日本柔道の魅力
柔道世界選手権66kg級の海老沼選手が決勝で放った釣込み腰は
見事でした。
you tubeで見直してみると、左の釣り手をつかんだ瞬間の電光石火の1本です。
決勝レベルでこんなにきれいに決めるのはさすがです。
試合後のインタビューでは「ねらっていた。」と。
もう一回見直すと、初めて左釣り手を奥えりに持った瞬間
左腰を入れ、引き手、釣り手で相手が宙に舞いました。
芸術です。
これぞ日本の柔道 誇りに思います。
折れない心 (学研新書)/野村忠宏

¥799
Amazon.co.jp
興奮さめやらず、図書館で借りたのは五輪で前人未到の3連覇をした野村選手の本です。
右膝前十字靭帯断裂という柔道家生命の危機を超え
4個目の金メダルを目指した60kg級の柔道家です。
私は柔道の魅力は軽量級にあると思います。
スピード、技のきれ、研澄まされた殺気と強靭なメンタル
目がはずせません。
高校の頃、体育の授業で柔道があり
乱取りで同級生の柔道部の主将に内股で軽く投げ飛ばされました。
無重力の空間に浮かんだ後、なすすべもなく畳に落ちた私を見て
クラスメートが「すげえ・・」とつぶやいたのを今でも覚えています。
見事でした。
you tubeで見直してみると、左の釣り手をつかんだ瞬間の電光石火の1本です。
決勝レベルでこんなにきれいに決めるのはさすがです。
試合後のインタビューでは「ねらっていた。」と。
もう一回見直すと、初めて左釣り手を奥えりに持った瞬間
左腰を入れ、引き手、釣り手で相手が宙に舞いました。
芸術です。
これぞ日本の柔道 誇りに思います。
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興奮さめやらず、図書館で借りたのは五輪で前人未到の3連覇をした野村選手の本です。
右膝前十字靭帯断裂という柔道家生命の危機を超え
4個目の金メダルを目指した60kg級の柔道家です。
私は柔道の魅力は軽量級にあると思います。
スピード、技のきれ、研澄まされた殺気と強靭なメンタル
目がはずせません。
高校の頃、体育の授業で柔道があり
乱取りで同級生の柔道部の主将に内股で軽く投げ飛ばされました。
無重力の空間に浮かんだ後、なすすべもなく畳に落ちた私を見て
クラスメートが「すげえ・・」とつぶやいたのを今でも覚えています。

1枚の写真
部屋に新聞の切り抜き写真を数年間はってました。
通浜漁港の漁師が2mぐらいのカジキを両手で持っている写真です。
私はその写真がとても好きでした。
今日、昼休みに散歩してたら、その写真を撮った方の事務所がビルの1室にありました。
まさかと思いましたが、やはりそうです。
ドアをノックするのを何度もためらいましたが
好奇心には勝てませんでした。
部屋は落ち着いた板張りで古い大きなベース(楽器)がたてかけられていて
ジャズが流れてました。
奥の仕事机に座っておられたのが、私がずっとあこがれていた写真家でした。
窓からの逆光でお顔はよくわかりませんでしたが
それがまた神秘的でした。
マックでの仕事の手を休め「どうぞおかけ下さい。」と
はりのある優しい声で歓迎してくれました。
ただ通りすがりのおっさんを気持ちよく迎えてくれたのです。
私はただただ恐縮しながらも、カジキの写真の事、土呂久鉱山の写真集とかを
思いつくまま話し、今作成されている本のゲラとかを見せていただきました。
お年を尋ねると56歳の私より10歳も上ですが
浅黒い精悍な長身の紳士で
おしゃれに白シャツを着こなされていて
ため息が出ました。
宮崎にもこんなおしゃれな方がいたんだ・・・
帰り際に名刺交換までしていただき
私のブログ「晴走雨読 菊千代」の由来
「晴れたら自転車に乗り、雨が降ったら本を読む」
を説明させていただいたら
なんと、その方もロードレーサーに乗っていたという事で
隣の部屋からビンテージもののロードを出されました。
サンマルコのサドルにマビックのリム
30年前にオーダーされたそうで
つくって1週間後のセンチュリーラン(160km)の大会に
片手にカメラを持って完走されたそうです。
すごすぎる・・・
あこがれの方に出会えた事
しかもその方が自転車が好きだった事
そして、お年を感じさせなく
生き生きとご自分のお仕事をされていた事
考えると私もそういう男性になりたいとず~と思ってました。
お会いできて良かった・・・
1枚の写真から生きる力をいただきました。
通浜漁港の漁師が2mぐらいのカジキを両手で持っている写真です。
私はその写真がとても好きでした。
今日、昼休みに散歩してたら、その写真を撮った方の事務所がビルの1室にありました。
まさかと思いましたが、やはりそうです。
ドアをノックするのを何度もためらいましたが
好奇心には勝てませんでした。
部屋は落ち着いた板張りで古い大きなベース(楽器)がたてかけられていて
ジャズが流れてました。
奥の仕事机に座っておられたのが、私がずっとあこがれていた写真家でした。
窓からの逆光でお顔はよくわかりませんでしたが
それがまた神秘的でした。
マックでの仕事の手を休め「どうぞおかけ下さい。」と
はりのある優しい声で歓迎してくれました。
ただ通りすがりのおっさんを気持ちよく迎えてくれたのです。
私はただただ恐縮しながらも、カジキの写真の事、土呂久鉱山の写真集とかを
思いつくまま話し、今作成されている本のゲラとかを見せていただきました。
お年を尋ねると56歳の私より10歳も上ですが
浅黒い精悍な長身の紳士で
おしゃれに白シャツを着こなされていて
ため息が出ました。
宮崎にもこんなおしゃれな方がいたんだ・・・
帰り際に名刺交換までしていただき
私のブログ「晴走雨読 菊千代」の由来
「晴れたら自転車に乗り、雨が降ったら本を読む」
を説明させていただいたら
なんと、その方もロードレーサーに乗っていたという事で
隣の部屋からビンテージもののロードを出されました。
サンマルコのサドルにマビックのリム
30年前にオーダーされたそうで
つくって1週間後のセンチュリーラン(160km)の大会に
片手にカメラを持って完走されたそうです。
すごすぎる・・・
あこがれの方に出会えた事
しかもその方が自転車が好きだった事
そして、お年を感じさせなく
生き生きとご自分のお仕事をされていた事
考えると私もそういう男性になりたいとず~と思ってました。
お会いできて良かった・・・
1枚の写真から生きる力をいただきました。
under23合宿
私がトライアスロンをやっていたのはもう20年前にもなるでしょうか。
その頃の日本代表の方々が今はJTUの役員になって
宮崎のシーガイア周辺でunder23の強化合宿を行いました。
今日はそのお手伝いに行きました。

ずっと昔、ターザンという雑誌に初めてトライアスロンに挑戦する方々が
「チームターザン」というチームをつくり
試合に向けて日々の練習や葛藤が綴られた連載記事がありました。
そのチームの一員であった方が役員でしたので
勇気を出してその話をしたら
「25年前の事です。」と
微笑まれました
私がシーガイアトライアスロンにかかわるようになって
15年ほどになるのですが
まさかその地に当時のトップ選手たちが
東京オリンピックを目指す若手を引き連れて
シーガイアトライアスロンのコースで
合宿をするとは、夢にも思ってませんでした。
偶然なのか必然なのか
それはわかりません。
選手の方々は6年という
厳しい長い道のりでしょうが
怪我をしないよう頑張って下さい。
応援してます



その頃の日本代表の方々が今はJTUの役員になって
宮崎のシーガイア周辺でunder23の強化合宿を行いました。
今日はそのお手伝いに行きました。

ずっと昔、ターザンという雑誌に初めてトライアスロンに挑戦する方々が
「チームターザン」というチームをつくり
試合に向けて日々の練習や葛藤が綴られた連載記事がありました。
そのチームの一員であった方が役員でしたので
勇気を出してその話をしたら
「25年前の事です。」と
微笑まれました

私がシーガイアトライアスロンにかかわるようになって
15年ほどになるのですが
まさかその地に当時のトップ選手たちが
東京オリンピックを目指す若手を引き連れて
シーガイアトライアスロンのコースで
合宿をするとは、夢にも思ってませんでした。
偶然なのか必然なのか
それはわかりません。
選手の方々は6年という
厳しい長い道のりでしょうが
怪我をしないよう頑張って下さい。
応援してます




タイラー・ハミルトン
ああ、あの時だったのだなと思い返します。2003年のツール・ド・フランス。
マイヨジョーヌを着たランス・アームストロングが沿道の応援者にハンドルをとられ転倒。その時、タイラー・ハミルトンが先頭集団を追いかけ先頭集団にマイヨジョーヌを待つよう身振りで制御し、
アームストロングが先頭集団に追いつくまで援助したシーン。その時の映像はまだはっきり脳裏に焼き付いてます。タイラー・ハミルトンとランス・アームストロングは以前はUSポスタルで同じチーム
メートでしたが、2003年のツールでは違うチームでした。自転車レースでは、集団落車やパンクなどでトップ選手が遅れた時は、そのトップ選手が復帰するまでは逃げをうたないという暗黙の紳士
協定があります。しかもこのときタイラー・ハミルトンは鎖骨を骨折しており、白いテーピングがサイクルジャージから見えてました。激痛の中、騎士道精神にのっとって彼は先頭集団を制し、元の
チームメートをアシストしたのです。この時から私はタイラー・ハミルトンという選手が気になり始めましたが・・・
シークレット・レース (小学館文庫)/タイラー ハミルトン

¥930
Amazon.co.jp
この本はタイラー・ハミルトンが単にドーピングを選択した過去を語るだけでなく、ドーピングに関する自転車競技界の沈黙の掟や、ランス・アームストロングへの想いがトップサイクリストの目から語られてます。
今まで私はドーピングには単に拒絶反応を起こしてましたが、もし私がツールに選ばれるかどうかの瀬戸際の選手で、チームドクターから血液ドーピングを勧められたら、ダークサイドの栄光を選択するかもしれません。
マイヨジョーヌを着たランス・アームストロングが沿道の応援者にハンドルをとられ転倒。その時、タイラー・ハミルトンが先頭集団を追いかけ先頭集団にマイヨジョーヌを待つよう身振りで制御し、
アームストロングが先頭集団に追いつくまで援助したシーン。その時の映像はまだはっきり脳裏に焼き付いてます。タイラー・ハミルトンとランス・アームストロングは以前はUSポスタルで同じチーム
メートでしたが、2003年のツールでは違うチームでした。自転車レースでは、集団落車やパンクなどでトップ選手が遅れた時は、そのトップ選手が復帰するまでは逃げをうたないという暗黙の紳士
協定があります。しかもこのときタイラー・ハミルトンは鎖骨を骨折しており、白いテーピングがサイクルジャージから見えてました。激痛の中、騎士道精神にのっとって彼は先頭集団を制し、元の
チームメートをアシストしたのです。この時から私はタイラー・ハミルトンという選手が気になり始めましたが・・・
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今まで私はドーピングには単に拒絶反応を起こしてましたが、もし私がツールに選ばれるかどうかの瀬戸際の選手で、チームドクターから血液ドーピングを勧められたら、ダークサイドの栄光を選択するかもしれません。
高橋成美選手
数年前のフィギュア世界選手権で見た高橋成美選手は衝撃でした。
何が衝撃だったかというと
全試合が終わった後のエキシビションで
日本選手団を引き連れてものすごいスピードでスケーティングをしました。
それは私が今までに見た事のないようなきれのある動きとスピードで
私のフィギュアの概念をぶっ飛ばしました。
それからひそかに応援をしていたのですが
当時のペアの男性が外国の国籍であり
世界選手権銅メダルという成績を残したのですが
その男性の選手は日本選手団として
ソチには認められませんでした。
ソチのフィギュア団体戦のペアの演技が終わった後
インタビューで高橋選手は
「オリンピックに出られてほっとしている。」と
答えました。
10カ国の8番目の成績で3ポイントをあげてましたが
勝ち気な高橋選手らしくないなと
私は少し落胆してました。
でも昨日、ウエブで団体戦の主将である鈴木選手が
高橋選手ペアのおかげで団体を戦えたと言ってました。
よく考えたら、そのとおりです。
たった1年前に組んだペアで五輪に出れるだけですごい事です。
フィギュアのペアは子供の頃から10年もかけて完成するらしいのです。
高橋選手はそのことをおくびにも出さず
鈴木主将はその苦労をほめたたえ
そして浅はかな菊千代は恥ずかしい思いで顔をおおいました。
でも、たまたま今日雑誌を見ていたら
浅田選手のコーチである佐藤コーチがフィギュアの神髄は
ジャンプやスピンよりもスケーティングのスピードだと書いてました。
私が以前見た高橋選手のスピードはまさしくそのことだったのかなと思うと
私の目もまんざらではないなと
今度はにやついたしだいでした。
何が衝撃だったかというと
全試合が終わった後のエキシビションで
日本選手団を引き連れてものすごいスピードでスケーティングをしました。
それは私が今までに見た事のないようなきれのある動きとスピードで
私のフィギュアの概念をぶっ飛ばしました。
それからひそかに応援をしていたのですが
当時のペアの男性が外国の国籍であり
世界選手権銅メダルという成績を残したのですが
その男性の選手は日本選手団として
ソチには認められませんでした。
ソチのフィギュア団体戦のペアの演技が終わった後
インタビューで高橋選手は
「オリンピックに出られてほっとしている。」と
答えました。
10カ国の8番目の成績で3ポイントをあげてましたが
勝ち気な高橋選手らしくないなと
私は少し落胆してました。
でも昨日、ウエブで団体戦の主将である鈴木選手が
高橋選手ペアのおかげで団体を戦えたと言ってました。
よく考えたら、そのとおりです。
たった1年前に組んだペアで五輪に出れるだけですごい事です。
フィギュアのペアは子供の頃から10年もかけて完成するらしいのです。
高橋選手はそのことをおくびにも出さず
鈴木主将はその苦労をほめたたえ
そして浅はかな菊千代は恥ずかしい思いで顔をおおいました。
でも、たまたま今日雑誌を見ていたら
浅田選手のコーチである佐藤コーチがフィギュアの神髄は
ジャンプやスピンよりもスケーティングのスピードだと書いてました。
私が以前見た高橋選手のスピードはまさしくそのことだったのかなと思うと
私の目もまんざらではないなと
今度はにやついたしだいでした。











