく分からない違和感で苦しんでいる場合
「違うんだよ」てことだよね…
なにが違うのか?が直ぐに分かればいいけど
人の真似事ばかりして自分をムシしてきたり自分に厳しくしてきていたら自分のことが分かんないんだよね…
真似事してるのだって厳しくしているのだって
それはそれが正しいと信じているから
正しいと信じているモノが人の役に立つとか
人の迷惑にならないとか
そんな…なんてゆうか…健気すぎる想いからスタートしてたりするんだから…なんとも可愛すぎるんだよね
ホント実はみんな健気なんだよね
根源はピュアなだけなんだよ
ピュアだからこそ「ソレらを信じたんだ」
あーわたしを含めみんな愛おしい♡
また話がどっか行きそうだ
自分と向き合う
て言葉にすると簡単だけど
本当に簡単なことじゃない
一度向き合ったから終わり
良く出来ましたね!
て話じゃない
ずっとずっと生きている間
向き合い続けなきゃ直ぐに見失っちゃう
だからとてもとても一番大切なこと
(日々、意識しているとだんだんと自分に戻ることがスムーズになるよ)
誰もが自分と向き合うことって
苦しみを生むことではない
むしろ、やっとこころが救われることだと思う
外に救いを求めていたこと
癒やしを求めていたこと
楽しみを求めていたこと
例えばアルコールとしても
自分と向き合うことで
自分を深く知ることで
外と自分の一体感を知る
外とは人間社会とゆう小さな世界ではなくて
無限の宇宙からの愛である
すると淋しさや辛さの感情の重さがなくなる
負の感情、闇が無くなるわけじゃないよ
包まれている感覚
あたたかいハートの中に
全ての感情がふわふわしている感覚
そうして
外に強く依存するものが無くなっていく
うーん
文章にすると難しいな…
ナニかが起きた時によく分かる
外に向いてる意識を自分に戻し繋がることで
大事な問題なんてナニもないことに気づくから
イヤ、現実はナニかが起きているままだけどね
それはそれ(笑)
それをすーと受け入れれるのですね
受け入れたら後は消化するだけね
どのような消化の道を辿るのかも丸投げ(笑)
どうこうしようとしない
だって外側のことだから
わたしの内側はどうだろう?
てことだけに意識を持つ
肉眼ではなくて内側からみえる景色だけをみる
やってみなきゃ分からないね
やってみる方法もみんな違うだろうしね
とにもかくにも
アルコールは合法な薬物
しかも美味しいときたもんだ!
だから
誰でも依存症になるしならない
毎度深酒をする飲み方をしてきたのなら
きっと1ヶ月では足りないかもね
せめて数カ月、アルコールを断ち切った身体になってみて初めて自分の気持ちに触れれるようになると思うな
それまではなんやかんや
自分の思考は自分のものではない
とわたしは思う
言っとくけど
依存症になる人の考え方が「甘い」とは思っていない
また依存症になっている人を「甘い」とも思っていない
甘い辛いの話ではない
と思っている
そもそもみんなピュアなんだ
ワイドショーに釣られた